大本教開祖御傳記(9)

 三五の明月めいげつ晶然しょうぜんとして萬界ばんかいを照らし、星光せいこうかすかなるの夜半。二人の姉妹は今宵こよいこそ母上の出獄せむとおほせられたる吉日なり。有明ありあけの月を相図に出獄との御言おことばなれど、外部より応援たすけする者無くば婦女の一人如何いかんともするによしなけんと子供心に深くも決心のほぞを固め、たがいに時の到るを心hそかかに待ち居たりしに、かれ大槻は両女にかかるくわだてありとは神ならぬ身の知るよし無ければ、両女にかわがわる肩を打たせ足を揉せながら心地げに熟眠したり。天の与えと両女は甲斐甲斐しく足音しのばせ素足のまま走り、もとにありし出刃でば包丁ぼうちょう二丁と古鎌一丁を探り出し裏口より忍び出たりしが、南西町みなみにしまちを東へ上本町かみほんまちに来る際恐ろしき狂犬に吠え立てられ、一歩も進み得ず途方とほうに暮れ居たりしに、天の恵みか偶然か、横筋より黒き男の影現れて犬を追い遣り、みちを開きて両女をやすかよはせたりしが、両女は地獄で神にへるがごとく喜び勇みてたちまち我家の門口かどぐちに差掛りたり。しかるに戸前とまえ固くして入る事あたはず。
「我家なれば誰にはばかることや在らむ、戸を破らむ」
と姉〔龍子〕のことばに妹〔澄子〕もさんし、庖丁ほうちょうを以て戸をこじ明け、ただちに開祖の獄前に忍び寄りしが、嬉しさと恐さ一時に発して妹はここに気絶したりぬ。姉は只々狼狽ろうばいす所を知らず、ただ呆然として泣くばかりなり。開祖は悲劇ありさまを眼前にながめて可愛さの余り思はず逆上せむとたまひしが、今が大事の時なりと我と我心を励まし給ひ、姉に向って水をみ来らせ面部に吹き付けしめたるに、妹はようやく正気に復せり。姉は思はず嬉しなきに泣くばかりなり。
 月は皓々こうこうとして天空にかかり昼をあざむばかりなれども、屋内はかへって暗さを増すものと思慮したる姉は、蝋燭ろうそくとマッチを持出来たりて開祖に細き穴より相渡したるに、子供ながらもこまかきところにまで心附きしとしょうし給ひつつ直ちに点火したまへば、親子の面影は歴然ありありとして視る事を得たりしが、開祖はたちまち両女の痩せ衰えたるを見て不憫ふびんさ身にせま
「アァ汝等はれ大槻の傍に居る事ならば、飲食の度にも嘸々さぞさぞ気兼きがねなしつらん、つらからんの痩せけしさまは何事ぞ」
流石さすが強気の女丈夫も思わずこえを曇らせ玉へば、両女は答えてへる様
「必ず必ず心痛しんつうなしたまはるな。大槻の伯父おじさんはごく親切にして世話してれます。この痩せたるはかんの病のおこりしゆえぞ。最早やまひ両女ふたりとも全快したれば、日ならず元のごとくに肥満すべし」
と開祖につらき思ひをなさせまじと事実を隠す不憫ふびんいたはしさ、身も世もあられぬ憂き思ひ、心の底に泣く無くも八千やちよ八聲やこえ郭公ほととぎす血を吐くばかりの悲惨さを無心の月は皎々こうこう明々めいめい、この一家の活劇を見下かんかするにぞありける。両女は不図ふと顔を上げ、獄柱の隙間より御顔おんかおを熟視すれば、四十余日の入獄に飲食絶たれしこととて、身体骨立殆んど現世の人とも思はれぬ程にたく変らせ給へば、
の御姿は何事ぞ。御いたはしやなさけなや、せめて兄上なりとましまさばかか憂目うきめも見給はざらんものを」
と聲を放ちて泣き伏しぬ。

 此時このとき開祖は如何思召おぼしめされけん、かの大神よりたまはりし神剣を取出し、末子ばっし純子すみこ〔澄子〕にさずけて
この神剣こそは先夜大神より不思議に賜はりし神寶みたから也。今あらためてなんじに預け置かむ。そもそもこの神剣は汝が母の意志を継ぎて本教に仕ふる時の肝要の具なり。母が肌身に着け居らむには、あるい汚贖おどくの恐れあり。此御剣みつるぎを母の記念かたみと思ひて大切に保護し奉れ。また姉の龍女りょうじょは母の従来これまでいとなみし金龍餅を売りて世を渡るべし。我在りてはかえって汝等の苦悩くるしみまさむ。親は無くても児は育つといふ。此世は神の世界なり、神明に預け奉らん二人の身体」
と曰ひつつ涙に呉れ給へば、二女は其の御言葉の何處どこやらにに落ちぬふしありと、子供心にも不安の念慮ねんりょ制しがた
何故なにゆえならばかかる悲しきことをのたまふか。その理由聞かまほし。頼みも力も無き二人の姉妹、ただ母上のみが杖柱つえばしら何卒なにとぞ思ひ止まって給はれ」
紅葉もみじの如き手を合せ拝む心の意地らしさ。思ひやられて憐れなり。

 開祖の決心動かすべくもあらず、たちまち立上りて腰にまとひし細帯を解き、手早くはり打懸うちかけたまへば二人は吃驚びっくり仰天、ほとんど方行ほうこうに迷ひ、やせんかく詮術せんすべも泣きつ止めつつ狂気の如く周章あわてまわれど、獄柱に隔てられたるかごの鳥。押せども引けども動かばこそ、姉は柱にのぼり上りては落ち、堕ちては上り止むるよしもないじゃくり。
 折柄おりから開祖に神懸あり、いましめ教へさとし給はく、
『汝は何に血迷ひしか、はた何に狼狽うろたへたるか。心をしずめて自省じせうせよ。人には持身じしんの責任あり、我心のまま處決しょけつせんとするは神祇しんぎに対して不忠不義たるべし。斯道このみちの為にはあくまでも神勅しんちょく遵奉じゅんほうせざるべからず。汝小心しょうしんにも死して現場このばの苦痛をのがれむとするは実に薄志はくし弱行のなり。いまだ一つの社会に功をも立てず暗々やみやみ帰幽きゆうせば、れ神界に対し奉りて此上の大罪は無し。かつまた死後幼女ふたり困苦こんく薄命はくめいを熟慮せざるか。』
みづから開祖の口を通じて厳訓げんくんし給ひしかば、開祖は夢のめたるが如く釈然しゃくぜんとして悟り、
「アアあやまちたり。小心なる女心の一筋に思ひ詰めては気も狂乱せしか。術無すべなき事に神慮みこころわづらはしまつり、可憐かれんの幼女の心を苦しめたることの愚かさよ」
と、自ら神直日かむなほひ大直日おほなほひに見直し聞直し給へば、両女はあたかも枯木に花の咲けるが如く、天をあおぎ地にしてよろこび拝む其様は、筆紙ひっし言語の知るよしもなかりき。


