王仁三郎歌-大本神諭

霊力体(れいりょくたい)三大原素(げんそ)をまつぶさに 説き諭(さと)したる大本の教(のり)
霊力体一致せざれば真実の 世を救ふべき教にあらず
立替への 経綸(しくみ)の奥は 沢あれど 人に言はれぬ事の多かり
どこまでも 正義の光を輝かし 常暗の世を 照らさむとおもふ
霊力体 三元によりて道を説く 宇宙真理の大本の教

御神示は一切万事実現し 世人の驚く時 来たるべし
御神示に 毛筋の横巾 違はぬと 神の実在証し給ひぬ
神諭(ふでさき)は きたりきたりと実現し 人の改心うながし給へり

三千世界一度に開く梅の花と これ筆先のはじめなりけり
御開祖は縦の道とき 吾はまた横の道とき 大本を開く
聞く人の 心によりて善くも見え 悪しくも見ゆる これの神教

霊界の守護神または精霊を 教へ玉ひし 神諭筆先
また一つは 現界人に警告を 与ふるための 厳(いず)の神筆
御教の 光は百(もも)の罪科を 払ひ清むる厳の言霊
筆先は 神々教祖に懸られて しるし玉ひし神言(みこと)なりけり

問題にされたる霊界物語は 皆御神諭の義解にぞある
人みなを 昔の神の大道(おおみち)に 改めたまふ 神諭の主意なり
善心で 読めば善なり悪神で 読めば怪しく見ゆる筆先
霊界の 邪神に対する警告の 神諭を不逞不敬とする曲(まが)
鎮魂(ちんこん)や帰神の霊法御教祖の 神諭学べば判明為すらむ

『大本神諭 火の巻』(大正7年旧正月23日)
 此大本(ここ)の変性男子と女子とに書かす筆先は、何程智慧や学のある人民でも、神徳が無かりたら皆逆様に取れるから、それで「慢心は大怪我の元」と申して、何時も気が附けてありたぞよ。細工は流々仕上げた所を見て貰はむと、今から何も解りは致さんぞよ。それで「素直に神の申す様に致せ」と申してあるぞよ。こんな経綸が全部(すっくり)今の鼻高にわかりたら、途中から邪魔が這入りて、三千年の経綸が「百日の説法屁一発」にも成らん事になるから、滅多な事は致して無いぞよ。世界に出来て来る日々の事を考えて見て、明治25年からの筆先を、赤心(まごころ)で調べたら大抵の事は解りかけるなれど、それも一寸でも慢心が出たら、何も解らんようになる仕組であるぞよ。
 二度目の世の立替、立直しを致して了ふたら、守護神にも人民にも、何彼の事が能く解るように致しあれど、今の人民は皆霊魂が曇り切りて、外国の物質の学にはまりこんで居るから、何一とつ解らん明盲目も同様であるぞよ。こう言う盲目や聾者に直ぐ解るような浅い教でありたら、到底「万古末代続く経綸」とは申されんぞよ。今の人民の心を薩長り入れ替えて、さらつの心に持ち替えて居らんと、是迄の心では、今にトチメンボウを振るぞよ。天地の吃驚箱があくのはドンナ事かといふ事は、今の守護神、人民が何程賢うても解らん事であるから、今に大きな取違いがあるから、筆先に細々とよく解るように書かしてあるなれど、ひとりも知りた神も人民も無いので、今度の二度目の世の立替は一通りや二通りや百通りの骨折りでは無いぞよ。余り古い事ばかりが書かしてあるから、今の守護神や人民の霊体では、百年かかりても解りそうな事はないぞよ。是を解けたら天地に無い智者、学者であれど、暗黒(くらがり)の世の中で出来た人民には、肝腎の霊魂が曇りて居るから無理はないぞよ。それで「我を出したら失策(しくじ)る」と申して気が付けて在るのに、「学でドンナ事でも解る」と思ふて、エライ慢心を致して居るが、いろはの本を知りて居る守護神が無いから、人民には尚ほ解らず、むずかしき世の中であるから、素直に致して神の申す事を致すと、其の日から心配なしに暮らせるなり。何事もモノが速やかに埒が着いて、気楽に御用が勤まるぞよ。

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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