出口澄「花明山夜話 (十一)

○出口すみ子「花明山夜話 (十一)」(教示集 「木の花」昭和26年4月号)

[前略]

澄子「わしは子供のころから、摘み草が好きでな、昼間は教祖様は商売にでかけられて留守やし、仲の良かったお龍さんと二人で、芹、嫁菜と摘み草をして、それを教祖さんにご飯の中に入れてもらって頂くのが楽しみやった」
乕雄「昔の人は自然人であったので万葉時代の大宮人というのは現代人の思っているような宮廷人でなく、やはり春は野菜に不自由であり、必然的に野草を頂いていたので、そこに自然と一致した上代の宮廷人の自由な美しい生活があったのではないでしょうか。」
澄子「わしも別に家が貧しいから、辛抱してそれを食べていたというのでなく、非常にあのころはそれが楽しかった。春の野の草を見ると、人には言えんむかしの懐かしさが体に湧きおこってくるのや。
 この前の法華の坊さんが木刀になって教祖様のところへ来ちゃった話、面白かったかい。今日はな、湯浅の小久さんのいた宇津山郷に本当にあった話をしてあげよう。これはな、昔からテングさんというやろう、つまり金神さんの眷属のことやが、そのテングさんが本当にあるということに、つまり確信をもつという、そういう話や。テングさんというてもいろいろあるが、天狗さんは艮の金神さんの眷属やからコンジンサンとも言うている。マワリコンジンとか色々の役目のコンジンさんがある。御開祖のお筆先に――八百八光の金神を使うて世の立替立直しをする(※1)――とあるが、八百八光というのは数えきれないほどたくさんあるということで、いよいよの時がくれば、この金神が活躍するということを知っておいてもらいたい。天狗さんの話やなんていうたら皆笑うやろうが、ほんまにあるのやで。
 これは明治の中ごろの話や。宇津の湯浅小久さんの持ち山に、大きな松の木があってな、それは二抱えもあるような松じゃったそうなが、この松を村の人は天狗の木と言うていた。天狗の泊まり木になっていたのやろ。ところが村の人でこの木を使うて大きな車を作ろうというので再三、湯浅さんのところへねだりに来ました。初めは断っておられたが、あまりにしつこう頼みにくるので、とうとう売ってあげるということになりましたそうです。そこで車大工と二人の木挽きがその木を切りに十月晴の朝、山に登ってゆき、山の上のその松の大木を、いざ切り始めようとすると、その木の上の空中から『オーイ、ちょっと待ってくれい』という大きな声がしました。四人はビックリして鋸をもったままいると更に『この木はワシの宿り木やから今これを切られては困る。ワシの泊まり木にする木を探しにゆく間しばらく待っていてくれ』と耳のコマクがさける程の声がしました。二人の木挽きはあっけにとられ、びっくりしてしましたが、その木を買うた車大工は『何ぬかしやがるんや。ワシが買うたら切ろうと切るまいと、ワシの権利やないか、ノウ』と言い出して、そこで又みんなで松の木の根に鋸をあてて引き出そうとしたら、急に三人とも目がクラクラッとして倒れ、気絶してもうた。
 しばらくたって気がついてみますと、持っていた切れ物が一つもないのやそうです。なんぼ探しても、どこにもないので仕様がなく、そのまま山を下りました。そうして稲刈りをしていたがどうにも気になるのでまた山を登ってゆきました。山の上の松の木の根元にゆきますと不思議でしょう。先ほど、どれだけ探してもなかった道具がチャンと元のところに並べてあります。そこで考えればよいものを、田舎ものばかりやから『ハハア、これは切ってもよいということやな』と思い。とうとうその松の木を挽いてしまったのです。」
乕雄「その時は天狗さんはどこか泊まり木を探しにいって留守だったのでしょうか。それからどうなりました。」
澄子「ちょうど三人が山の上の松の木を挽いている時間に、この車大工の家に坊さんが四人来ちゃって『わしは宿が無うて困っているので、泊めておくれんか』と言うてきたそうです。車大工の家は十畳に八畳に、なんやら広い家やったそうですが、断りを言うたのやそうです。仕様がないのでその坊さんたちはどこかへ行ってしまったそうです。ところが山の上の木を切っていた二人の木挽きと車大工は狂気になって、真っ裸になって、大きな声でワメキながら、エライ勢いで山から家へ走って帰ってきました。それがアバれて、アベれて、そうにも、こうにも手がつけられん。そのうちにとうとう剃刀で喉を切って死んでしもうたということです。
 その後、小久さんの体の具合が悪うなって、京都の病院にいって診てもらったが、どこの病院でも、いろいろ珍しい病気の名を言うて薬をくれたが、さっぱり効かんので、小久さんが薬なんて当てにならんというので、京都で霊覚のある人があると聞いてそこへ行かれた。その人は十銭よりとらず『これはアンタの家の艮の大きな木があったのをいろうている。その木の金神さんが困ってござる、ことわりを言うたら治ります』と言われたので、早速ことわりをしたろこと、七日程してけろりと治ってしもうたということです。」
乕雄「不思議ですなぁ。」
澄子「いまのは一つの実話やが、こういうことはよくあることで、本当に諸国に金神さんがいて、御用をしてなさる。まわり金神さんというのは、いまでいうお巡りさんのことで、ぐるぐると自分のうけもちの地を回って守っておられる金神さんや。前の大本に二聖殿というところがあったが、そこに馬場がありまして、お祭りには神輿が出たものですが、そこに大きな杉の木があって、それを馬場の大杉と称んでおりましたが、教祖さまはいつもこの馬場の大杉に行かれて神様と話をしておられました。この大杉が汚れたために枯れ、そこで大本の榎の木にその金神様が移られ、いまは大本の榎の木に八百八光の金神さんがおられますが、この世の終わりにはこの金神さんが残らす表においでになるのです。いまは狐や狸のはばる世の中で、これも筆先にありますようにその終わりが近づいてきております。」

(※1)
大本神諭「明治36年旧正月3日」
 今度お役に立てるのは、水晶魂の選り抜きばかり、神がうつりて参るぞよ。八百八光の金神どの、出雲之大社(いずものやしろ)様は、日本をおかまいまさる金神、かねの神、龍宮の乙姫さまも御出で遊ばすぞよ。今迄霊魂を落して在りたが、世の変わり目に神の御役に立てるぞよ。昔の神代に復すぞよ。外国印度(からてんじく)も一つにするぞよ。一つの王で治めるぞよ。日の大神様と、月の大神様の御差図で、鬼門の金神が此世の世話をいたすぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる