裏の神諭(一)上

王仁三郎02 王仁三郎03 王仁三郎12明治29年


○明治三十六年六月一日

 斯世このよ暗黒やみらさんために、天津あまつ御祖みおやかみは、あめ八重やへぐも伊都いづ千別ちわき掻別かきわけて、いづ御魂みたま みづ御魂みたまとよあしはら瑞穂みづほ中津なかつしんこくあまくだたまへり。
 ふたつの御魂みたまは天津御空より、黄金こがね光輝ひかりはなちてにくみやをさまりたまひてしき神業みわざしめして、神の國の證明あかしし、このくもりたる世をひらたまふ。

 △△御魂みたまきよめて神の御国を知り、初めて言成まことかみまみえ、まこと神言たよりけり。
 日頃ひごろ 心中こころうづたかつもれる罪の捨場すてばさとりたり。六年あまりて王仁おにが常に心にかかりつつりし疑問ぎもんの雲はれたり。いままでうたがひつつりしは、まさしく真正まことかみ御国みくにひらかむための、かへりてちからと成りたりき。今迄しからむとおもひ悩める事は、矢張やはりしかりき。あやしと思ひ考えたりし事は、ことごとく怪しかりしを、しんじょりて覚悟かくごたり。
 みづ御魂みたま△△の臍下したつ丹田いはねくだたまひて、真如まこと日光ひかりはなちたれば、△△がこころかがみわたりけり。
 うたがことすべしんかいたいたてまつりておそおほことなれども、けだことなり奇怪あやしことがらと思ふ時は、たとひ神界のおんことなりとも何處どこまでもかんがへざるらず。ただかみことばなりとて前後の区別くべつく、ただちにしんずる時はめいしんおちいり、かへって眞正まことみちそこなやぶし。
 △△今迄はつみけがれなか彷徨さまよひて、みち行程ゆくてに苦しみたりしが、今や天降あまもたまひし瑞の御魂りて、ただしくやすたいらかなる大道おほぢみちびかれたり。我れさとすくはれたり。これより進んでそのさとたるところ発表あらはしめして、もっけがれたる世を救はむとほっす。
 あまはら雲路くもぢはるかに掻別かきわけて、天降あまもりたる瑞の御魂つたへにりて、天の道、地の道もあきらけくれり。あめのみち つちのみちもとよりかし。よのひとこころくらがりなりしゆゑに、今までかきみちを知らざりしのみ。あゆまざりしのみ。
 瑞の御魂 いまくだりて肉の宮に入り、ねんごろに神の國のおしへつたふ。神の子よ、すすんで神の教を聞け、かみことば生命いのちつなにして、さかええのそのなり。

 神〔 示申かみ 〕にせいじゃべつあり。せいしんかいかみがみそのしんれい、皆てんていより直接にたる。じゃしんかい御魂みたま體主霊従あく〔 惡 〕よりおこるものなり。
 神よりいででたる至霊しれいかみよろしくけいすべし。神よりでず、つみよりたりし曲津まがつかみは、けっして敬すべからず。
 すべしんだうをしへしんずるもの、もっとしんちょう態度たいどし、ちんちゃくにしてしんきょうせいじゃわきまらざるべからず。あくなるものはつねぜん仮面かめんかぶりてあらはれたり、心ただしきもの、またおこなひきものを迷はせ、苦しめんとするものなり。
 あめなかぬしかみ精霊せいれいたるあまてらすすめおほかみは、至仁至愛みろく〔 369 〕のおほかみなり。神はゆうしんあいもっこころたまへども、特に仁愛みろく 〕をって、しゅとしたまふ。




きゅうすうばん(おこめぎん舎利しゃり 〕+うめぼしまる〔 弁当 〕は日本にほんの国旗の意味を籠め〔 こめ 〕る。) とこたちのみこと

  
一 31 76 13 36 81 18 29 74 11
二 22 40 58 27 45 63 20 38 56
三 67 04 49 72 09 54 65 02 47
四 30 75 12 32 77 14 34 79 16
五 21 39 57 23 41 59 25 43 61
六 66 03 48 68 05 50 70 07 52
七 35 80 17 28 73 10 33 78 15
八 26 44 62 19 37 55 24 42 60
九 71 08 53 64 01 46 69 06 51

