瑞能神歌/いろは歌(2)

○「いろは歌(瑞能神歌 その二)」 明治三十六年九月十日 小松林命 作
〔 いろは歌(その二)は、「神霊界」大正六年十一月号に「裏の神諭」の表題として発表された。のち小訂正され『王仁文庫』第三篇「瑞能神歌」(大正十年)に「大本神歌」(大正六年)、「いろは歌(その一)」と共に収録された。成立年度から計算すると、最も古い「いろは歌」である。 〕

まは斯世このよの、おちぶれものよ。人にわらはれ、しられて、まことみち辿たどりつつ、すゑにゃくわうの、たまる。

露国ろこくばかりりかまでが、すゑ日本にほん企畫たくみかね便利べんりまかせつつ。

やくしゃうめないことにゃ、まくらたかやすめない、しんせいじゃうじゅるまで。

西にし )にきたには西まえうしろてきひかえ、ほううみなるほんこく

くそわらいを、しつつきし、かみをしへのあらはれて、いまじゃあたまあががらない。

んべんだらりと、だんぱんばし、ふかたくみをするこくたいへいやうのまんなかに。

く をもらうもおととすのも、こころだいおほもとぞ。あまいはびららき。

しん〔 しん 〕 かみなりあめらし、ひとこころいましめる、天地てんちかみおん經綸しぐみ

理屈りくつ )ばかりを、エラソウうて、はらまこといものは、いまかいはやもの

くいふところやつひげやし、かみほとけるものか、かねかみぢゃとどじょうなまずいっすんさきどろみ。

すぢゃぢゃと、ても、おくしゅじんくせに。かどたちどまり、あんをしてれば、うそつくこのいへに、かみといふことか。

をに) もぢゅうはちばんちゃばなときぎたらわぬ。かいたてかへあるまでに、身魂みたまみがいてくがい、あとかいしんはぬ。

しはぜんおかやまそだち、こめらぬ。綾部あやべうままれたひとでさえ、おほもとらぬ。とうだいもとしんやみ

へせもどせとあふぎげて、まねくはくまがひうらいち斯世このよたんとて、べどまねけどしらなみの、おきのどくでもこのたびの、かいやしゃせぬ。もんこんじんかぎり、れたしゅごうじんはやこころなほし、へんじょう男子なんししたがいて、今度こんどやくつがい。

げんどころかかくげんばかり、いちいちりんちがやせぬ。まことこころくなれば、ヒヤリヒヤリあせる。何程なんぼじゃけん身魂みたまでも、かいしんせずにはられない。すめらおほかみおんさと

すけたまわれかいひとに、なるつみりとても、やみごとじんみんの、かはりとてんわびびして、あさゆふなにかはりなく、ぐちねんは、かいためくにため

れんきょうでもでも、今度こんどことにはわぬ。もくぎょをどれだけたたいても、太鼓たいこをドンドンなぐっても、みょうけん坊主ぼうずにちれんの、ちょっとてこにはかねねる。斯世このよたてかへは、かっままかみがみや、なまぐさ坊主ぼうずねんき。

そん )じゃとくじゃとそろばんばかり。そんなかにもとくがある。とくおもへばそんとなる。かくこのじんみんの、あんばかりできはせぬ。ばんばんたんしんかいの、をしへまもくなれば、えぬとこからかみがぬが、しゅごうなされてなにごとも、キチン キチンげらるる。あんふうりはせぬ。こころみがいてをしへに、なびけよなびけよかみ

つるぎ )のやまのぼるとも、ひろあらうみわたり、そこくづなるとても、ナドヤいとわんしきしまの、にっぽんだんひきれて、たんくにじんとうしましまひらかんと、かみことかしこみて、いさすすんでいでく、ぐちかみしさよ。めい三十三ねんの、七がつあさまだきひとつの神祠ほこらたてめて、となふるのりこえきよく、おききこゆるなみも、かみこえしのばるる。あづまそらあかねす、しきはいしつつ、かみをしへへて、おほもとさしてかへらるる、ぐちおやいさましさ。

