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瑞能神歌/いろは歌 目次

☆瑞能神歌/いろは歌 

○「神霊界」大正六年十一月号 まえがき
 変性女子の御魂に、坤の金神を初め、数多の神霊憑り玉ひて、予言なり、警告なり、教理など書き誌されたしもの数千冊ありけるが、明治三十六年と同三十八年の二回に渡りて、大本の役員等、変性女子の書きし物は、残らず乱世の根本なりと誤解し、一所に山の如く集め火を放ちて焼棄したるを以て、今は只今々一、二人の確実なる人の手に在りし、小部分の遺れるのみ。其中より所々抜萃〔 率 〕して茲に記載する事とせり。

○「瑞能神歌解題」
△本篇に収録したる神歌三篇は、何れも裏の神諭として取扱ふべき性質のものであります。それぞれ瑞の御霊がお懸りになり、咄嗟の間に完結されたもので、普通の文藝的性質の作とは全然選を異にするはいふまでもありませぬ。
△『大本神歌』は大正六年十二月一日の御作で、大正七年二月発行の雑誌『神霊界』誌上に掲載されて居ります。世の大峠の前後に亘る顕幽両界の重要事を述べられた神歌で、大本信者に取りては無二の宝典であります。
△いろは歌(其の一)は大正六年十一月三日の御作で、これは六年十二月及七年一月の『神霊界』誌上で発表されて居ります。
△いろは歌(其の二)はずっと旧作で、明治三十六年九月十日の御執筆であります。当時、変性女子の書かれたものは、大本役員の誤解により大部分焼棄されてしまいましたが、十数冊丈保存されて居ます。本歌は其中から選びました。これは大正六年十一月発行の『神霊界』に掲載されて居ます。

国立国会図書館デジタルコレクション『瑞能神歌』(原典)
大本神歌
瑞能神歌/いろは歌(1)上
瑞能神歌/いろは歌(1)下
瑞能神歌/いろは歌(2)

ぐち さぶろうというかたは、おそらく人類史上に入る未来予言者です(未来を予知よちする者)。予言の的中率、文章のそっちょくさ、かのノストラダムスの予言と比較ひかくすれば、王仁三郎さんの凄味すごみ際立きわだちます。大正たいしょう時代に、日本とアメリカとのあいだ生起せいきする太平洋戦争を、その戦況までてきかくに予知していた者はいません。それはみずしん本編を御覧ごらんになれば、納得していただけると思います。「太平洋戦争に突入してからあときしたんじゃないか?」という疑惑ぎわくを持たれたかたもおりますが、時系列を調べると、その疑惑もかいしょうします。王仁三郎さんは1935年(昭和10年)12月8日以降の第二次大本事件で大日本帝国政府により治安ちあん維持法いじほう違反いはん容疑で逮捕され、刑務所に放り込まれました。そして、大本教関連の著作は大本神諭・霊界物語含めて全部発禁はっきん処分です。1944年(昭和19年)冬以降の日本本土空襲を、後から著作に盛り込むことは出来ないのです。ここで、おにならぬ三郎の予言歌を、ほんの数首、紹介します(一部以外は大正時代の霊界物語第七巻余白歌より)。



