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鬼は内! 福は内!

2017年(平成二九年)2月3日(旧暦1月7日)、せつぶんの豆まきを。

おにうち
ふくは内!


一般に世間は「おにそと! 」と、牛のつのをはやしとらのパンツをはいたうしとらの鬼にまめをぶつけ、追い払っています。「季節の変り目にしょうじたじゃじゃ)を追い祓う」というのが、鬼に豆をぶつける大義名分(大本営発表)です。

あれだけだまされたのに、まだ大本営発表を信じていて良いのですか?

神野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』を基礎として、節分の日に豆をぶつけられる『 おに 』の正体を考えてみます。牛のつのをはやし、虎のパンツをはいた牛虎の鬼は、うしとら(牛虎)の方角たる北東(東北)のもんからやってきます。文字通り、「鬼」が「出撃する門」だからです。日本列島の鬼門=ほくとうに位置する東北地方(丑寅地方)では、ナマハゲのお祭りがあります。赤鬼と青鬼が街中をり歩き「悪い子はいねぇがーーー」と改心をうながす行事です。考えてみてください。ナマハゲという鬼は「良い子になります」と誓った子はみのがします。ですが「私は改心しません、反省しません、悪人でいます!ヤクザでいます!」と宣言した者に対しては、どんな処置をするのでしょうか?

鬼の正体は、閻魔大王の部下です。『平家物語』いわく、奈良の東大寺と大仏様を焼いてしまった平家一門のだいとうりょう(大統領)・たいらのきよもりを閻魔庁から迎えにきたのは、牛頭と馬頭の鬼さん達でした。



○平家物語、淨海死去より
入道相国(註、平清盛)の北の方、二位殿(註、平時子)の夢に見給ひける事こそ恐しけれ。たとえば、猛火のおびただしもえたる車を門の内へやりいれたり。前後に立たる者の或は馬の面の様なる者もあり、或は牛の面の様なる者も有りけり。車の前には、と云う文字ばかり見えたるくろがねふだをぞ立たりける。二位殿夢の心に、「あれはいずくよりぞ。」と御尋あれば、「えんちょうより平家の太政の入道殿(註、平清盛)の御迎に参て候。」と申す。「さて、の礼は何と云礼ぞ。」と問せ給へば、「南閻浮提金銅十六丈の舎那しゃなぶつ(東大寺大仏様)やきほろぼし給へる罪に依て、げん(地獄)の底におち給ふべき由、閻魔の廰に御定候が、無をば書き被て、げんのばだ書れぬなり。」とぞ申ける。二位殿打驚き、汗水に成、是を人に語給へば、聞く人皆よだちけり。



ナマハゲは「俺は改心しないぞ、やくだぞ! 惡人として悪事を続け、善人をいたぶってやる!」と宣言するあくの者を、どのように扱うのか? おそらく地獄に連行するそつとしてふるまうのでしょう(邏卒とは、明治時代の警察官の別称)。現代の日本において、犯罪者がいきなり世間(娑婆しゃば)から刑務所(地獄)に放り込まれることなどありません。警察官(邏卒という鬼)は逮捕した者を警察署(留置場)に拘留し、つづいて検察が拘置場に身柄を拘束します。検察・弁護士双方の言い分を聞き、善悪正邪をたてわける裁判(審判)を経て、犯罪者は無罪放免だったり、罰金刑や執行猶予だったり、実刑判決で刑務所に入れられたり、死刑を執行されます。霊能者は、現実世界(この世)は霊界(あの世)のうつし世と云いますが、同じことです。

じゃに豆を投げるつもりが、悪人・悪魔を連行する鬼(警察官役)と、善悪正邪をあやまることなく審判する閻魔大王(正義の味方)に、正面から喧嘩を売っている『鬼(鬼王)はそと』。「悪い子はいねぇがーー」と改心をうながす鬼(人間のたましいとは、"鬼がう"と書いて、云鬼たましいと読む)に、「鬼は帰れ帰れ!」と豆をぶつけて、ナマハゲ祭りを台無しにするような行為です。自分の魂(云+鬼)を自ら傷つけるような行いです。「さわらぬ神にたたりなし」とは云うものの、閻魔大王に豆を投げつける無礼をして「触らぬ神」といきますか? 「触らぬ神に祟りなし」できたいなら、節分の豆まきをしないことですが、だからといって、死後の閻魔大王の裁判を逃れることは出来ないのです。