らうえうしょしまがるかんかいきょうそのつぎに、まひづるぐんこうきしの、あいだぐんけて、せいえうがいとり調しらべ、またえちぜんつるより、はりはんいたるまで、はなちてたんさくし、いっきょくにせて、すべてのかつどうちゅうだんし、日本にほんせんりょうするたくみ。ゆめでもてるかこくじん日本やまとくにしきしまの、かみ身魂みたまらないか。わにうなるくちけて、ただひとみとおもうても、日本にほん男子だんしたましひは、むねつまりてめないぞ。きももどりもらないぞ。綾部あやべにしきおほもとの、ほうみやうちごとおぼえがるなれば、しまおきまでよれ。こうてつかんせんていも、たんうみぐさに、いっさうのこらずしづめ、日本にほんへいちゅうゆうと、ぐちかみとくで、うしとらおほかみあらわれて、さんぜんかいたてなおす、かどまつかくせよ。

りてあまりたる駿するなる、たかしんれいが、まさときあらはれて、さんぜんかいわたり、のぼたつまきすさまじく、みなとせし、とつくにぶねのこりなく、しづやしてあしはらの、なかくにしづめます、かみこのはなさくひめかみいさをたふとけれ。

らんぼうきはまる畜生けものくによく眼光まなこくもらせて、わがかみくにほふらんと、ごろたくみしぐんりゃくは、りょじゅんだいれんかんこくに、計畫しぐみはずれて鹿む。せきたんひょうろうぐんまで、ようしてりょじゅんに。いまに日本がもろてやる。そのへんれいほんたういちきれあじせてやろ。かくされよスラブども。

かしのかみまれし、いと便利べんりまいり、じょうでんはたらきで、さんぜんかいちかよせる、こうつうかんかんして、せんまんゆめに。これむかしかみから、神のくしみたましきちからたまものぞ。うしとらこんじんあらはれて、かいひとつにたまふ、てんせつたものを、わけわかからぬじんみんが、じんがくはたらきと、かいしてあはれさよ。

うそ )でかためてとくしんさせて、あとでペロリしたす。いまかいひとびとは、うへからしたまでそのとほり、いちまことのものはい、これものなかぞ。

つもいてるからすおもい、かみをしへウワそらよくまんしんつよくして、こころそらもかけくもり、やみとりごとく、なになにやらしらくもの、あけからすちかよりて、守護しゅごるなれば、あく審判さばきのあたり。罪穢めぐりふかひとびとよ、はや身魂みたまみがげ、かいしんするが日本にほんいちやまほどつみも、なほ御魂みたまきよくなる。いよいよるなれば、もといきがみあらわれて、はげしきしゅごうあるゆゑに、こころくもりあるものは、あままばゆゆてけぬ、りうぐうやかたにはまでも。

やまおくみやこも、てんにもにもおしべて、かみまさぬとこい。にちりんてらあるり、へんじょうなんあらわれて、ときまつとなれば、かみしゅごうはありあけの、つきかたちうち

もひちがひの斯世このよせいこれからすべてをたてかへて、ずいきょうさうへいり、てんこうきょうそのために、かいますかけなららし、かみ仏事ぶつじじんみんも、いさみてくらかみとし、綾部あやべかいまんなかと、さだめてくにぐにまもる、あまつぎとくと、変性男子のしゅごうで。

くに )のためとはくちさきばかり、今のたかばんとうは、わがかれのしがくして、なんつゆらず、人車くるま馬車ばしゃりて、しかおほまんなかを、ゆきさまたげにもせず、はなたかだかすまみ、くちまきくわへつつ、わうへいづらするぐるしさ。

がて三十七ねんの、めいはるの四がつには、斯世このよめつぼうきりすとの、神のしんヒマラヤの、こうたずねてつどひ、てらてたりたうして、すべてのことうちてて、すくひをいのさいちうに、かみくにうまれたる、日本にほんひとらぬとは、とうだいもとしんやみ。さはながひとよ、てずさわがずひとすじに、神のをしへしたがひて、まことつくせばこのたびは、ひとばすかみむね斯世このよめつぼうことは、いづれのかみりつれど、このままつづかす經綸しぐみをば、らざるゆゑいろいろと、さわぐはけれどもかいおにいとやら、おにはれしうしとらの、すみませしいきがみが、このこのままあづかりて、ぜんあくとをたてけて、かいせんたくたまひ、きよきはゆるたまふなり。はやかいしんいっとうぞ。こころだいこのたびは、どんなとくさづけられ、こころるいじんみんは、つきいましめあるゆゑに、んにもらぬかみすべてをててしんかいに、こころささげていのれかし。