の雨はなり。(大笑辞典 ― 掃き寄せ集「神霊界」大正十年三月号)
げんのみきな信者はもすれば ようげんげんだっせんするなり(霊界物語第十三巻余白歌)
御空みそらく 飛行機のかげながめつつせまる日本のなやみを思ふ(霊界物語第四十二巻余白歌)
とこやみの 世をらさむとひむがしの そらよりつる火弾かだんのかずかず
おどろきてまどひつつもろびとは 神らざりしをかこつらむ
たまやみらしてまもる おおもとがみもとにます〔 註:大本神=おおもと神=根元の神=創造神 〕
れいりょくたい 一致いっちせざれば真実の すくふべきをしへにあらず
たまやみひかりとかがやける世にをしへたふと
もとの 神の心はいそぐらむ たてへの〔 火 〕もせまきたれば
○神はみちつけてでませり たれもこの道やすあゆめよ〔 註:出る道とは、神のぐちのこと。出口なお、出口王仁三郎 〕
たてかへ経綸しぐみおくさはあれど 人に言はれぬ事のおほかり〔 註:出口直開祖の名前『 なお 』は『 ぐ 』と読み替える。『 しょうじき 』のように『 じき 』とも読む。 〕
たまはふ神のまもりのつよければ まず死なずのたまなるべし〔 註:黙示録の第一の死、第二の死関連 〕
あめつちの神のあらはれて かみしもむつかみとなるらむ
○かむながら 神のをしへによらざれば 平安無事にをさまらぬ92
○今までの智慧ちゑまなびをたよらずに 神にざめよほろぶことなし
わだふかきにひそまがかみも うかびてかみさんなすらむ
○どこまでも正義せいぎひかりかがやかし とこやみの世をらさむとおもふ
おおもとせんでんするはかみのためおんくにのためひとのため
うちそとの人の心をあいぜんの まことのひかりらしたきもの
しきしま大和やまとことうえの あらゆるくにつかさなりけり
あめつちおやの神のれますも くにおやぐになればなりけり
ひさかたあまそらよりわたる とりさけびにますべし〔 註:鳥で『 とり 』。十里四方も『 』。十里で『 とり 』と読む 〕
てんとき 今やいたりてもろもろつみちたるものはほろびむ
おおもとをしへきらひし世の人も 一度は必ず合掌がっしょうするなり
みろく弥勒の世 よかしと祈りつつ いわひらときつかな
しんちょくの しん かみなり あめは みだれたる世のさまをいふなり(第37巻余白歌)
○何事の勃発ぼっぱつすともかむながら まかびとしんかみなり(第37巻余白歌)
とせの いわ七五三しめけにけり みろく三会さんゑひびきに(第48巻余白歌)



出口王仁三郎聖師の未来予知は、個人的な超能力ではありません。「未来はこうなる。だから、そなたは眠っている人々にけいこくしなさい」と命令した神がおられるのです。まことの神(根元の神、創造の神、はじめで終《 尾張おわり 》、アルファ《 あ 》でありオメガ《 ん 》すなわちうんいりぐににしてぐちの神、ヤハウェ)から言葉をあずかり、人々に警告する特別な役目を背負せおったものを、げんしゃといいます。神の言葉をあずかる者。出口直開祖・王仁三郎聖師は、まさに預言よげんしゃといえます。



○出口王仁三郎著「学と神力の力競べ」 月鏡(昭4/10)
一時間に絵たんざくの千枚も私(王仁三郎聖師)がくのを人は信じまいが、お前達めいこう社の人々、毎日のやうに実地じっちけんぶんしてゐるものにはうたがひは無いだらう。四百頁(四六判)近い『れいものがたり』を二日乃至ないし三日にこうじゅつするのも、ならった事のない絵が書けるのもらくやきが出来るのも、みな神様が私を使うてがくりきしんりきとのちからくらべをしてられるのである。おほもとしんに「かみおもてあらはれて、神力とがくとの力競べを致すぞよ、がくの世はもうみたぞよ、神にはてんぞよ」とあるをあかしせんがためである。


の神は ひとかんとなしたまひ のことごとをしめしますも(王仁三郎、霊界物語第77巻余白歌)



では、出口でぐちなお開祖をして「ふでさき」(聖師編集後は大本神諭)を下し、出口王仁三郎さんに未来を教えて発表せしめた『 しゅかみ 』とは、如何いかなる神様なのでしょうか? その真実は、出口直開祖の大本神諭にめられています。



明治31年旧暦12月26日 大本神諭
『出口なおに明治二十五年にもうしてあること、このたいもう経綸しくみいたしてあることを、世界せかい一人ひとり知りておる。まことひとはこしらえてあるから、この誠の人が出てんとわからんぞよ。誠の人を西にしひがしたてけて御用ごようがさしてるぞよ。この事わかりて来たなれば、三千世界が一度にひらくぞよ。綾部あやべここのはないたならば万古まんごまつだいれぬはなであるぞよ』



