大祓祝詞解説(3)-霊界物語

☆大祓祝詞解説(3) 出口王仁三郎

如此かく所聞食きこしめしては、つみといふ罪は不在あらじと、科戸しなどの風のあめ八重雲やへぐも吹放ふきはなつ事のごとく、朝御霧あしたのみきり 夕御霧ゆふべのみきりを、朝風あさかぜ夕風ゆふかぜ吹掃ふきはらふ事の如く、大津辺おほつべ大船おほふねを、解放ときはなとも解放ちて大海原おほうなばら押放おしはなつ事の如く、彼方おちかた繁木しげきもとを、焼鎌やきがま敏鎌とがま打掃うちはらふ事の如く、のこる罪は不在あらじと、祓賜はらひたまきよたまふ事を。

△かく所食ては  きこしめすの意義は、単に耳に聴くといふよりも、はるかに広く深い。「きく」は利く也。腕が利く、鼻がきく、眼がきく、酒をきく、(酒の品位を飲み分けること)などの「きく」にて一般に活用を発揮し、威力を利用する義である。天津神、国津神たちが整理修祓の命に応じて活動を開始する事を指していふ。
△罪といふ罪は不在と  罪といふ限りの罪は一つも残さずの意。
△科戸の風の云々  以下四聯句は修祓の形容で、要するに『遺る罪は不在と祓賜ひ清め賜ふ』事を麗しき文字で比喩的に描いたものである。科戸は風の枕詞、古事記にこの神の名は「志那都比古」と出てゐる。シは暴風(アラシ)のシと同じく風の事である。ナはノに同じく、トは処の義。
△朝の御霧云々  御霧は深き霧の義。
△朝風夕風云々  朝風は前の『朝の御霧』にかかり、夕風は『夕の御霧』にかかる。
△大津辺に居る云々  地球において、肉体を具備されたる神の御出生ありしは、琵琶湖の竹生島ちくぶしまからは、多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)、市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、狭依毘売命(さよりひめのみこと)の三姫神、また蒲生がもうからは天之菩卑能命(あめのほひのみこと)、天津彦根命(あまつひこねのみこと)、天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)、活津日子根命(いくつひこねのみこと)、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)の五彦神が御出生になつた。これが世界における人類の始祖である。かく琵琶湖びわこは神代史と密接の関係あるが故に、沿岸附近の地名が大祓祝詞中に数箇所出てゐる。大津の地名もかくして読み込まれたものである。
△舳解放云々  停泊時に舳艪(じくろ)を繋いでおくが、それを解き放つ意。
△大海原  海洋也。
△繁木が下  繁茂せる木の下。
△焼鎌の敏鎌  焼鎌とは、鎌で焼きて造る故にいふ。敏鎌は利き鎌の義。
△遺る罪は不在と  前に『罪といふ罪は不在』とあるのに、更に重ねてかく述ぶるは、徹底的に大修祓を行ふ事を力強く言ひなしたのであらう。

(大意)
八百万の天津神と国津神との御活動開始となると、罪といふ罪、穢(けがれ)といふ穢は一つも残らず根本から一掃されてしまふ。大は宇宙の修祓、国土の修祓から、小は一身一家の修祓に至るまで、神力の御発動が無ければ、到底出来るものではない。殊に現代の如く堕落し切った世の中が、どうしても姑息的人為的の処分ぐらゐで埒が附くものでない。清潔法執行の声は高くても、益々疾病は流行蔓延し、社会改良の工夫は種々に凝らされても、動揺不穏の空気はいよいよ瀰蔓びまんするではないか。うしとら金神こんじん国常立尊くにとこたちのみことが御出動に相成り、世の立替立直しを断行さるるのも誠に万止むを得ざる話である。されば大祓祝詞は、無論いずれの時代を通じても必要で、神人一致、罪と穢の累積を祓清むるやうに努力せねばならぬのだが、ことに現在においては、それが痛切に必要である。自己の身体からも、家庭からも、国土からも、更に進んで全地球、全宇宙から一時も迅速に邪気妖気を掃蕩して「うれしうれしの神代」になさねば、神に対して実に相済まぬ儀ではないか。
大修祓に際して、神の御活動は大別して四方面に分れる。いはゆる祓戸四柱の神々の御働きである。祓戸の神といふ修祓専門の神様が別に存在するのではない、正神界の神々が修祓を行ふ時には、この四方面に分れて御活動ある事を指すのである。以下末段までは各方面の御分担を明記してある。