いにちしんぶんひらいてれば、斯世このよのあたり、さつじん ごうとう せっとうに、間男まおとこ おほげんくわひとつもろくい。よくよくあんをしてれば、にもこのくらがりよ。ちくしょうばかりのみどころ。おもへよおもあきびと日本にほんかみどころ大和やまと御魂みたまもちぬしぞ、かいさきよきことの、かがみしてしきしまの、すゐしゃうだまかがやかし、ぐちしたがいて、いはおほまへに、かいひとたすくるは、日本にほんたみてんしょくぞ。日本やまと御魂みたまもちまへぞ。

ぢゃとくつばかり、むぐりてめしうものは、わがしんこくつちに、いくじゅうまんごくぶし、ほうりつばかりをたてし、なさらばこそ、おにうはまへ惡魔あくま日本やまとくにこりて、いま斯世このよしんやみじんどうとくはいたいし、まことひとはなきくらし、ものばかりのかいきよめてもとかへす、へんじゃう男子なんしをしへ

)のたじゃかかり、きよ姿すがたつつめども、くも退けばもとかみながらのかみやまだか姿すがたかいいち日本魂やまとだましひそのとほり、こころかかれるを、のぞけばぐにひかす、もとてんわけたまたまみがけよひとびとよ。かみまことをしへを、かしこみつつしみごころに、ちかひてかたまもし。

りんらくそこまでおちた、はいらくなかに、すゐしょうたまがただひとつ、ひとつの御魂みたまたねとして、日本やまと御魂みたまばいやうし、かいはしらと、したついはおほもとの、かみやくてんとて、こころくだきつつ、おもいのしんらうを、びとためたまふ、へんじゃうなんしさよ。

りょしゃくなしすずりよはひながいのちの、ふでふるいてすめかみは、さんぜんかいごとを、しめして斯世このよすくはんと、めい廿年より、ぐちひとすじに、らせたまへどにごの、ひとこころしんやみ惡魔あくますみなりてて、まことことききれず、おどおもひつめ、わるどうえてうごかない、わけわかからぬひとくさは、きゅううへじうまんし、ますますこのけがく。

んののりかしこみて、どろうみかいきよめんと、さんぜんねんあひだこららえたまいしなんは、いろいろざっをやつし、しんせいじょうじゅそのために、まもたまひしれいとくが、天運じせつりてありありと、はなめぬいりまめに。

ヨウロッパなんぼくたいやうしゅうひとつにまるめてひのもとの、あまつぎしんとくで、まんまつだいつづかせる、かみぐちみちびらき。りうぐうやかたに表現あらはれて、さんぜんかいぬしり、てんそつとういつし、もとかみあらためて、かみほとけじんみんも、いさんでくらまつの、しちふくじんらくあそび。

( 三 )千かいうめはないちひらいまときもんこんじんあらわれて、おに大蛇をろちじゅんして、まつかみうへは、かいてんごくぞ。まがしこせて、うへからしたまでかみごころいさみてくらたのしさよ。

もんのかみもとかみくにとこたちおほかみよ。斯世このよつくかたし、もとすみきりて、ぜんあくせいじゃあらためを、をごそかたまひ、このいっさいまもります、たふかみにましませり。もんかみをとこがみたてしゅごうさだまりて、よこしゅごううらもんがみしてひつじさるへんじゃうにょしんれいぞ。かい惡魔あくまやまがみしきこころおにどもを、はらきよめてたてよこの、ふうかみひとたみを、みちびきたまうぞたふとけれ。

めになりともセメテいち綾部あやべたかおほもとの、りうぐうやかたたい。うて靈魂みたまどろまぶれ。うしたらあかちるやら。ちかくくながらめる、けうを一度はいしたさ。

くらつんぼかいは。むかしかみめぐて、へんじゃうなんあらはれて、かいことらせども、實地じっちせてもかぬ。いちびっくりすることが、てはらぬとあさゆふに、こえかぎりにさけどもいづかぜくらんと、はぬばかりにはなさき、フフンとわらってそらいて、おのくるまじつあはれなひとばかり。

