出口澄「女だから出来た御用」

○出口すみ子「女だから出来たご用」(昭和25年8月25日、愛善婦人連合会委員総会)

 今日のお祭り(瑞生大祭)はほんとに結構でした。昭和6年の聖師さま61歳の御更生祝い以来こんな賑わいはありません。町の人たちもこんな時代に、ようこそこんなに祝ってくださった。あの当時はみなに酒をうんと飲んでもらった。三、四里先からわざわざ飲みに来て、喜んで帰ってくれたものだ。とにかくこういう時代に、こんな結構なお祝いができてほんとにおめでたい。
 昭和十年の時間[注:第二次大本事件]で、十曜の紋はみな焼かれてしまい、後で万一見つかると叱られるので、すっかりかげをかくしてしまっていた。聖師さまの着物も紋に墨を塗るか焼くかしたのに、今度町々で十曜の紋の提灯を出すとは、何という結構なことだろう。十曜の紋の提灯とは、十曜の紋が光ることや。神界は非常に開けてきている。
 神様が、三人になると言われたが、昔その通りになった。三人のものが、毎日昼は働いて、朝晩お筆先の拝読をやっていた。だれも聞いていないでも世界中のみたまに聞かせるのだと大声で拝読しつづけていた。すぐ近くに交番があったが、狂気扱いにされていたので問題が起こらなかった。食べ物がなくなると、その辺の木の葉や雑草の食べられるものは片っ端から取って来ては食べるので、町の人が「金神さんの通った後には草も生えん」と笑ったものだ。また肥汲みに来る人が、ここのはよそ並みにはゆかんと言っていた。それは、樫の実や葉っぱばかり食べていたもんやから肥があかんのや。教祖[注:出口なお開祖]さんも聖師さんも私も役員も、十年間くらいほんとうに苦労してきた。
「すみ子の改心がおくれたら…」というお筆先があるが(※1)、最近になってわかってきた。教祖さま、聖師さまの御因縁もやっとわかり出した。
 大本の教えはあまり大き過ぎてわかりにくい。
「この世はじまって以来言いおきにも書きおきにもないことだから、わかるものがない」(※2)と書いてあるが、私もわからんから、みなもわからんのは無理もない。しかし、わからんけれど神様の言われる通りになってきている。底の知れるような浅い経綸ではない。だが知れん中からわからせてもらわんといかん。あらましはわかる。しまいにフッと掌がかえる。かえるまでちっとすったもんだと揉まれて、いよいよとなると「これだ」ということになるおしぐみだ。
 女はしっかりせんといかん。大本は代々女が世継ぎだし(※3)、また教祖さんに神様が「そなたが女だからこの御用ができたのだ」とおっしゃった。男は子を生むことができぬ。女だから辛抱ができるのだ。女にくらべたら男は半分も力はありゃせん。女の力で男はどうにでも変わるものだ。女は大切だ。
 今度十曜の紋の提灯が出たことが何ともおめでたい。聖師さまは賑やかな方やった。こんなに賑やかにぱっとするのがお好きやった。教祖さまは静かなのがお好きやった。

 それから今度の沓島参拝で不思議なことには、教祖さまの沓島開きが六十八歳と四ヶ月だったが、わしの今度の沓島参拝も六十八歳四ヶ月と十日でわしの方が十日遅れていた。
 直日[注:王仁三郎夫妻長女、三代教主]が生まれて弥仙山へ初詣りした日が、ちょうど弥仙山が開けてかた四千四百四十年目であり、直日が生まれてから四百四十四日目であった。
 昭和三年のみろく祭の日が、聖師様の五十六歳七ヶ月の日であり、その日のお玉串も五百六十七円あった。今度九州の方から臨時列車で参拝された人の数が五百六十七人あった。数字というものは不思議なもので、何か御神意があるのであろう。

