第六章「偉人か奇人か」 透視か奇蹟か/先見の明

△透視か奇蹟か

 教主は緊張したお面持ちで、静かにしゅつりょう当時の事を追想するかのごと
『昨年わざわざ綾部あやべに教祖をお訪ねしたけれども、まったくそれは普通の人の眼から見ると、或は木で鼻をくくると云った風の挨拶であったかも知れぬが、私は一目見るなり、んとも云えない或る會心の笑みを浮かべて帰った。私は当時犯すべからざる神權しんけんって勇気づけられて、今でも教祖が、偉大な力の所有者たることを感じ入って居る次第じゃ』
 と語り出された時、四方は再びの人の凡人ぼんじんでないことを直感せずには居られなかった。四方は遠慮もなく又次の様な質問をした。
うしとらこんじん様は表へお出でになることが出来ますか』
 教主はさも事もなげに、
左様さよう、それは出来ますじゃ。私が手紙一本静岡へやれば片附かたづくじゃ』
 四方はすっかり感服して仕舞しまった。ただちに此の神霊豊かな人と共に、綾部に同行したいむねを申込むと、教主は軽くうなづいて
『今晩はゆっくりと疲れを休めて明日出立することにしては如何どうじゃ』
 旅の疲れもあったので、四方は其日の夕方は一時別れて、近所の宿屋に引き下がったのである(※1)。そして翌日早く教主をたずねて見ると、丁度其の時ははん夏生げしょうの御馳走酒が出て、近所からは日頃教主と親しく交際している人々が、しばしの別れをおしみに来た。是等の人々は普通世間にあるような、他愛もないありふれた噂をしているのではない。四方は今日はとても斯那こんな酒など飲んでいるようであるから、仲々出立も遅れる事であろう、早く切り上げてれればいがなと、心の中ではそはそはして落ち付いていられなかった。そううしてにぎやかに騒いでいる内に夕陽ゆうひがてらてらと西の障子しょうじに反映し出した。もう今日は里程から考えても旅立ちは出来ぬものと、半ば諦めていると、教主はにわか
『さあ四方さんお待たせしてまなかったじゃ、れから出かけることにいたしますじゃ』
 驚いたのは四方一人ではなかった。かたわらに居た人々も目を丸くして教主を見詰みつめた。席から姿を消した教主は最早もはや庭に降りて脚絆きゃはんを着けて旅立ちの仕度をしているようであった。詮方せんかたなしに四方も続いての無法な人の後に喰い附いて飛び出した。
 二人の旅人が亀岡から程遠からぬ観音峠にさしかかった頃は、夕陽は全く西の山のに没して、真夏の昼の暑さもようやく薄らいで、涼風は両人の頬をかすめている。途中二人の間には色々な話も出たが、峠を越えてひろっはらに出ようとする所まで来ると、教主は
『綾部のお方、あんたの家は南向きだね。ひつじさるの方に向かって建って居るのは、ありゃ家ですか倉ですかい』
 と不意に話かけられた時、流石さすがの四方も、余りに突飛な奇問に驚かざるを得なかった。んだか怖れさえ感じた。たかの自分の家屋をだ一度も見たことのない、また見える所でもないのに、教主はちゃんと見分けて居られたのであった。やがて段々歩みを進めて来ると、にわかに空模様が変わって来た。遠い空の一面は真黒く、それは夜の眼にもはっきりと眺められた。時々彼方かなたの空で稲妻いなづまひらめいたかと思うと、ごっーと雷の音がし出して来た。今にも激しく降り出しそうになって来たので、二人は少し足を速めてやっと田舎町のひのきやままで辿たどり着いた。其処そこで其の夜は一泊することとなって、一軒の宿屋に身を落ち着けて旅の疲れをすることにした。


△先見の明

 二人が宿屋の二階の一間に通された時、雨ははたしてしのつくようないいおいで降って来た。それに物凄い稲妻さえ加わって、時々轟々ごうごうと身体を震わせるような大きい雷の音がしたかと思うと、夏の夜も流石に冷えた。黎明れいめい前の闇は、真夜中よりも更に暗くなって行った。まったく夜が明けても雨と雷は根気く続いて居た。
 四方は怯えている心を、無理におししづめようと努めているかのようにして
『どうもひどい雨で、この分ではとても止みそうもありませんから、今日はっくりここで……』
 と話掛けた。教主は虚心きょしん平気の態度で、腕組をしていたが、四方の方に向き直って
『偉い雨じゃがのう、七時頃には晴れますじゃ』
 と、つらにくいほど沈着かちついて居られたが、うち朝の食膳しょくぜんが二人の前に持ち運ばれたので、膳のはしを取って何も無関心の様にせっせっと飯をきっした。丁度ちょうど飯も終わった頃、空を見れば幾層にも折り重なった黒雲が、途切れ途切れに薄くなって、陰惨な湿っぽい飛沫を含んだ空気も何處どこへやら、見る見る内に空の一方の真黒な雲がさっとき上げられた。其の間から少し傾いた朝の太陽がカッと光を反射さしたかと思うと、不思議や、今までしのつくような雨は晴れ上がった。空は青い海のようになって、太陽の光が一度に照り出して来た。
 驚いて仕舞しまったのは四方であった。まだ十分間とたたぬ前の教主の言葉と適切てっきり合っているので、早速さっそく柱時計を覗いて見ると果たせるかな七時を打つ所であった。先見の明と云うべき事が、うも突発的に言い当て得るものかと、唯々四方は教主の其の恐ろしい想像力のたくましいのに感服するより他はなかった。

 それから二人は宿舎を立ち出て、途中もこころさわやかなものがたりに打ち連れて、和知わち川の流れも越えて、綾部町の裏町なる教祖の土蔵の前に辿たどり着いたのは、其の日の午後四時頃であった。四方は土蔵の入口の前に立った時、突然頭の一部に悩みを覚えた。それは今教主を此処ここへ案内したことは、あるいは教祖の心にさからいはせぬか、それともこころく迎えて下さるだろうか等と、色々と思案の首を傾けて居たが、ず教祖の様子を見た上にと、教主を門の外に待たして置いて、おのれ一人中へ這入って行った。


(※1)
出口澄「花明山夜話(十四)」
澄子「そのころ聖師さんは園部におられてな、四方平蔵さんが園部にお迎えに行ったのや、そこで聖師さんは往復八里もある夜道を郷里穴太に帰り、産土さまに祈願して、ご祖母やお母さんにしばしの別れをして、そこれから園部へ引き返し、平蔵さんとまた夜道を綾部へ来られたのや。」
木田「疾風迅来ですね。」
澄子「どこの下にもならないで艮の金神様を表にお出せできるという、聖師さんの断固たる言葉に御開祖は大変喜ばれましてな。ここでやっと御開祖の長年の宿望がかのうたわけや。それから厳瑞二霊の経と緯とのご活動になるのや。」
素山「そこまでになるには開祖様も筆舌に尽くせぬ苦労があったのですね。」


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる