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役員信徒の爲に/霊界物語は皆日本の事

出口王仁三郎著「役員信徒の爲に」 王仁文庫(第8篇)大日本修斎会

 しょくんしゃうごとく、ぜんこくしんぶん ざっおほもとたいするなんこうげきは、きんらいまたまたさかんになってて、みやこの大新聞も、田舎いなかの小雑誌もおほもとことかねば、なにけんしきでもあるやうに、みなふでそろへてててります。そしてそれだいぶんは、皆もないきょもうちゅうしゃうてきなものであることしゅうとほりであります。
 が、けんにも『のないところにはけむりたぬ』とってとほり、これの記事のいづみなもとには、たとれがちゃうされたものとはへ、にはかならやくいんしんじゃあやまれるげんこうげんいんしてるものがらうと思ひます。すなはち、にゅうしんあさき信者や、またおほもとしんずゐとらざるけんきゅうしゃあやまれるげんこうが、ちょうきの新聞記者にってしんしょうぼうだいてきつたへられ、それが『いちけんきょへてばんけんじつつたふ』てきてんせんでんせらるるにいたったものとしんじます。ゆゑこのさいしょくんもっとつつしんでいただきたいものはくちであります。ことわざにも『くちわざはひかど』とひ、またしんにも「このおほもとけんからは、ゆびいっぽんさすこともまことをしへであれども、おほもとやぶるものは、おほもとなかよりしゅつげんするぞよ」とか「ちからいっぱいようしたつもりで、ちからいっぱいじゃをする」( 御用したつもりで…大本神諭 明治37年7月12日 )とかおほせられてます。このさい 役員 信者 諸氏にはじゅうぶんに口をつつしんでもらはねば、かへってしんかいけいりんさまたぐることとるのであります。
 ふでさき〔 大本神諭 〕はすべてかくじん身魂みたまそうおうにとれるので、ちょうかがみごとく、たいしゃこころただしければうつった姿すがたただしいが、たいしゃこころよこしまであればよこしまうつりてとんだちがひになるのであります。
 むかしはなしがあります。あるへいかつぎが、しょうがつがんてうなんでもたいことって、ふくまねかねばならぬとおもひ、近所のものしりもとって、『ふくかみびんぼうがみされ、かきそとにメソメソ』とうたへとおしへられました。そのおとこおほよろびてかへり、がんじつあさになって『ふくかみびんぼうがみされ、かきそとにメソメソと』ととがてんとうして、せいはんたいになってるのみもらず、いっしょうけんめいってたとまをします。ふでさきちょうこれとどうやうに、かんじんところちょちがへても、とんでもないちがひになってしまふのです。
 やくいん しんじゃ しょなかには、おほたてかへたいへんてんぺんさいおこるとか、たいしょう十一ねんにはてんがヒックリかへるとかふやうなことを、げんじつごとくに、ぜんせんでんするかたもあるやうにきますが、すべてかいどうらんよろこぶのはあくこころであって、斯様こんなひとうへべたへいかつぎもおよばぬ、おほとりちがひをしてられるのであります。すなはこれひとしんちゅうに「いっさくいたせばこのつぶれてしまふなれど、ここまでひらけてつぶすことは、どうしてもかみしのびないから、うしとらこんじんなりとして、ひとでもおほさせ、むしけらまでたすけたいのが、このほうねがひであるから、まんいちことがあれば、てんおほかみさままをしわけがないから、ここのところすいりょうして、どうぞいちにちはやかいしんしてくくだされよ」( 一度にすると人が減る…明治31年旧5月5日 )( ここまで開けた世界…明治31年旧11月5日 )( すいりょう明治32年旧正月18日 )とある、にんあいの大神のおほこころとららず、ぜんぜんところちがへてるのであります。
 しんにはかみごころかへれと、じゅうきょうかいになってますが、かみごころとはぜんぜんはなれ、おほかみためくにためつくところの、いはゆるわがをすててかいたすけの」をすることであります。すなはかみてんじょうきゅうこううんよくし、こうしついやさかえにさかたまこといのり、しもばんみんふくたいへいたのしむやうになるのをねがふのがかみごころであります。であるから、天變地災などはなるべくきやうに、ひとでもおほくのひとすくはるるやうおほかみ様にがんし、またみづからもつとめるやうにならねば、けっしてしんりょかなまつることはぬ。しんには「たいなんせうなんまつへて、せうなんやう」( 祭りかへ…大本神諭、明治35年7月11日/小三災 )とありますが、このたいなんと云ふのは ふう すい  くわだいさんさいことで、せうなんとは  べう せんせうさんさいことであります。ぜんしゃじんりきもって、かんともがたいものでありますが、こうしゃかならずしもさうではありません。われわれじゅうぶんかいしんしてかみごころかへれば大難を小難にまつへていただき、また小難はぬやうにまもっていただけるのでありますから、このさいしょくんじゅうぶんかみごころになって、惡魔あくまげんかたしりぞけていただかねばならぬ。かのみならずわがくには、らいことたまさちはあまくにでありますから、ことへば善き事きたり、わることへば惡い事が來ます。ゆゑあまてんぺんさいしょうどうすると、そのことたまためじっさいそれをしょうらいさすことになるのであります。ゆゑ王仁三郎いままでしんれいかいじょうで『おもふことありて』とうたんで、いろいろちゅうまをしげたのですが、こんかいついないしょうとうきょくしんぱいをかけるやうになってました。内務省ではきんらいそうかいどうやうはなはだしきをうれへ、このほうめんとりしまりおほひにげんじゅうにしてられるのですが、こんねんいたりていよいよてんちょうちゅうしんとなったわがおほもとが、天變地災やにちべいせんそうげんてきせんでんをやっては、えいきょうするところすこぶじんだいなのであります。ことにちべいせんそうせつごときは( 大本神歌瑞能神歌 )、がいこうじょうにもすくなからぬしょうきたすとのことですから、とくちゅうねがひます。
 私はこんにち綾部あやべけいさつしょしゅっとういたして、はら高等課長、えんどう綾部署長たちひのうへしょしゅちゅうをうけましたから、それについてすこみなさまはなしいたし、はんせいたうとおもふのであります。
 だいいちこうしつそんげんぼうとくするがごとげんつつしむやうにとふ、まことそうがいな注意であります。
 そもそわがこうどうおほもとどうみんしんらくがいたんし、けいしん そんのう あいこくててけっしたものでありますから、おほもとより敬神尊皇愛国をったなら、あとにはなにもののこらぬのであります。ただためひとためわすれてじんすゐし、まよへるひとびとかみあいつたへ、これかいしんさせてすくふ、これおほもとこんぽんせいしんなのであります。しかるに、今回おもひがけずもかかるかいたのは、まことなんたる意想外なことでありませう。じんへいしゅちょうしゅたいし、これほどかんな、またはづかしいことはいのであります。王仁はかかる誤解のしょうじたげんいんを考へて見ますに、今のたいしゅれいじゅうになりったじんは、ぜんことあまかへりみないが、あくことになるとたいへんよろこんできしたがるものですしたがってげきとっげんろんかっさいをうけるところから、おほもとでんどうしゃちゅうけっはやひとたちは、ややもすれば、けうな、おほもとの根本精神にはいれいする――すくなくともそのやうに誤解さるるやるな――げんろんすやうであります。じょうじゅつおとゆき炭団たどんちがへたやうな誤解も、ところからしゃうじたものでせう。しょくんは「でんどうしゃことこうあたかげんごと」とのしんまえに( 伝道者の言葉… 裏の神諭二 )、よくよくはんせいあらんことをせつぼうするだいであります。
 こうどうおほもとこうりょうせいばんせいいっけいてんしょく)、けうてんじゅしん)、くわんてんじんどうつね)、ざうてき)であります。しんせいかみさまつかまつじょうは、今迄のやうないやしいしゃうほふめねばならぬなどひとがありますが、じんみなしょくげふめて、のりばかさうせうしてたら、国家こっかうしてしてけませうか。かくごとき誤解はなにものたるかをらぬからであります。諸君はこの政教慣造のべつあきらかにたいとくしていただかねばなりません。
 だいゆうざいさんてっぱいだいぞくせいする注意で、これいてもだいじんに誤解されてるやうであります。
