第五章「神格者の結合」 奇蹟か挿話か/神を審判する人

○第五章 神格者の結合

△奇蹟か挿話か

 綾部裏町うらまちの土蔵に身を落ちつけてからの、教祖の神に対する奉仕生活はもっとも自由であった。今までは他にはばかところもあったが、此処ここに引き移ってからは、誰に遠慮する必要もなく、日夜五六回はみず垢離ごりを取り、潔斎けっさい心を純一にして心行くばかりに神を念じ、神託のさがる時は御筆先を書き、神業三昧ざんまいに身も心も進める事が出来た。
 もとめずして来る信者は教祖これをこころよく迎合し、共に神徳をわかち与へた。ゆゑに教祖を慕って来る者が日に日にえて行くばかりであった。うなると警察の方でも、ただわけもなしにあのきつねつきの婆さんが、又得体えたいの知れぬ神を引き出して衆人をまどわすとはしからんと云う所から、いろいろと内偵をさしたり、あるいは何にかにつけて、彼是かれこれ干渉がましく教祖のおしえを圧迫して、の宣伝に対してさえ苦情を述べ立てたが、教祖の信念は不抜ふばつなものであった。他の如何いかなるものを以てしても、教祖の信念ををかわけには行かなかった。

 明治三十一年、時は秋風立つきゅう八月の下旬であった。の土蔵ずまいの教祖のもとへ年頃二十幾歳かとも見える一人の青年が訪れて来た。そもそもこの青年は何人なんびとであったのか、突然教祖を訪ねるまでの顛末てんまつかねばならぬ。
 教祖の三女久子ひさこは明治二十四年すなわち教祖が神懸りに入らぬ前年に、丹波八木やぎ町の福島家に嫁入った。丁度の翌年風の便りに、生母がかみ気狂きちがひとやらになり、綾部町近在のうわさの種となっている事を聞いて、一度は教祖が牢舎生活中にも見舞いに行ったり、其の後も三四度教祖の下を尋ねて、眞個ほんとの気神狂ひかそれとも普通の発狂者か、生母の身の上のみを案じて暮してた。いづれにしても其の病根を見分ける人を、こころひそかに探していた。まるでそれは、雲をつかむような話であるが、八木町の入口の虎天とらてんう所に茶店を設けて、通行人の内から、の種の病根を見分ける人の来るのを毎日待ちもうけていた。茶店を設けた目的は勿論もちろんこれがめであった。


△神を審判する人

 或る日のことの茶店へ一人の青年がって来て、暫時しばし旅の疲れをすべく小憩こやすみした。青年の風彩ふうさいと云い、何となく落ち着いて、眼はえず何物かに向って凝視しているかと思われ、冥想めいそうてきかがやひとみに久子はしっかりと引きつけられて仕舞しまった。んとなく胸がわくわくして今までの通り一遍の旅人として見逃すけには行かず、ややあって、思い切って久子は言葉をかけた。
『もし、貴方あなた何所どこの方でありますか、しや貴方は神の道を御修業なさる方ではありませんか』
 とう言葉もおわらぬ内に、青年は重々しい底力のあるこえ
左様さよう、私はサニハの秘法を修める者である』
 との応答であった。合点がてんが行かぬのはのサニハと云う言葉、久子はなおも言葉をかけた。
『サニハとは一体どんな事をするので御座ございますか』
 青年は再び問いかけられた時、顔にすこしく微笑を浮かべながら
『神を審判しんぱんする事をサニハと申すのじゃ』
 朴質ぼくしつな田舎女の久子の耳に、最も力強く響いた審判さにわと云う言葉にしっかり魂が奪われて仕舞しまった。そして云うに言はれざる歓喜に、長い間期待していたのぞみも此の言葉に元気づいて
『私のような愚鈍ぐどんなものにも判りました。私が長い間、待っていた言葉です、私がお待ちしていたのは貴方あなたのような気がします』
 とよろこびの余り、何から話してよいか久子の心が乱れそうになったが、久子はつとめて気を落ちつけておもむろに語り出した。
『自分の実母が先年来かみがかりとやらになって、うしとらこんじんとか國常立之命とか申して、それはそれは大きい聲を出して呶鳴どなり散らして、随分ずいぶん世間を騒がしたり、引き続いて少し静まったかと思うと、今度は御筆先とやら申して、紙に何かわけの判らぬことを書いたりして、ひとよろこんでいる所などを見ると、これが本当の神気狂ひか、それとも普通の精神錯乱なのか一向いっこう私達にはの真偽の程が見分けがつかぬので、今日まで色々ひとりで頭を悩めて来ました』
 ありし事をくわしく物語った時に、青年は
『その貴女あなたのお母さんと云う其の方は只今何處どこにおいでになりますか』
 とはれて久子は
『母は只今ただいま綾部裏町の梅原伊助と云う人の土蔵の一室ひとまを借り受けて、相変らずかみごとめいた事ばかり申して居ります。どうか貴方の其の審判さにわって母の眞個ほんとうの所をさばいて頂きとう存じます』
 と熱烈にしかも涙を両眼からはらはら流して哀願した。青年は最前からの久子の話に、痛く心から動かされて仕舞しまった。んの為めに自分に斯く折り入って頼むのか、其のせつない心を深くみ取って
『よく貴女のお話の意味が判りました。それではいずれうち機会を作って、貴女のお母さんとお会いして、其の神懸りの状態から又その御筆先の眞筆しんぴつも拝見したうえ、屹度きっと審判さばいてしんぜませう』
 との言葉を後に残しては何處どこともなく、其の青年は立ち去って仕舞ったのである。

 此の青年こそ明治三十一年、秋風吹きむる頃、あの綾部裏町の土蔵のうちに、専念かみわざを行いしている教祖の下を訪れた人であった。審判さばく人、審判いかかるる人は如何いかに共鳴したか、此人このひとこそ凡人ならぬ、姓はうえ 名はさぶろう、後に皇道こうどう大本のおほ建物たてもの、現教主 出口でぐち 王仁わにさぶろうの人であった。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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