出口でぐちなお開祖がうしとらこんじん・国常立尊様の言葉をとりぎ、出口でぐち王仁おにさぶろう聖師が編集した「大本神諭(大本教神諭)」。そこに、『あやに咲くここのはな』というキーワードがめられています。つまりかぎ言葉ことばかぎをかけるのは、金庫なり、宝箱なり、大事なものを隠したり守るためです。あるいは、猛獣のおりのように、危険なものをそとに出さないようにするためです。では、『綾部から咲くここの』という鍵でひらくと、何がてくるのでしょうか?

『綾部に咲く九つ花』を上野かみのこうえんさんが紐解ひもとけば、そこに天帝/根元もとの神/おおもとの神/万軍の主/創造神とたましい論(おにう=王仁おにいた魂〔 云鬼たましい 〕の良心神)が隠されていました。八百万やほよろずの神々に艮〔 うしとら 〕へ退かされ「鬼門きもんうしとら 〕のこんじん」として『鬼は外~』と節分せつぶんいりまめをぶつけられていた国常立尊(くにとこたちのみこと)様は、日本列島の鬼門きもんうしとら方角)たる東北(北東)にふうじこまれたと、大本神諭はかします。とうほく地方のことを、みちのくいまして(松尾芭蕉 『おくほそみち』 を参照)、「未知みち」=「みち(未知)」。
大本神諭の原型たる、出口なお開祖のふでさきは全文「ひら仮名がな」で書かれていまして、この御筆先を取捨選択・編集・漢字をったかたが、出口王仁三郎聖師となります。御筆先のげんぶんは、以下のようなものです。

『うしとらのこんじ
 んわかひめぎめのみ
 ことで九゛ちのかみとあ
 らわれるわへんじよな
 んしのみたまがおもて
 になるにちこなりたぞよ』

ここにハッキリと『ぐち』に、『で九゛ち』と表記しており、『く=』であることがめいはくになります。すなわち『国常立尊』という御神名をひら仮名がなへんかんすると「 くにとこたちのみこと 」となり、再び漢字をれば「 とこたち御言みこと」と読めます。九(9)が二つならぶから九二くに。通常「ならぶ」という言葉には「並」という漢字をあてますが、「並」の旧字は「ならぶ」。ならべて立てれば、×

「九の数理盤(お米+うめぼし=日の丸〔弁当〕) とこ立尊たちのみこと

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 56
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51

綾部から咲く九つ花九×九の数理盤」は、中心の「41」を経由すれば「」の形をめる三六九弥勒の経綸。
米の教えは『〔 田 〕を救〔 鋤 〕すくいて世根よねとなれ』。

51+42+33+50+41+32+49+40+31=369
21+39+57+23+41+59+25+43+61=369
11+38+35+14+41+68+17+44+71=369
01+37+73+05+41+77+09+45+81=369

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 66
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51

九×九の数理盤(将棋盤)は、縦列、横列、どこの総和もになりますが、中央数「 41 」を経由する69の列を赤く塗ると、「コメ」の形状になります。99とこ立尊たちのみことは『九の数理盤』であり、『綾部から咲くここのばな』そのものであり、つまり「米」の漢字をめています。主神(根元の創造神)より「日本語(平仮名+漢字)」を通じてつたえられた八十八の教えは『他〔 田 〕救〔 鋤 〕すくいて世根よね〔 米 〕となれ』。日本人の主食は米食で、パンは副食。西洋人の主食はパン(麦)で、ナザレのイエスはパンをくばりました。でも日本人(日本魂やまとだましい)なら米(米教)の方が体質的(魂的)に向いているはずです。