そうとう宗の「しゅうしょう」より 『つらつら観ずる所に往事の再びうべからざる多し、無常たちまちに到るときは国王大臣しんじつ従僕妻子珍寶ちんぽうたすくる無し、唯ひとり黄泉におもむくのみなり、おのれしたがい行くは只れ善悪業等のみなり。今の世に因果を知らずごうほうを明らめず、三世さんぜいを知らず、善悪をわきまえざる邪見の黨侶ともがらには群すべからず、大凡おおよそ因果の道理歴然としてわたくしなし、造悪の者はち、しゅうぜんの者はのぼる、亳釐ごうじもたがわざるなり、し因果亡じて虚しからんがごときは、諸佛の出世あるべからず、祖師の西せいらいあるべからず。』

造惡の者を地獄に落とし、善行を積んだ者に報いるのは、地獄閻魔庁のえん大王です。この閻魔大王(裏の顔はぞう菩薩)を神仏習合で解くと、地獄の閻魔大王=地に蔵(かくされた)菩薩(神)たる、うしとらこんじんくにとこたちみこと

大本神諭「明治26年・・・月・・・日」
うしとらの金神は此世の閻魔えんまと現はれるぞよ。世界に大きな事やかわりた事が出て来るのは、皆この金神の渡る橋であるから、世界の出来事を考へたら、神の仕組しくみが判りて来て、誠のかいしんが出来るぞよ。

国常立尊様は、日本書紀では天地根源の神とされます。こんげん=根元=おおもとおおもと
大本教の開祖・ぐちなおによれば、国常立尊様は神律( モーセの十戒のようなもの )を厳守する法治政治をおこなったため、八百万やほよろず神々に忌み嫌われうとまれました。八百万の神々は、全会一致で国常立尊様をとうほく地方に追放、東北=ほくとうですから、北東方角を意味するうしとらを意味するうしとらの金神と名付け、「鬼門きもんより出てくるな」と煎り豆を投げて呪ったとされます。しかし大本教(出口直開祖、出口王仁三郎聖師)は、「煎り豆に花が咲くとき、艮の金神〔 うしとらの金神 〕は天地の創造神の立場(天之御中主)として復活する」と宣伝しました。

ここで、東北=北東(鬼門)を意味するうしとらの「うし」に注目して、節分の豆まきに「(牛頭の)鬼は外」が如何どんなに無謀なことをしているかを、見てゆきましょう。
まず牛を神使にする神様といえば、たたり神として名高い「てんじん様」です。牛の頭の天皇といえば、やはり祟り神( 牛頭天王を迎え入れた民は生残り報われるみんしょうらい )として名高い、てんおう。インドの白牛は、破壊のシヴァ神の乗り物。牛に縁のあるシヴァ神(マハー偉大なるカーラ)は、日本にやってきてしちふくじんのだいこく様となり、大黒様はいず大社のおおくにぬしのみこと様と同一視されます。だいこく柱=だいこく柱。牛のシヴァ神(大黒天=大国主命)と鬼は関係するのでしょうか?

東京新宿区の『 稲荷いなりおう神社 』では、稲荷大神として御魂みたまみこと鬼王権現として『つくみこと』、『おおものぬしみこと』、『あめじからみこと』を祀り、当然、『鬼は内』です。「(牛頭の)鬼はうち」で、稲荷大神と鬼王権現を崇敬することになります。なぜ稲荷大神が「鬼」と密接なのでしょうか?



稲荷いなりおほかみもん
それ かみゆいいつにして。かたなし。きょに して。霊あり
あめつち開闢ひらけこのかたくにとこたちみことはいまつれば。
あめつくたまつちつくたま。人にやどるたま
とようけの神のながれを。たまみことと。なりいでたまふ。
ながく。神納しんのう成就じょうじゅなさしめ給へば。
天に次玉。地に次玉。人に次玉。
御末みすえうけ。信ずれば。
てんこお こお くうこお しゃくこお びゃくこお
稲荷のはちれいこおしんの。ひかりの玉なれば。たれも信ずべし。しんがんを。もって。くうかいれんらいくうの玉。こうしん鏡位きょういあらため。かむたからもって。しちようきゅうせい。二十八宿しゅくぼしあるほどの星。わたくししたしむ。家を守護しゅごし。ねんげつじつわざわひ無く。まもり。の守り。おおいなるかなけんなるかななりもん つつしまおす。

伊勢いせとつみやしんぜん祝詞のりと
かむかぜ伊勢いせくに渡會わたらひやまはら
そこいはおおみやばしらふとしきたて
たかあまはら千木ちぎたかしりしづままします
とつみやとようけすめ大神おおがみ
また御号みな
保食うけもち大神おおかみとも稲荷いなり大神おおかみとももうたてまつり
蒼生あおひとくさくひいくべきいつくさのたなつものを始め
諸々もろもろ食物をしもの衣物きものいたまでなしさきはたま
ひろあつめぐみむくたてまつると
稱辭ただへごと竟奉をへまつりおろがまつさま
たひらけくやすらけくきこしめせかしこかしこみもまを



稲荷大神秘文で、国常立尊(丑寅の金神、鬼門の金神)の流れがとようけ大神様(伊勢神宮外宮)であり、御魂みたまみこと(稲荷大神)に通じ、伊勢外宮神前祝詞で「豊受大神=稲荷大神」であることが判明します。また稲荷大神(豊受大神)様の御神徳は 「衣食住の大祖にして万民豊楽の神なり」 「神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ」 と説かれています。つまり「(牛頭の)鬼は内」で、伊勢神宮(内宮の天照大御神、外宮の豊受大神)と稲荷大神(伏見稲荷等)を崇敬することになります。

つぎに、大物主様を考察します。よく知られているように、大物主命(山大神)は大国主命様のにぎみたまとされます。牛のシヴァ神=大黒天(七福神)=大国主命(出雲大社)=大物主命(三輪神社)=鬼王権現(月黄泉命、大物主命、天手力雄命)。「(牛頭の)鬼はうち」で、出雲大社・三輪神社を崇敬することになります。

さて大本教の教祖・出口王仁おにさぶろう。本名は上田三郎さぶろうでしたが、艮之金神の命令により「  」を「鬼王神社」の「 」と読み替えて、三郎さぶろう。さらに「 」を「 おに 」と読み替えて、出口直さんの婿養子となれば、出口おに三郎さぶろうになりました。
この鬼三郎の〔 おに 〕を〔 〕と読み直すと、あら不思議、出口王仁おに三郎。王仁三郎の〔 〕をひっくかえせばおうになって、神仏の元にすがってくる善人たちを守護する、頼もしい神になります。おにがわらもしかり。その王仁三郎さんは、「ワシは素戔嗚すさのをじゃ」と周囲に宣伝していました。京都八坂神社において、牛頭天王は素戔嗚尊として祀られています。日本書紀のエピソードから、「素戔嗚尊は月読尊ではないか」との説もあり、これに從うならば「牛頭天王=素戔嗚尊=月読命=鬼王権現」となります。「(牛頭の)鬼は内」で、八坂神社(牛頭天王系)を崇敬することになります。