綾部から咲く九つ花九×九の数理盤」は、中心の「41」を経由すれば「」の形をめる三六九弥勒経綸しぐみ
おしえこめられた秘密ひみつは、『〔 他 〕をすく〔 救 〕いて世根よね〔 米(よね) 〕となれ』。

51+42+33+50+41+32+49+40+31=369
21+39+57+23+41+59+25+43+61=369
11+38+35+14+41+68+17+44+71=369
01+37+73+05+41+77+09+45+81=369

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 66
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51

九×九の数理盤(将棋しょうぎばん)は、縦列、横列、どこの総和もになりますが、中央数「41」を経由けいゆする弥勒ミロクの列を赤く塗ると、「コメ」の形状になります。御飯(米=ぎん舎利しゃり)だけで中心に「うめぼし〔 梅干 〕」をいた弁当を「まるべんとう」と云いまして、大本教神典では九二とこたちみこと様を「日本の国祖大神、地の先祖せんぞ様」と表現しています。またうめぼし〔 梅干 〕の種子たねの中心( じん )をてんじん〔 天のじん 〕様とも申し上げる。41=天神( 天之御中主 )様。日本語で、あ01、い02、う03、え04、お05、か06、き07…と数字をふると、「」からかぞえて41番目に来るのは「ら〔 ラ 〕」。を漢字を変換すると、「」(奈良県など)、「」(羅城門など)、「」(全裸など)、「」が出てきます。大本神諭〔 出口でぐちなお開祖のふでさき 〕において、鬼門きもんに位置するうしとら〔 丑寅 〕のこんじんたるくにとこたちのみこと様は、此世このよ閻魔エンマあらわれる……と表現されます。神仏を守護するおに……すなわの鬼〔 〕をおう様といます。仁王達を指揮して、死者のぜんあくせいじゃと罪の重さをしんぱんする閻魔大王がおはす鬼門きもんとはしょうもんのことで、羅生門〔 しょうもん 〕は、神の都たるエルサレム平安京まもります。大本神諭いはく、綾部あやべふくやままひづるそとがこい、四方しほうみやうち





 あいいつつのべつあり。いちは「親子おやこあひだの愛」なり。親が子を愛し、子がの親をけいあいするは、人類固有こゆうてんせいなり。きんじゅういへどもも子を愛す。なかには子もまた親を愛するものあり。れ普通の愛なり、動物自然の愛なり。の愛きものは世界に無きはずなり。しかれども暗黒なる今の世は、親のほうよりして子を愛すれども、子よりして親をうやまひ愛するものすくなし。はと三枝さんしれいあり、からす反哺はんぽこうあり。いはんや神の子とうまいでたるひとにして、親を敬ふ事をさず、これを愛し、つかふる事をざるものは、禽獣にもおとるものなり。野山のたけけものさえ子を愛する事はれり。我子のみを愛しながわが父母ふぼを敬愛せざるもの、今の世にもっとおほし。
 は「このむの愛」なり。牛馬を好むがゆゑに牛馬を愛し、ぼんさいを好むが故に盆栽を愛し、書画しょがを好むが故に書画を愛し、美人を好むが故に美人を愛す。すべて好むの愛は自己じこの好みにりて、自己の心を愛するものなり。牛馬そのものために愛するものにあらず。盆栽、書画、美人、そのほかすべそのものの為に愛を加ふるにあらざるものは、みな「このむ」の愛なり。
 さんは「義理ぎりあい」なり。の愛は心の底より出たる愛にあらず。ままははが、せんさいの子を愛するのは、れ義理の愛なり。継母なりとてかくのごときもの而己のみにあらず、たまには眞實まことこころうるはしくして、心の底より愛するものきにあらず。れど継母のまま子を愛するは、たいていそのおっとに対する為に愛し、親族知己ちきに対する為に愛し、また世間せけんへ対するの為に愛す。是等これらるゐすべて義理の愛といふなり。
 そのよんは「いつはりりのあい」なり。くちさき而己のみあいとなへつつ、心にしんの愛なきものなり。げんこんしゅうきょうどうがくしゃなどのくちにする愛はすべ偽善ぎぜんなり。いつはりの愛なり。又、しんせいあいなりと信じて、ひとびとすくひのみちみちびかむとおもわづらひ、まことあいを誤解せる人の愛は、いつはりの愛とる事あり。度量どりょうせま智識ちしきあさしんたうしゃ。又はがんめいなるきょう法家ほふかしゅしゃうする愛もおほくは偽りの愛と成る事あり。
 は「かみあい」なり。神は至仁至愛三六九なり、まことの愛なり、ただしくうるはしくかぎき愛なり。てきするものもしたがふものも、区別くべつてざるしんあいなり。しんこんけがれ、かつまがりたるものをきよなほし、ぜんみちびくは神の愛なり。すべてのひとかたより見る事なし。 国のないがいはず、人種の異同いどうろんぜず、ひとしく愛するは神の愛なり。神は善人のこうべてらし、あくにん身体からだひとしく照したまごとく、如何いかなるつみけがれふかき人なりとも、善人と同じく愛したまふ。これ至仁至愛369かみごころなり。神は弱きもの、ちいさきもの、しきもの、道を知らざるものに特に神慮みこころわづらはしたまふなり。わが身魂みたまけがれたることくもれる事、いやしき事をみづかさとたる人は、最早もはや神の御国みくに近付ちかづきたる人なり。しんとくたる人は、何處どことなくおんじゅんなり。みやび言詞ことばさいはひあり。悪言暴語ののしりは神徳にはなるるものなりゑたるもののしょくたずね、かわきたるものの水を求むるごとく、かむながらおほみちしたふものは、神徳をくるのはじめなり。おのてんしょく仁慈じんじこころおこりて人々を敬愛するものは、すでに神の御恵みめぐみひたるひとなり。