仏教の開祖お釈迦しゃか様没後、釈迦牟尼仏の本当のさとりは忘れられ、末法まっぽうの世が訪れると預言されています。僧侶や修行者はおれど、誰もさとるものなどなく、仏教は形骸化してしまう。しかし釈迦入滅から56億7千万年の超未来、弥勒みろく如来(預言当時は、そつてんで修業中の弥勒菩薩)があらわれて、ミロク369の教えを開いて「お釈迦様の悟り」を人々に教えさとすと預言されています。
弥勒神が現れるのは、釈迦没後五十六56千万年後。81(九二)×7=567。

すくふ 弥勒みろくかみの 標章みしるしは まるじゅうかむさだめなる(王仁三郎、霊界物語第1巻余白歌)
の世 よかしといのりつつ いわひらく時をつかな(王仁三郎、霊界物語第7巻余白歌)
いろいろと世は紫陽花あじさいななかはり かはらぬみちあまの神(王仁三郎、霊界物語第2巻余白歌)

達磨だるまは七ころび八き。旧約聖書、創造神は世界を六日で創造し、今(七日目)はあんそくで、その働きをやすまれている。
主の神の働きがおもてに出ないならば、サタンも、惡魔も、魔界の魔物も、霊界の曲津神も、荒ぶる神も、邪神も、じゃしんも、邪霊も、幽霊もやりほうだい。人類の祖先(アダムとイブ)を誘惑し、エデンのその(天国)から追放される原因となった「へびだいじゃ 〕」も、すっかり魂の心棒(柱としてあらわれた良心神)に巻き付いて何喰わぬ顔。いまや全世界に蛇霊の天下が宣言される状態。じゃの道はへび、霊力をもっただいじゃ〔 大蛇と書いてオロチ。八岐やまた大蛇おろち 〕はじゃしんからじゃしんに進化・惡化し、人々に邪心じゃしんを吹きこんでいます。ヨハネの黙示録いわく、サタンの正体は霊界の年老いたへびでした。

蛇霊WHO01

でも根元もとの神は、閻魔大王として、未知の九みちのくたる丑寅にちゃんと存在しておられました。そして出口王仁三郎聖師は、「国常立尊がうしとらに封印されたとは、天皇の御支配が世界のうしとら(東北)=日本列島に限定されていることだ」と述べられています。 「その日(最後の審判の日)、主は堅く大いなる強いつるぎで逃げる蛇 レヴィアサン、曲がりくねる蛇 レヴィアサンを罰し、また海にいる竜を殺される。」(旧約聖書『イザヤ書』第27章第一節)

「日本は言霊ことたまさちはう国」

国常立尊とは、大本神諭で「日本の御先祖様」と表現されています。つまり日本という国土くにと共にあられる言葉九十八=日本語(言霊神)でもある。上野公園さんの『神言会・大本教神諭解説』を御覧になれば、九の数理盤(国常立尊)に八十一文字の日本語があてはめられていると、実感じっかんいただけると思います。創造神の御言葉は(後天的に勉強しなければ)日本列島に住む人にしかしゃべったりいたり理解することが出来ませんが、その仕組しくみによって弥勒369の漢字をかんずれば、「弥々始まる改革の力弓尓革力」。革命です。七度目の世現地球世界は終焉をむかえ、四八音ヨハネの黙示録の内容を経て、「私は新しい天と地を見た」。仏教、キリスト教、日本神道、大本教(おおもと教)は全て連動しています。それは、根元もとかみが同じだからで、その神様をユダヤ教ではヤハウェ、イスラム教ではアラー、仏教では祇園精舎ぎおんしょうじゃの守護神たる牛頭ごず天王てんのう、日本では92とこ立尊たちのみことと申し上げます。ちなみに日本神道では、牛頭天王は素戔嗚尊すさのをのみことと同一視され、京都のさか神社が有名です。八坂神社の参道で「癲癇てんかん」によって引き起こされた大事故は、「転換てんかん」の烽火のろし。(人に内在する良心神ブログ、2012年5月13日『どこにターニング・ポイントを見るか!。テンカンのはじまるか?』)

上野公園さんのHP『神言会・大本教神諭解説』および『人に内在する良心神ブログ』を御覧いただければ、出口王仁三郎聖師の名演技を通じて、日本語に創造神の教えがめられていることをじっかん(實観)いただけると思います。

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 56
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51


人が悔い改めて良心を取り戻せば、魂の中心(41のラ/良、上図の赤い数字41)は八方向(上図の隅へ、米字の八十八)にひかかがく徳川光圀(四方八方)、蛇霊なんぞ閻魔大王様にかなうはずもなし。このもんどころ(綾部から咲く九つ花)が眼に入らぬか!
『魂』という漢字かんじおとを、かんじるままにかんじてみれば〔 大本神諭、りゅうぐうおとひめ様にはおと様の漢字かんじも振られている 〕、観音かんのんの智慧により変かんして、「云鬼たましい」=「おにが云う」=「が云う」。鬼は閻魔大王の部下で、王仁三郎は国常立尊(閻魔大王)様と豊雲野尊様の部下(御台、杖)。東大寺の大仏殿を、結果的に焼いてしまった平清盛(正確には息子、平しげひら)。その平家物語で、熱病に苦しむたいらのきよもりむかえにきたものは?? 



○平家物語、淨海死去より
にゅうどうしょうこく(註、平清盛)のきたかた(註、正妻)、二位殿(註、平とき)の夢に見給ひける事こそおそろしけれ。たとえば、猛火のおびただしもえたるくるま(註、牛車)をもんうちやりいれたり。前後に立たる者のあるうまつらの様なる者もあり、或はうしの面の様なる者もりけり。車の前には、と云う文字ばかり見えたるくろがねふだをぞ立たりける。二位殿夢の心に、「あれはいずくよりぞ。」と御尋おたずねあれば、「えんちょうより平家の太政だじょうの入道殿(註、平清盛)の御迎おむかえまいりそうろう。」と申す。「さて、ふだは何という礼ぞ。」と問せ給へば、「南閻浮提金銅十六丈のしゃぶつ(註、東大寺の大仏様)やきほろぼし給へる罪によって、無間むげんそこおちたまふべきよし、閻魔の廰に御定候が、無をば書き被て、げんのばだ書れぬなり。」とぞまをしける。二位殿打驚き、汗水になりこれを人にかたりたまへば、聞く人みな身の毛よだちけり。霊佛 霊社へ、こんごん七寶を投げ、馬 鞍 鎧 冑 弓箭 太刀たち かたなに至る迄、取出し運出して祈り被けれ共、その験も無りけり。男女の君達きんだち、跡枕にさしつどひて、如何にせんとなげき悲み給へども叶べしども見えざりけり。



時子ときこ(清盛の正妻)の夢にあわれたのは、牛頭と馬頭のおにさんでした。そして鬼は地獄で罪人にけいを科して苦しめる存在。すなわち鬼が「う(責める)」のは「りょうしん呵責かしゃく」で、その良心の働きはたましいさずおや(閻魔庁の長官にして、地獄の鬼の総大将・閻魔大王)たるくにとこたちの尊〔 御言葉みこと 〕様からきています。
2000年前のナザレのイエスは「人々よ、おのれつみおこないあらためよ。主の神の御国(主神の支配)は近づいた」と宣伝しました。まっぽうとなった平成27年も、同じことがいえます。「人々よ、おのれの罪と行いを悔い改めよ。じゃへび 〕を制圧してエデンのそのに帰れ。天地てんちの御先祖様、みなもとかみすなわちうしとらの金神〔 こんじん 〕国常立尊の御帰還は近づいた。うしとらこんじん国常立尊が此世このよ閻魔えんまあらはれて、ぜんあくとをたてける最後さいごしんぱんさんぜん世界せかいたてかへたてなほし、二度目にどめあま岩戸いわとひらきがはじまるゆえに」。

かみ(示申)は、ことしめもう
 しんこうは、人は言葉をあおよ』
(神言会大本教神諭解説・序章)より



テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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