高山たかやますえ 短山へきやまの末より、作久那太理さくなだりおち多岐たき速川はやかわ瀬織津比売せおりつひめふ神、大海原おほうなばら持出もちいでなむ、如此かく持出もちいでいなば、荒塩〔荒潮〕あらしほ塩〔鹽〕しほ八百道やほぢ八塩道やしおぢの塩の八百会やほあひ速秋津比売はやあきつひめといふ神、持可々呑もちかかのみてむ。如此かく可々呑かかのみては、気吹戸いぶきどに坐す気吹戸主いぶきどぬしといふ神、くにそこの国に気吹いぶきはなちてむ。如此かく気吹放いぶきはなちては、根の国底の国に坐す速佐須良比売はやさすらひめといふ神、持佐須良比もちさすらひうしなひてむ。如此かくさすらひうしなひては、現身うつそみの身にも心にも罪と云ふ罪は不在あらじと、祓給はらひたまへ、清め給へとまおす事を所聞食きこしめせかしこみ恐みもまおす。

△高山の末云々  高き山の頂、低き山の頂からの義。
△作久那太理に  佐久は谷也、峡也。那太理はなだれ落つる義、山から水が急転直下し来る事。
△落多岐つ  逆巻き、湧き上りつつ落つる事。滝(タキ)、沸(タギル)等皆同一語源から出づ。
△速川  急流也。

△瀬織津比売云々  古事記の伊邪那岐命御禊の段に、『於是詔之上瀬者瀬速。下瀬者瀬弱而。初於中瀬降迦豆伎而。滌時。所成坐神名八十禍津日神、次大禍津日神。此二神者所到其穢繁国之時因汚垢而。所成之神者也』と出てゐるが、瀬織津の織は借字にて瀬下津の義、即ち於中瀬降迦豆伎(なかつせにおりかつき)たまふとある意の御名である。この神はすなわち禍津日神(まがつひかみ)である。世人は大概禍津日神と禍津神(まがつかみ)とを混同してゐるが、実は大変な間違である。禍津神は邪神であるが、禍津日神は正神界の刑罰係である。現界で言へば判検事、警察官、または軍人なぞの部類に属す。罪穢が発生した場合には、常にこの修祓係、刑罰係たる禍津日神の活動を必要とする。
 修祓には大中小の区別がある。大は天上地上の潔斎(けっさい)、中は人道政事の潔斎、小は一身一家の潔斎である。もし地球に瀬織津比売の働きが無くば、万(よろず)の汚穢は地上に堆積して新陳代謝の働きが閉塞する。ところが地の水分が間断なく蒸発して、それが雲となり、雨となり、その結果谷々の小川の水が流れ出て末は一つになりて大海原に持出してくれるから、天然自然に地の清潔が保たれるのである。現在は地の表面が極度に腐敗し切り、汚染し切り、邪霊小人時を得顔に跋扈している。大本神諭に『今の世界は服装ばかり立派に飾りて上から見れば結構な人民で、神も叶はぬやうに見えるなれど誠の神の眼から見れば、全部四つ足の守護になりて居るから、頭に角が生えたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻ばかり高い化物の覇張る、闇雲の世になりて居るぞよ』 (※1)『余りきたなうて眼を開けて見られぬぞよ』 (※2)『ようもここまで汚したものぢや。足片足踏み込む所もない』 (※3)等と戒められてゐる通りである。
 この際是非とも必要なるは、世界の大洗濯、大清潔法の施行であらねばならぬ。ここにおいてかまず瀬織津姫の大活動となりて現はれる。七十五日も降りつづく大猛雨なぞはこの神の分担に属する。到底お手柔な事では現世界の大汚穢の洗濯は出来さうも無いやうだ。大本神諭にも『罪穢の甚大い所には何があるやら知れぬぞよ』 (※4)と繰返し繰返し警告されてゐる。世界の表面を見れば、そろそろ瀬織津比売の御活動は始まりつつあるやうだ。足下に始まらなくては気が附かぬやうでは困ったものだ。