せんやまたてこももり、このどろきよめんと、三十四ねんきくつきやかたたちいでて、いづたかきこのやまに、いのたまいしわがけうしゅせいてんつうじけん、十五のつきありあけに、たふとやしんれいあらわれて、ゆくきのことどもを、いとねんごろにたまひ、をしへおやこころは、はるゆきめぬ。されどもたかかみやまだちしげたにふかく、くもきりとじめて、つきためひかせ、とこやみごとくなり。

しんとくたかかみやまひらけてここに千四百、四十ねんりぬれど、にょにんきんせいかみやまいまけがれしこともなく、つどひのとして、きよれいなりひびく。なみおとたかきしほの、しましまもろともに、かみ姿すがたへぬなり。かみままかみくにみづくにまもらんと、しましまかみがみは、せんやまかみつどひ、きよけきかはみづに、かいきよひとびとを、やすきにすくたすけんと、あめいはおしひらき、かきけて、をしへおやとほし、くちとほしてこまやかに、さとさせたまうぞたふとけれ。

耀ようえいぐわくららしてたが、むくひはたちままるはだらくしたあとぬからうなんばかりのじゅつなぎ。まことための苦労なら、かみたすけなにごとも、すゑしほれぬはなき、まんまつだいのこし、斯世このよかみあふがれん。つとめよつとめひとびとよ。まことみちかへて、まつこころはげし。

ろいかいただひとはしらこれまことかみといふ、斯世このよつくりてばんるいを、そだてんためじつげつを、まもりのかみかんさだめ、かみなるたみぐさを、やしなたまありがたさ。

もちよろづかみがみが、もんかみしたがひて、さんぜんかいれに、もちもちまもります。やまにはやまかみまし、かわにはかはかみまし、くさくさかみまし、うみにはうみかみゐます。おほきんかつかねかみかい守護まもりがみりくうみとのりうぐうの、乙姫 〕どのはこのみぎり、あやたかあらはれて、かみとひっそうて、斯世このよしゅごうかはりたり。てんかへりてに、るとのをしへこのことぞ。たふとかみかな。

まいこころはなたかさんが、たかあまはらまゐり、ぐちふでさきを、いたらさぞこまるべし。こころあはことばかり、みつとうひゃくにちに、かみ經綸しぐみわかりゃせぬ。だれしもおぼゆゑに、ちょっとやうくなれば、あさがくしゃむねうちいちからひゃくまでわたる、へんじゃうなんおんたまぐちかかれたる、かいたからをしへが、こころあたりてみみいたく、きけほどはらち、からビリビリふるし、ぶんしくてモヂモヂと、しまひにゃげてにとなる。まなこくちとのあひる、はならずにたかり、れがじゃしてあしもとが、えないゆえどぶつぼへ、ちてなんじふするまでは、ここのをしへかれない。すこしのがくじゃになり、くつばかりにかたまりて、ねんはれなく、こころとりこしらううままれあかるまでに、たかはなめが邪魔をして、まことをしへかきをする、なさけないのはひとごころ

でに惡魔あくまとりひしがれて、あやふいところさしぞへの、まことこころにめられて、すてあんあともどり、ようふくいでくつてて、かはカバンなげてて、むかしかみひととなり、つらつらめぐらせば、ぐちらせの、とほりにけがれたかいぢゃと、かたこころなほし、たあひとすじかみみちこころいさひらき、はなはるおもひ、んなけっこうまたに、さんぜんかいろうかと、はじめてさとりしおほもとに、おほきなしりすゑながく、あやたかねこ(※1)オットどっこいかみさまの、はげしきとくらされて、こころそこごもくたを、はくじゃうしたがなさい、これぐちさぶらう

(明治卅六年九月十日)




・いちぶととのたたかいで、さんぜんかいたてなほす、ぐちしさは、日本にほんくにいしづゑぞ。
・ろんよりしょう見てれ、いまかいたちなほる。ぐちかみとくで、へんぜう男子なんしあらはれて。
・はやくはやくとつのはかみあく斯世このよたてかへて、ひとびといさくらを、へんぜう男子なんしとくで。
(「神霊界」大正六年十一月号)



(※1)「猫となる」
○出口王仁三郎著「ねこおう」(玉鏡、昭和8/6)
 ねこおうであるから、いへねこうておくとあくない。猫をいてておれば、おそわれるようなことい。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる