第十章「教祖の鞍馬詣で」 猿田彦の役目

○第十章 教祖の鞍馬詣で

△猿田彦の役目

 夜も森閑しんかんくころ、すなわち明治三十三年うるう八月八日午前一時であった。教祖〔出口直子刀自〕はかねてお筆先に示された通り、神慮のまにまに教主〔王仁三郎聖師〕と純子すみこ刀自、四方しかた春蔵はるぞうの三名をしたがえられ、いよいよ国内出修しゅっしゅうの第一歩を始むべく旅立ちせらるることになった。の日の旅姿は、頭には粗末なる菅笠すげがさいただき、みのを背にい、手にはかおりもゆかしきしらうめの杖を持ち、草鞋わらじ脚絆きゃはんに身を固められた。教主は雄松をまつ、純子刀自は雌松めまつ、四方春蔵は青竹あおだけの杖をだずさえて随行することとなった。
 前日から教祖のもとへ集まっている多くの信者等は、今更ながら別れをおしみ、中には涙を流して我も我もとの旅の同行を迫るものも多かった。教祖もその有様を見て、教弟きょうていの熱誠に涙をそでにつつみながら、今は唯々神命をかしこみての奉仕、やがて帰国も致すべければ、多くの随行かなはず、しばし待たれと様々慰めて旅立ったのである。
 時雨しぐれを含む初秋の空も晴れ渡り、四方よもの気色を眺めながら、和知わちの清流に辿たどりつけば、水清く松が根洗う所、樹々は早くも紅葉くれなゐしている。一行はなおも露草を分けながら、須知すちやま峠へと差しかかった。山は静かに暮れかかって、うす紅の空の色、友に離れた名無鳥の音にも旅情を慰めながらおおはら神社に辿り着いた。一行はうやうやしく社前に跪坐きざして前途の幸運を祈願して、又も枯木かれのき峠を越え、今しも榎木えのき峠の絶頂に差掛らんとする時、路傍みちばたくさむらの中から一條いちじょうの怪しい煙が立ち登っている。さてはこの峠には山賊のむれが巣を作っているのかも知れぬ、油断はならぬと云うので段々近づいて見ると、其処そこにはかつて見覚えのある信者の一人たる、ふくばやしやすすけが、旅の仕度をして待っているのであった。如何いかにも不思議な思いで、教主が其のわけただしたとき、福林は安心した様な顔をして
『とでも今度の旅立ちには、如何いかに哀願しても、随行ずいこうは許されそうもないから、実は皆のものを出し抜いてひそかに裏道から、此処ここに来て皆様を待ち受け、もう一度お願いしたら許されぬ事もあるまいと思って、来ているような次第で――』
 と、そして手には梅の枝までたずさえている。の熱心さに教祖も一時は心を動かされたが、厳然として
『今度の出修は神命に依って、三名のほかは随行を差許さぬ事になっているから、もうお帰りなされ』
 と言い放たれて仕舞しまった。福林は今は泣くにも泣かれず、今度は教主の袖にすがいて、是非ぜひ共、曲げて随行を差許すように、教祖に嘆願して下されと、どっとばかりに平伏して仕舞った。教主もかほどの真情を無気むげに棄てるわけにも行かず、しいて教祖に嘆願して見ると、さすれ荷物人足として随行をさしゆるすとの事であった。福林は天にものぼる心地で喜びいさみ立ち、四人の荷物をひきかついで、さるひこのお役を勤めさして貰った。
 教祖はいささかの疲れもなく、道すがらやしろやしろの祈りは露いささかのおこたりもなく、早くも行程こうてい六里を過ぎ、夕を送るとおでらの鐘に、旅情りょじょういとどあわれもよお黄昏たそがれ時に、ひのきやまの信者であるさかはらたく辿たどり着かれたのである。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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