大本教開祖御傳記(8)

 無実の嫌疑けんぎは晴れたれども、現在の親戚を始め村人はほ発狂者と誤認し、協議の結果開祖の自宅東北うしとら隅に約一坪有余あまりの牢屋を造り、無理無態むたいに押込め御身おんみの自由を束縛したり。千里の名馬も伯楽はくらくを得ざれば駑馬どばにしかず、龍も時を得ざれば蚯蚓みみずにも劣るとかや。天下唯一無二の大預言者大宗教家も時にはらばかくごとくなるものかと当時の開祖の御心を拝察はいさつまつれば、御艱苦ごかんくの程、今のあたり見る心地して御悼おんいたはしく、命毛いのちげの筆る手もるいおぼわず粛然しゅくぜんとして泣下し、血涙四辺しへん滂沱ぼうだとして止まらず。「発狂人に食餌しょくじを給与する時は病勢びょうせい邁進まいしんおそれあり」と藪医者やぶいしゃことばに迷はされたる親族なるおおつき鹿しかぞうは、わざと一食一飲をも進め参らせず。開祖は運命を天に任せてほとんど四十日間絶食のむ無きに至りたまへり。くまでも艱難をつくながらも尚憂々ゆうゆう身にかさなり、平素ひごろ正義を確守し順直を事とするもいま斯道しどう開教の企望きぼう貫徹かんてつするに到らず。大抵たいていの婦人なりせば慨歎がいたん悲憤のきわみついに自暴自棄のきょいづるは当然の行為なるべきに、元来変性へんせい男子なんしの霊性をしたる開祖は只管ひたすら神教を確信して意志倍々ますます昌然しょうぜん一点の汚穢をゑいなく敬神の誠厳乎げんことして一微の違変無く、勇気百倍天下蒼生そうせいの為に当初の目的たる救世濟民さいみんの神慮のままに突進せんことを決意されたるなり。二人の幼女は開祖のかくも獄中不自由の身と成られしより如何いかんともすることあたはず。食うにかてなく只涕唾ていだんで空腹をするの逆運悲境に沈むも孝心こうしんなる両女は開祖の心痛を掛念けねんして一言をもの次第を告げざりしは、子供ながらも感ずるにゑたりと謂ふべし。
 大槻おおつきは二人の少女ようじょは開祖にあるいは食を給え、或は湯水を与えて狂人きちがいの生命を長からしめんことを迷惑として、ついに両女を我家に連れ帰り開祖の身辺に近づくべからずと厳命したり。ああ此時このときの二人の幼女の心は如何いかがありしぞ。天にも地にもただ一人の恋しき母上の困難をあたり目撃し、せめては言葉の上にてもなぐさめ奉らむと思いし真情も一朝水泡に帰し去りしことの果敢はかなさよ。聞くだに涙の種ならざるは無し。悪鬼にひとしき大槻はことばあららかにる日両女に向っていわく、
「汝等の狂母はかくごとく監禁し置きたらばやがて知死期も近かるべし。母の死後は汝等二人は我の指命さしずに従い摂津せっつの国の百姓に奉公人としてつかはし、少々にもせよ給金を前借まえがりして母の葬式料そのほかこれまで世話せし入費の勘定かんじょうをなすべし」
と血も無く涙も泣き大槻のことばに両女は耐え兼ね、深夜ひそかに大槻の宅を逃げ出て開祖が獄前ごくぜんに忍び寄り事情を告げつつ悲しき身に溢れて嗚咽おえつ歔欷きょきひさしかりしが、獄中の開祖は両女を種々慰めつ訓戒し給ひつつ、
「母は必ず十五夜の有明ありあけの月を相圖あいづに出獄すべし。出獄の上は母が働きて汝等両人を養育せん。決して憂ふるに及ばず」
おふせられしを両女は頼みとし力としてわづかに心を慰め居たりしは実に憐然れんぜんの至りなりといふべし。

 大槻は毎夜両女に我肩を打たぜつつ語るらく、
「母は非常に衰弱すいじゃくしたり。汝等すでに十三歳に及ぶ、妹も既に十歳、物の道理は多少弁知べんちするならん。汝等二人を我家にて養育せんはやすき事なれども人間は苦労せざれば一人前の人間となることあたはざるべし。よって近日に彌々いよいよ摂州へ奉公へらん。母のこと心にけず一日も早く得心とくしんなし、我が指図に任せよ。いなとあらば今日限り一食一夜も与ふること相成あいならず」
と、鬼のごとき大槻の言に両女はちぢみ上り、何と応答いらへもなくばかりなりしが、彼は「ええ辛気しんき女郎めろう」と言いつつ蝶螺さざえごとき鉄拳を振って頭部面部の区別なく力まかせに打据うちすえたれば、両女は悲鳴を上げて泣き叫ぶこえ近隣に聞えけれ共、誰一人として中に入り挨拶等をすもの無かりしは皆かれの恐しき因縁付けなるを知り居ればなり。

