愛善道の根本義/救世主義

○愛善道の根本義

 今日こんにちまでの既成宗教は霊界にへんし、現代の学説は現実界に偏し、特に哲学者は瞑想的な推理推論に走り、いづれも中庸ちゅうようを得たものがない。そこで、宗教は科学を馬鹿にし、科学は宗教を軽蔑しておる。しかも今日既成宗教のすべては、みづから唯心論的宗教の根本義を幾分軽視して科学に迎合げいごうするやふになって来た。
 例へば基督キリスト教の如き、中には奇蹟なんかをなるべく口にせぬ教派もある。さうして此種このしゅの教派の方が所謂いわゆる知識、大衆にうけれられる傾向があるので、益々このの風潮が高まって行くのである。奇蹟を語れば、今日の文明の世に馬鹿にされるから、これを避けるようになってしまった。基督教のみならず、佛教の坊さん達も同様になってきた。
 しかしながら、既成宗教において、今迄の奇蹟を抜いたならば残るところはなんにもない。教理の方面はみんなのちの人々が勝手な理屈をつけてならべ立てたのであって、宗教といふものは無い。即ち既成宗教はゼロになってしまふのである。このてんが今日の既成宗教が通俗化して遂に低級なる倫理道徳の方便ほうべん教となってしまった主因である。
 ういふ世の中すなわち科学万能にして宗教が新生命を失った世の中に、宗教も生かし科学も生かしすべての哲学に生命をあたふるところの偉大なる大原則が樹立されねば、今日の思想の混乱を整理し指導する方法がないのである。
 私のとなへる愛善の道は、既成宗教の重きを置いた霊と、近代科学の重きを置くたいとの間に奇蹟的な力があって、神秘的な結合作用をすもので、此の「ちから」こそ實に神〔火水〕かみから流れ来るもので、これを神力と謂ひ法力と称ふるのであって、この霊、力、體の三元説の大原則を樹立し、此の原則に出發した霊體れいたいの和合がおこなはれば力ある真理は成り立たないと信ずるものである。この霊、力、體の大原則は、私が神明しんめいのお導きにって霊山高熊山たかくまやまに修業を命ぜられた時に、素戔嗚尊すさのをのみこと様のめいに依って、小松林命こまつばやしのみこと様から神示しんじを得、そこに断案だんあんを発見したからであるから、今日までの如何なる学者もとなへたことのない天啓てんけいの大原則であって、これに依ってはじめて一切の既成宗教の説と現代科学の説とが両立し、而も此の二者共に真生命をあたへらるることをさとったのである。
 これを更にわかり易く言へば、男と女とは、おのづから霊とからだとを具有しておるが、今一つ神秘なる力が加はる時に子供が出来るのだ。アインスタインの相対性原理説ではらないものが一つある。その一つは実に宗教と科学とを結合し完成するところの天啓の教理であるのである。此の霊、力、體の三元説を見出みいださなければ、地上に思想的争闘のゆることなく、思想的闘争が絶えねば、従ってたい的、即ち物質的闘争の絶ゆる筈はない。
 今日所謂いわゆる末世の相が日一日と濃厚にの悩みを深めて、精神的及び物質的行詰まりの極に達して来たので、この機会に愛善道の根本義を説いて、大方の考慮をわずらはす次第であります。



○救世主義

 愛善主義は真の救世主義であります。惡人を惡人として罰し、善人を善人として賞するのは、現実界即ち自然界の人為的法則で、愛善そのものとは非常に遠いものであって、かうしたやりかたでは到底世を救ふことは出来ないのであります。現世相せそうは日一日と惡化して、国と国、民族と民族間の軋轢あつれきいまはしい闘争が益々露骨ろこつに演ぜられ、産業、経済、思想、政治、一切の世相に一大変動はまぬがれぬ状態にまでさしせまって来たのであります。この際この時、国民はしっかりと腹帯はらおびを締めて此の難局に善処しなければならぬ。それにはづ救世主義であるところの愛善主義すなわ伊都能賣いづのめ主義に依らねばなりませぬ。伊都能売神人に内在する良心神の救世の主義は、第一に慈眼じかん我が身を反省して罪悪のふちに自身を沈没せしめぬこと、つぎには慈眼我が一家をかへりみて、以て常に平和と幸福を増進せしむること。次には慈眼が一国を愛して国利民福の大精神を発揮すること、次には慈眼宇宙人類を愛善して内外東洋西洋の別なく福利せしめむとするの大精神を発揮すること、次には慈眼一切の蒼生そおうせい萬類ばんるゐを見て現世の汚濁おだくを脱却せしめ、永遠無窮むきゅうに大光明にらしむること、次には天神てんじんの愛善と信真とを理解せしめて不老不死なる天国また霊国れいごくに安住し復活せむと焦慮せうりょすることであって、れ即ち慈眼衆生を"みそなはす"所以ゆゑんのものであり、この心を體得たいとく得念とくねんした上は、人生は実に実に福壽ふくじゅ無量むりょうにして歓喜悦楽の妙境めうきょうに安住しるのであります。
 愛善主義なるものは、要するに、人生すなわち現実の世界を中心として教ふる所の神教しんきょうであって、この現世に即して永遠無窮の天国生活の真諦しんたいあじわはしむるもので、幽現ゆうげん微妙不可言ふかげんなる真理にじゅうする秘奥ひおうを現生命にそくして永遠の真生命を実得せしむる聖教せいきょうであります。くまでも現世をして妙楽の光明世界と爲すの大楽天主義であって、厭世えんせい隠遁いんとん的趣味は愛善主義すなわ伊都能賣いづのめ主義には断じてないのであります。
 観音経の『光明あまねく世界を照らし慈眼衆生をみそなはして化益けやく一機いちきを漏らすことなし』とあるは是れ即ち愛善主義にして、この信仰は非常なる楽天主義で、地獄的思想は微塵みじんもない。またこの教義には恐ろしいとか、いとふべきこととか、いまはしきものは寸毫すんごう包含ほうがんしてゐないのであります。
 既成宗教には、実にいとふべき一種の脅喝きょうかつがあり、方便があり、虚構があり、誘惑的言句げんくが現はれておりまして、すべて人間を恐怖せしめ、至粋しすい至醇しじゅんなる天成てんせい大和魂やまとだましいを軟化し、立派なる男子の睾丸こうがん抜取ばっしゅし、女子を罪穢ざいゑ権化ごんげごとく軽蔑し、人間の勇猛心を挫折せしめ、弱国弱兵の原動力となったものばかりであります。
 しかるに伊都能賣信仰人に内在する良心神に於ては、現幽げんゆう共に大光明境に住し、化益一機を漏らすことなく、るる所くところ、見るところ、聞くところ、一切ことごとく皆愛善の法悦と救ひのあみの中にり収めてしまふと云ふ真の信仰であるがゆゑに、楽天であり、大安心であり、憂苦する所なく、恐怖する所なく、愛善の徳と信真の光に依って固められたる難攻不落の堅城鉄壁であり、人生一切の後楯うしろだてであり、現界にながらにして一大光明世界に化住する真の救世教であります。


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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