出口王仁三郎氏に挙国更生を聞く(二)

☆出口王仁三郎氏に挙国更生を聞く(二) 『昭和』昭和8年2月号

鈴木「先ほど経済権を奉還するという事を承りましたが、そうなると各人の私有財産というものは自然に消滅するのでございましょうか」
聖師「『普天ふてんの下と王土に非ざるなく、率土そつどひん王臣に非ざるなし』と昔から云っている。明治維新までは個人の私有地はなかった。明治になってから、土地の所有権が出来たのである。だから元にお返しすればよい。奉還すればそれだけの代は貰えるのであるから、無料で奉還するのではないから、形式が変わっただけで、そんな心配は要らん。そして皇室には地所というものがあるのだ。それでさつをなんぼ出しても札と代えるか、土地と代えるかだけである。民のふところにみんな入って皇室には依然としてそれが残っている。これは財産が倍になって帰って来た事になる。それで金融もよくなり、何もかも根本的によくなる。明治維新の時にも大政奉還の時にみな金を貰っている。武士でもなんでもみな土地を貰っている。これを金で貰うと思ったらいけない。御稜威の余徳を貰ったと思えばよい。札で貰ったら札で買える地所があるからよい。もう一ツ進めば良いんだが今の人間はそこまで行かん。明治までは庶民の所有地というものは一ツもなかった」
芦田「経済方面の更生でも、総てあらゆる更生が一時に行われねば効果がないと思いますが」
聖師「そうだ。しかし、それは肝腎のものが変わって来ればよいのである。更生しよう、しようとしても無茶ばかりしている。根本問題を解決せねばならぬ。とても今日の小胆な政治家には出来ないと思う。現在の政治家ではいけない。これはなんぼ気張ってもようやらない。陸軍省が請求する。大蔵省が削る。そんな事ばかり繰り返している。本当はそんな事はどうでもよいのだ。陛下の御稜威によって、“方法によっては”なんぼでも出来る。元来日本は宰相や外交官が弱かったら戦争をせねばならなかった。日清戦争にしろ日露戦争にしろそうである。日清戦争の時、ワシは二十六歳の時であったが、当時の総理大臣の伊藤さん(伊藤博文)の腰が弱かったから戦争が起こった。窮鼠かえって猫を咬むようになって、日清戦争が起こった。またその次の日露戦争が起こった時にも伊藤さんの腰が弱かったから露国が付け込んで来た。それでとうとうたまらなくなって戦争をした。今度も幣原外交及び各当局者の腰が弱かったから、満洲の戦争が起こった。外交の弱いのは軍備が充実していない時である。軍備が充実している時には外交が強くなる。日本は国民皆兵の国であり、細矛くわしほこ千足ちたるの国である。『千足ちたる』という事は『一切の』ということである。子供も、爺も婆も、みんなという事が千足という意味である。『細矛くわしほこ』という言霊はつまり、矛と剣という意味もあるが、言霊学から云えば『細矛』というのは『ひいでたる子』であり、日本人は秀子()であり、細矛というのである。その尚武しょうぶの気をもっておる国民が国内に充実しているのが『細矛千足』という名義となって来たのである」
成瀬「それでは軍備を拡張し、国民が国防という事に力一杯になっているというのは御神意に叶っている訳でございましょうか」
聖師「そうである。阿弥陀も弥陀みだの利剣と云って剣をもっている。即ち折伏しゃくふくの剣と摂受せつじゅの剣を持っている。この摂受の剣をもって人を助ける。それから折伏の剣はどうも仕方がなくなれば、これをふるって折伏せしむるのである。諸刃もろはの剣になっているのは折伏の剣と摂受の剣である。自分の顔に向かっている方が摂受の剣であり、向こうを向いているのは折伏の剣である」

成瀬「防空の事について一寸お伺い致したいのですが『国防は航空防なり』という御言葉を頂いておりますが、いまだに防空に関する仕事に対しては国民の大多数は無関心であって、陸海軍省がやっておればよいというような調子であります。そこで防空熱がそろそろ台頭しかけたこの際、昭和青年会として半官半民の国民防空研究会とか、或いは国民防空促進会とかいうようなものの建設につき請願書を議会に提出して、政府をしてこれに予算を計上せしめるような方法をとりたいと思います。これはすでに軍部なんかでも希望されている事柄でありますが、いかがなものでございましょうか」
聖師「そいつは良い。通過しようがせまいが、云うだけ云うたらよい。こういう機会にやるだけやったらよい」

