王仁三郎歌-主なる神(2)

るしゃな仏 阿弥陀如来も 伊都能売(いずのめ)も 御名こそかわれ 一つ神なり
ゴッド又はジョーズ阿弥陀と称ふるも元津御神(もとつみかみ)の別名なりぬる
大宇宙森羅万象造りたる 力を絶対神と言ふなり
造化神(ぞうかしん)は天帝 天之御中主(あめのみなかぬし) 幽の幽なる神の奉称(ほうしょう)
天帝は 霊力体の三元をもちて 一切万有をつくれり
主の神は 万物普遍霊のならば 人を造りて 世を開きましぬ

万有の運化(めぐりうつり)の豪差なきをみて 主神の力をさとるべきなり
ものみなの 運化(うんか)の狂わぬは まことの神の力なりけり
ものみなの めぐり動くは皇神(すめかみ)の 千別たまひし力なりけり
大神の みたまをうけし 人の身は 天地経綸の 主宰者なりけり
ちはやふる 神の霊魂をわかたれし 人は神の子 神の宮かも

主の神は あまつ月日を生みまして 森羅万象を育てたまへる
父母のほかには 親はなきものと 誠の親神わするる世の中
天地のまことの象(さま)を察(あき)らめて まことの神の体(からたま)を知れ
天地の中にあるとしあるものは 元津御神の姿なりけり
天地は巡りめぐりて果てしなし 天津御神の 尽きぬ力に
天と地の 真相をよく観きわけて 主神に体のあることをさとられ

一輪の 花さえ天地の神々の 力しなくば 薫らざるべし
一枚の 木の葉も造り得ざる身が 神を知らずに いばっているなり
せせらぎの 音も静かに聞く時は 神の御国のこもるものなり
音もなく 落ち散る秋の桐(きり)の葉も 神の心の 顕れなるべし
照りわたる 秋の紅葉のすがしさに 神の力を かしこみ見るも
天地に神のゐまさずば如何にして 万(よろず)の物の生き栄ふべきや
愛善と信真に坐す大神は 伊都能売の神と別称するなり
大神の大神格の内流を 受けたる人の世を光(てら)すなり
厳瑞(いずみず)の二霊合わせて伊都能売の 神と称える事知らぬ曲
命とは天照大神の神勅(みこと)にして 地上の主たれと詔らせる神言

愛ありて万神を生み活動し 世を照らします日月(ひつき)の大神
愛により宇宙は造られ千万(ちよろず)の物皆生命を保ちて栄ゆる
勇と知と愛と親とを御心と なして世界を守ります神
万有は一切神の愛善の御徳によりて成り出づるなり
大愛に徹する時は人群万類(もろもろ)は歓(えら)ぎて神の子と靡(なび)くなり
無限大の宇宙一切も愛善の 神徳(みとく)に由りて栄えこそすれ
神愛は絶対無限無極(むげんむきゅう)なり 人の愛には限界あるなり
勇知愛親を全心(こころ)とし給ふ神ながら また愛を主として守らせ給ふ
人間の愛には凡(すべ)て限りあれど 御神の愛は絶対に変わらず
天地は複雑にして完備せり 何れも造化の経綸なりけり
大神は月に精霊充たしつつ日の神国の道を照らし給ふ
古典なる国常立の大神は八心思兼神(やごころおもいかねのかみ)なり
神と人 合一(ごういつ)すれば限りなき 神徳発揮するものにこそ


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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