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『大本神諭』 明治31年7月16日

○明治31年7月16日

 このおほもとはまだまだくならぬが、良くなりかけたら、このなかいっさいことこころくばいたさんと、怠惰なまけものがあつまりてて、けっこうばかりちて、ひと苦勞くらうとくらうといたして、おほもとくひものいたしゅごうじんやら、わるがみまゐるぞよ。ぐちなおすぢをねらうて、惡神のかしらがかかりて来て、おほもといちりん仕組しぐみ横奪りにるぞよ。もくてきたぬと見たら、出口でぐちなおわるもうしてひきかうといたすから、その覺悟かくごを致してござれよ。




◎『新月の光 下巻』73ページより「○一厘組一掃の事件」
 今度の事件(第二次大本事件)はいちりんぐみいっそうするための事件である。(昭和18年3月)(参照略)


○出口直日『こころの手帖』より「大本事件の思い出」202ページより
 在住信者、奉仕者は毎日毎日、警察にびつけられているということでしたが、ある日、私〔 出口でぐちなほさん 〕も呼ばれて、てんせいしゃ(印刷所)の二階で調しらべを受けました。がわみつぐというかたでしたが、私がオドオドしていたのでしょう。
「何もこわがることはないよ。ひどいうんじゃないから」といっていました。ふるいことなので、どんなことを聞かれたのか、さいにはおぼえていませんが、「お前は、こんなひどいにあって、何か思い当たることはないか」といいました。いつまでもおしだまっていると、
「ないはずはない、なにかいってごらん」
 と、たびたびうながしますので、私は、
「このあいだ、新聞に<しずおかに大本事件>として、また地方にけんきょがあった記事が出ていまして、いんされた人々の名がっていましたが、母〔 出口すみ、二代 〕は ―「だれだろう、知らん人や」― といっていました。福田つな子さんも ―「いっこうに思いあたりません。名も聞いたことのない人ですから。もしかしたら、あいぜんかいいんかも知れませんよ」― といっていたことがありましたが、なんでもいちりんぐみとかいって、になれば、出口でぐちさぶろうてんのうくらいにのぼるので、そのことをいちりんというのであるだとといっているそうで、その人たちのそうを、大本全部の思想とまちがえられたのではないかと思います」
 ともうしましたら、小川氏は、なんともいわずにいましたが、そのうち、自分のんだのみちゃわんを私の前にしめして、
「たとえば、この茶碗がおほもととすればなァ、そのいちりんみはあなたたちの知らぬようなたる、あるいは、新しい信者であっても、その責任は、ここへおよぼすで」
 おいって、湯呑茶碗の中心を指で示しました。私は、心の中で ―「ヤッパリこれだった、こんなちゃなことってあるものだろうか」― とふんがいにたえませんでした。


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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