神の経綸/活きた宗教の建設

○神の経綸

 『三千世界 一度に開く 梅の花』 この言葉は、今より四十年前の正月元旦に大本開祖が天の啓示けいじけ、宇宙の人群じんぐん萬類ばんるゐに向かって警告され、つ神の経綸しくみを発表されたところの金言玉辭ぎょくじであります。神様の御経綸は、この短い一句につくされて居る。梅の花はく小さいものであるが、梅のを結ぶ元である、すなわち梅のである。といふのは皇国すめらみくにの「ス」であり、世界をべる「ス」でありあるじの「ス」であります。
 世界は五大州となって居り、あたかも梅の五弁にあたり、また人のおこなふ道も五輪五常といひ、人間の体も五体といふのである。それに比べて獣類はになってゐる。尻尾がついてゐるから六になるのである。人間らしくない人間のことを"けだもの"といふのは、人間五常の道以外の道を行く者をすので、過ぎたるは及ばざるにかずといふ譯になる。
 それで梅の花といふのは、一切いっさい萬事に対して言われた言葉である。三千世界といふのは過去、現在、未来、或はまた天国、地獄、中界の意であり、また現界、幽界ゆうかい、神界を指すので、つまり佛教で所謂いはゆる三千大世界といふことを略した言葉であります。
 開祖の獅子吼ししくされてから四十年になりますが、その第八年目に私は聖地へ引寄せられ〔1898年(明治31年)10月8日、開祖と初対面。1899年(明治32年)7月3日、開祖と再会。1900年(明治33年)1月31日(旧正月元旦)出口澄子と結婚〕、それから今年で三十三年になります。このの八の数字にも、またこの三十三の数にも深い意味があります。其間に世の誤解の中に立って色々な激流を渡り荊棘いばらの道を越え、猛獣に追はれ三十三相の働きをせねばならぬ種々な艱難かんなんを経て来ましたが、いよいよ神様の道が開ける時が参りました。
 大本の根本霊場たる本宮山ほんぐうやま(一名桶伏山おけぶせやま)に神聲碑しんせいひが建つ時にいよいよ神様が表にあらはれるのであると私に神様から始終あふせになって居ったのでありますが、その神聲碑うぶごえが神命にって建てられたのが昨年(昭和六年)の九月八日でありました。



○神聲碑(うぶごえ)
 三せんせかい いちどにひら九
 うめのはな もとのかみよに
 たてかえ たてなおすぞよ
 すみせんざんにこしをかけ
 うしとらのこんじんまもるぞよ
   めいじ二十五ねんしようが
   ついつか    で九ちなお

○教碑
 神者万物普遍の霊にして
 人は天地経綸の大司宰也
 神人合一して茲に無限の
 権力を発揮◉   王仁誌

○歌碑
 盛なりしやゐのあとのつる山に
 やまほとゝきす昼よるを啼く
 よしやみは蒙古のあらのに朽るとも
 やまと男の子の品は落さじ
     昭和六年七月十二日
              出口王仁三郎



 満州事変は一方から見れば国難こくなんでありますが、他の一方から見れば国難といふよりはむし国福こくふくでありまして、これから東亞とうあの光りが世界に光被こうひして、日本神国の光が八紘はっかうに輝き渡る、其ひらめの状態に遭遇したのでありますから、此国難に対しては一切の原動をつつしみ、思想国難、外交国難、経済国難に対し、国民は小さいことを棄て大同だいどうに向かってこれを打破して進まねばなりませぬ。しかしてすべてが打破され、すべてがあらたまる……改まれば国難は一転して大なる国福となるのであります。即ち国歩こくほ艱難の時に於て初めて国の光を輝かすところの端緒たんちょを開くのである。あたかも大本のをしへ法難ほうなんに依って初めて信者の誤れる思想や観察が内省されて、却ってまことの道が開けて来たのと同様であります。
 私は大本の法難を決して法難とは思わずかへって法福ほうふくであると信じて感謝して愉快に迎へて来たのであります。あれが本当に不敬罪であったならば、神様がお許しあるはずもなく、これは日本国民として陛下に申譯もうしわけがない。愉快どころではない、政府の刑罰をまつ迄もなくみづから切腹して死んでしまふのでありますが、吾々われわれは国家のために、皇室の御爲に一生懸命やったことでありますから、さういふ気の弱いことではならない。どこまでも"あかり"を立て、一方神様の道のあきらかなことを示さねばならぬといふ考へを以て勇往ゆうわう邁進まいしんして来たのであります。
 そこで、人類愛善あいぜんといふのは、佛教では一切衆生を愛すといふので、人類愛善は意義が狭いなどといふものもありますが、大本の神諭にも『この神は〔改心してい改めたならば〕虫ケラまでも助ける神』とある如く、人類といふことは『人群萬類』といふことを略したものでありまして、森羅万象一切を愛するといふことになる。人類とは人群萬類の省略である。人群萬類愛善会ではあまりに長過ぎるから略したまでである。会員方やこれを宣傳せんでんする者は特に此點このてんを承知して貰いいものであります。而して此国難は〔愛善良心神〕の道に依って打開して行けば国福に轉ずるのでありますから、会員並びに全日本国民は勿論もちろん、世界の全人類と共にこの大光明を望んで〔愛善良心神〕の道に大同和合せねばならぬと信ずるのであります。




○活きた宗教の建設

 宗教本来の価値は、内容は既に死滅して大殿堂のみが残ってゐる。今日こんにちの宗教は弔祭佛事、檀家だんかと寺との関係はあっても人間とほとけとの霊的関係は絶縁の状態に置かれて在る。最早今日の宗教は外部的の改善位では駄目だ、所謂いわゆる復活の見込みが立たぬ。既成きせいの教義や信條を肯定したままの改善は、表面から如何に立派でも遂に破綻はまぬがれない。要するに既成宗教の根本に致命的な缺點けってんがあるからだ。大改革の時機は到来したのだ。
 学者等の宗教改革論は在っても既成宗教そのものを新しく解釈した迄だから、きた新宗教の基礎とはならない。幻想的な迷信くさい所に引張り込んで求道者を誤魔化ごまくわすと言ふだけである。
 既成宗の何物にもとらはれず、思ひ切って不合理のてんを大胆に改善して現代人の要求に足るべき活宗教の建設をはかってゐる、いな実行宣布せんぷしてゐるのが〔大本米の教え〕であって、天下唯一の真宗教であるのだ。宗教信仰の徹底は言ふ迄もなく、神に対する確乎かくこたる信念にあるが、その神が又闇雲やみくもの存在であってはならぬ。この意味に於て神の正體しょうたいを明示する必要がある。

新・ノアの箱船
神言会 ― 大本教神諭解説

 英国のホップス博士いはく『宗教は丸薬がんやくごとし、噛砕くべからず、丸薬を鵜呑うのみにすれば効あり、分析して内容を知る時は効力なし、蛍火ほたるびも暗夜には光を放ち、太陽に照らされ光を失ふ、人生の燈臺とうだいたる宗教は今や生命なし、現代の既成宗教には知識階級なし、れは矛盾と不合理にたされて科学的に権力が零だからである』と。
 現代の宗教を生かし、改良せむとするは死者に醫藥いやくあたへむとするに同じ、檀家や周圍の手前おつとめにやって居るが、心底しんていより真に禮拝らいはいする宗教家はく少ないのが事実である。自宗の教義学説に対しても疑義を抱いて居ながら、公然発表すれば異端視されるおそれがあり、教團より排斥はいせきされるから沈黙を守って居る無気力者が多いのだ。お目出度めでたい連中か〔     〕のみの既成宗教。

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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