第十章「教祖の鞍馬詣で」 旅路の出来事/犬の攫合ひ/二人の陰謀者

△旅路の出来事

 坂原の宅にしばし旅の疲れを休めている所へ、教祖一向の来遊をはやく聴き込んで、同じ信者であるかみむら、浅田の両人が、急いで坂原の宅までやって来て、今夕こんゆう是非ぜひ共我等が家に宿泊下さる様にとの懇願なので、其の夜は上村の家に泊まる事となった。
 の夜は教祖から色々と神の道を聞かされて、賑やかに夜が明かされた。ところが其の翌日になって、近所に住んでいる信者、中田 辻村の両人が上村家にって来て、上村とは何か感情を害して居ったものと見え、教祖の前で、上村を真向まっこうから
『貴殿はいつわりの信者である。教祖のおしえに対して貴殿はんとおっしゃっている。あれは邪教迷信だ、荒唐こうとう無稽むけいの教だ、御筆先はんだかんだとののしってながら、猫を被って教祖の前で信者振りは近頃珍しい。何んとでも返事しなされ、今日は教祖もお見えになっているから、の真相を聴いて貰いたい、都合にっては我々両人は退会してもあかるみへ出さねばならぬ』
 と口角こうかく泡を飛ばしてなじり出した。上村も引けを取らず、さっにわかに顔色を変え怒気を含んだ憤然たる口調で
『教祖の目の前で各々おのおのがたは何んと仰る、そんな事は拙者にはゆめさら覚えのない事だ。空言そらごとは聴きたくもない、各々方こそ胸に手を当てて思案なさるがよろしいぞ』
 とはれて両人は無言でも居られず、今度は教祖の一行に加わって来た四方までを中に加えて
おぼえが無いとは言わさぬ。現に今度教祖の一行に加わって来られている四方氏と常々気脈きみゃくを通じて、本会の瓦解がかいくわだてているではないか。さあさあの返答は如何に』と詰め寄った。


△犬の攫合ひ

 上村と中田辻村両人とがどもえになって、益々口論が激烈になってく。教祖は黙然として最初から一言も口を差し挟まず聴き流している。純子刀自は教主と共に、事の成り行き如何いかにと打ち案じて気をんでいる。教祖の言葉のかからぬ内は、彼是かれこれくちばしを入れるわけにも行かず、むなしく手をこまねいて見ているよりほかはなかった。其時そのとき教祖はやおらを立たせられて、折柄おりから庭先に四頭の狗児こいぬが、日当たりのよい所でいかにも楽しそうに飛んだり跳ねたりして、遊びたわむれている様を見て居られた。ややしばらくじっと見て居られたが、懐中かいちゅうから菓子の片割れを取り出して、狗児の居る所へ放り投げられた。ところが今の今までたがいに楽し相に戯れ合ってなかく遊んでいた、此の時ならぬ良き餌物えものに、にわかに我先きにとの食物目掛けて飛び着いて来た。われひとりの食物にせんと、歯をむき出してしがみくものや、ならばうはさせずと、後からやって来て、前に居るいぬを突き飛ばして喰い掛ろうとしているやら、ようようにして其の中の一匹の狗が食物を口の先まで持って来た頃合に、また他の狗が傍から飛び込んで、それを振り落す。互に死物しにものぐるいになって其の唯一の獲物を口をせんと、ぐうぐうと喉を鳴らして震えたりあえいだりしている。流石さすが畜生ちくしょうの本質を忌憚きたんなく現はして、其の食物に有頂天になっているのであった。奪ったり奪われたり、同じ事を繰り返して騒ぎ廻っている光景ありさまを、も意味ありげに見て取った教祖は
『ああ、ひとごころの奥底も大底たいていこんな物だ。最前さいぜんからの三人の口論、人間の浅間あさましさが思はれてならぬ』
 とひとりごとのように私語ささやかれた。教祖もかかる不純の教弟の家に滞在するは心苦しいと、怱々出立しゅったつの準備にかかられた時、上村はさも面目なげに
『誠に今度は御来遊草々そうそう御不快な話をお耳に入れて、何んとも申しけありません。どうぞ御許しにあづかりたい』
 上村が一心になって、教祖にびをしている所へ、中田辻村の両人がなおも執着して
是非ぜひとも教祖からの黒白を立てて貰いたい、それでなければ我々両人は退会致します』
 くまで強情を張って止みそうもない。教主も教祖が一言も発せられないので閉口のていであったが、何時いつまで黙っても居られないので
『本会の主義精神は、一身一家の栄達や名聞めいもん企図きとするが目的でない。ただ敬神尊皇そんのう愛国の国家的観念を涵養かんようするのが本務である。しかるに諸君は会員たるの本旨ほんしを忘れて、時もあろうに教祖の苦行の首途かどでようして、是非の裁断をはんとは、実に時を誤った無礼のおこないではないか。教祖が今日まで多年の艱難かんなん辛苦しんくは、皆一つは諸君のごとき、不純な会員を覚醒かくせいさして、正道せいどうに導き給はんがめだ。なお六十有五歳の教祖が身を白梅の一枝いっしに托して、凛烈りんれつ肌をつんざく冬の日も、炎熱焼くが如き夏の日も、飢餓と寒苦と戦いながら、神命のまにまに、昼は梅ヶ枝を力として、夜は荒野に露宿ろしゅくして、神衣しんえの袖に月をやどすのも、みな国の為め、人心の為めだ。あらそいしたがよかろう』
 と、んで含める様に教えさとして見たものの、中田 辻村の両人は、もともと金光教の教師であったから、うわべは大本の信者と見せかけて、何かの場合邪魔をしたりしている連中であった。の両人は頭から教主の話に耳を貸さず、ぶつぶつ不平を鳴らし頬を膨らして、草々そうそうにして席を蹴って帰って行った。