稲荷鬼王神社の「鬼王権現」様は、もともと熊野大社が勧請元とされます。鬼門の総大将=うしとらの金神・国常立尊より始まった大本教(出口なお、出口王仁おに三郎)が開教した土地は、京都たんあや。出口直さんが住んでいたのは綾部町のしんぐう町。なぜ「あたらしいみや」なのでしょうか? それは綾部が平しげもり(閻魔大王のもとより牛頭と馬頭の鬼さんが迎えにきた平きよもりの長男)の領地であり、綾部の地形がしゅうの熊野本宮にソックリだったことから「ここを新たな熊野にみたてよう」としたことに由来するのです。大本教の聖地・本宮山の裾野に「正暦寺」というお寺があり、その由緒には

くだって平氏の盛んな時代、まつ内大臣平重盛公、当山御本尊に深く帰依し、あまたの荘園を寄進し、かつ当地の地形が紀州熊野の環境に酷似しているとして、熊野三山を当地に移し、山号をざん(旧須知山)と称した。これ当山山号の由来であり、当市内に熊野神社もあり、本宮、新宮等の名称の地区が今でも残っている。』

水軍で名高いかみ氏は熊野と縁が深く、現在の熊野本宮大社宮司は、九鬼氏の血を引く九鬼家隆氏がつとめております。



 『伊都能売神諭』 大正8年7月12日
みな神界の仕組しくみたま相応の御用がして在るので在るぞよ。誰も皆一生懸命に成りて我が仕組しくみでしておる様に思ふておれども、皆神界から使はれて居るのであるから、まことに御苦労な御役であるぞよ。いよいよ神界の経綸の九分九厘になりて来たから、伊都いづ御魂みたまの御用になりて来たぞよ。皆いさんで御用が出来るやうに成りて来たぞよ。四十八文字の生魂いくみたまが揃ふたなれど、今の今まで名は現はさぬから、ちょう折角せっかく付いた身魂は一人いちにんも帳はづれに成らぬうに心得て下され。守護神にまで気をつけて置くぞよ。
ことたまさちはひ助くわうごんかくが出来上りたら、弥々いよいよ神界の経綸の完成であるから、現界の大本の御用も思ふたよりは速く成就いたすぞよ。神がふでさきに出した事は、毛筋も間違いは致さぬぞよ。ほんぐうやま御宮おみやが建ちをはりたら、おほずみかみの深い因縁が判りて来て、うしとらの金神の経綸が判りて来るから、そう成りたら、夜があけて日の出の守護と相成りて、五六七みろく神代かみよ天晴あっぱれ成就いたすぞよ。



九〔 鬼 〕の熊野(素戔嗚尊)から来た鬼王権現(月読尊、大物主命、手力雄命)と、綾部本宮山のうしとら(北東のもん)の金神(国常立尊)および出口〔おに〕(王仁)三郎(素戔嗚尊≒月読尊)がつながりました。
また一説によれば、鬼王権現(鬼王神社)はたいらのまさかど公の幼名『 おうまる 』に由来するとします。将門公は京都平安京(藤原氏)から見て東北(丑寅)の関東で挙兵し、しんのうを名乗りました。討死した後も、かん明神や兜神社で祀られています。神田明神は、おおなむみこと様・すくなひこ命・たいらのまさかど命の3柱を祀り、今もなお多くの人々に崇敬されています。大己貴命=大国主命≒大物主命は、既に上で言及したとおりです。
さらに、みょうな符号があります。牛頭天王〔 八坂神社で素戔嗚尊と同一視 〕の神話に由来する『みんしょうらい 』の行事では、かやに〔 しょうもん 〕の御札を添えます。本来〔 しょうもん 〕だったものを、平将門の乱発生後、都の近くで「謀反むほんにんの名前の文字を使うのは・・・」という理由で〔 笑門 〕に変更したという伝説があります。しかし、本来の〔 将門 〕であれば、将門=鬼王丸から〔 鬼王門 〕と読み替えることもできます。

これは偶然の一致でしょうか? それとも、すべてを計画した「根元おおもとの神」がおられるのでしょうか?
出口王仁おに三郎聖師いわく、弥勒みろくの世は29じんしちじん )の樂遊び。9×9×9の立方体陣、答えは729。

鬼は内、七福神も内!!
神野公園著『神言会-大本教神諭解説』

テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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