三千麿「話が一寸前に戻りますけれども、先刻の更生の御話の中に惟神かんながらの道に帰るという事でしたが、今の学者の中にも筧さん(カケイ 筧克彦)を初め、惟神(かむながら かんながら)の道を説く人がありますが、大本の惟神の道とそういう人達の惟神の道とどう違うんでしょうか」
聖師「“ひとナガラ”が惟神かんながらを説いている。大本は実行するのである。こうじゃ、ああじゃと云って筧さんのは色々な説を集めてやっている。学者として人に云うけれども自分が実行しないから駄目である。惟神の道を云って教えても自分が率先して型を見せてやる誠意がなかったならば、本当の惟神の道ではない。書物だけを出して人に教えておっても何にもならぬ。実践じっせん躬行きゅうこうしてこそ惟神の道が生きて来る。ワシも、筧さんの『惟神の道』を読んで見たけれども、総ての神典や古事記によって集めたに過ぎないのである。あの人の説というものは一ツもない。極く浅い浅薄なものである」

鴛海「欧州の諸国は亜細亜アジアに対して色々借款しゃっかんをさしておりますが、そういう事は非常に悪いと吾々は考えていました。そうすると日本が満州に対してやっているのは矢張りよい事でないと思われますが……」
聖師「金をやっているのはよいじゃないか、亜細亜に金を貸しているのは亜細亜を栄えさすのであるからよいではないか。ワシはよいと思う。それが為に軍器をこしらえて抵抗するようでも、結構落ち付くところはきまっているから、ワシは神の経綸だと思っている。外国は野心があって、貸しているのである。誠心誠意で貸したのであるならばむくわれるけれども、野心で貸したら、元に帰って来る事はない。あれは誠ではない」

鴛海「日本は欧州人から悪く見られるのはやむを得ませんでしょうか」
聖師「それは当り前じゃ。たぬき同志がやっているから、それはしょうがない。『今まではまことは一ツもない』と神様が云っておられる(※1)。引っ掛け合いばかりやっている。世界も更生せねばならぬ。しかし先ず日本が更生して範を示さねばならぬ。日本人でも今のは仕様しようがない。真の日本人は幾らも居らぬ。ほとんど全滅の状態である。皮膚や毛髪の色だけが日本人であって、精神的には混血児である(※2)。外国人が大部分である。人間の精神は血である。心というものはみな血が動いておるのである。れいというものは血だ。故に現代の日本人は混血児になっている。こういう連中が子を拵えても混血してしまっている。ずこの血から更生せねばならぬ。血は精神の持ち方で変わって来る。真正な日本人に帰ったならば──始めから心が元だから、霊主体従の人間になる。現代人は先ず血液が外国人になってしまっている──心が日本人に帰ったならばそれで良い」

神本「衛生と称して随分本当の事から云えば、不衛生な事が行われておりますから、更生の必要があると思われますが」
聖師「衛生々々と云っても衛生学が盛んになって来るほど病人が殖えるでないか。兎も角、日本人は衛生々々と云うよりは、かえって働きさえすればよい。“なまくら”だから病気が出て来る。働いてさえおれば少しも病気が起こらん。病“気”が多くて病“体”というものはなかなかない。病体になって来たならばなかなか癒らん。大抵はみんな気を病んでいる。だから神様に参って来ると病気が直ぐ癒ってしまう。自然の摂理で怪我しても直ぐに肉が出て来る。足でも怪我したら腐ると云って切ったりなんかするけれども、日本人は普通腐らない。肉食する人種なら肉が弱いから、どうしても腐り易い。菜食人種や米を食うておる者はそう目茶苦茶に腐るものではない」