△二人の陰謀者

 出修の旅路第一の假宿で、はからずも中田・辻村両人はきわめて傍若無人の振舞に出たが、の主人上村へは、何にくれとなく真心篭めたこころづくしに感謝して、教祖と教主は更に再会を約して旅立つ事になった。うしたものか其の時一緒に随行して来た四方、福林両名の姿が見当たらぬので、教主は心配そうに教祖に向って
『四方、福林の両人は、なにをクズクズしているのでしょう、今出立しているのに一向いっこう其の姿が見えぬ。少し其のあたりを探して参りませうか』
 とうかがってみた。教祖は
に、放って置くがよい。後から追附いて来るだろうか、さあ、出立しよう』
 と一向平気でられる。教主はどうも合点が行かぬが、かく不審の思いを抱きながら、教祖の後へいて出掛ける事になった。

 話変わって四方・福林の両人は、昨夜来上村かみむらの宅へ、中田・辻村の両名が喧嘩口論に来たのは、何か事情もあることと、両名が立ち帰るとの後から追って行った。途々みちみち四方・福林は 『我々はもうあの教祖のおしえには合点の行かぬ事のみ多いし、それに、どうも世間の話では邪教とか迷信とか云ってる、我々両人は今度教祖のともをして来たが、もう今日限り旅の道連れをして、一層いっそう中田・辻村等と行動を共にしよう』などと、教祖の事をわざと何かとののしながら、中田の家に這入はいると、福林は直ぐさも草臥くたびれた様にして、昇り口に打ち倒れて熟睡をよそおいつつ、から寝入りをしていた。それと知らず中田・辻村は教祖に対してれからる密謀を話している。それを残らず聞き取ってから、福林はなま欠伸あくび等をして立ち上り、素知らぬ振りをして
『おい、中田さん、教祖は只今何處どこに居りますかな』
 とくまで平気を装って尋ねた。中田は陰謀を一切いっさい聴取られたとは少しも知らず、すっかり福林も四方も自分の味方になったものと思い込んで
『ああ、あの気狂きちがばばあか。あれはもうとっくの昔に上村の家から出立して仕舞っている。今頃は、そうだ大橋のあたりを迂路うろつきまわっているだろう』
 と言振いいぶりが、如何にも教祖に対して裏切っている不届ふとどき千萬せんばんやからである事が判った。其の時痛罵つうばの一つもってやりたかったのであるが、今は芝居をしているのだからと、何事も腹を立てず、挨拶もそこそこにして、彼等と別れて一目散に教祖たち一行の後を追うた。ようやくにして村はずれで、教祖一行に追いついた。四方は息をはずませて教祖に向いて
只今ただいま戻って参りました。どうも中田も辻村も教祖を裏切っている事を探偵して来ました。まったく彼等は獅子しし身中しんちゅうの虫で御座ございます。何とか方便ほうべんがないものでしょうか』
 と申し上げると、教祖は何事も承知しているかの様にして、少しも騒ぐ色を見せず
『そりゃ苦労くろうじゃった。そうふ人々に関わり合ってはいけない。放って置くがよい』
 とのみであった。時刻移りては旅路にさまたげと、教祖ははるか八木やぎして急がれた。こずえを渡る秋風も身にみて、雨を含める空模様に、んだが浮世のせせこましがしのばれて、黄昏たそがれ時に教祖は杖を頼みに八木やぎの福島家へ辿り着かれた。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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