 開祖獄中に端座たんざし一心不乱に神祇しんぎ崇敬すうけいし、つ一日も早く出獄させたまえと祈願し給へるに、一朝俄然がぜん眠気しきりにもよおきたりて数分時の間無我のさかいに入りしに、夢に威風いふう厳然たる大神あらはれ玉ひて
『我はあまてらすおほかみなり。昔日むかしつるぎより今の菜刀ながたなと世俗はへんすれどやがて日本神刀しんとう必要の時節じせつ来るべし。この神刀は汝にさずく。汝の神刀をもって世の所在あらゆる悪鬼邪神を平定すべし。』
御手みてづから開祖に授け玉ひしかば、恐れかしこみ拝受せしと見しは瞬時の夢にてありしが、不思議なるかな 大神おほかみ夢裡むりに授け給ひし神剣の刃先はさき七寸五分の短刀さやは無けれど現然げんぜん開祖の前に置きありしかば、その霊夢の事実なりしに驚喜し、ただちに獄中あらば汚染するの恐れありとうやうやしく押戴おしいただき、懐中かいちゅうに秘蔵し、出獄後は神床かむどこに祭りて神体とし給ひけり。此の神刀目下大本教の神寶しんほうとして大切に保存しあり。
 きたらば世人あるいは言はむ。かかる奇怪至極なる事実のあるべき理なしと。これ幽理の深奥うんう透徹とうてつせざる浅學せんがく四流の偏見なり。本居もとおり翁の玉鉾たまほこ百首にも

 あやしきを あらじといふは世の中に
      あやしきしらぬ しれこころかも

 余輩はわが皇室の宝典たる古事記に明記せる顕著けんちょなる例証を左に引証し以て神異を拝する凡俗の疑問を解かむ。古事記中のまき 神武じんむ天皇すなわかむ日本やまと磐余彦いわれひこ之命のみことの段 御東征ごとうせい記中ふみ

故、神倭伊波禮毘古命、從其地廻幸、到熊野村之時、大熊髮出入卽失。爾神倭伊波禮毘古命、倐忽爲遠延、及御軍皆遠延而伏。遠延二字以音。此時、熊野之高倉下、此者人名。賷一横刀、到於天神御子之伏地而獻之時、天神御子卽寤起、詔長寢乎。故、受取其横刀之時、其熊野山之荒神、自皆爲切仆。爾其惑伏御軍、悉寤起之。故、天神御子、問獲其横刀之所由、高倉下答曰、己夢云、天照大神、高木神、二柱神之命以、召建御雷神而詔、葦原中國者、伊多玖佐夜藝帝阿理那理。我御子等、不平坐良志。平坐良志。其葦原中國者、專汝所言向之國。故、汝建御雷神可降。爾答曰、僕雖不降、專有平其國之横刀、可降是刀。此刀名、云佐士布都神、亦名云甕布都神、亦名云布都御魂。此刀者、坐石上神宮也。降此刀狀者、穿高倉下之倉頂、自其墮入。故、建御雷神教曰穽汝之倉頂以此刀堕入。故阿佐米余玖汝取持。献天神御子。故、如夢教而、旦見己倉者、信有横刀。故、以是横刀而獻耳。於是亦、高木大神之命以覺白之、天神御子、自此於奧方莫使入幸。荒神甚多。今自天遣八咫烏。故、其八咫烏引道。從其立後應幸行。云々。

