第三章「獄舎生活の七十五日」 綾部焼けの嫌疑/三日間の絶食

△綾部焼けの嫌疑

 ころ綾部町には、うしたものか毎夜の様に、頻繁ひんぱんと火事が起こった。『綾部焼け』と当時となえられたくらいに、それは毎晩の様に物恐ろしい警鐘が打たれた。丁度ちょうど教祖が前に云った言葉に何處どことなく符合ふごうする様なてんがあったので、気の早い連中はうも続いて火事が起るのは、あるいはあのお直婆さんの仕業しわざではないかしらなど邪推じゃすいさえくわだてられたのであった。隣家にんで居る安藤某と云う男は、てっきりそれに相違あるまいと早合点して、警察署へ密告に及ぶ始末となった(※1)。当時警察でも放火犯人を厳探げんたん中の折であったから、これは手懸てがかりが見付った位に思って、早速警官二人駆けさして、有無も言はせず教祖をば、警察の冷たい尋問所へきづり去ろうとした。
『お直さん、お前は近頃みょうな事を吹聴ふいちょうしてゐる所を耳にしてゐるが、お前は狐か狸にでも取憑とりつかれて、斯んな悪作いたづらをするのじゃないのか』
 警察官の眼はいかりに燃えて来た。教祖は其の時おもむろに唇を開いて
『神様はそんな悪い事は人間へ加えない筈だ。神様は災いがだ起らぬ先に人間に教えこそすれ、決して家を焼いたりなんかする筈がない』
 なり重みのあるこえで静かに述べられた。きっと一文字に唇が閉ざされたかと思うと、端然たんぜんとして居仕舞いじまいを正して少しもどうぜぬ有様に警官は、
『そんな物の判った事を聞くめに出張したんじゃない、警察へ連れて行って厳重に取調べるから後から従いて来い』
 と今にも教祖のえりの辺りを捕えて引き立てようとした時、教祖は再び口を切って
『嫌疑とあれば出頭の上辯解べんかいもせうが、神はその代り歩いては行かんぞよ』
 と到頭とうとう教祖に駄々をこねねられて仕舞しまった。警官達はの言語道断な云い草に一時は呆気あっけに取られて仕舞ったが、むを得ず一個のもっこを用意して来て、それに教祖をば乗せて行こうとした。二人の巡査がやをら梶棒かじぼうを上げようとしたが、どうしたものか重くて重くて両人の力でかつぎ上げられそうもない。
『オヤオヤ馬鹿に重いぞ、こりゃ一体どうした事じゃい』
 と一人の警官が力限りを出しても駄目であった。
んだ、このしわ苦茶くちゃ婆さん一人位かつがれない事があるものか』
 と又一人の警官が梶棒を上げようとしても、どうしても持ち上がらぬ。到頭両人とも顔を見合はして笑い出して仕舞ったが仕方がない。もっこの中の教祖は、両人が迂路うろ々々してゐるのを眺めて
『神が守護して居られるから重いぞよ、もっと連れを沢山寄越よこして担がぬと運ばれないぞよ』
 と虚心きょしん坦々たんたんつらにくき程に落ち着きはらってゐる。


△三日間の絶食

 其の頃綾部にははじめて警察が設立された当初の事とて、巡査は二人しか居ないのであった。両人は到頭とうとうつくせなくなって、更に他から二人の人足を雇い入れ、四人でっと警察まで運んで行った。
 尋問所のテーブルの向うに鹿爪しかつめらしい、かめしい口髭を生やした署長が控えてゐる。二人の巡査が何事か署長に報告している様であったが、稍々ややあって教祖に向い
『近頃毎晩のように起こる火事は、ただ手のあやまちわざわいとのみは信じられない。確かに何かのうらみのッはてか、あるいは何物かに慫慂そそのかされてお前がしたのじゃないか』
『いやいや、罪なき者にいましめの綱をかけるとは、だ未だ眼が見えぬ話じゃ、神はそんな悪い事は慫慂そそのかぬ事に決まって居るのじゃ』
 署長も頭から教祖にたかく出られたので、いささか見当が取れなくなったがどうも狐憑きつねつきの婆さんに不審の点があるとのみ視て、そのまま教祖をばあらたに建てられた冷たい留置場へ押し込んで仕舞った(※2)
 留置場の板間に端座したままの教祖は、一粒の飯も一滴の水をもらず、ただ日夜えず大声を張り上げて、何事かを喋り続けていた。警察では狂気きちがひの婆さんが萬一まんいち絶食でもして、このまま牢内で死なれても面倒であると云うので、手をかえ品を替えて、飲みもの食いものを進めて見たが、教祖は其のすべての必要を感じなかった。教祖は牢獄の壁際に端然と坐って身動き一つせず、思念境に入ってゐるかと思うと、眩惑げんわくして心を奪はれている様子もなく、耐え得ざる喜びの色を顔面に浮かべて窓口の方へ瞳を輝かした。其間そのあいだ三日は絶食絶飲の日を送った。別に疲労しった面持おももちもなく、虚心平気な教祖の体を、巡視の者が眺めて、むしろ不審に思い、よくもかくまで命が支えられるものと打ち驚いていた。