 すべて天地間のいっさいぶつは、『とよあしはらあきみづくには、わがそんきみたるべきなり』と云ふしんちょくほうじて、あめしたしろしめたまふ、わが てんのうへいしょゆうであらねばなりません( 出口王仁三郎天皇説について )。すなはてんしたそつひんわうあらざるはのであります。しかるにいま我々がにんちょくによって、私有財産をゆるされるのは、しんみんせきごとたまふ陛下のしんりょるものと、ありがたく感謝しまつらねばなりません。であるからおのそうとうな生活をなしてくにる財産は、いただいててもけっしてさしつかへないのであります。ただこんにちなりきんはいごとく、せきひんに苦しむ人をかへりみずして、おのかいらくためにのみむさぼるやうな事はしないで、ゆうあればこうえきためきょうせよと云ふに過ぎないのであります。わづか五十年のじんせいにのみつうようする財産をむよりも、まつだいほろことなき霊魂みたまとくめ、われわれさけぶのであります。ぶっきょうでもくやうに、すべてぜんいんにはぜんあり、あくいんにはあくがあります。このせいおこなじんどうんだひとは、しんかいにてはまことにけっこうにしていただき、永遠の幸福をたのしみるのであります。ことがよく了解さるれば、たるよくめ、みずからをそこくにおとひとこそ、まことよくらざるものふべきではありませんか。わがおほもとにてはかるけんより、すなはかたちあるきんぎんざいほうよりも、しんちゅうけいざいほうおもんぜよとふ意味において、私有財産を重んじ過ぎるなとふのであります。
 また日本の国家はかみの昔より、しゅ しんさんとくかんながらゆうたまへる、へいおやしたちょうあふいだ、いちだいぞくをなしてます。ゆゑたがひはんもくさうとうすることなく、つねあひあひたすけ、もっこんぜんたるいっだんらんをなさねばならぬのである。これすなはじんがうするせいしんてき大家族制度であります。
 しかるになかにはこれけいたいじょうこととなし、きょうさんしゅ、社会主義などに誤解されるやうにかれるひとがあり、ために当局よりまれ、しんかいけいりんさまたぐるやうなことになるのであります。またけんぽうたてかへにはくなるとかひともあるさうですが、すべて憲法はみな、陛下のきんていになったもので、そのはいみなぎょしますことでありますから、われわれじんみんなにまをしぐべきわけがないのであります。
 それから、しん かみなり あめ などふ天変地災にいては、先にべたことをよくたいとくして、かるがるしきげんもっとつつんでいただかねばならぬのであります。
 ふでさきには「ほんぐうやまみやたら、だまりてりて出來るやうになる」 「ものひたいやうなあひだまことでない」 「なんとしたしづかさだらうと、けんからふやうにならぬと、かみおもてにならぬ」( 何とした結構な教…明治36年旧6月8日 )( 世間から云われる…明治37年旧11月3日などとよくをしへられてあります。私はところから、しんはっぴょうはせやうとおもったことさいさんありましたが「へんじゃうにょおほもと經綸しくみじゃして、しょせつひろめ、あとをらうとする」なぞと誤解されてはと、ちゅうちょしてました。さうしてところへ本月五日にいたまきはつばいきんめいたのであります。私はこれみなしんかいくみと、ありがたくこそおもへ、けっしてへいなにいのであります。ふでさきただいちまいでもよくはらればそれでよいのですから、しょくんいままでしんにゅうねんはいどくになれば、まきはなくともすこしさしつかへはあるまいとおもひます。
 つぎちんこんしんでありますが、當局でもこれはいさすことはぬが、なるべくせぬやうにしてれとふことです。いったいこのつぎちんこんしんしんぱふは、ほんしょしゅうとうの国家のじゅうてんしるされてあり、だいほんこくけうじうえうなるようをなしてます。そのげんかしこくもこう あまてらすおほかみおんときにあり、ゆゑれきだいの陛下はそくしきふしは、かならちんこんさいおこなはせらるるのであります。またきゅうちうはちしん殿でんすなはちんこんかみさままつってあります。ゆゑしんつぎちんこんしんするならば、れはやがこくきょうこぼち、いてはこうしつそんげんぼうとくするけいおちいるのであります。しかながら、今迄おほもとひとびとがやってたのは、そのかたちうへにもそうがあり、あまらんようぎてました。なかにはそのげんしんもくてきらずに、さかんにデモちんこんをやってひとせうせうではなかったやうであります。そのうへ、地方のはっけうしゃなどが、びょうためちんこんけにるのを、ちんこんをうけたはっきょうしたやうにでんせらるるとう、カナリのめいわくへいがいを認めましたので、私はたいわんとうきょくきんするよりもさらに以前において、じゅうぶんの注意をしたのであります。