(※1)
大本神諭「明治33年閏8月朔日」
 今出る五十冊の筆先は、是から誰が参りても、今迄の如うに直接(じきじき)の筆先を、自由に写さすでないぞよ。余り皆の者が、神を軽しめて居るから、御蔭は無いのじやぞよ。言うてやりたいなれど、言へば出口の肉体で申すやうに思うて、御蔭を落すし、言はねばチツトも解らんし、神も骨が折れるぞよ。上田(出口王仁三郎)の改心が出来るに就いては、澄[純]の改心出来るなり。上田が、艮の金神が「是でよい」と申すやうに成りたら、澄[純]の改心が出来るぞよ。この艮の金神に気障ありたらば、澄[純]は手に合はんぞよ。是を心得て居りなされよ。

大本神諭「明治37年旧8月3日」
 海潮(=王仁三郎)が善く成れば、半年後れて澄子が善くなるぞよ。澄子が善くなれば、次に役員が善く成る。役員が善くなれば氏子が善く成るぞよ。さう成りたら、世界に経綸てある差添の身魂を択り抜いて、この大本へ引寄せて、何彼の事を霊魂相応の御用を仰せ附けて、世の立[建]直しを致すから、海潮から一番先きに改心をして、素直に成りて御用を諾いて下され。その代りに勤め上がりたら、まずは世界に無い結構が出来て来るから、今迄の人間心を大河へ流して、疑はずと筆先通りの行状を致して下され。今の様な疑のキツキ事では、神も迷惑を致すから、出口直は日々咽喉から血を吐いて苦しみて居るのを見て居る艮の金神の心も、チトは推量いたして下されよ。

大本神諭「明治43年旧4月18日」
 婦女の肉体は末代神の御用を致さすなり。男子の肉体は、末代変性女子の身魂を選り抜いて世を治めさすなり。この経綸は何時になりても変える事は出来んのであるぞよ。出口直の八人の御子は、名のある人に致すのであるが、今では皆化かしてあるぞよ。艮の金神が天晴れ天地へ現はれて、出口直の後見(うしろみ)を致して、十分に神徳を渡して、世界の神柱と致すぞよ。末子(ばっし)の澄どのも、二代の御用が巡りて来て、禁闕要(きんかつかね)の大神と成りたら、今の如うな行状はさせんぞよ。海潮も、九分九厘いかんと坤の奥役には成らんぞよ。

(※2)
大本神諭「大正4年旧4月6日」
 国常立尊が艮(うしとら)へ押籠られて居りたから、丑寅(うしとら)の金神と名を変へられたのであるぞよ。地の世界の元の先祖の国常立尊と、変性男子の身魂が現はれて来ぬと、至仁至愛神(みろくさま)の御出現(おでまし)は無いのであるぞよ。ミロク様が御出現におなり成されて、変性女子が現はれたなら、世界は一度に動くぞよ。何事も一度に世界中の事が判りて来て、何を申さいでも、一度に開く梅の花、梅と松とで二度目の天の岩戸を開くぞよ。昔から言ひ置にも、書き置にも、書物にも無い事実を、手本無しに書き放題に、根本の事から書いて知らした事が、皆世界から出てくるのであるから、余程身魂の研けた人民で無いと、判りかけが致さんぞよ。

(※3)
大本神諭「明治43年旧9月10日」
 綾部の大本は、末代変性男子の出口直の霊系(ちすじ)で無いと、世が続いては行かんぞよ。肉体が女で御魂が国常立尊の御魂であるぞよ。代々続く女の御世継であるぞよ。この事は大事の事であるから、念を入れて書いておくぞよ。是から結構な筆先を書すが、何事も皆その通りに成りて来るぞよ。出口直は、国常立尊の御用を使(き)いて呉れる御取次であるなり。出口○○は龍宮の乙姫殿の御用を奉仕(きかし)てあるぞよ。申してある事は毛筋程も間違は無いぞよ。日の出の神と成りて勲功(てがら)を為せるのであるぞよ。八人の御子は末代名の有る人と致すぞよ。苦労の塊の花が開く世が参りたぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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