△荒塩の塩の八百道の云々  全体は荒き潮の弥が上に数多寄り合ふ所の義。八は弥の意、八百道は多くの潮道の事、八塩道は上の塩の八百道を受け重ねていへるだけである。八百会は沢山の塩道の集まり合ふ所。
△速秋津比売  古事記に『水戸神、名速秋津日子神。次妹秋津比売命』とあるが如く河海の要所を受持ちて働く神也。
△持可々呑てむ  声立ててガブガブ呑むの義也。汚れたる世界の表面を洗浄するためには既に瀬織津比売の働きが起りて大雨などが降りしきるが、河海の水門々々に本拠を有する秋津比売が、次ぎに相呼応して活動を開始する。大洪水、大海嘯、大怒濤、この神にガブ呑みされては田園も山野も、町村もたまったものではない。いはゆる「桑田(そうでん)変じて碧海(へきかい)となる」のである。
△気吹戸  近江の伊吹山は気象学上極めて重要な場所である。伊吹は息を吹く所の義で、地球上に伊吹戸は無数あるが、伊吹戸中の伊吹戸とも云ふべきは近江の伊吹山である。最近伊吹山に気象観測所が公設されたのは、新聞の伝ふる所であるが、大本では十年も二十年も以前から予知の事実である。
△気吹戸主  大雨、洪水、海嘯等の活動に続いては、気象上の大活動が伴うて妖気邪気の掃蕩を行はねばならぬ。元寇の役に吹き起った神風のごときも、無論この伊吹戸主の神の御活動の一端である。
△根の国底の国  地球表面においては北極である。神諭に『今迄は世の元の神を、北へ北へ押籠めて置いて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の根、元の国であるから、北が一番善くなるぞよ………。人民は北が光ると申して不思議がりて、いろいろと学や智慧で考へて居りたが、誠の神が一処に集りて、神力の光を現はして居る事を知らなんだぞよ』 (※5)とあるが、まことに人間の智慧や学問では解釈の出来ない神秘は北に隠されてゐる。オーロラ、磁力は申すに及ばず、気流や、気象等も北極とは密接の関係がある。即ち地球の罪穢邪気は、悉く一旦北極に吹き放たれ、ここで遠大なる神力により処分されるのである。ついでに一言して置くが、罪を犯した者が根の国、底の国に落ちるのは、つまり神罰で、これも一つの修祓法執行の意義である。別に根の国底の国といふ地獄めきたる国土が存在するのではない。何処に居ても神罰執行中はそこが根の国底の国である。

