第一章「神格者の現はれ」 心盡しの一杯の酒

△心盡しの一杯の酒

 これとてもだ未だ生計くらししには追いつく沙汰さたではなかった。此の上なお糸引きにも出掛けたのであった。くして手足の動く限り有丈あるたけの労力をそそいで、わづかの賃金を手にして家に帰って見れば、じめじめした暗い病室の中に、蒼白い半身不随の良人を取り囲んで居並ぶ我が児は、餓におののき寒さにおびかされてゐるのである。
『母さん、帰った、母さん、帰った』
 と刀自とじが汚れた足を洗う間もあらばこそ、左と右から母のそでに追いすがり、食に飢えたる余りふらふらとまろぶ児を抱き起して、づ病床の良人に挨拶の言葉をかける。室内の見るもの聴くもの、凡てが、刀自の胸を暗くふさいで仕舞しまふ。
 綿わたのように筋肉をいためて、其の日一日に得た僅かな賃金の一部をいて、切めては子供等の笑顔の一つを観るを楽みに買取った一袋の駄菓子だがし、それが、破れた風呂敷包から取出されたとき、そこは子供心の頑是がんぜなさに其のよろこばしそうな顔を見て、又も涙に言葉も曇るのであった。

 既に良人が病床に就いて二年有半、病勢は刀自とじの心づくしの手厚い看護も効を奏せず、益々昂進こうしんしてくばかり、最早もはや本復の望みの綱もたれんとして来た。刀自は自分でも訊ねて見た。
『どうせ、全快の出来ないものとすれば、せめては、せめて、此の世の飲みおさめに、良人が平素ふだん好物な酒の一杯もしんぜよう』
 と唯一の商売道具であったはかり抵當ていとうに五銭の金を融通ゆうづうせんものと試みたが、如何いかにせん、人情紙の如しとは云ひながら、人々は相手にしてれず、飢餓の境に漂って僅かに生を持続してゐる一家に対して一銭の金も融通をして呉れなかった。貧しくみにくく生きて居る彼等の疲れ切った面差おもざしに、高ぶった瞥見べっけんくだすのみであった。刀自と彼等の間にはいたはしいみぞは早くも深くきづかれて、美しい人情の花園を冷たく固く閉ざしたのであった。世が不平等であるからこそ、富者と貧者とは合する事の出来ない平行線か、宇宙の力でこれをどうすることも出来ないか、どれほど富みさかえし者も、貧しい者に対して尊大であるべき何の権利も持たないのに……。
 刀自は今やれまでなりと、勝手の隅からますを取り出してわずか三銭で売拂い、良人の唯一の慰めにと一椀の酒を奨めたのであった。

 爾後じご良人は愛妻のの手厚いこころづくしに感激して、常にの後姿を拝んで落涙らくるいむせんだと云う事であった。刀自の至誠、いまだ天につうぜざりしものか、其の甲斐もなく良人おっと政五郎は遂に明治十八年春も未だ浅い二月八日丹波たんば嵐の夕暮れに六十一歳を一期いちごとしし幽瞑界に旅立った。時に刀自は丁度ちょうど五十歳であった。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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