大本教開祖御傳記(4)

王仁三郎をにさぶろうは本田翁死後の門弟もんていとなり、また長沢翁の門に入りしより主として幽玄ゆうげんなる学理の研精けんせいに努め、かたわ神懸かんがかり・鎮魂の術を学び了得りょうとくする所ありたるをもって、積年の大志たりし哲学の疑問に解決を与うるは此の二法ならざるべからざるを知り、の理学・科学の実物を以て学理を解釈するが如く、此の神懸り・鎮魂の二術を以て古今哲学の疑問を解釈し得る者なることを発見し爾後そのごもっぱら二術の研鑽けんさんに努むる者ここに十有余年、今や其説そのせつも成りたるを以て、学説として之を著述し、天下に公にせんことを欲し目下着手中なるも、如何いかせん引用の学術百科にわたることなれば、容易に成功しがたきものあり。あるいは王仁が終生の大事業ならんか。

○神懸の実験(一)  長沢翁が神懸りの作用の偉大なることを知りしは、明治二十一年の夏静岡市浅間の山宮麗山れいざん神社の拝殿に於いて、翁の審神者さにはとなり、故本田翁の教養せし其女そのじょ本田馨子かほるこなるわずかに十一歳の少女をして、神懸りを執行せしにかからせ給う神霊は木花咲耶姫命このはなさくやひめのみことなり。翁は是屈竟くっきょうの材料なりと思推しかねてより研究中なりし『古事記』『日本書紀』の難題より、英国のスペンサーの原理総論中の疑問等併せて三十六題を質疑せしに、其の解釈の速やかなること立て板に水を流すが如く、其の論理の整然明瞭なること、到底世上博学者と称するものの企及ききゅうする所にあらず。翁ただ唖然たるのみにして、一の論難ろんなんを加うるの余地なかりき。茲に翁は初めて、神懸りは学術の難題疑問を解釈するは屈竟の材料なることを知得せり。

○神懸の実験(二)  長沢翁が自ら養成せし門弟中に宮城嶋みやぎじま金作きんさくなるものあり。年齢僅に十五歳にして学は尋常じんじょう学校卒業の程度なりしが、神懸せし時揮毫きごうするに於いては『王義之』の書体あり、『橘逸成』の書体あり、『空海』の書体あり、其の他揮毫の達筆たっぴつ優秀なること、実に人智を以て端倪たんげいすべからざるなり。

○神懸の実験(三)  高田順作なる者あり。詩作家を以て聞ゆ環南かんなんと称す。宮城嶋が神懸の時詩をして互いに次韻じいんをなす。高田が一詩を作る間に神懸せり宮城嶋は十詩を作る。しかうしてその詩作の優雅なること専門の大家にごうゆずらざるもの多し。其の他和歌に於けるも亦くの如し。看る者聞く者一驚いっきょうきっせざるはなかりき。

○神懸りの実験(四)  明治二十六年の事なりき。清水港に軍艦寄港の時、海軍の将校十数名県社御穂みほ神社に参詣し社務所に休息す。将校中に薩州人あり。依って長沢翁は故本田翁の神懸りの事を語る。あたかも宮城嶋座中に在り。たちまち神懸して来明治二十七年日清開戦の避くべからざること、陸戦海戦の情態等を詳説せんせつす。将校等一同恐懼きょうくれ全く神意ならんと拝謝せり。果たして翌年日清の開戦あり、戦闘の状況はおおむね当時の予言に符号せり。

○帰神の実験(五)  京都府南桑田みなみくわた西別院にしべついんあざ犬甘野いぬかんのに石田小末こずゑという婦人あり。彼は二十二歳にして眼疾がんしつかか盲目めくらとなりしが、或時王仁三郎をにさぶろうの鎮魂を受けたちま片眼へんがん明を得たりしより、神恩の深きを感激し、ついに王仁の門に入り霊学を修行し帰神となれり。明治三十一年の夏の事なりしが、石田に男山をとこやま八幡宮の眷属けんぞく 小松林こまつばやしなる霊神かみ かかりて曰く、「近年のうち北清に大事変あり、世界各国出兵する事あるし。此の時我が日本帝国の軍隊の世界無比なる強兵たる事を世界へ発表さるし。また日露の開戦も到底避くべからず。或は三十五年中ならんか、もし同年中に開戦に到らざる時は明治三十六年よりたんを開き、三十七年には必ず開戦すべし。其の結果我が軍は連戦連捷なれども軍艦七、八隻は沈没すべし。此の戦争の結果として、朝鮮・支那の海岸地に於いて我が所領に帰す可べし」との神託しんたくありしが、教信徒等も石田の無学なるを見て、其時そのときは容易に信ぜざりしが、果たして其の如くなりし。