△速佐須良比売  佐須良(さすら)は摩擦(サスル)也、揉むこと也、空にありては雷、地にありては地震、皆これ佐須良比売の活動である。要するに全世界の大修祓法は、大雨で流し、洪水海嘯等で掃ひ、大風で吹き飛ばし、最後に地震雷で揺って揺って揺り滅すのである(※6)。それが即ち神諭の世界の大洗濯、大掃除、第二次の大立替である。『天の大神様がいよいよ諸国の神に、命令を降しなされたら、艮金神国常立尊が総大将となりて雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷族を使ふと一旦は激しい』 (※7)とあるのは、祓戸四柱の神々の活動を指すのである。詳しく言へば雨、荒、風、地震の神々がそれぞれ瀬織津比売、秋津比売、気吹戸主、佐須良比売の神々の働きをされるので、岩の神が統治の位置に立つのである。学問の末に囚はれた現代人士は、是等の自然力を科学の領分内に入れて解釈しようと試みてゐるがそれは駄目だ。実は皆一定の規律と方針の下に行はるる所の神力の大発動である。
△所聞食と  八百万の神達に宣り上ぐる言葉である。神々に向つて活動開始、威力発揮を祈願する言葉である。即ち天地の神々様も、この宣詞をしっかり腹に入れ、四方面に分れて、大修祓のために活力を発揮し玉へと云ふ事である。わが惟神(かんながら)の大道がいかに拝み信心、すがり信心と天地の相違あるかは、この辺の呼吸を観ても分るであらう。
 末段、祓戸四柱神の解釈説明を下すに当り、自分(王仁三郎)は全体の統一を慮り、また大本神諭との一致を失はぬやう、主として地球全体世界全体経綸の見地から筆を下した。しかしこれは、より大きくも、またより小さくも解釈が出来る事は前にも述べた通りである。宇宙の神人、万有一切の事は皆同一理法に支配せられ、宇宙に真なる事は地球にも真、地球に真なる事は一身一家にもまた真である。参考のためにここに簡単に他の一・二の解釈法を附記して置かう。
 個人潔斎の上から述べると瀬織津比売の働きは行水、沐浴等の事、秋津比売はウガイの事、伊吹戸主は深呼吸などの事、佐須良比売は冷水摩擦、按摩等の事である。人身生理の上から述べると、瀬織津比売は口中にて食物咀嚼の機能、秋津比売は食道から胃腸に食物を運ぶ機能、気吹戸主は咀嚼して出た乳汁を内臓に持ち出す機能、佐須良比売は肺臓にて空気に触れ、それから心臓に帰り、そして全身へ脈管で分布せらるる機能を指すのである。かくの如く大祓祝詞は大小にこだはらず、ありとあらゆる有機組織全部に必要なる新陳代謝の自然法を述べたものである。

(大意)
さて地球の表面の清潔法施行のためには、まず大小の河川をつかさどる瀬織津姫が御出動になり、いよいよとなれば、大雨を降らして、苛くも汚れたものは建物たると、人畜たるの区別なく大海へ一掃してしまふ。これに応じて速秋津姫の活動が起り、必要あれば逆に陸地までも押し寄せ、あらゆる物を鵜呑みにする。邪気妖気掃除の目的には気吹戸主神が控へて居り、最後の大仕上げには佐須良姫が待ち構へて、揉みに揉み砕き、揺りに揺り潰す。これではいかに山積せる罪穢もこの世から一掃されて品切れになる。従来は大祓の祝詞は世に存在してもその意義すら分らず、従つてその実行が少しも出来て居なかつた。その大実行着手が国祖・国常立尊の御出動である。神国人の責務は重いが上にも重い。天地の神々の御奮発と御加勢とを以て首尾よくこの大経綸の衝(しょう)にあたり神業に奉仕するといふのが、これが大祓奏上者の覚悟であらねばならぬ。

(※1)
「明治31年旧5月5日」
今の世界の人民は、服装(みなり)ばかりを立派に飾りて、上から見れば、結構な人民で、神も敵わん様に見えるなれど、世の元を創造(こしら)へた、誠の神の眼から見れば、全部四ツ足の守護と成りて居るから、頭に角が生へたり、尻に尾が出来たり、無暗に鼻ばかり高い化物の覇張る、暗黒の世に成りて居るぞよ。虎や狼は我の食物さへありたら、誠に温順(おとな)しいなれど、人民は虎狼よりも悪が強いから、慾に限りが無いから、何んぼ物が有りても、満足(たんのう)といふ事を致さん、惨酷(むご)い精神に成りてしまふて、鬼か大蛇の精神になりて、人の国と奪ったり、人の物を無理しても強奪(ひった)くりたがる、悪道な世に成りて居るぞよ。

