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第十三章「教祖の恭儉」 全くの無学者

○第十三章 教祖の恭儉

△全くの無学者

 頑迷な幹部や役員達から、あし呼ばりなどされた教主〔王仁三郎聖師〕は、屡々しばしば危害さえも加えられた。一方教祖〔直子刀自〕は一意いちい専念、お筆先をみとめることにつゆおこたりもなく、日夜それのみを続けられて居る。多年教祖の坐右にはべって、教祖がお筆先を何の苦もなく、すらすらと書かれるの手際を見た役員共は、元来無筆むひつの教祖が、うしてこんなに書けるものかと、如何いかにも奇蹟のごとくに感じていた。
 綾部近在の大川下おおかわした位田いだの村上藤吉ともきちと云う百姓が生糸工場を開いてたので、教祖は以前其処そこの糸引に通はれた事があった。の村上の分家に為八ためはちと云う人があって、その妻のおくめと云う女も、教祖と一緒に其の工場へ糸引きに行って居た。
 の女は当時の教祖の模様をはしく知って居たが、工場では工女自身が其の糸枠いとわくに、銘々めいめいの席順と名前を書きへて置く事に定めてあった。しかるに教祖は自分の名前さへ書けなかったので、丸や三角を書いてそれを目標に糸を引いたと云う程、無筆であった。くも無学無筆の教祖がどうしてお筆先が書けるのか知らんと、其の当時はみな嘘の様に噂されたそうである。
 教祖自身もはじめ筆を持ちさえすれば神様が書かせてくださるものとのみ思って居た(※1)しかるに時としては一向いっこうに筆が動かないこともある。矢張やはり自分で書かねばならぬのかと考えて、てもなく一寸筆を動かして見るとどんどん書けるので、最初のうちは教祖も見常けんとうが取れなかった。
『出口なおが書くのじゃない、なおの手を借りて神が書かすのじゃ。口でう事も書く事も、毛筋の横幅も違わぬ』
 と何時いつも教祖は口癖の様に話されて居た。
『そして筆の毛の先のところに小さい神が、まといつく様にして書かして下さるが、の神は皆の目には見えんのか』
 と云はれた事もあった。当時教祖がお筆先をしたためられる場所は、二階の広間の南側の障子しょうじきわで、其処そこには一脚の机があった。更にの手前にも一つの机が並べられてあった。前にある机の方には白紙が三宝さんぽうの上へ乗せられて、其の白紙はぎから次と、手前の机に移されてお筆先が書かれて仕舞しまうのであった。真昼間の内はそれでも光線が充分すから、老眼をぬぐわずとも書くことが出来るが、夕陽ゆうひの陰が薄くなる時刻になると、前の机が邪魔になって陰映かげとなるので、普通の人でも暗くて書けない。ましてともしびともす頃になれば太陽は既に没している刻限である。黒白も判らぬ黄昏たそがれ時でも、教祖は、平気で御筆先を書いてられた。の有様を見た役員共が、これは決して人業ひとわざで書くのではないと思ったのも無理からぬことである。


(※1)
出口澄「尽きぬ思い出 -開祖さまのことども-」
 お筆先を書かれるようになったのは、「余り大きな声で、あなたが叫ばれるので、人から狂気きちがい扱いをされて困ります」と、かみさんに抗議をされたところ、「そんなら書いてくれ」と、神さんがおっしゃるので、紙と筆とを買うて来て、(ワシは字は知らんが、神さんが書くのやから……)と思って、筆を持っていると、ミミズのような字が書けたというのです。(しようがないな、こんなものでは)と思ったそうですが、これが筆先のはじまりでした。「三千世界一度に開く梅の花、うしとらこんじんの世になりたぞよ。須弥仙山すみせんに腰をかけ、艮の金神守るぞよ」というお筆先やったのです。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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