○帰神の実験(六)  明治三十二年十月、王仁三郎をにさぶろう静岡県下清水の長沢翁のもとに霊学研究のため参館したるに、偶々たまたま一世の怪傑ほしとおる氏、翁としきりに時事問題にき意見を闘わすあり。王仁かたわらにありて静かに其の談を聞き居たるに、互いに談論風だんろうふう発果てしも無きに見えしが、翁は不図ふと王仁を指し星氏に向っていわく、「此の人は京都府下に住する神道家にして、余の一の門弟なり。霊学の研究に熱心にして、社会の出来事はく予言し、つ帰神には上達せり、試みに聞き給わずや」と。ここに星亨は奇怪なる面持おももちにて王仁にず一礼し、やがて世界今後の成行なりゆき如何いかんを問う。
 王仁はただ開祖の予言せられしままを告げて曰く、「来年は北清に騒乱あり。数年の後には必ず日露の開戦あり。将来に於て清韓二国は我が国に併合さるべし。次で地球上の国土は、万世一系の我が天皇陛下の統治さるるにいたる可し。また経済界に大変動あり云々しかじか」と、天下の大勢上より聞き及びし事ども大略たいりゃく述べたるに、元来剛腹ごうふくの聞こえある星氏は半信半疑・五里霧中に彷徨ほうこうせる思いにて、ついに出口開祖は所謂いわゆる誇大妄想狂ならんとあざけり、神諭もごうも念頭に置かざるのみならず、「無学無識の婦人の妖言なり」と一言いちごんの下に葬り去らんとせり。神明しんめい嚇怒かくどし給いしか、たちまち王仁に神懸りありて、星亨氏に幽界の玄理は人心小智の窮知きちすべきところにあらざるむねさとし、且又かつまた世界将来の成り行き、我が帝国の善と、光栄ある国力等を、歴史的方面より地理的方面より経済的方面より諄々じゅんじゅんとして説明し給いしに、星氏も初め両三回は反抗質問の態度に出でしが、論理整然たる神諭しんゆには抗争し得ず、終に霊学の幽玄微妙にして学理の高遠こうえんなるに感服し、「余も今後数年間皇道こうどう霊学を研究の上、斯道しどうの為国家の為つくさんと欲す」と誓いたるに、大神は「なんじ最早もはや研究の暇無し、来年は汝の身に大事あり」とて引き取り玉いしが、果たして其の翌々年 伊庭いは想太郎そうたろう凶刃きょうじんに非業の最後を遂げたり。惜しむ可し。

○神懸りの実験(七)  明治二十七年の春なりき。静岡県庵原郡いほばらごおり江尻えじり紺屋こんや町のなにがしが、同県富士郡へまゆの買い出しに赴き十円の紙幣しへいを渡せしに、本紙幣は某は知らざりしも意外にも贋札にせさつにして、転々として山梨県へわたり、其の出所を探りて某の手より出でたる事を知り、山梨県警察署の令状により某は拘引こういんせられ、甲府の監獄に投ぜられたり。其の妻之を憂慮し神懸りに其の結果の神託をう。その神託に曰く「最早予審よしんは終結し公判に移されたり。其の所以わけは予審調書の何枚目に不利益の陳述二ヶ所あり。公判廷に於て弁護士が充分このの項を弁論すれば、必ず無罪となるべし」と。
 依ってただちに甲府の某弁護士に依頼して、其の神託を告ぐ。弁護士は予審調書を調査せしに、果たして神託に示す所の不利益なる陳述あり。弁護士は公判廷に於て、此の点を熱心に弁論して、被告の罪無き事を主張す。さいわいに法官のるる所となり、某は無罪の宣告を与えられたり。当時弁護士も大いに神懸りの霊妙に感服せり。

○神懸についての雑感  神懸かんがかりの実験に就いては枚挙にひまあらず。以上はただに其の一例を示せるのみ。他にも世界の大勢・日本の国運等に就いて、神懸にて知るを得たるものは数多あまたあるも、いたづらにげんを誇大にし一の浮言ふげん怪説と見做みなさるるのうれいいあれば、或る時機じきまでは暫く是等は緘黙かんもくを守るべし。

 本田翁は神懸・鎮魂の二法は学術中の物として、これを霊学と名づけたり。回顧すれば明治二十年の頃、元老院議官故海江田えだ信義のぶよし、丸山作楽さくらの二氏、憲法編製にき取調べの要務あり。欧州に特派せられスタイン氏のもとに在ること二閲年。二氏帰朝後いに感ずる所ありて曰く、「物理学・科学等形而下けいじかの学術は既に究極に達す。欧州の碩学せきがくと呼ばるるの士は孜々ししとして、形而上学けいじじょうがくの研究につとめられつつあり。我が邦人が霊学の研究を冷視するに於いては、形而上の学説は又々欧洲人に先鞭せんべんを打たれ、一世紀の後はまさに形而上学隆興りゅうこうの気運を見るに至るべし。我邦わがくにには古書・典例等欧洲人の知るあたわざる材料に富む。しかるに率先研究の士に乏しきは遺憾なり」と。けだし『古事記』『日本書紀』其の他国史の中には、到底哲学もしくは理科学の力のみにては解釈するも能わざるもの多し。
 例之たとえば、『延喜式えんぎしき』八のまきの「出雲国いずものくに造神壽つこかんほぎことば」の中に「和魂にぎみたま大物おほもの主神ぬしのかみ太玉串ふとたまぐしに取付て云々しかじか」の如き、又『日本書紀』に「是時このときおほ己貴なむちのみこと問わし給はく。しからばすなわいましたれぞや。こたへてり給はく。あれこれいまし幸魂さちみたま 奇魂くしみたまなり。大己貴おほなむちのみこと曰はく、果たして然らば則ちいましは是われの幸魂・奇魂なり、今何処いずこに住まんと欲し給うや云々」の如きは、霊学に依りて推究すいきゅうせざれば容易に解する能わざるなり。
 吾人は霊学の如きは、我が国運の発達と共にまさに攻究せざるべからざる枢要すようの学術たるを信ず故に、我が邦最高の学府たる帝国大学の研究問題として、常に霊学部なる一つの講座を設くるに至らん事を希望するものなり。



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真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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