(※2)
「明治35年旧7月16日」
次に外国と申して筆先に出してありて、外国に不思議な事ありても、まだ筆先を「嘘じゃ」と申して、不足申して居るのが大分あるが、今の人民、鬼より蛇(おろち)よりも邪慳なぞよ。鬼、蛇の方が早く改心出来ているが、世界の人民の穢悪(きたなさ)といふのは、余り見苦しうて、根元(もと)の神の眼からは見られんぞよ。

「大正元年旧10月5日」
日本の国は、仏や学では不可(いか)ン国であるのに、仏と学で日本の国の人民の精神を、さッぱり盲者聾者に致して仕舞ふて、今では全然(まるきり)四足の守護となりて、「神はこの世にあるものか」と申して、「学さへありたら、この世は何ンな出世もできる」と申して、結構な日本の国を、このような醜(みぐる)しき国にして仕舞ふて、実地の神の眼からは、眼を開けて見られんようになりてきたぞよ。今の日本は小さい国ではあれど、世界の結構な国であるから、外国へ与ることはできん神の国であるのに、肝腎の大和魂は、外国魂になりてしまふたのが、九分あるぞよ。

「大正2年旧9月11日」
今の世は、外国のみぐるしきカラ身魂になりて居るから、亡霊(しにみたま)やら根底国(むこう)の極悪神の眷属やらが、皆悪事を企みて、神国の世を汚して居るから、日本の国には邪神(わるがみ)の霊が殖るばかりで、こんな醜しき国になりてしまふて、真の神から眼を開けては見られんぞよ。汚うて、世の洗濯を致さねば、何時迄も人民に言ふてきかしたとて、チッとも効能(ききめ)が無いから、効験(しるし)の無い事に永く懸りて居りたら、何ちらの国も亡くなりてしまふぞよ。日本の国の人民も醜しいが、外国の人民は、尚ほ尚ほ神の眼からは醜しいぞよ。

「大正7年旧正月12日」
日本の国は本が霊主体従(ひのもと)であるから、外国の霊魂(みたま)は来る事の成らん様に立別けて在りたので、誠に穏かに在りたなれど、世が逆様に覆(かへ)りて、今日本の状態(ありさま)であるぞよ。薩長(さっぱ)り上下へ世が覆りてしまふて、日本の神国を四ツ足が渡りて来て、上から下までの醜るしさと云ふものは、天地の誠の神からは眼を開けて見る事が出来んぞよ。

(※3)
「明治33年旧12月13日」
出口(直)は将来の事知らす役、海潮(教主[王仁三郎])はそれを説いて聴かせて、世界を改心させる役じやぞよ。これは時節が参りたのであるから、喜ぶ人ばかりも無いのは、この方よく看破(み)て居れども、世界を水晶に致さねば、この儘(なり)で置いたならば、国が潰れるから、元の神が表面に現はれてこの世の守護致さねば、この結構な日本の国を、寄りて集(たか)りて闇雲にして、足踏ンごむ所も無いやうになりて居るぞよ。この闇雲の世を水晶の世に致して、神界に御目に掛けねばならんから、此方の心も少(ちつ)とは推量してくだされ。この世に人民ほど結構なものは無いぞよ。今の神より何程人民は上であるぞよ。これでも時節が参りたから、神も結構に致して貰ふが近寄りて、衆(みな)の神様御喜びであるぞよ。人民は皆神の子であるから、親が子を思ふのと同一(おなじ)事じや。人民喜び呉れると、神も勇むぞよ。

