第一章「神格者の現はれ」 病夫に八人の子供/口では怒り心では泣き

△病夫に八人の子供

 打たなくてもひびくは悪評判、んな時でも刀自とじは、遊湯ゆうとう三昧ざんまいの良人に対して愚痴一つもこぼさず、八人の子供をよういたわりつつ、
『夫があると思へば腹も立つであらうが、後家ごけに相談相手があると思へば結構なもので……』
 と軽いあきらめのうちにも常に心を緊張してゐた。運の悪い時には厄病神やくびょうがみ軒下のきしたに執着して動かぬと見え、良人がひさしりで、出入先の普請ふしんの建前の仕事に行った時、其の日どうあやまったものか、ひさしから真逆様まっさかさまに墜落して非度ひどい怪我を受けた。それがもとほとんど慢性に近い酒毒しゅどくも手伝って中風症におかされて仕舞った。爾来じらい三年と云う長いあいだ身動き一つ出来ず、全く自由を失ったからだとなった。いたづらに病床に呻吟しんぎんして、飲酒は変じて薬餌やくじに親しむ事となった。
 働き盛りの良人が病床の人となっては益々ますます一家を暗くし、刀自は頑是がんぜない多くの子供を擁して悲歎ひたんの涙に暮れた。一家の切廻きりまわしは刀自の双肩そうけんに降り、良人の長患ながわずらいに汚れ放題になる着物の洗濯は勿論もちろん、第一子供等の養育上の苦心は、決してなまやさしい事ではなく、ただただ手足をらしてたちはたらくより外にみちはなかった。かつて刀自が饅頭まんじゅうに手伝いに行った時の経験のあるをさいわいとして、ささやかな饅頭屋の商売を始めた。の日ぐらしの貧しい生活者に、もとよりたいした資本金があるではなし、っとの思いで遣繰やりくり算段さんだんして、一日わずか二三升の米を粉にいて饅頭の種をつくるまでにけた。其の結果りょうおいても質に於ても貧弱な売上げ金はんのしにもならぬが、づ何より先に病夫の薬餌料と養育費にてねばならぬ。其の間の苦心は一通りでない事が想像される。
 で名高い綾部の土地、蒸しえる様な真夏のよいの口から襲って来る蚊の群れのめに、刀自は蚊帳かやの代りに蚊遣かやりをいて病床の良人をいたわり、臺所だいどころの仕事も大方おおかた片づくと、一人の子を背中に負ひ、一人の乳飲み〔現代注:出口澄子すみこのこと〕をふtころに抱いて、そろそろ明日のくらしの料となる饅頭種の粉を挽きに取り掛らねばならなかった。終夜の為めに手と云はず足と云はず赤く刺されてかゆみも一倍であった。

 夏の夜は明けやすく、いぢらしい三女の久子ひさこ〔註:後日、福島久子〕は朝早く眼をまして
『お母さん、それでは行って参ります』
 と小さい箱に饅頭を入れて門口かどぐちびしく立った時、刀自も流石に涙を飲んで
ひさちゃんは、今に母さんが幸福にして上げるから、何事も辛棒しんぼうしておれ』
 と軽い慰めをあたえた。病床によこたわって居る良人はただ感涙に枕を濡らすのみ、何んたる寂びしい会話であったろう。
わしが悪かった、許してれ、皆私の罪だ、このまま死んでは浮かばれない。屹度きっと快くなって真面目に働かこう』
『何も心配する事はありません。少々しょうしょうお金がかかっても早く癒さなけりゃ』
 と凛々りりしい刀自の口調は、ただただ良人に安心をあたえるためである。


△口では怒り心では泣き

 遊び盛りの物慾しい時代である三女の久子は、今日も今日とて饅頭売りに出掛けて行った。路傍みちばたで見知らぬ人からは
『お前、何處どこの娘や、政五郎さんとこの娘か、面白い人の娘やな、お前さんのお父さんとお母さんはまるでヒョットコみたやうな夫婦やな、二人の気質が天地の違ひやな――』
 うした言葉をかけられた時に久子は、あざけられたのか、それともめられたのか、頑是がんぜない子供心には判断するだけの力がなかった。成程なるほどヒョットコみたやうな見当の取れぬ夫婦生活であったかも知れない。それを善意に解するすべを知らない少女は、唯々ただただしくしくと泣くのみであった。
 たかの知れた饅頭売り位では、到底とうてい一家十人の糊口ここうを過ごされたものでない。夜も遅く、それもほんの形ばかりの夕餉ゆうげぜんに寂しくついた時、無邪気な子供達が
『お父さんさえ死んでれたら、こんなにお母さんに苦労をかけんでも済むものにな』
 ああ、何たる言葉ぞや、これが頑是ない子供の眞個ほんとうの望みか。よくよくの事である。のどん底に沈んでゐる暗い貧しい人々のむれにあって刀自は何を思案したのか。凡人ぼんじん浄土じょうどだ遠い。身を切られる様な苦痛を耐え、心に泣いても刀自は
『お前さん達は、何んと云う邪慳じゃけん心根こころねを持って居るのや、世話するものがいたら、世話されるものは死ぬと昔から云うてあらうがな。たとえの後十年二十年と病気が長引いても、どないな苦労があらうとも、大事に看病せにゃならんさかい』
 と心を鬼にして、いやでも小さい子供達を叱らねばならぬ刀自の心苦さ、すべてを忍従して行かねばならなかった。
 命懸いのちがけでも饅頭売り位の利得では、到底生活費の一部を得る事が出来ない。今度は寸暇すんかいて、慣れない事ではあるが、襤褸ぼろや古物買いを兼ねて出て歩かねばならなかった。朝は東の空のしらまぬ内、夜は星をいただいて帰る、特に丹波たんばおろしの寒い風が吹き荒む粛殺しゅくさつに、綿気のない薄着物素肌足すはだし冷飯ひやめし草履ぞうり穿いて近郷の村から村へとめぐり、又夜更よふけの寂しい暗い町まで、疲れた足を運ばねばならなかった。
 しおれ行く木の葉下みちを疲れ切った刀自の足取りが、我が破れ屋の門口に近づけばと力づき、一日の労働の後の快い疲れをさえ覚えさすのであった。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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