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第八章「神霊島に出修」 冠島参拝/沓島開き

○第八章 神霊島に出修

△冠島参拝

 此処ここ丹波たんばの國はまいづるの沖に無人島とはれている二つの島が、沖合はるかに雲烟うんえんの中に包まれて居る。一はしまと称して元備中のくにたましばの金光教会の教祖が神勅しんちょくを受けて霊地としたと云う由緒ある島である。また一はしまと称して、冠島と相並んで古来霊島れいとうとして伝えられている。
 の冠島・沓島はほとん人跡じんせき絶えていると云ってもよい淋しい島である。島の附近は常に怒濤どとうたけり狂って、波は咆哮ほうこうを立て、潮吹を含んだ空気は四辺を漂はしている。逆巻いている波を横切って島へ辿たどりつく事は、昔から仲々困難とせられて居る。それが冠島よりも沓島に至る間が最も物凄い場所で、金光教祖はの冠島まではかろうじて船をぎつけたと云う程で、流石さすがの金光教祖も沓島まで行く事は出来なかった。

 霊気に満ちたあらいそじまに、教祖〔出口直子〕は女の繊弱せんじゃくな身をもって出修されたのである。時は明治三十三年舊(旧)六月八日の日〔新暦1900年7月4日〕である。その日はどうしたものか、海が非常に荒れて、暴風怒濤をくし立てて、荒潮ははまを襲い、此の仇浪あだなみを押し切って冠島へ船を着けることは、舞鶴浜辺の数百人の船頭の内、誰一人として船を漕ぎ出す勇気を持ったものはなかった。の時教祖は痛く心を悩まして、暫時しばし逆巻く怒濤に向って、龍神に祈願を籠められた。供の人々は教祖の体を案じて、いろいろといさめもしたが、教祖はいっかな聞き入れず、出修の目的が達し終らぬ内は、仮令たとえ舞鶴が濱の藻屑もくずと消ゆるとも、我はいかでむなしく帰られやうぞ、決死の勇はおもてに表はれてなおも一心不乱に祈願をめた。暗示か神託か、沖の一名所博奕ばくちヶ崎までは荒潮が巻き返へされているが、其処そこを漕ぎ越せば海上きわめて平穏なりとの思念が与えられた。当時お供を承った教主〔出口王仁三郎〕、純子すみこ刀自、四方〔平蔵〕、木下〔慶太郎〕の面々は、の事を聞いて早速船を漕ぐのに最も老練な船頭二人を雇って来て、一同いさみ立って乗り出して見ると、小船は丸で木の葉のように片々と怒濤にもてあそばれて、かぶった菅笠すげがさはもぎ取られ、いずれも濡鼠のようになり、ただふなべりにしがみ附いてるより他にすべはなかった。教祖はすやすやと深い眠りに落ちて、憎らしい程おさまり返って一向無関心のようであった。船が一里程進んだと思う頃、風も変り浪も静かに雨もっと上がって、見る見る中に一天え渡り星のまたたきさえ鮮かに拝まれた。船頭も元気づいて唄を歌い出した。
 の騒ぎや嵐を知らなかった教祖は、ふと目をまして
『龍宮のおとひめ様がお迎えになるから、向うへ着く前にまた少しおしめりがありますぜ』
 と同舟一行のものに告げられた。いずれも此上このうえ雨は澤山だと心に思って居ると、たして冠島の一丁程手前に差掛った所で、ばらばらと降り出した。程なくそれは晴れ上がって、冠島の山が眼の前に展開された。島のあちらこちらには、澤山な“さば鳥”が翼を張っていきおいく飛び廻って居た。参拝の目的も首尾よく遂げて、一同退散したが、これが教祖第一回の長き旅であった。


△沓島開き

 教祖冠島出修後、一ヶ月程は綾部にあって、もっぱら神筆を認められていたが、越えて翌七月八日、今度は船をるに難関とせられたる沓島めしまの方へ出修さるる事となった。
 綾部あやべから舞鶴までの間は、の当時、汽車やくるまの便利さえなかった。教祖は往復十里余の道程を、杖を頼りに草鞋わらじを履いて、川を越え、山をじ登って行かれた。沓島は冠島よりも参拝するのに困難であった。漁師達の中には冠島までは、年に一度五月五日に参拝するものもあるが、沓島には誰一人としていまだかつて漕ぎ渡った者はなかった。昔から鬼門きもん島などと称して、恐ろしい色々な伝説があったけに、其の附近一滞いったいは常に蒼味を帯びた海水が何んとなく物凄く、渦巻きと咆哮が絶えず怒濤の中に繰りかえされて、全くの孤立した絶島である。如何いかなる人も未だかつて足を踏み入れた事のないの沓島に、教祖は雄々しくも神船を漕ぎ着けるべく出かけられたのであった。
 聞きしにまさの絶島に、教祖が足を入れて見ると、名も知られぬ樹木まばらに生い茂り、奇岩 怪石の間を点綴てんせづし、見知らぬ鳥さえさえずわして、四辺あたりの光景は霊気に充ち満ちて、身も心も共に融合さるるばかりであった。
 教祖はひるむ色もなくなおも草深く分け入れば、ふと突起した岩石を見出した。其の岩石にじ上って海のおもてを眺むれば、全く身の毛もよだつゆうげんさに、普通の人であるならば、たちどころに威圧されっとして立っている事の出来る所ではなかった。一陣いちじんの潮風は教祖の顔を打って、怪しい雲さえ現はれて来た。其のこまたちいわ端坐たんざして、暫時しばしじっと目をとじて神業を凝らされたのであった。供をうけたまわった面々は、何れもの光景にひれ伏して、今更教祖の神姿の崇嚴すうごんさにおそれて仕舞しまった。そして其の島に一つの神祠を建てて、首尾しゅびく沓島開きが終えた。