 そもそちんこんしんぱふは、かみかしこくも てんのうさまこくへいてんたいだうより、しもばんみんしゅうしんさいの基本であって、じつわがしんこくじゅうようでありますから、まんまんいちちんこんきんするやうな事がありとすればこうしつめ国家のめ、だんじてゆるされないのであります。しかせんだったいわんかんけんちんこんを禁止しましたにいては、われわれひとことこうないとふ殘念なだいおこなちんこんしんせいちんこんでなくて、前にまをしげたやうなデモちんこんらんよういんしてると思ひますから、むをなきりをるのであります。らんぼうこくたいせいしんとぼしき某地方の官憲といへども、みなさんがしんせいなるちんこんほうしゅうされるのを禁止するはづはない。えうするに我々のめいつみと思うて、みづかいまむるよりほかにありませむ。そのすぢの御注意のてんこれくらゐなものであります。
 最後にいちごん おくことについてまをします。けうさましょうてんは大正七年十一月六日でありましたが、たうはかのりうかうせいかんぼうしゃうけつきはめてて、共同墓地にがなかっため、今の奥津城のの使用を願ひ出たのですが、なかなかゆるしがず、御昇天後二十八日目の十二月四日に、ようやきょの通知状がたのであります。かもほんそうはあと二日にせまってるので、各地青年隊がいっしゃうけんめいに努力した結果、やっとあのつちまんじゅうだけきづけたのであります。しかもとせっけいけっしてああふのでなくて、ほうけいいしんで、その上にひょうてるていであったのです。ところそのあの奥津城は、かしこくも めいたいていりょうる。けいだとなんおこりました。じっさいさうであるとしたら、けいしん そんのう あいっくなるおほもとしゅもとり、けいけんなる教祖様もけっしてこころよくおもはれないにちがりません。こころある信者は、このてんおほいかんおもってられるやうでしたから、私もだいさんだいも大変心配して、いちねんさいまでにもとせっけいどほり改築しいと思うて、一 二回ある法律家にひましたが、十年後までかいちくすることはならぬとのことで、こころならずもあのままにしていたのですが、今回ねがって許可をけんとうがつきましたから、三年祭(すなはち本年の十二月六日)までには、もとの設計通りに改築することにいたしました。皆様に誤解のなきやうにねがひます。
 また ほんぐうやましん殿でんを( しんぐう )とほうなどなるのをけますが、しんぐうなるしょうかんぺいたいしゃ以上でないと、ほうじゃうもちひられませぬから、今後は しん殿でん 又は だいしん殿でん とんでいただかねばなりません。




『新月の光』下巻、361ページ「○霊界物語は皆日本の事」
 九回読んだらだいわかっただろう。『れいかいものがたり』はみんなにっぽんことである。アメリカやいんの事にしてあるが、みな日本の事である。いままでしんじゃだましてあったのや。ひっしているので、あまりしいのでわらっていた。(中略)そんなことわかろうものなら大事件になるから判らぬようにいてある。(しょう21年3月22日午前9時)


○出口王仁三郎曰「小三災」 玉鏡(昭8/7)
 まっぽうおこしょうさんさいふのはびょうせんであるが、うえと云ふのはしょくりょうけつぼうとのみってはならぬ。経済上の飢饉ききんもある。びょうと云ふのも、たんからだむとかいするのはあやまりである。そうてきの病気もこのなかに入るので、こうどうせいちゅうあゆむのがけんこうしゃであって、けい〔 註:よくきょく 〕だのけい〔 註:よくきょく 〕だのとふのは思想上のびょうにんである。とくあかい思想〔 註:きょうさんしゅしんろん 〕などはこうこうはいった大病人である。
 いくさ兵器へいきをもってのいくさの意味だけではない。せいせんしょうせんなどなどいろいろある。議員選挙においても、「あの人にもらはねばならぬ」と選挙人の方からこんもうするのがあたりまへで、候補こうほのりをあげてちく鹿ろくじょうしのぎを削るのはすなわち戦争である。名誉、屈従外道げどう等によって政治せいじない。
 だいさんさいふうすいについてはふまい。ただこれはじんりき如何いかんともすることが出来ない天然現象である。ひたすら神様にいのって惨禍さんかすこしにてもすくなからむ事をねがはねばならぬ。火とふのはだけの事ではない、大地だいち地震じしんことである。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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