第十五章「出修中の出来事」 皇道会の組織/稲荷下げ退治

○第十五章 出修中の出来事

△皇道会の組織

 教祖〔出口直子刀自〕が弥仙山みせんざんからくだって綾部に帰って見ると、警察署の干渉が益々厳重になっていた。当時既に信教の自由は許されてあったが、しかし大本のおしえは邪教迷信であって、いたずらに愚人をたぶらかす荒唐こうとう無稽むけいおしえなりと見做みなしているのであった。そして大本の祭壇にててある当時の広前の二階まで昇って、なにかと命令が下された。時には警官は眼を光らして信者の出入を張番している。何しろ、一つの宗教としての信條しんじょうが認可されていなかった事とて、如何いかんともする事が出来ない。教祖も諸種の命令には服従するの他はなかった。
 当時何をいても急務であったのは、皇道大本を公認されることであった。しかし教祖はがんとして公認を拒否されてた。それに此の問題のために静岡の長澤某を訪問に出張した教主と役員木下は、いまだに戻って来ないので、後に残された役員達はほとんど其の善後策を講ずる事が出来なかった。

 一方教主〔出口王仁三郎聖師〕は、思い切って此際このさい 『皇道会』 を設けて法人組織に改めなければ、大本は自滅するのむなきに至るので、教祖の反対するのもかえりみず静岡をして出掛でかけたのであるが、自分達の不在や教祖が綾部を後に弥仙山に参籠して岩戸隠れをされたことなどは一向知らないで、皇道会法人組織の手続書類を制作したので、一日も早く帰途京都に立寄って、の筋へ手続届をして仕舞うと、よろこいさんで京都までやって来ると、其の願書に調印が必要であるとの事であった。丁度其時そのとき教主は自分の實印を綾部に置いて来たのであったから、にわかに作る事も出来ないのでむを得ず木下を差立てて印形いんぎょうを取りに綾部へ戻らした。しかるに其の使者は一日っても二日経っても綾部から戻って来ないので、ますます不審の思いが深くなって来た。
 教主の命にって使者として綾部に戻った役員の木下は、印形取りに帰って見ると、自分等が静岡に旅立つ前よりは、一層警官の見張や干渉が激しくなっているに驚かされた。そして教祖が弥仙山に岩戸隠れされた騒ぎが、近在近郷まで噂がひろまって大評判である。かてて加えて教主の留守中を利用して、又復またまた愚直頑迷なやからは不純な役員に利用されて、教主排斥はいそくわだて始めていた。そしてたがいに野心満々たる暗闘が、随所ずいしょで行われているのであった。そんな事を探偵するめに、木下は京都に戻るに戻られなくていたのであった。


△稲荷下げ退治

 一方では又、松井、松浦、田中、村田、御巻おまき等と云う連中は、一つ京都には沢山な稲荷下げの交霊術をやる人があるとう事を聴き込んで、此際このさい我々は一々いちいち其の霊力をめして見ようと云うので、京都に滞在中の教主訪問旁々かたがた出掛けようと結束して出発したのであった。
 ころ京都伏見の近在に、稲荷下げで大変評判な青葉なにがしう女が居た。近郷近在から病気を見て貰ったり、方角を見て貰ったり、日常万端の事まで、何一つ適中せぬことはないと云う話であって、崇拝者のおびただしいことが一通りでなかった。其処そこで彼等一向は其女そのおんなを一つ試めしてろうと云う考えから、旅の仕度したくもわざと百姓風に変装して訪問したのである。成程立派な門構えした家に住んでいる。見るからに、稲荷下げの婆さんの様に、髪を後に下げている。神床等を設け注連縄しめなわうやうやしくかかげ神々しく装飾されている。其処でず何か口実を設けて判別をして貰はねばならぬので、さいわい教主が旅立ちして以来行衛不明になっている。それを判別して貰いたいと申出ると、無論の一行の中には教主もまざって居た。彼女はさも勿体もったいらしくせきばらいして
『其の人はきん百両のかねを持ち出して逐電ちくでんしたのであって、たつみの方角に居る』
 と云うのであった。一同は少しく可笑おかしくなって来たが、猶も平気をよそおうて
『それでは一つ金縛かなしばりにして行衛を探して貰いましょう』
 と云うと、彼女は承知しましたと返事を与える。其処で幾何いくらかかるかと云うと、金七両要るとの事であった。一同は愈々いよいよ面白がって、其中の一人が膝乗出して
『私は長い間病気で困っている者ですが、これは何病であるか一つ御伺おうかがひします』 
 と申上げると、稲荷下しの婆さんは短い御幣へいをトントンと叩いてから
これは腹の中に大蛇だいじゃが居る。住み家のいぬゐの方角に当るところの倉に住んで居た大蛇が、腹の中に這入ったのだ』
 と此処ここまで稲荷下げがベラベラ喋って来た時、じっと今まで聴き流していた、一行の中の教主がもうたまねて、いろいろと横槍を入れるとにわかに稲荷下げは顔色を変えて
『神にむかって無礼な事を申すな』
 と今にも喰いかかる様な恐ろしい見幕けんまくとなった。一同のものも敗けては居られないと見えて厄鬼やっきとなって
『お前の云う事はみな嘘ばかりだ。本人はの人だ。病気でも何んでもない、これこの通りピンピンしている』
 と胸のあたりを叩いて見せる。それから一行の連中は、かわがわる稲荷下げに向って、嘲笑ちょうしょう罵倒ばとう、云いたい放題に怒鳴り散らして仕舞った。家の中がひっくり返る様な騒ぎが起こった。じゃうした騒ぎの内に、村の稲荷下げを崇拝している連中が、どやどやと其処そこへやって来て
御臺みだい様のところに他国の奴共がゆすりに来た、さあ叩きつけて仕舞え』
 と云うので、両方入り乱れて格闘が始まった。其の内に岡田良助と云う坊主ぼうずあがりの素浪人がやって来て、綾部の一行を散々蹴ったり踏み倒して仕舞う。悲鳴のこえいち早く駐在所にきこえ、巡査や刑事が出張して、やうやう鎮撫ちんぶしたと云う珍劇もあった。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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