第一章「神格者の現はれ」 災厄は災厄を生み

△災厄は災厄を生み

 悲しい運命の魔の手は何處どこまでも延びて行った。災厄さいやくは次から次へと湧いて行った。杖柱とも頼む長女 米子よねこは綾部西町の無頼漢ぶらいかん横紙破りの綽名あだなを取った大槻おほつき 鹿造しかぞうに誘拐され、その結果は精神に異常をたして狂態日増ひましつのるばかりであった。長男 竹造たけぞうは放浪に身をまかせ、行衛ゆくゑはさて置き生死の程も不明となり、次女琴子ことこ 三女久子ひさこむなき事情の下に近在亀岡かめおか或は八木やぎへ勤め奉公、折も折とてちからと頼む次男の清吉せいきちは、適齢に達して近衛兵に編入され、入営して以来臺灣たいわん遠征の軍にくわってのち行衛不明となった。三男 傳吉でんきちは誘拐同様に姉の良人鹿造しかぞう強請きょうせいされて、つともなく連れて行かれて仕舞った。残るは頑是がんぜない四女の龍子りうこに五女の純子すみこであった。奉公に出すにしても年端としはも行かぬ少女、頼みにする長女の婿むこ鹿造は世間の手前もあり相談相手にならず、当時やっと八つか九つになったばかりの龍子、純子の二人を連れて近所近郷に紙屑かみくず買いの行商に、細々ながらやうやう其の日のかまどの煙を立ててった。総ての物が、むさ苦しくて、貧しいうちに、人間の住み家とも思われぬ軒下に、二人の少女は寂しい影を投げてる。飢餓の境に漂って生きて行く三人の中に、朧氣おぼろげながら真の生活に触れんとしてゐる刀自の心は、決して単純ではなかった。憤怒ふんどを沈めて鞭撻べんたつしたものは何か。前後を忘却せざる程の、強い衝動的な誘惑に打ち勝って求めたものは何であったのか。

 かかる困苦と煩悶はんもんの間にあっても、鳥屋とやに等しいくらやみの棚には、形ばかりの神床かみどこを設けて、ひたすらに法悦ほうえつひたりつつ祈願をめた。後日皇道こうどう大本教祖たるべき神格は、既にの時分にいてはんば築かれて居たのである。


<<参照>>
出口すみ『おさながたり』 屑紙集めとかみきのこと
 教祖様のくず買いは悪神としてすてられ、押し込められ、追いまくられたもとの正しい金神様たち即ち神様、ちり紙のように世にすてられたカミをひろい集め、すなわちお救い申し上げて世におだし申す御用の型であります。世には教祖様が貧苦におちて紙屑買いをはじめなされたと思い、また神様が教祖様のみたまを磨くためにどん底のぎょうをさせられたと思っている方がありますが、教祖様はそんなチョロコイ紙屑買いではありませんから、そんな考えではこの世の本当の姿は分からないものであります。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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