○母子破獄を企だつ

 開祖は運命を天に任せ給へば獄中生活の苦痛をも少しも意に介し給はざれども、今、あのあたり二女子ふたりの可憐なる姿を熟視したまひては子を思ふ親の心の矢も楯もたまらず、ついに獄を破りて母子三人、八木やぎ村の福島家へ逃げ行かむと決意され、ただちに開祖は内より古鎌を以て、二女は外より古庖刀ふるぼうちょうもって切破らんとすれども、疲れ果てたる開祖に力無き幼女の事とて堅牢なる獄舎の如何いかんともするによしなく、神明たすけたまへと聲を忍ばせ泣きつつも、大槻の追手の来らざるかと恐はさ悲しさ一時に発し、手足震るひて一入ひとしほ困難するのみ。切れどこぼでど少女の身の非力、容易に目的を達することあたはざりしも、母を救はむとのこうの一念や貫徹しけむ。ようや一尺いっしゃくばかりの空孔あなきたればこれまったく神のたすけと喜び勇み、今や開祖のくぐり出んとなしたまへる折しも、大槻は二女ふたりの我家に影無きに打驚き、血相けっそう変えて韋駄天いだてん走りに馳来はせきたり。此体このていを見るやいなや開祖を力任せに土足のまま蹴り込み、外より固く戸を閉じながら両女を眼下ににらみ付け怒声を張上げ言葉も荒々しく
「汝等二人子供の分際として我に一言のこたえも無く鎌や庖丁の如き刃物を持出で無断に夜中遁走とんそうするのみか、殊更ことさらかる全狂乱まるきちがいを勝手に逃がさんとする圖太ずぶと小女郎こめろう謀計ぼうけい。子供なりとて中々油断は成難なりがたし、いよいよ明日より摂州へ奉公につかはさむ。母子の別れと互いにく顔を覚え置くべし。狂母ははは到底全快覚束おぼつかなし、死後はが好き様に取り扱ふ。心残さずサアきたれ」
と泣叫ぶ二女ふたりを無理に引立て帰り行く。四島の別れ釣魚の悲しみ衷別離苦あいべつりくの真情は無心むしんの月も感じけん。にわかに一天き曇り雨さへまざりて物凌ものすごき光景に酒呑しゅてん童子どうじ異名あだな取ったる強欲非道の大槻もしばし思案に暮れ居たりしが、開祖は獄中より言葉静かに大槻に向ひ、
鹿造しかぞう暫らく待たれよ。わらわは決して狂人にあらず、天下公共の為に神命を奉じて皇道こうどう大本だいほんを宣伝せんと欲する而己のみ。世俗は幽玄ゆうげん微妙びめう神理しんりを解する能力無ければ妾が言行を奇怪視し、誤って狂人とへんするなり。今夜こよいさいわいに出獄するともすこしも世人に迷惑をかくる事断じて無し、安心せよ」
御言みことも半ばに大槻は
「エエ八釜やかま狂婆きちがい。神のため世の為など申す言葉が気に喰わぬ。れが全狂人まるきちがいと云ふものなり、いよいよ以て出獄は許されず。れど狂人とはいえ幾分かは我言わがことばを聞分くるならん、心鎮めてく宣く聞くべし。今日こんにちこの大槻の家の苦境を如何いかに見るか。妻のよねは昨年来の大狂乱おほきちがい、一時の目放めはなしならぬ厄介者、かてて加えて狂母ははまでも看護せねばならぬ我が困難、其上そのうえ二人の幼女まで親族の因果で面倒ながらも養はねばならぬ。厄介者ばかり重なりて最早もはや我家も破産の悲運に會ふはのあたりなり。総領の竹蔵たけぞうは今に行方不明なり、弟の清吉せいきちは入営の身、二女のおことに三女のおひさは相当にくらしながらも母子の窮状を余所よそに看過ごす薄情もの。今に一円の金も贈らばこそ、揃いも揃いし結構なを持ちし因果婆さんの全狂人。その中に我一人は実に馬鹿らしき苦労、縁の下の力持ちも、どこでの鹿造が立行くと思ふぞ。せめては狂婆ばあさんなりと一日も早く死んでくれなば今日の苦心の幾部分なりとものがれんものを、エエ死下手のクソ婆」
と、さも憎らし気にののしりつつ、坊主憎けりゃ袈裟けさまで憎いと理不尽にも二女ふたりを力任せに拳を固めて打撲する痛ましさ。人の皮かぶる鬼畜とはかか無情漢むじょうかんをや謂ふならむか。三五の玉兎ぎょくと再び天に西渡かたむき国家こくか興々こうこうかけは鳴く。
 
