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第十六章「二度目の沓島詣で」 最後の出修

△最後の出修

 謡曲に名高いたかさごの沖合に、通称 うわじままたはうしじまと呼ばれたかみじまが浮いて居る。丹後たんご沓島めしま 冠島おしまに相対して、綾部からはひつじさる〔南西〕の方角に当り、うしとらこんじんの姫神すなわひつじさるこんじんの静まる霊島とされて居る。海上三里周囲一里、全山は俗に所謂いわゆる矢竹やたけもって覆われて、中腹にただ一本の古松が生い立って居るのみである。
 時は大正五年九月九日、教祖〔直子刀自〕最後の出修として、教主〔王仁三郎聖師〕ならびに二代世嗣〔澄子刀自〕を始め、其の他多くの役員を引き具して参向さんこうさるることとなった。一行は綾部を後に、汽車にとうじて京都に向い、七條駅に着車した時は、教祖一行の数は八十一人と増した。更に西下して目指す船路まで着いた時は、日も海上はるかに西方に傾いて、漁火いさりび二三てん海波に光って居た。
 夕食のぜんてっせられたかと思う間もなく、かねて用意してあった船に分乗して、しばし休息に時を移して居ると、船はゆらゆら動き出して岸を離れた。後風に押し進められて船足も早く、神島は既に眼眸ばんぽうに収まって来た。着島ののち其の周囲を一廻して、一同無事島の人となった(※1)ただちかみごとを奏上して神式きわめて厳粛げんしゅくの間に行われて、それより一同はあいおいの松風に送られて、もとみちいた。時に教祖は八十一歳であった。

出口澄子著 『おさながたり』 尉と姥

(※1)
出口澄「花明山夜話(十五)」
澄子「今晩はあれやこれやといろいろ話したけどじょううばの話をします。わしは前から尉と姥の話のケリをつけとかんならんと思うて常々考えとりましたんやが……。」
乕雄「前にいただきました尉と姥を少し読みましょうか。――私もこのごろは、すっかり煙草たばこをやめまして煙草の代わりにお水を頂いとります。」
澄子「このごろは煙草の代わりに黒砂糖を頂いとりますのじゃ。(笑い声) (二代教主、黒砂糖をなめられながら) 乕雄はん、話しするで聞いておくれよ。――昨年の暮れの火事〔注:昭和25年12月31日午前2時、亀岡天恩郷本部事務所焼失〕は神界では誠に目出度めでたい火事でした。ツルとカメの両方から火の手が上がったんやでな〔注:舞鶴の“鶴”と亀岡の“亀”で同時に火災があったから〕。あの大きな火事で、木のケのあるものは皆黒こげか灰になったのやが、その次の中から二個の木彫りが出て来て、それを洗ってみるとちょっとも焼けもせずに元の綺麗なお姿のままの尉と姥の御二体が現れなさったんやが、これは教粗〔直子刀自〕はんの筆先に『尉と姥とが現れて松の根元の大掃除をするぞよ』とありますが、尉と姥は伊邪那岐尊、伊邪那美さま御夫婦のことやし、艮の金神(国常立尊様)、坤の金神(豊雲野尊様)のお働きのことや。世間でいう結婚式のときの高砂の尉と姥さんは猛火をくぐって表になられたのや、地の高天原に帰っとってんやで。

 大正五年、聖師さんが『おすみ、行く島がわかった』と言うで行かれたのが播州ばんしゅうの神島さまやった。そして神さんのおともして帰るという電報があったのやが。これが一つ。この行かれる前に霊眼で見られて金龍海に尉と姥がおられんと言うとりなさった。
 電報が来たとき教祖はんに相談すると神さんにお伺いされて『おすみや、どえらい神さんをお迎えするのやからすぐお迎えの準備せい』とのことでしたが、それからわしは心にふと湧いた思いを早速に、神前にあった狐カヅラで神島の型をつくって三方にのせ、石をのせて月の向こうへ月が出かけたろことをつくったんや。そしてその前に尉と姥、梅と松をかざり、目出度いのでたいをお供えして神様からミロク様がお上がりになるのをお待ちしたのや。これは考えてしたことやない、わしは心に浮かんだまましたんや。これが二つやろ。
 聖師さんに坤の金神(ひつじさるのこんじん)、一行五十人の信者さんにはそれぞれ眷族の神さんがかかって帰ってこられ、その時の土産に聖師さんにもろうたのが不思議なことに尉と姥との絵葉書やったのや。これは三つ。

 それから、播州の神島さまのお宮が建ったときのことやが、海の景色を眺めていると聖師さんが二本の松の小枝を投げられたのや。すると、尚江〔注:王仁三郎夫妻五女。大正4年3月5日/旧1月20日生誕〕がまだ乳をのんでるころでしたが、一二三〔注:王仁三郎夫妻四女〕と尚江がひょこひょこ出てきて、小枝を広い、砂をかきかき波際まで行ってまた帰ってきた。そして尚江がわしの乳をのんどりました。このとき教祖はんが『おすみや、こどもがしとるのでない、神様が実地を見せてなさるのやで』と言うとってでした。これが艮の金神、坤の金神様の世の立替立直しの実地を、尉と姥の掃除のなぞで見せられたのや。このようにいろいろと不思議がつづいてあったのやが、これは地の高天原にお帰りになっとるとこやでぇ。
 イヅノミタマ艮の金神様は丹後のメシマに、ミヅノミタマ坤の金神様は播州の高砂沖の神島に世をしのんで陰の御守護をなさってこられたのやが、三千年の時節がきて綾部の神宮坪の内の元屋敷にお帰りになったのや。ちょっと本宮村の因縁を話しときますが、教祖が神がかりになって『出口が本で大島が入り口、龍宮館の地の高天原の宮屋敷と相定まった。この神屋敷はこの方の住居するところ、悪人どもが汚してしもうて、もとの神屋敷にもどしてしまうぞよ』とあります。これにはいろいろの因縁がありますのや。」


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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