(※4)
「明治…年…月…日」
世界は今が罪穢(めぐり)の借銭済(なし)であるから、「罪穢のひどい処程、きびしき戒があるぞよ」と申して知らせてああるが、この世界は後にも前(さき)にも無いみせしめが出て来るぞよ。

明治35年旧4月3日
世に出て御在る御方に、チツト激しき神様ばかりが表に顕れなさると、世界は激しくなるから、そこに成ると、世界の罪穢が皆判りて来るから、各自(めいめい)の罪科の有る事は判らんから、未だ未だ神を恨めるものが多数出て来るぞよ。罪科償却(めぐり)の出て来るのは、世界は是からであるぞよ。高い処へ上りて、エラサウに致しておりた人民、チツト是からは気の毒な事に変るぞよ。そこになりてから神に縋りたとて、聞済みは無いぞよ。

「明治36年旧4月朔日」
艮の金神、変性男子の霊魂が、出口の手をかりて、何彼の事を知らすぞよ。「昔から世に落ちて、隠身と成りて経綸てある事が、時節が参りて金神の世に成るから、物事は速く成る」と出口直に申してあるが、この大望な事の割りにには、始めたら容易に出来るなれど、何を申しても人民の改心が出来んので、物事が正反対(あらこら)に成りてしまうたぞよ。神は「人民を改心さして、世の立替に掛らう」と思うたなれど、余り人民の身魂の曇りが甚(ひど)いので、日本の中にも大分激(ひど)い処があらうやら知れんから、今度は人民の力では行かんことであるから、「何事も素直になりて、神に縋れ」と申すのであるぞよ。

(※5)
「明治32年…月…日」
艮の金神が出口直の手を借りて、何彼の事を知らすぞよ。今迄は世の本の神を、北の隅へ押籠めておいて、北を悪いと世界の人民が申して居りたが、北は根の国、元の国であるから、北が一番に善くなるぞよ。力の有る世の本の真正の水火神(いきがみ)は、今迄は北の極(はし)に落とされて、神の光を隠して居りたから、この世は全然暗黒でありたから、世界の人民の思ふ事は、一つも成就いたさなんだので在るぞよ。是に気のつく神も、人民も、守護神も無りたぞよ。人民は「北が光る」と申して、不思議がりて、いろいろと学や智慧で考へて居りたが、誠の神々が一処に集りて、神力の光りを現はして居ると申す事を知らなんだぞよ。モウ是からは、世に落されて居りた活神の光りが出て、日の出の守護となるから、そこら中が光り輝いて、眩うて目を明けて居れんやうに、明らかな神世になるぞよ。今迄の夜(よ)の守護の世界は、明(あけ)の烏と成りて来て、夜が明けるから、それまでに改心をいたして、身魂を研いて、日本魂(やまとだましい)に立帰りて居らんと、ジリジリ悶える事が出来いたすから、今年で八年の間、神は気を附けたなれど、余り世界の人民の心の曇りがきつき故に、何を言ふて聞しても、筆先に書いて見せても、誠にいたさぬから、出口直は日々咽喉から血を吐くやうな思ひを致して、世界の為に苦労いたして居るのを、見て居る艮の金神も辛いぞよ。胸に焼鉄あてるが如く、一人苦みて居るぞよ。

「明治33年閏8月4日」
今迄は、「北を悪るい」と申したが、世の立替を致して、この世は北が初りであるから、北が一番良くぞよ。皆判るぞよ。日の暮を「悪るい」と申したが、日の暮に致した事は一番良くなるぞよ。日の暮と日が入れてあらうがな。日の出の神が先に譬へてあるぞよ。日の出の神が、東京から台湾へ戦に立ちたのは、日の暮でありたぞよ。今の経綸で無いぞよ。昔に仕組が致してあるのじや。綾部世の末、北から現はれるぞよ。こんな事で敵対ふ人民は、慾なものであるから……、良き事が出て来たら、又た寄りて来な成らん事があるから、其折りには小さい顔して来んならん事が出来ると、神は見るのが気の毒なり可哀想なから、気を附けてやりたなれど、未だ神宮坪の内、綾部の町近在が、今に悪き事でも致して居る如うに思うておるから、筆先を読んで聞かせるやうに書きおくぞよ。綾部に是だけの大望が出来るのに、人民といふものは利巧な者であれど、先きの見えん事には、ムゴイものじやぞよ。世界の人民が改心いたして神心に成りたら、天下泰平に世が治まるぞよ。改心出来んと、早い[く]事に致さんと、神の鎮まる所が無いから、始めたら迅いぞよ。

(※6)
○「日本人の抱擁性」 月鏡(昭4/5)
我が日本神洲の国民は、古来、抱擁性に富んで居た。そして固有の民族性に少しの動揺を来さなかった事は、世界の驚異とする所である。世界の文化を悉く吸収して、同化し、精錬して更により以上美しきものとして、更に之を世界に頒与する所に、日本人の生命があり、使命があるのである。然し横に世界文化を吸収して之を精錬すればする程、縦に民族性が深めらるべき筈だのに、現代の日本は外来文化の暴風に吹きつけられるほど、固有の民族性の特長を喪ひつつある状態は、恰も根の枯れたる樹木に均しいものである。日本人は、日本人として決して何物によっても冒されない、天賦固有の文化的精神を持って居る筈である。それが外来文化の浸蝕に由って、失はれんとする事は、祖国の山河が黙視するに忍びざる所で無くてはならぬ。かくの如き時に際して、天災地変が忽焉(こつえん)として起り、国民に大なる警告と反省を促した事は、近代に始まった事で無く、実に建国二千五百年の災変史の、黙示する所の大真理である。近くは元和、寛永、慶安、元禄、宝永、天明、安政、大正に起った大地震と当時の世態人情との関係を回顧するも、蓋し思ひ半に過ぐるものがあるではないか。
扨(さ)て我国の記録に存するもののみにても、大小一千有余の震災を数へる事が出来る。其中でも最も大地震と称されて居るものが、百二十三回、鎌倉時代の如きは平均五年目毎に大震災があったのである。覇府時代には大小三十六回の震災があった。しかも我国の発展が、何時も是等の地震に負ふ所が多いのも、不思議な現象である。奈良が滅び京都が衰へ、そして江戸が大に興隆発展した歴史の過程を辿って見れば、その間の消息が能く能く窺はれる。全体我国の文化その物は、全く地震から咲き出した花の様にも思はれる。天神天祖、国祖神の我国を見捨て玉はぬ限り、国民の生活が固定し、腐敗堕落の極に達した度毎に、地震の浄火が忽焉と見舞って来て、一切の汚穢を洗滌するのは、神国の神国たる所以である。古語に曰ふ「小人をして天下を治めしむれば天禄永く絶えん、国家混乱すれば、天災地妖到る」とあるのは自然と人生の一体たる事を語ったものである。人間が堕落して奢侈淫逸(しゃしいんひつ)に流れた時、自然なる母は、その覚醒を促す為に、諸種の災害を降し玉ふのであって而(しか)も地震はその極罰である。我国に地震の多いのも神の寵児なるが故である。自然否天神地祇の恩寵を被る事の多いだけ、それだけにその恩寵に背いた時の懲罰は一層烈しい道理である。もし地震が起らなければ、人震が発りて其の忿怒を漏らすに至る。近くは天草四郎や由比民部之介、大塩平八郎乃至、西郷隆盛の如き皆この人震に属するものである。

(※7)
「明治41年10月15日」
世の本を造へるのは、「これ一ト色能う為ん」といふ事は出来んのであるから、「霊魂の神では出来ん」と申すのであるぞよ。余り大事業(たいもう)な事であるが、今度の世の立替は、元の肉体の其儘である国常立尊が現はれると、次ぎに龍宮の乙姫様が、日の出の神をお使ひになりて居るから、引添うて現はれなさる也。岩の神、風の神、荒れの神、雨の神、地震の神、残らずの金神……。金神の中にても、結構な金神と、酒飲みの道楽な、御用には使へん道楽なのもあるよつて、此方が使ふのは、道楽な名の無いやうに成りて居る金神は、行儀品行をモ一度査(しら)べて使ふから、流浪に立つのが嫌なら、今の中(うち)に行状も出来んやうな事では、戦争のお手伝位は出来もするが、世を立替て天下泰[太]平に世を治めて、至仁至愛(みろく)の世になると、従来のような行状は、モウ出来んぞよ。神の道もさツぱり造りかへてしまふから、人民の道も造へて、昔の本へ世を戻すのであるから、人民からは神を敬へば神力が強う成るから、人民を神が守護致すなり。持ちつもたれて、神の心に映りて行けば、それが神世と申すのであるから、さうなりたら、人民も今の世ほどあせらいでも、穏和(おだやか)に行ける世になるのじやぞよ。

「大正4年旧6月11日」
元の天の大神様を、斯ンなことにして置いて、また地の世界の先祖までもこの世に無いやうにして居りたぞよ。稚日女岐美命(わかひめぎみのみこと)は、地の底へ埋け込みて居りたなり。金勝金(きんかつかね)の大神どのは我(が)の強い御霊であるから、最醜悪界(どえらいところ)へ落してあり、龍宮の乙姫どのは、沓島の海の御住居でありたなり。岩の神どのも、荒れの神どのも、風の神どのも、雨の神どのも、地震の神どのも、艮(うしとら)へ押し籠められて居りた也。この活神(いきがみ)を万古末代出さぬやうに、力のある神は皆斯ういふことにしてありたのであるぞよ。残らずの金神は山住居、高山に退居(おち)て居りたので、大部道楽な神もあるぞよ。金神とまで申す神でも、余り永い間のことであるから、天狗(てんぐ)、宮賓(きゅうひん)と申すのは、皆この金神であるなれど、「道楽な神があるから、選り抜きて使う」と申してあるが、中には野天狗に堕落(なり)て居るから、今度の二度目の世の立替には、元の日本魂の性来ばかりを御苦労になりて、立替を始めるによりて、後の大立直しの御用が、なかなかに大事業(たいもう)であるから、身魂の磨けた日本の人民を容器(いれもの)に致して、それぞれのことに使ふから、日本魂にならんと、真正(まこと)のことは出来んぞよ。

「大正4年旧8月28日」
天の御先祖様は日の大神様なり。天照皇太神宮(てんせうくわうだいじんぐう)殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水(かみ)を御使ひ成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての御活動(おはたらき)であるぞよ。岩の神殿、荒れの神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神様、金神殿の行状(おこなひ)の、何も揃ふて出来る御方(おんかた)、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規(どうらく)なのは使はんぞよ。厳しく成るから、ここに成るまでに皆が解りて居らんと、逆立ちに成りて苦しまんならん守護神が沢山(たっぴつ)出来るから、明治25年から、昼夜に皆の神々に気が注けてありたぞよ。

「大正4年旧11月26日」
天地の大神様が、いよいよ諸国の神に、立替の命令を降しなされたら、艮の金神、国常立尊が総大将となりて、雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、八百万の眷属を使ふと、一旦は激しいから、可成(なるべく)は鎮まりて世界の守護をさせるなれど、昔の生粋の日本魂(やまとだましい)の活神(いきがみ)の守護と成りたら、この中へ来ている身魂申附(みたま まおしつけ)てある事を、皆覚えているであるが、一度申した事は其様に致すから、神の申すことを一度で聞く身魂でないと、充分の事は無いぞよ。


大祓祝詞
大祓祝詞解説(1)-霊界物語より
大祓祝詞解説(2)-霊界物語より




テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
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プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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