(※1)
出口澄「尽きぬ思い出 -開祖さまのことども-」
 綾部町に火事があった時のことですが、「昨夜の火事は、この方が焼いたのだア」と、神様が大声で叫ばれたそうです。すると、向かいの家で機(はた)の音がしていたのが、ピタッとやんで、あわてて出て行ったそうです。組頭のところへ知らせに行ったのですな。すぐに組頭が警察へ訴えました。
 しかし、火事のあったその日に限って神様が、開祖さんを門口から一歩も出さなかったそうですが、村の人が一向神様の言うことを聞こうとしないので、神様が村の人をナブッとるのですな。
 巡査が四、五人やってきて「昨夜はどえらい火事やったが、お前が焼いたのやてな」というと、神さんが「この方は、人民の家を焼くような、そんな悪戯(わるさ)はいたさん」と言われたそうですが、それでも留置場に入れんと仕様がないというので教祖は留置場へ入れられたのです。綾部に初めて警察署ができたころの話です。
 四、五人の巡査が、開祖をかついで連れて行ったそうですが、「そなたはこちらの足を持て、そなたはこの手を持て」とおっしゃる。屈強盛りの巡査たちが「重たいのう、重たいのう」と、ウンウン言いながらかついでいる。「少々重たいぞ、一人ではないからの」といわれ、足がちょっとでも下がると「足一本でも落としたら、そなたの眼がつぶれるぞ」などとおっしゃる。ちょうどそのころ、十三日間も食べ物を取りあげられ、断食をしておられた時分なのに巡査たちは「どうも重くてかなわん、モ一人来て手伝ってくれ」といって、五、六人でかついで行ったというのです。
 留置場から署長や巡査のいる部屋までは、だいぶ離れているのですが、署長らのヒソヒソ話す秘密の話でも、よく聞こえるのですな。そして開祖がその話の受け答えを大声でなさるので、「どうして聞こえるのやろう」と不思議に思っていると、「千里万里先のことでも、この方にはみんな聞こえるぞ」と言われる。巡査たちも弱ってしまって、火つけもしとらんことが分かったので、というても、こんな有り様なので、留置場から出すわけにもいかず、そこで座敷牢をつくり、そこへ入れられることになったのです。

(※2)
大本神諭「明治35年旧7月11日」
 今の世界の上に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮の金神が表に現れて、世界の洗替をいたすから。是からは何事も上(かみ)から露見(あらは)れて来るぞよ。今の世界の落ちている人民は、高い処へ土持計(つちもりばか)り致して、年が年中苦しみているなり。上に立ちている人は悪の守護であるから、気儘放題好き寸法(すっぽふ)。強い者勝ちの世の中でありたなれど、見て御座れよ、是から従来(これまで)の行方(やりかた)を根本から改正さしてしまうて、刷新(さらつ)の世の治方(やりかた)に致すから、今迄に上に立ちて居りた人は大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とをかりて、色々と世界の霊魂に申聞(まおしきか)したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で「三千世界の大気違ひである」と申してあるぞよ。「用意をなされ、世の立替があるぞよ」と厳しく申して気が附けてあるぞよ。それでも「気違ひが何を申す」位により取りては居らんぞよ。何でもない手に合う者ほか、よう吟味を致さんのか、モチト大きな者を吟味いたして、国の潰れんやうに致さねば、此儘で置いたら、警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。



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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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