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出口澄「節分と甘酒の由来」

○出口すみ子「節分と甘酒の由来」(教示集-昭和27年2月)

 大本の節分のお祭りは、長年の間、天地の艮(うしとら)におはいりになっておられた先祖の神様が、いよいよ時節が参り、明治25年、開祖さまに神がかりになりまして、この世にお上りになりました誠に結構なお祭りでございます。
 その節分祭に皆さんにあがっていただく甘酒は、天地の元の神様が世に上がられましたとき、そのお祝いとしてお供えになったのが甘酒でありまして、その甘酒をあやからしていただくのであります。
 天地の親神様が世に落ちなさるにつきましては、艮の金神様と御一緒に、その系統系統の神様が皆世に落ちてござって、長らくの間苦労なされたのでございます。
 これは霊のことで、人間の眼には見えないのですが、聖師様が初めて大本においでになりましたころなども、一番初発から世に落ちておられました神様や、根底の国に落ちておられた霊がたくさん上ってきました。業(ぎょう)をなさって苦しんでおられた神様や、根底の国に落ちておられた霊がたくさん上ってきました。この霊の上って来る有り様は、実際口では言えません。まるで蜂が集団になって宿替えするときのようなゴーッという音をして、何万という霊があがって参りました。みな喜んで、親子の対面とか、夫婦の対面、主従の対面とかいうふうに、それは芝居のようでありました。そのころには、私などまだ霊のことがはっきりわからない時分でしたから、「おかしいことやなぁ、開祖さまも聖師さまも、おかしいことをおっしゃるし、しなさるもんやなぁ」と思うて笑っておりましたけれど、ボツボツその時分のことを考えてみますと、なかなかそうしたわけのものではございません。これは一番初発の地獄の蓋開けで、大神様がお出ましになりましたにつきまして、たくさんの霊が次から次と出て来たのであります。
「助けてくれ助けてくれ言うて、なんぼ出て来るやら知れん」と開祖様も言われました。わたしたちは根底の国に行ったことがないから、その苦しさはわかりませんけれど、恐ろしいお所に落ちていた霊が、こんどの神様のお出ましに際して、ちょうど陛下が御位につかれたり、お子様がおできになったりお目出たいことがありますと懲役に行っている人が許してもらえますように、つまりああいうふうに許されなさるのでしょう。
 そのときに上ってきた沢山の霊にこの甘酒を頂かしてやったのです。これは根底の国からあがって来た霊ばかりでなく、前に申しました大神様の系統の神々様もたくさんありました。その霊たちが喜んでこの甘酒を頂いて、元気一杯になって、どんどん世界に御活動なさるのです。

 昔から「由良さんこっち、甘酒しんじょ、手の鳴る方へ」とよく子供が言って遊びましたが、あの「手の鳴る方へ」というのは、神様の方へという訳であります。

(原文欠如)

 神様が眼を開け、耳を聞こえるようにして、いよいよ世界のために働けよと神様がおっしゃっておるのでございます。それを昔から「由良さん」にたとえてありますので、眼も開き耳も聞こえるようにしていただいて、神様のもとへやって来て、拍手を打って甘酒を頂くのであります。

 そういう訳の甘酒で、決して寒いから飲むとか、腹が空いたから飲むとか、そういう訳の甘酒ではありません。どうかそのお積りで御蔭/神徳を頂いてください。またこの甘酒を頂けば悪事災難の穢れを除かれます。
 お筆先に「昔からいろいろな祝い言、祝い言言うて、みな誠に結構なことのように思うておれども、元の神を押し込めてしもうて、悪神どもが喜んで祝うたとえばかりであるぞよ――」とありますが、節分でも、「鬼は外、福は内」と、言うて豆を煎って家に捲いたのは、この天地の元の大神様を鬼神にたとえて、艮へ押し籠めてしまい、艮の金神は悪神だ鬼神だというて、悪口ばかり言うておりました。正月の〆縄は神様を押し込めて出さないというたとえであります。神様が「いつになったこの方を世に出すか」とおっしゃると「煎り豆に花が咲いたら世に出しましょう」と答えて、あの煎り豆を撒いたものなのです。
 煎り豆に花が咲く時はないから、万劫末代押し込めたつもりでおりましたものが、枝神様の方が、ご自分で行きも戻りもならんような世にしてしまわれたので、大神様がいよいよこの世に出られたのであります。
 そういう訳で大本ではこの節分祭に白豆をお供えいたしてお祝いいたし、そのお下がりは「鬼は内、福も内」と言って皆さんにお下げしますから、そのお積りでおかげを頂かれますようお願いいたします。
 すべて神様のお下がりは、心次第でどんなエライおかげでも頂けるものであります。
 天地の神々様のお住まいなさるこの地の高天原は、お土でも木の葉一枚でも、池のお水一滴でも、おかげは頂けるのであります。
 開祖様は「お澄や、神様の尊いことがわかりたら、木の葉一枚でどんな神徳でも頂けるぞや」とおっしゃっていました。この甘酒を頂くにしましても、どうかうまいとか、まずいとか、そういう気持ちでなしに、本当におかげを頂くつもりで頂かれますよう、お願いいたします。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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