第十五章「出修中の出来事」 参籠事件落着

△参籠事件落着

 教主〔出口王仁三郎聖師〕はかろうじて京都の其筋そのすじへ、皇道会の法人組織の手続をすまして綾部に帰って見ると、丁度ちょうど先年穴太に義弟の病気見舞に行って帰って来た時の様に、自分の荷物が引括ひっくくられて片付けられてあった。旅の装束しょうぞくを脱ぐ間もなく、そこへ二三の役員がやって来て
『教主はだ四ツ足がまぬと見える。の通り世を乱す、四ツ足の悪の守護神は、一日も此の綾部にとまる事が許されん。早く出て行って貰いたい』
 と散々さんざん悪口を云うのであった。教主もこうしたわからず屋が沢山居っては、大本のおしえも世にひろめるわけに行かぬ。表向おもてむきの手續てつづきがなければ、信者もおおやけに大本へ出入りする事さえ出来なくなっている際に、こんな頑迷がんめいな事のみ云い張って居ては、此の先の事がう成り行くかと、ひとり頭を悩めるのみであった。そううする内に、警察の方ではしきりに教祖〔直子刀自〕に対して出頭しゅっとうしろと命令が下る。何事が起ったかと聞いて見ると、教祖が弥仙山の神社の錠前を切断してやまごもりをしたのは、規則違反だから、罰金を出せと云うのであった。教主も自分の不在中の出来事であったので、うにも見当がつかぬ。それかとて放任して置くわけにも行かず、責任は教主にもあるので、仕方なく仕方なく、駐在所へ行って見ると、係員は
何故なぜ女人禁制の場所へ女が這入はいったか』
『明治四年の布達ふたつって、そうした禁制の結界は解けて居るはずです。女禁制とは近頃珍しい事を御聴おきききします』
 と平気で反対に出てやると、今度は
『他人が管理してある建造物内に、じょうを破って這入はいるのは違反だと思わぬか』
 これには教主もすこしくこまらせられたが、事ここに及んでは、黙って引き下がる譯にも行かず、この一番はんとかぎつけんと
『神社法令の中に、信仰により立入たちいるものは此の限りにあらずと、あるからさしつかえない筈とも思われますが』
 と出鱈目でたらめを云って仕舞う。成程これには役員も一言のがなかった。駐在所にはおりしく神社法令が備えてなかった。調べるにも事いた。以後人騒がせにならぬ範囲でやれとの事で帰って来た。教祖の弥仙山みせんざん参籠事件も、これで一段落がついたのであった。

 弥仙山へは其後そのごも毎々参籠された。明治四十二年には神仏の八百万やをろずすべての道を一本にせんがめ、最後の祈願奉仕の大苦行を同山におさめられた。爾来じらい弥仙山は大本にはもっとも関係の深い霊山とされて居る。




瑞能神歌 その2 〔出口王仁三郎聖師作〕より

仙の神山みやまたてこももり、この世の泥を清めんと、三十四年は菊の月、八日にやかたを立出て、神徳みいづも高きこの山に、祈りたまいしわが教主きょうしゅ至誠しせいは天地に通じけん、十五の月の有明に、たふとや神霊現われて、世のゆくきの事どもを、いとねんごろに説き給い、をしへ御祖みおやの御心は、春野はるのの雪と解けめぬ。されども高き神の山、木立こだちしげたにふかく、雲霧くもきり四方よも閉籠とじこめて、月日もために光りせ、常夜とこよやみの如くなり。

(神)徳高き神の山、ひらけてここに千四百、四十余年と成りぬれど、女人にょにん禁制きんせいの神の山、今にけがれし事もなく、神祇かみつどいの神園にはとして、清き霊地となりひびく。浪音なみおとたかき八鹽路やしほぢの、女島めしま男島をしまと諸共に、神代の姿変えぬなり。神代のままの神の国、瑞穂みづほの国を守らんと、冠嶋をしま沓嶋めしまの神々は、弥仙みせん神山みやまかむつどい、清けき和知わちの河水に、世界を清め人々を、安きに救い助けんと、あめ岩戸いわとおしひらき、村雲むらくも〔叢雲〕四方よも掻別かきわけて、をしへ御祖みおやの手を通し、口を通して詳細こまやかに、さとさせ玉うぞ尊とけれ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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