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裏の神諭 解説

王仁三郎19  王仁三郎07 

☆『裏の神諭 第一輯』 小牧斧助 編 大日本修斎会 大正九年六月
原典:国立国会図書館デジタルコレクション

 冒頭

皇道大本には二様の神諭がある。教祖出口直子刀自が明治二十五年正月から大正七年十一月その帰幽昇天までに出されたのが一つで、これは主として国祖国常立尊が教祖の肉体に神懸りせられ、其手を器械的に動かし筆録せしめられたものである。他の一つは教主出口王仁三郎先生が明治三十二年舊五月を以て教祖と結合せれてから十有余年に亘りて出されたもので、これは主として豊雲野尊及其家系統の神々の神懸りの産物である。同時に二様の神諭が出るので、部内では区別の為めに前者を『表之神諭』、後者を『裏之神諭』と称えて居るが、教祖帰幽後モーその必要が無いので、現在教主の手から出るものを単に『神諭』と称して居る。
本篇は右『裏之神諭』中から、主に教訓的要素に富める部分を抜萃編纂したもので、明治三十四五年の執筆にかかるものが多い。実は『裏之神諭』は総計五百巻にも上がる浩潮のものであったので、内容は教訓、預言、教理等各方面に亘り、『表之神諭』に比して直裁露骨を極めて居る。今日若し全部保存されたならば、一面に於て絶好の指針であったと同時に、他面に於ては世人の物議の種になったかも知れぬ。それは兎に角大本役員中に教主反対者が現はれ、其大部分は先年皆焼き棄てられて了った。今日現存するものは僅々十数冊に過ぎぬが、それでも数千頁の大冊を成す丈の分量がある。『表之神諭』を繙きて望洋の歎に堪へない者は畏らく『裏之神諭』によりて多大の満足と理解とを得らるる事であらうと思う。本篇はその第一巻で、本会は今後機会を見て第二巻以下を刊行し、大本研究者の便宜を図る積りである。

 大正八年六月下旬 編者誌

〔現代注〕
 『裏の神諭』が著された同時期の「たまのいしずゑ」や「道之大本」を基底としているが、出口王仁三郎聖師の手により大幅に編纂されている。というのも、



○出口王仁三郎著『月鏡』より「捨てる事は正しく掴む事」(昭4/4)
 はくいんぜんが、一日きょうを読んで、ないようくうきょ、ただおとぎばなしの一種としててなかったならば、一生いっしょう法華経を信ずる時機じきなかったであらう。自分だってそのとおりだ。教祖(出口なお開祖)のふでさきに対して、あなだらけだ、とうていったんこれを捨て、かんぺいしゃしんしょくにならなかったら、お筆先のしんこうみょうわからない。ちゅうほうこうして、そのしゅしゃまよって一生をおくったかも知れない。これからかんがへても、てるといふことは、ただしくつかむ事であらねばならぬ。もっとも大切なものは、なにによらず一旦放擲なげうたなければ、より以上いじょうだいなるものはられない。深いなやみが無限むげん慰藉いしゃをもたらし、さびしさをほかにしてなぐさめは無く、悲しみをいとうて喜びは来らぬ。貧乏したおかげそうけんになり、長命するものもたくさんある。




……出口なお開祖および艮〔 うしとら 〕のこんじん 92とこたちみこと様の『大本神諭』の真意義については、かみこうえんさんが解〔 〕かれた『神言会・大本教神諭解説』御覧ごらんください。


王仁三郎05  王仁三郎01


テーマ : 気付き・・・そして学び
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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