☆上野公園さん『神言会 大本教神諭解説』より、弥勒三六九経綸しぐみを抜粋します。九二とこたち御言みこと〔 尊 〕のまんなか、すなわち『』=良〔 ラ 〕のひかりが四方八方をあまねてらす『あまてらすすめらおほかみ』( 水戸みとならぬ天の御戸みとみつくには、八方向のすめらぎ)。言葉ことばで解〔 〕かれた、誠〔 言成まこと 〕のあま岩戸いわとびらき。えん〔 閻魔 〕大王(41の言霊)の善悪正邪の審判はあまねく公正公平にして、三千世界に逃げる場所なし。如何いかなるつみあくも見逃さず、如何いかなる善行も忘れない。「神の愛」。すなわち、ぜんこうが八方向〔 圀 〕にきらめくくにとこたち御言みこと〔 日本語 〕。

31 76 13 36 81 18 29 74 11
22 40 58 27 45 63 20 38 56
67 04 49 72 09 54 65 02 47
30 75 12 32 77 14 34 79 16
21 39 57 23 41 59 25 43 61
66 03 48 68 05 50 70 07 52
35 80 17 28 73 10 33 78 15
26 44 62 19 37 55 24 42 60
71 08 53 64 01 46 69 06 51





 じんあいにもしゅじゅあり。みたる人のまずしき人をあはれすくうも仁愛なり。強き者、弱き人をたすたまうも仁愛なり。また強きものをあはれみまざるべからざる仁愛あり。けだいえとみたりとて、ちからつよきとて、まことおほみちと、まことひかりを知らざるものはあはれむべし。かかる人々をまことみちに導き救ふは、至仁至愛みろくかみ御心みこころかなへる仁愛なり。かみ御子みこたるひとびとを憐れみ救ひたる人は、また天地てんちおほかみより其身そのみを憐れみ救はるし。
 