○出口王仁三郎 『瑞能神歌(いろは歌)』より
しま男嶋をしま荒海原あらうなばらを、神の御言をかしこみて、明治は三十三年の、六月むつき八日やうか未明あさまだき上田海潮うえだかいちゃう出口壽美でぐちすみ四方平蔵しかたへいざう木下きのしたの、慶太郎けいたらう四人よたりを引連て、雨風強く浪猛なみたけき、底さえ知れぬ海原うなばらを、小さきふねに身をまかせ、いさみ進んで出給いでたまふ、教御祖をしへみおや雄々おおしさに、波路なみぢなかばを渡る頃、海の御神もおどろきて、御空をはらし風をぎ、波をしづめて心安うらやく、送りたまひしたふとさよ。神代かみよとほき昔より、龍宮島りゅうぐうじまきこえたる、大海原の無人島ひとつじま、波打寄うちよすいそに、小舟をつな静々しづしづと、のぼり給へば百鳥ももとりの、声を限りに鳴叫なきさけび、むかまつりし時も在れ、若狭わかさの海の波のに、ただよのぼ天津日あまつひの、御影みかげいとうららかに、の出の神の御姿を、天地あめつと四方よもてらしつつ、神の出口の出修いでましを、うべなたまふ心地して、神の御告みつげわざへ、あく十日とおか夕暮ゆうぐれに、月をかしらに星を踏み、世継王よつわうの山のふもとなる、大本して帰りす、出口でぐち御祖みおやいさましさ。


雄島由来舞鶴軍港案内


 波濤はとう静かにして洛陽らくようの夢長閑のどか曲浦きょくほ長汀ちょうてい秀麗しゅうれい優雅なる九景が浦を外海に出づればたちまちにして天空海闊かいかつうしろひがし博奕ばくちがさきより大浦の沿岸西にし金崎かなざきより由良ゆらに至る海汀かいてい奇巌きがん怪石の累々たるところ日本海の怒濤これに激してりゅう踊り虎うそぶき、前はただ蒼海の天に連なる處白帆はくはんの雲に入るを見るのみである。
 雄大にして豪宕がうとうなるこの海原の水天相摩あいまする沖合に青螺せうら一點いってんようとして浮かぶもの即ち老人島をしまである。俗に雄島をしまとも称し又その型のかんむりに似たるよりかむりじまとも呼ぶ。其かたわらの小島は俗にしまとも称し又くつの形せるよりくつしまとも呼ぶ。舞鶴港を北にる十八海里、島の周一里、北海の狂瀾きょうらんいわを飛沫ひまつ天をいてひびき雷の如く其壮観そうかん到底名状めいじょうべくもない。しそれ巌頭がんとうに立てまなこを放てば西に雲のごときょうヶ岬の半島 南にかすみの如き若丹じゃくたんの諸山、東に煙とまがふ越前えちぜん岬、北はただ雲波うんぱ縹渺びょうびょうしん鯨脊げいはい鵬翼ほうよくまたがって北溟ほくめいに飛ぶのがいがある。島中の老人島をしまだいみょうじんは漁夫の崇敬すうけい最もあつく境内に群をなせる沙波さばどりは人のつかむにまかすばかりれて居る。

 ゆうさればしおかぜさむし浪間なみまより
  見ゆるしまに雪はふりつゝ(鎌倉右大臣/源実朝:金槐和歌集)

△老人大明神(老人嶋神社) 祀神 あまのあかりみこといらつみこと

○由良ヶ嶽
 舞鶴の西北三里由良ゆらの里に北海に面し巍然ぎぜんとして天にそびゆる秀峰しゅうほう由良ゆらだけである、その山容の富嶽ふがくに似たるにより一に丹後たんご富士ふじと称し海抜かいばつ数千尺初夏なほ残雪の山巓さんてんしろきを見る、絶頂にぞうさつを奉祀し毎年陰暦三月十三日には「十三まゐり」と称して附近十三歳の男女いずれも登山参詣せざるものなくしかもそのさいするものいずれもこの山をして虚空蔵菩薩の霊験れいけんとともにますます高峻こうしゅんならしめんとの信心より、皆その山麓さんろくより十三個の小石をつとにしていただきに運ぶのである。
しそれ絶巓ぜってんたちまなこを放てば日本海の波濤漂渺びょうびょうとして遠く天に入り旻天びんてんの快晴にありては東方はるかに加賀かが白山はくざんをも望み得べく、俯瞰ふかんすれば近く四国の連山脚下きゃっかに起伏して壮観そうかん実によく筆紙ひっしのつくす所ではない、登山するには由良村又は丸八江村よりするを最も便利とし山頂までおよそ一里十四町である。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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