スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

出口澄「要のご用を -新苑主就任に際して」

○出口すみ子「要のご用を -新苑主就任に際して」(教示集-昭和23年2月4日節分祭)

 いつも夢の話と思われるかも知れぬが正しい夢は神様が見せてくださるものである。今度の聖師さまのご昇天についてはあちらこちらで多くの人がいろいろな夢を見せてもらっているが、大阪に重栖さんという熱心な信者さんがいるがこの人の見た夢は殊に結構な夢である。

 正月早々の夜明けの夢であるが、聖師様宛に神界から「神界がいそがしい、すぐかえれ」という電報が来たが「今お帰りになっては困ります」と現界の人々が聖師様に縋りついてお止め申すので、聖師さまは「どうしようか!」と私(出口すみ)に御相談なされた。私は「こちらのことはチットも心配がないから早くお帰りなさい」と申しあげた。そして金龍海のような海の波止場で聖師様と私が別れたのであるが、「しっかり御用しておくんなはれ」「お前もしっかり御用せよ」という言葉を取り交わして別れた…という夢である。

 夢の話と一概にいうかもしれぬが、人間の目には見えない霊の世界があるのである。
 昨年の十月に四国にいる宇知麿さんの姉さんの見られた夢は、聖師さまがお月さんの中に坊さんの座られるような立派な椅子に腰かけておられてそのお月さんのまわりを星が取り囲んでいる。三度同じ場面の夢をつづけて見たが、その度ごとにその星の数が増えてくるという夢で、これも聖師さまのご昇天を暗示した夢であったと思う。
 そのほか、今年の正月になってから先月のご遷柩の行列と同じような行列の夢を見せられている人が三人も四人もいる。
 私も去年ごろから聖師さまの御昇天のことについて心配していたのであるが、もしものことがあったら信者の動揺はどうだろう。ご発病の当時すぐ御昇天になったらさぞみんなびっくりしたであろうん、幸い一年半という月日があったのでその間にみなの腹ができたのが、今度のこの節分祭にこんなに大勢参ったというのはほんとうに結構な有難いことや。
 先月の聖師様を綾部へお供するあの十五里の山道を、なんの故障もなしに無事に来れたというのも神様のおかげであって大きなことやと思う。ひどい道のあの質山峠を、しかもどういう都合かあの日交通止めになったため道を通るものもなく楽々と峠が越せた。この度の大峠[現代注:三千世界の立替・立直し]もみんな力を合わせ楽しく喜んで暮らさしていただくようにおかげを頂きたいものである。

 開祖さまの御在世中で、聖師様がお出でになってからのことであるが、ある信者さんが神様へ幕と提灯をあげてくれたので早速幕屋と提灯屋へ注文したのであるが、出来上がって来たのを見ると両方とも十曜の紋になっている。九曜の紋に頼んだのが十曜になっている。これは大変だと思って早速使いに行った者を読んで聞いて見ると、確かに両方の店屋へ九曜の紋にと注文したというので、店屋で聞いて見ると「確かに十曜の紋にということなのでこちらとしては九曜なら作りやすいが十曜はなかなか難しいので苦労して作った」ということであった。そこで開祖様は神様にお伺いしたら「わしが作らしたのだ」と仰ったそうで(※1)、聖師様がお出でになったその時から十曜の紋になったのである。

 御遷柩にせよ、この十曜の紋の話にせよ、神様は万事都合よくしてくださるものである。御霊柩の輿(みこし)も普通なら一、二ヶ月かかるところをわずか十日で出来上がった。信仰と“まこと”ほど怖いものはない。この信仰と“まこと”で世が立て直ることもわけないことである。
 初めて今度の節分祭に末広(扇子)がたくさん出て来るが、扇子は竹が縦で紙が横、縦横がすっかり揃ってこれから大地の金神の要(かなめ)の御用をするのである。縦と横とが揃っても要がなければ用に立たぬ。その要の御用がこの節分からきまったのだ。大阪の未決にいる時分[現代注:1935-1942年の第二次大本事件当時]に見た夢に、大地の中から何とも言われん光沢の玉が半分出ている夢を見て当時は「なんだろう」と不思議に思っていたが、それは金勝要(きんかつかね)の御魂で今度それが全部大地から出られたのだ。今はともしびの消ゆる世の中であって差し添えが大事である(※2)。私は愛善の機(はた)をチョキンチョキンと織らしていただく。どうぞお力添えをお願いする。神力はなんぼでもあげる。

(※1)
大本神輸「明治32年旧6月3日」
 艮の金神の筆先で在るぞよ。明治32年の旧6月3日に書いたのであるぞよ。
 艮の金神が御礼申すぞよ。永らくの経綸いたした事の初発であるぞよ。上田喜三郎殿、大望な御世話が能う出来たぞよ。御礼には御都合の事じやぞよ。九曜の紋を一つ殖やしたのは、神界に都合の在る事じやぞよ。今は言はれぬ。此事成就いたしたら、御礼に結構にいたすぞよ。綾部世の本、金神の大本と致すのじやぞよ。艮の金神はチト経綸が大きなから、この方で世話に成らねば開けんのじやぞよ。足立殿よい徳が戴けるぞよ。腹を合して拡めて下されよ。老母や子供二人の事は、心配は致さいでもよいぞよ。改心なされよ。我を出したならば、直(すぐ)に気附け致すぞよ。誰に由らず、慢心と我を出さぬやうに致して下されよ。慢心いたすと怪我が出来るから、よく成りても慢心を致すで無いぞよ。

(※2)
大本神諭「明治35年旧7月11日」
 永らく筆先に出して知らしてやりても、今の人民は疑ひ強(きつ)き故に真(まこと)に致さぬから、この大本の中に実地をして見せてあるから、よく見て置かんと肝腎の折に何も咄(はなし)が無いぞよ。霊魂の調査(あらため)いたして、因縁ある身魂を引寄して御用に使ふと申して、筆先に出してあらうがな。今度の二度目の世の立替と申すのは、天の岩戸を閉る役と、開く役とが出来るのであるが、大本の神の差添の種は、自己が十分苦労して人を助ける心でないと、天地の岩戸はなかなか開けんぞよ。差添の種に成るのは、二十五年からの筆先を腹へ締込みて置いたらよいのであるぞよ。

テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。