 神にしたしみつかふる者は、至幸しかう至福しふくの人なり。神に親しみ仕えむと思う者は、神とひとしきただしきこころならざるべからず。
 神の道につくせしために、攻撃せめらるるをよろこびとせよ。正しき事をすがために、惡魔あくまさまたげられ、めらるるをさいはひとせよ。真理しんりりて進みし為に、攻めらるるをよろこびとせよ。しんかいより偉大ゐだいなるちからと、無限の神徳を与へらるるはじめなればなり。
 誠の道のためくし、正しきをしへしたがいたるが為にひとこれののしり、あるひくるしめ、またいてしきやうし、あるひは新聞雑誌等にて攻むるものあらば、よろこしんめいに感謝すべし。神界にてはこれはんして、かならむくひあればなり。
 じんしゃく富貴ふうき必ずしもさいはひならず。人は人たるの道を歩みて、まことかみまみたてまつことたるものほど、世にさいはひなるものはし。ちかよくなる者、かたくななる者は、このまことさいはひにはもくれず、物質的財宝をたくはへ、もって至幸至福と誤解す。にくがんのみひらけてこころまなこくらく、れいこんかいまことの幸福を知らず。神より見れば実にあはれむきものなり。
 世の中のすべての人を敬愛すべし。人はみなかみぶんしんぶんれいにして、すなわち神のうづ御子みこなれば、人を敬愛するは神を敬愛したてまつるにひとし。
 神祇しんぎけいさいし、又祈願きがんするは、すべての物事にきて利益りえきあり。しんこうえきとなり、の国の益となり、世界の益となり、又そのいへの益となり、其他そのたいっさいの利益をたすものなり。
 信仰は現在のしんたいそうけん持続じぞくし、病苦びょうくまぬがれ、永遠のしんせいめいためなり。また未来にけるれいこん生命いのちの為に、もっとだいなるちからとなるなり。
 人々の多くは其身そのみおかせるあやまちために、みづかしんめいとほざかる。れどひとうぶ赤心まごころかへりて、神をはいし、神をうやまひなば、神はたちま近付ちかづたまひて、しんじんがふいつさかひり、偉大ゐだいなるちからよろこびをさずけて、そのてんしょくまったからしめたまふ。
 神を敬愛するのは、わがみのおやまさるべし。親にまさりて神を敬愛するものは、其親また神よりひとしほふかめぐいつくしまる。
 しきひとを見ればただちに我身わがみわがこころかへりみよ。仔細しさい調しらる時は、我身わがみこころにもひとまさりて、惡しき事のるをさとべし。
 惡しき人、愚昧ぐまいなる人といへども、決してあなどり見るべからず。よろしくそのひとかがみし、我心身をかへりみて、すこしにてもしき事あらばあらたむべし。惡しき人、なる人を見降みくだす者はすなわち我身を見降みくだす人とる。
 おほもとしんじゃたるものは、おこなひつとむべし。信者にしてき行為ときは、たうとおほかみみち御名みなまでも、けがやぶことり。いったん神の道にながら、神の御名をけがしたる者は、神をしんぜざるものよりも、そのつみかへりてだいなり。信者とればすぐれて良き行為と、まことこころもって、神の御徳をあらはたてまつるべし。
 おほもとまことの信者たらむとする者は、既成宗教いままで布教師とりつぎうちの、最も清き者よりもまさりて、身魂みたまみがとくまざれば、神の御国みくにいたらむことかたし。
 れど おほもとみちは、既成宗教いままでの教奉信者とりつぎしんじゃゆめにだもらざりし、きよかきみちなれば、このみち信徒しんとたるものは、各宗教の布教師とりつぎうちの、最もすぐれたるものよりまさことばんばんなり。
 おほもとみちるものは、よろしく三種みくさかんだからりて、かみ御徳みとくあらはすべし。神のひかりかがやかしたるときは、そのものは神界よりかぎちからと、栄誉さかえと、光輝ひかりあたたまふべし。
 くさなぎつるぎくさりてはなんようをもさず。人〔 〕たるものはすめかみみちりて、こころべる草薙之剣〔 あめむらくもつるぎ 〕をぎ、つねよきことためちて、こころ惡魔あくまほろぼせ。
 たまみがかざればひかりなし。心にけたる八坂やさかまがたまを、えず皇神の道にりてみがくべし。光なきたますでたまたるの価値かちうしなひたるものなり。心〔 精神こころ 〕をもちひて心の玉をけがことなかれ。
 かがみくもればすべてのもの姿すがたうつべからず。人の心にけたる八咫鏡やたのかがみを、皇神の道にりてみがし。
 かみ御子みこたる人々は、神よりさずたまひし三種みくさかんだからを、みがきよめて、神の國の栄えの為にもちふることを、ひとこころいのし。
 神の子の心のうちをさまれる、の神宝にしてび、くさり、れ、まがり、虫喰むしくやぶれたる時は、其身そのみも、たましひも、永遠に死にむかひてはしれるものぞ。おそつつししみて油断ゆだんあるからず。
 金あればゆづは無し、子がれば譲る金無き世の中の道、やまに清き姿を写すとも、ゆめにごをなひたしそ。したのみかみくにいたるものり、みみのみたかあまはらのぼるものり。人は必ずまことを尽して、全身を神の國へのぼらしめて、まったくし、其の魂をまったくすべし。
 ぜんしんを神の國へげむと思はば、其のこころまとへる、おもつみはらあらため、皇神の稜威みいづりて、雪よりもしろく、身魂みたまきよむべし。
 くちさきばかりぜんなるものはようかいなり。耳のみさときものも變性へんげなり。妖怪変化は神の國に無用むようなり。
 神の子よ、くしみたまかへりみてさと〔 悟 〕れ、神のとうと稜威みいづを。男子をとこを産むと思へども女子をんな生れ、女子を得むと思へども男子生れ来る事あり。うるはしき子をんと欲すれども、みにく生れ来り、また、子の欲しき人に子をあたへられず、子を欲せざる人に、かへって子多く生れ来る事あり。これすなはみな神の御子にして、人の兒にあらざる証拠しょうこにあらずや。し人の産みし児ならば、児を産むもののこころままに成るべきはずなり。
 すべて人の斯世このよに生れ来るは、うるはしきかみ御心みこころと、いた御功みさちる。ゆゑ我兒わがこいへども、我子わがこあらざるをさとるべし。我子にして我子にあらず、いつれもみな神のまこと御子みこたる事を覚らば、決してわが生みし子なればとて、粗畧そりゃくなかれ。まことの神に仕ふる心の子を養育せざれば、神の大御心にそむくものとるべし。
 かみひとすぢつくざる人の身を以て、子に対しおやがほからず。神の御心と活動はたらきりて、生れ来たれる子のかうべへ、手などぐるものは、神の國によろこばれず、かへっつみるべし。

 吾身わがみてきするものといへどにくなかれ、むしわれより真心まごころもっしたしむし。あしき人をあはれみてそのひとために神のまもりいのし。くする時は神はそのこころおこなひそなはして、ひとしほおほいなる栄誉さかえと、めぐみくださせたまふ。
 れをあいするものを愛し、我をけいするものを敬するはぼんじんことなり。如何いかなる惡人といへども、人に敬愛せられたる時は、おのれまたこれを敬愛す。
 れど皇神の大道にてきし、あるひぼうがいするものは、おほかみそむく惡魔〔 あく 〕なれば、すこしも看過かんかすべからず、みちため神の為にちからつくしてげき退たいし、もって神の御国を守るべし。
 人はすべて神の御子なれば、何事も神に習ふし。神の仁愛のまったきがごとく、世界の人々に対しても敬愛をまったくすべし。
 人にられむがために、られんが為にぜんなかれ。人に見えず、知れざるやう善をおこなふべし。隠れたるところにて善をす時は、神は之を世にひろあらはし、おほいなる良きむくいくだたまふ。
 何事もみな神にまかたてまつれ。よし無き事に案じわづらなかれ。
 着る物、食ふ物、住む家などは、人々をやすくせむ為に、天地の神のさづたまふものなり。ゆゑに人にして誠の道に依りて求むるにおいては、神はこれあたたまはずと云ふこと無し。鳥獣といへどもも我身を養ひ、生命いのちたもるにあらずや。神の仁愛は万物にあまねわたりて限り無し。
 あしかがよしまさ奢侈しゃしたいこうひでよし栄誉さかえも、さかりはばいくわいちりんにだもおよばず、あたかさくらの花のごとく、唯々ただ一時のゆめなりき。人は神の御国にたからを積みて、神の國の限り無き栄誉さかえ歓喜かんきを得よ。ただ一時の桜の花のさかえを捨て、永遠の春を迎え、まことの花の限り無き栄えをのぞむべし。
 梅の花は年をへだかんばしく、昔も今も変りなき、神の霊にち、つゆ弾丸たましもつるぎ、雪のかんむりしのびて、すこしもたゆまず、たへなるかんばしきを放ち、の花の盛りも永く、そのは世の利益をすなり。信仰はすべて梅の花にならふべし。
 世のおほかたの人〔 〕は、どろうみただよひてれいの生命をうしなはむとす。天津あまつかみこれあはれたまひて、いづ御魂みたま みづ御魂みたま下津したつ岩根いはねにくみやくだたまひて、迷へるもの、おろかなるもの、罪あるものに、光をあたへ智識を與へ、罪を清め、身魂みたまの生命を永遠にがしめたまふ。



テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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