王仁三郎歌-信仰(1)

いろいろと世は紫陽花(あじさい)の七変り かはらぬ道は 天津日(あまつひ)の神
神殿(かむどの)に 神は在(ま)さねど人々の 斎(いつ)かむたびに天降(あも)りますかも
恥づかしくなきまで心洗へかし 身魂(みたま)の審判(さばき)はじめかくれば
人を愛で慈しむとも天地(あめつち)に おそるるなくば道にさからふ
天地の誠の親を知らぬ子に 説き諭せども 聞く人稀(まれ)なり

言の葉の 通はぬ国の人々にも 通ふは誠の心のみなる
地の上の汚れ果てたる世の中に いかでか神の坐(いま)すべきかは
生命あるうちに神国をさとらずば 魂(たま)八街(やちまた)に迷ふなるらむ
天界の基礎と生(あ)れにし神の子は 夢なわすれそ 神の大道(おほぢ)を
神の世の 審判(さばき)に今やあふ坂の 人は知らずに日を送りをり
他人の事 はからふ迄に 己が身の 省みせよや 道伝への人

霊幸(たまち)はう神の教の深ければ 浅き心の人には解らず
大本を宣伝するは 神のため御国のため 世の人のため
今の世は 神の職(つかさ)の多けれど 知る人まれな神の真教(みおし)へ
言行心(げんこうしん)一致のために朝夕に 神の御前に太祝詞(ふとのりと)宣る
言へば言へ そしらばそしれ今はただ 神の御心(みむね)に任すばかりぞ
人道も 政治も不安の現代は 神の教に救ふのみなる

むつかしき邪(よこ)さの道を歩むより 神の正道(まさみち)安く渡らへ
有難(ありがた)し忝し(かたじけなし)と朝夕に 思ひ暮らせば曲事(まがごと)なし
天地(あめつち)は広しといへど頼むべき 光は神をおきて他になし
身に積もる罪や穢(けがれ)も皇神(すめかみ)の 教の風に散るぞ嬉しき
五月蝿(さばへ)なす曲(まが)の猛びの世の中は 誠の神より頼るものなし

身の垢は 湯水に清く洗へども 洗ひ難(がた)きは心なりけり
この教は天照神(あまてるかみ)の道なれば 踏み行く人に光つき添ふ
人間の愛にはすべて限りあれど 御神の愛は絶対に変らず
今といふ この瞬間に善を言ひ 善を思ひて善をおこなへ
過ぎさりしことは詮なし今といふ この瞬間を清く守れよ
現実の宝を生命とあがめたる人 永遠の生命を知らず
さび朽つる宝に心しみつきて 永遠の生命を忘るる人かな

言の葉を 改め直せ許々多久(ここたく)の 罪も汚れも消え失するなり
身に魂に曇り懸るは今までの 言葉に汚れありしゆゑなり
曲神の威猛(いたけ)り狂う闇の世に 安く生くるは神の御恵み
天国に昇るは易し 根の国に落るつは難し 神にある身は
人々の心に澄める月影を 隠すは欲と罪の雲なり
行為(おこなひ)を乱せし時ゆ 皇神の 依さしたまひし霊魂は散り行く
霊幸(たまち)はふ 神の恵みも懲戒(いましめ)も 己が身魂の持ちかたによる

信仰の 異なる者と同居する人ほど 不幸の者はなからむ
神による智慧(ちえ)にあらずば悉く 何事なすも邪迷(じゃめい)に終はらむ
種々の妨げ悩みあればこそ 真(まこと)の天佑 降りくるなり
艱難(かんなん)の重なるたびに自己愛(じこあい)の私欲(しよく)の念慮(ねんりょ)薄らぎ去るなり
神ならぬ人の身ならば十全(じゅうぜん)は 難しと知りて 直ぐあらためよ

大神の御教を直接世に伝ふ 誠の神子(みこ)を宣伝使(せんでんし)といふ
一度(ひとたび)は非理(ひり)にも盲従(もうじゅう)為さざれば 夜光宝玉(やこうのほうぎょく)手に入らぬなり
一切の事は正面より見ずに反面(はんめん)より見よ 必ず蔭(かげ)あり
楽しみて神にひたすら仕へかし 天岩戸(あめのいわと)の開けわたるまで
人間に区別なけれど心魂(たましい)の清濁により浮き沈みあり
村肝の心の動きやすければ 神の御綱(みつな)によりて繋げよ

仏教はあたかも百合根(ゆりね)の如くなり むけばむくほど何もなくなる
古の祖先の罪が報(むく)ふとは 訳のわからぬ教なるかな
釈迦如来八万四千の経巻も 煎じつむれば断念の二字

天地に愧(は)づる疚(やま)しき心あらば その精霊に始終攻めらる
奥山の紅葉の色の褪せぬ中に しかと研けよ己が心を
選(えら)まれて神の柱となる身には 百千万(ももちよろず)の悩みを味はふ
狼狽へて道踏み外しぬるかみへ 落つるは霊(みたま)の暗き人なり
一人のみ ただ一人のみ聖場に 坐りていたし心飽くまで
形ある 宝を捨てて皇神の 道に進みし乙女ぞ雄雄しき
小欲を捨てずば真の大神の 道に仕ふることはかなはじ
夜あれば昼あるものと信じつつ 神の力の光待つかな
天地の道を求むる心こそ 神国(みくに)に進む栞(しおり)なりけり

我が身をばキリストなりと崇めつつ 生命捨てむと言う人ぞ憂し
教主を崇むるために皇神の 光忘るる歎(うた)てきまめ人よ
まめ人の神を忘れてただ吾を あがむることのいかに苦しき
熱烈な信仰はげむ人の中に 吾を誤る曲の多(さは)なる
厳御魂(いずみたま)より尊しと狂ひたる 人の言葉を聞くはうれたき
心せまき教の御子に囲まれて 身動きならぬ吾が身なるかな
朝夕に吾を敬ひ愛しつつ 吾をそこなふ人の多かり

より以上 吾が力量を過信して 吾が霊体(みたま)まで破る人あり
求むべきものを求めずただ吾に 権威を強ゆる人恐ろしも
現し世(うつしよ)の身の救ひのみに憧憬(あこが)れて 霊魂の幸(さち)を知らぬ人あり
古(いにしへ)のエスキリストも嘗(な)めましき その苦しみを吾に見るかな
熱心な 御弟子のために苦しみし 神の独り子吾に似たるも

何事の勃発(ぼっぱつ)すとも惟神(かんながら) 任(まか)す真人の自信神也(じしんかみなり)
地下深く潜みて弥勒の経綸(けいりん)を 為せる真人の早く出よかし
千早振る神代ながらの神業を 学ぶ神の子神になれなれ
幽界(かくりょ)の事は尚更 現し世の事さへ知らぬ神の子いぢらし

天の下 神人愛のためならば たとへ死するも厭(いと)はざるべし
弥勒の世 早来よかしと祈りつつ 岩戸の開く時を待つかな
身はたとへ 根底にながく沈むとも 夢な忘れじ神の大道は
やまとだま 振ひおこして進み行け 神に刃向かふ仇亡ぶまで

神様の御用御用と言ひながら 皆神様の脛かじりするも
神様の御用の出来る身魂ならばどこに居りても光るなるべし
易見(えきみ)して人の禍福(かふく)を説きながら己が住処(すみか)もなき暮すなり
霊学をまなぶは良けれどたましひを 洗ひ清めしその上にせよ


テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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