 故、かむやまとみこと其地そこより廻り幸でまして、熊野くまの村に到りましし時、大熊おおくまほのかに出で入りて卽ち失せき。爾に神倭伊波禮毘古命、倐忽にわかに遠延をえし、また御軍みいくさも皆遠延をえしき。(遠延の二字は音を以ゐよ)の時、熊野の高倉たかくら(此は人の名)、ひとふりの横刀たちちて、天神あまつかみの御子の伏したまへるところに到りて獻し時、天神の御子、卽ちきて、「長くつるかも」と詔りたまひき。故、横刀たちを受け取りたまひし時、其の熊野の山のあらぶる神、おのづかみな切りたふさえき。爾に其のえ伏せる御軍みいくさ、悉にめ起きき。故、天神の御子、其の横刀たち所由ゆゑを問ひたまへば、高倉下たかくらじ答へまをししく、「おのが夢に、あまてらすおほかみ高木たかぎの神、二柱ふたはしらの神のみことちて、たけ御雷みかづちの神をびてりたまひけらく、『葦原あしはらなかくには、伊多玖佐夜藝帝阿理那理いたくさやぎてありなりが御子たち不平やくさ良志らし。(此の二字は音を以ゐよ) 其の葦原の中津國なかつくには、もはいまし言向ことむけし國なり。故、いまし建御雷の神、降るべし。』とのりたまひき。爾に答へまをししく、『は降らずとも、專ら其の國をことむけし横刀たちあれば、たちを降すべし。(の刀の名は、佐士布都ふつ神、またの名はみか布都ふつかみ、亦の名は布都御魂と云ふ。此の刀は、石上いそがみ神宮に坐す。) 此のたちを降さむさまは、高倉下が倉のむね穿うかちて、其れよりおとし入れむ。』。故、建御雷神、教曰穽汝之倉頂以此刀堕入。『故、阿佐米余玖あさよめくなれ取り持ちて、天津神の御子に献れ。』とまをしたまひき。故、夢のおしえまにまにあしたに己が倉を見れば、まこと横刀たちありき。故、の横刀を以ちてたてまつりしにこそ。」とまをしき。ここまた、高木之大神のみこと以ちてさとまをしけらく、「天津神の御子を此れより奧つ方に入りでまさしめそ。あらぶる神いとさはなり。今、あめより八咫やたがらすつかはさむ。故、其の八咫烏引道みちびきてむ。其の立たむあとより幸行でますべし。」とまをしたまひき。

〔意訳〕
 かむやまとみこと(のちのじん天皇)と軍勢は、熊野の荒坂津に上陸したが、疲れ切っていた。そこで山の麓で休息することにした。皆が一息ついていると、不意に大熊おおぐまがあらわれて、皆が驚くやいなや、その姿は消えてしまう。するとあやしいかな、大熊の毒気にやられ、伊波礼比古命も、共の軍勢も、目をまわして倒れてしまった。
 そこに、熊野の高倉下たかくらじという者が、ひとふりの太刀たちをもってかけつけた。松の根のところに倒れている伊波礼比古命のところに膝をつき、申し上げるには「みこと様、天津神あまつかみの御使いで高倉下が太刀をもってせさんじました。」
 高倉下の奏上に伊波礼比古命は完全に目覚め「おお、よくきてくれた。危ないところだった」と、差し出された太刀を受け取った。そして太刀をさやから抜き、上から下へ風をきって振り下ろした。すると伊波礼比古命達を追い詰めた邪神・曲津まがつかみ達は、大木が倒れるように一瞬で皆り倒され、滅んでしまったのである。そして気を失っていた伊波礼比古命の軍勢は、みな元気になった。
 伊波礼比古命はおそるべき神威かむいの太刀を不思議に思い、高倉下に尋ねた。
「高倉下よ、そなたはどうしてここに来たのか。このとうとつるぎはどうしたのか」
「ゆうべのことでございます。私の夢の中に天照大御神と高木たかぎかみたかかみ)お二柱ふたかた様がたけ御雷みかづちかみ鹿島かしま大神)を召しておおせられました。
葦原あしはら中洲なかつくには今たいそう乱れ、さわがしい。我等が御子(伊波礼比古命)は中洲国を平定し、安らかにしようと懸命に働いてるが、邪神達に苦しめられている。中洲国(中津国)は建御雷よ、そなたが一番はじめに従えた国である(大国主大神と建御雷神の、出雲いずも国譲り神話)。もう一度降臨くだって加勢してほしい。』
 すると建御雷神いわく『それであれば、私がくだらずとも大丈夫です。以前、中津国を平定した太刀たちがここにございます。この太刀つのかみをくだしましょう。それは、高倉下と申す者のくらむねを突き破ってくだしましょう。』
 建御雷神(鹿島大神)は『お前はこの太刀を急いで持ってゆき、天神の御子にお渡しするように』・・・と私に告げられましたところで、目が覚めました。倉へゆきますと、お告げのとおり太刀が突っ立っておりましたので、息せき伊波礼比古様のもとへ飛んでまいった次第でございます」
 この佐士さじ布都神ふつのかみは、またの名をみか布都ふつのかみ、またの名を布都ふつ御魂みたまと云い、奈良県天理てんり市の石上いそのかみのみやに祀られています。

 すなわち神武天皇の妖神ようしんに悩まされ給ひて、引卒し給へる軍隊みゐくさまでも害悪さわりくるしみ進退これきわまるの難境におちゐりしを天神あまつかみ神剣みつるぎくだし給ひて妖邪あだを平定し、御軍みゐくさたすけ給ひし確証なり。八咫烏やたがらすつかはして皇軍を導き大勝利をまつらせたまひしも神異しんゐはかるべからざ好適例ならずや。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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