 我愛児わがこの虐待さるるを面前まのあたりに眺め給ひながらも大慈大悲の権化ごんげとも謂ふべき天来の救世主なる出口開祖は、すこしも恨みたまふ色無く、殊更ことさら言語ことばもやさしく大槻に向ひ
「アァもっともなり。嘸々さぞさぞ困難なるべし。今回このたびの汝が焦慮しょうりょの程、まことに謝すべきのなれども、れ何かの因縁と断念あきらめくるるべし。例之たとえ我家は破産の悲境に沈むともいとはざらん。何卒なにとぞ大槻家の立行く様に取計とりはからふべし。わらわの生命あらん限りは出口家は安泰なり、我家の財産全部は汝の所置に一任いちにんせん」
 と裁然きっぱりのたまひし一言に、大槻はわが謀計ぼうけいの図にあたりしを心中ひそかよろこびつつ
しからば都合にりて出口家の財産を処分するも違存なきか」
入念にゅうねんせしかば、開祖は心
一旦いったん任せし上は汝の心のままなりと。鶴の一聲、むかしより武士のことば二言にごんは無しとかや。わらわは尊き神の道に仕えんとする者、なんじょう條二言あるべきぞ」
丈夫じょうぶの言に、鹿造は仕済しすましたりと背面しては下をヘロリと出す厭らしさ。大槻は言も調子よく
しからば早速家も屋敷も売却し、従来喰込くいこみたりし負債の償却しょうきゃくつることとさむ。其代りとして今日只今より、汝狂人きちがいなれど試みに出獄せしめん」
と打って変りしそのの顔色。鬼はたちまち佛とかわる。地獄の沙汰さたも金次第とはよく穿うがちし言なるかなここに開祖は予期の如く十五の月の有明に、気も晴々と自由の御身とは成らせ給ひぬ。アア此時の母子の歓喜、如何ばかりなりしぞ、たとふるすべも無りしならむ。

 されども大槻も猪喰ししくった犬の一筋や三筋縄ではおえぬ人物。あくまで注意は周到にして後の苦情をおもんはかり、おのれ一人にて出口家を所置なさば世間の風聞きこえも如何やあらむと、奸智かんちにたけたる彼は形式上ただちに王子わうじや八木の親戚に出張なし委細を明かすも、針小しんしょう棒大ぼうだい
「今迄多額の入用ことごとく皆この両家より弁償さるればこれに過ぎたる結構は無し。さすれば祖先の祭祀まつりたたずして出口の家は万々歳、わずか百円足らずの金に出口家の興廃の別るる瀬戸際なり。祖先を思ふ真心あらば此際このさい一つ助力せよ」
 と皆まで聞かず、
「武人の娘は夫の家も大事なり、生家の為に夫の家に迷惑けては申譯なし。義兄あにさんよろしき様に取計らひ玉へ」
 と、花も香も実もなき一言いちごん
「しからば是非ぜひに及ばぬ。この場合家も屋敷も売却せん、後日異議は無からむか」
 と念に念押す老猾ろうかいの言も更に意に留めず放任せしぞ無情なる。流石さすがの大槻も二人の姉妹の薄情をいたく怒りて、ついに出口家をわずか四十余円に松井某の手に渡したりき。
 
 鳥には寝倉あり。狐狸こりには穴あり。田螺たにしでさえも家を持て。不憫や開祖は一日の休養さえ気楽にし給ふ家宅を失ひ給へども、もとより忍耐強き御性質の借家の身も少しも介意かいいし給はず。鹿造より家の剰金のこりきんなりとて渡したる三円の金を資本に布教のかたはら、聞くもいたはしき屑物買と成り下がり給ひ、細き煙を立てつつも二女ふたりを養育なし給ふ御心のうち、思ひ遣れて無惨なり。時まさあきらけく治まる御世の二十はたち余り、いつつの年、秋は九月初頃。御年五十七。

<終>


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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