第三章「獄舎生活の七十五日」 母戀ひし有明けの月

△母戀ひし有明けの月

 教祖入牢中は四女の龍子りうこ、五女の純子すみこ(現二代世嗣せし)は、大槻おおつき鹿造の家に預けられた。夜も昼も子供心に恋いしたうのは、ただただ母親の顔を一目なりとも見たいばかりである。姉妹二人は小さい手を取って泣き暮した。丁度ちょうど教祖牢舎生活の七十何日目に、当時十三歳の龍子、十歳の純子はたがいに示し合はして、母親を訪づれるべく日の暮れるを待っていた。大槻一家が寝静まるのを見計って、やっとの事でひそかに母の居る牢舎の入口へ忍び寄った。人に騒がれる様に小さい聲で
『お母さん、お母さん、明けて下さいな。御母さんはどうして何時いつまでも其処そこに居なはる、ほんとうに早く出て下さい。私達淋しいから』
 と壁際へ小さい唇を振はしている。教祖は今は我がいとの聲も耳には響かなった。恩愛の情は此の時もっとひややかであった。わずかにが愛し児に与えた言葉は
神業かみわざの御邪魔になる、早くお帰り』
 たったの一言のみ、二人の少女は母の神業のんであるかを悟る事は勿論もちろん出来なかった。一時はそうした母の素気すげない返事に涙も出なかった。やがてもなく二人はシクシクと泣き出して仕舞しまった。益々ますます神業堅固なる教祖は、温い母としての言葉を漏らそうとしても、漏れようはずがない。涙に濡れた二人の少女のそでたもとしぼりもあえず、其の場に折り重なって、またもやワッと泣き伏した。途方にくれた二人は、帰ろうとすれば深夜の途中に、彼方此方から野犬に吠え立てられて苦しめられる、いっそこのままと、其の夜は牢舎の母親と壁一重をへだてて、夜風に吹かれながら泣き寝った。
 け行く夜半に霜えて、丹波おろしは牢舎の外に打ち倒れている二人の少女を吹き巻いた。夜もほのぼのと明けかかった頃、姉の家へ帰って見れば、邪慳じゃけん非道なる義兄は、わけたださず、ただ
『おッは気狂きちがひじゃないか、お前達も気狂ひになりたいのか、馬鹿者どもが』
 と悪口雑言なお飽き足らぬと見え、足掛けてどっとばかり蹴りのめした。二人の少女は折檻せっかんに、姉は妹はかばいながら
義兄にいさん、堪忍かんにんして下さい、皆私が悪いのだから、私が純子さんを誘い出したのだから、私を叩いて下さい、妹が可愛かあそうだから』
 とこえを限りに義兄が振り上げたふとうですがって哀願した。妹の純子は姉を庇い、涙を耐えて
『いいえ、姉さんが悪いじゃありません、姉さんをゆるして私をって下さい』
 と此の可憐かれんな悲しい聲に、義兄の怒りもすこしくやわらげかけた。振り上げた腕も渋々しぶしぶながら下がって来た。時も時、庭の柿の木の枝に止まった親烏からす孝行かうかうと二聲だけ鳴いた。子供心の母恋しさの余りんな責苦にうとも覚悟の上、また其の夜も再び母を訪づれた。前夜に打って変った教祖の待遇もてなしに、一時は少女達も喜び上がった。教祖は言葉もいと優しく
『よく来てれたの、うか義兄さんに早く出して貰うことを頼んで下されよ』
 と言はれたので、余りの嬉しさに一刻の猶予ゆうよもあらばこそ、ただちに牢に掛けてあった堅固な錠前を、そばにあった石を拾って打ち破ろうとした。の物音を聞きつけた近所の者は飛び出して来た。かねがね警察からも厳重に目附けせよと注意されていたからである。
『お前達は龍子さんに純子さんだな、いくらお母さんにいたいからって、そんな大それた、誰の許しもなく錠前を開ける事はなりませんぞ、とんだ所であった』
 と、今度は近所の人達から到頭とうとう叱り飛ばされた。二人の姉妹は余りの情けなさに、地に倒れてわっとばかりに泣き沈んだ。此の有様ありさまを牢の中から眺めた教祖は、流石に恩愛の情にほだされて、
『今までは神がしづまられんから、こんな事になりました、どうかお静り下さい』
 と外の喧騒さわぎを見るがごとく見ざるが如く、静かに神に祈念していた。不思議や教祖は元の紙屑買いの婆さんにかえり、貧しい生活の中にあった時のゆとりのある温い優しい言い振りと変った。それでも親戚近所の人々は、油断なく監視を怠らなかった。

 教祖は或る日、神にうかがいを立てて見た(※1)
『私は何時いつまでの冷たい牢舎に這入はいって居らねばなりませんか』
 とじっと観念して息を静めて居ると、おごそかな神託しんたく
有明ありあけの月に出してやるぞよ』
 とあった。洞察の日は近づいた、果たして其の年の三月末日であった。音なく冴えたあかつきの空の彼方、丹波颪も打ち止んで、西山の端には有明の月が澄み渡っていた。長い間牢舎の宿やどり木に月影をひそめる頃、光はまたたく間もなく消えると共に牢から出られたのであった。既に既にその前から人々の心は和いで、知るや知らずや教祖に結ばれた神霊は、すべての予定を遂行し、總ての準備を整へられた。


(※1)
出口澄「不沈の六十年」
 西町の大槻鹿蔵しかぞうのところと私の方とは深い因縁があって、善と悪との型でした。西町は悪で、世を乱した方の系統、御開祖の方は、三千年の間世に落とされた方の系統です。警察の牢から出されて今度は座敷牢に入れられなさったが、御開祖もしまいに腹が立ち、神様に向かって「あなたの言うことはもう聞きません。大きなことばかり言うて、しまいにこんな所に入れられて……もう死にます」と、本当に死ぬつもりで、えりをほどきかけたら、神様が、「死んだら、こことはもう一つつらいぞよ。しばらく辛抱しんぼうせい」と言われる。「そんならいつになったら出られますか」と聞くと、「有明の月を待ちわびるぞよ」と言われたそうですが、ある日、大槻鹿蔵が、後ろに綱を隠してやって来た。御開祖が暴れたら、くくろうと思っていたのです。「母さん〔注:鹿造は直開祖長女ヨネと結婚。つまり義理の息子〕、お前この家を売ることを承知して印をしたら出してやる」「いつでも印形捺すから出してくれ」と言われて、久しぶりで牢から出してもらったが、その日がちょうど有明の月やったそうです。「おすみ八木やぎ〔注:直開祖三女・福島久子宅〕におるから、あんたも八木に行きな」と鹿造に言われ、家も道具もみな売られて、それから七年の間住居が無かったということは、うしとらこんじんが三千年の間世に落とされて流浪された、その大きな型をさせられたことと思います。どんな貧乏をしても、住む所が無いということはない。たとえ三畳か四畳でもあるものです。その時は全く親も子も散り散りバラバラになってしまったのです。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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