神本「それではその他の事について政治、経済なんかについて御伺いになる御方はどうか御遠慮なく……」
大崎「新聞なんか見ますと、今年当たりには日本の内外債を合すると約百億円になると書いてありますが、あれはどうして解決が出来るんでしょうか」
聖師「百億円あろうが、いくらあろうが構わない。世界中、神様のものだ。あるから貸すのだ。ないから借りるのだ。そんな事を心配しておったならばしょうがない。なんぼあっても構わん。日本には日本の神の経綸があるから」
大崎「日本の現金は三億しかないですが」
聖師「あんなものはどうでもよい。ワシは蒙古入りの時に二十円金貨を一万円、腹に捲いておったが、一町ほど行ったらどうもこうも苦しくてしょうがない。その時、札は結構なもの尊いものだと思った。紙幣なら十万円、懐に入れておっても何ともないが、金みたいなものは食う訳にもいかず、何にもならぬ。飾りものだけにしかならぬ。なかなか採れぬから高くしてあるけれども、つまり云えば子供の玩具おもちゃと同じである。金が有難いと迷信しているけれども、分析して考えてみれば何にもならぬくだらぬものである。兎も角ワシは、国民が一致して国を護るという気になれば金も何も要らんと思う。
 農業にも改良方法が沢山ある。しかし満州蒙古で農業の開拓をするという事は非常に不利益だと思う。会社を拵へるとか、紙を製造するとか、木材を切り出して製材するとか、鉱山を掘るというような事はよいが、農業なんかとても日本人じゃようやって行けぬ。喰う事が出来ない、粟や高粱こうりょうとかならまあよいが、米はなかなかうまく行かない。蒙古人はそんな事でも云ふと嗤って居る。羊一匹十七円、高梁一石が六円である。この一石を作る間に、羊が百匹飼えて千七百円儲かる。そんな事を教えてもそんな算盤の取れぬ馬鹿な事をしそうな筈がない。食うだけを作っておく。百姓をやるんなら、南洋だね。ほったらかして置いても年中大きくなるから利益が多い。取るだけに忙しいくらいだ」
成瀬「ただ今の御言葉で思い出しましたが、伊藤友治郎という人が、南洋殖民学校を東京で経営していて、三ヶ月で青年達にビルマ語を速成教授してビルマに送っているのですが、実は伊藤氏はそれより前に、ビルマに行っておった事があり、ビルマの国王から、日本のちょうど九州くらいの土地を無料で貰っているので、そこへどんどん人を送っておりますが、大本の活動的な元気のいい宣伝使を送って頂きたいと希望していました。矢張り同氏の話ですが、シャムのバンコックで土地を日本人だけに売るというところがあるというのです。一町歩五円六十銭という、まるでただのようなもので、将来大いに南洋は発展する余地があるようでございます」
聖師「南洋にはまだ、誰も所有しておらん島がチョイチョイあるのだ。兎も角、殖民であったら南洋だね。……が、兎も角、国防の第一線として満州国は必要がある。日本の国防の為にはアジアの盟主としては、どうしても、あすこがなければならね。わしがいつやら、地図に世界のかまくらと書いておいただろう。ちょうどそうなって来た。世界の鎌倉だろう(一同ハハア) 満州といふ国は神界から云っても日本の国防上から云っても必要な国である」

鴛海「世界平和を招来する階段としても、アジア連盟というものはどうしても通らねばならぬ階段でしょうか」
聖師「通らねばならんがナ。日本が強かったら一ペンに連盟が出来るが、今の日本ではもう一寸ちょっとところが出来ない。依らしめねばいかん。日本の国に頼らさねばいかん。日本の外交というものはなっていない。アジア諸国は日本に頼ろうとしているが、今の当局者にそこ迄の雅量がないし、勇気がない。欧米諸国にはばかっている。こういうような弱気があるからいけない。これを日本は神国であるからいよいよの時には神が働くという考えと、それから国体の本義を知った国民が全部揃うたならば、外交も強くなるし、また総ての事がうまく行くようになる。神を知るという事が大事である。今の当局に神を知った者がないから思い切った事がやれない。ワシらならやって見せる。そうするとアジア諸国は喜んで出て来るナ。欧米は眼をつり上げてやって来よる。色々干渉しようとするだろう。しかし、そんなものが出て来るなら出て来いという勢いでやったらよい。豪州とシンガポールに軍艦を置いておけば、どうにも手が出せない。英国も米国も手が出せなくなって来る……」
鴛海「もしアジア連盟というものが……」
聖師「アジア連盟をやるにいてはシンガポールと豪州をヤッておきさえすれば、ひとりでに出来る。そうでなければ出来ない。前門があっても後門が塞げていないから」
鴛海「アジアには非常に沢山の人種が色々に住んでいるように聞いていますが、それらの人種と、どういう風に連絡すればいいのでしょうか」
聖師「人種の連合というものは心配せんでもひとりでにやって来る。こっちが強かったらひとりでに出来る。先ず日本の国が更生することじゃ。そうすれば“光は東方より”だからナ──火をとぼしておけば虫でも何でもそこへ飛んで来るようなものだ。“東方の光”をもっともっと強くしておくと、みな外国も寄って来る。アジアだけじゃない」
鴛海「そうするとアジアを単位にするということは、そう決定的の事じゃないでしょうか」
聖師「『何もかも一時になって来る』──とお筆先に書いてある。アジアを──元をやると云うと何もかもみな従ってしまう、そうなれば……」
鴛海「アジア連盟──アジアモンロー主義──はそう主張せんでもいいものでしょうか」
聖師「そんな事はせんでもよい。アジア人のアジアになってしまう」
鈴木「リットン報告書が連盟理事会で受け入れられれば戦争が誘発されるものでしょうか」
聖師「そんなものはどうでもよいがな。採用されても、せんでも、どうでもよいじゃないか。リットン報告書を採用したら面白くなるよ。世界の国が日本に攻めて来る。さうすると日本が鉢巻はちまきして気張るからな。兎も角、神代から神の経綸で定っているのだ。日本が治めてやらねばいかんという事は定っている。ワシはあんな事なんか眼中においておらん。世界中、攻めかけて来ると御筆先に書いてある(※3)。攻めかけて来んというと経綸が出来ん。何もかも一時だ。神様はチョロ臭い事は嫌いだからな」
岩田「要するに腹をきめるだけでございますね。後は問題にならん訳ですね」
聖師「それが一番大事だね。反宗教の時にも『大本はどう考えているか』と聞いた人がいた。ワシは『どうでもよい、問題にしておらん」と云った。『左傾はどうか』──左傾でも酒でも何でもよい。あれは酒に酔って人に小便をかけるじゃないか。真理じゃないと立って行かん。真理が勝利を得るに決まっている」

三千麿「それから内部の話ですが、言論という事は非常に大事ですけれども、それと同時に、文筆──文章を練るという事も必要であると思いますが」
聖師「それも必要だね。これからの青年はその方の勉強をやっとかんといかん。今は何もかも違って来ているが、第一に神社仏閣の幔幕えんまく──あれからして違って了っている、あれは昔は長さが二丈八尺に決まっている。天の二十八宿にかたどって、は地といって地が三十六ある。今のは皆違っている。信者の幕まで違っている。乱れてしまっている。幕が天にあたるが地に当たっている。地は六だから六六三十六だ。三十六と云ったら弥勒みろくという事だから、ちょうど地の弥勒、幕でも昔からチャンとそうなっている」
鈴木「ヒットラーの旗ですが、まんじの形になっておりますが」
聖師「どこでも天地はたてよこだから、経と緯にきまっている。こう卍字まんじでも、はく卍字はくまんじでも妙見みょうけんでも──これは先をとがらしているだけの違いだ。大本も○に十だ。
〔⨁〕
まるに十だけれども、それを具体化して○を十こしらえたんでみな同じである。仏教も基督キリスト教もみなそうだ。十というものは天地の数だ。まるいのは世界だ。他のは宇宙が書いてない。ただ十だけだ。大本は周囲に○がある。まるの中に十 それを具体化してまるを十拵えた。どの宗教でもこれは当たり前だ。十からみな作っている、経と緯、火と水だ」

成瀬「三五(アナナイ)という事は(※4)、ほのかに意味が分かっておりますが、直截ちょくさい簡明に御説示願いたいのですが」
聖師「これも神様のおかげ、これも天皇陛下のお蔭、これも主人のお蔭という風に自分の手柄を上にもって行く事だ。“ア”という事は天だ。“ナ”という事は神だ。“ウ”は下を意味する。『あがなう』は自分が代わりに賠償することで『うべなふ』(うべなふ)という事は承諾したという事である。上から下へもって行く事である。『ウラナウ』(うらなう)は自分の心を調べる事である。『ウラ』というのは心であり、『うらやすく』というのは『心安く』という事で、『うら安の国』というのは『心安い国』という事である。それからワシだけにしゃべらさんと皆も何とか云わんかい」

神本「どうですか皆さん、どしどしと御尋ねになっては?──自力更生の字義の解釈でございますが……」
聖師「政府から国民に対して勝手にやってくれという投げ言葉だ。自力更生じゃない。自己じこ更生だ。つまり自力のない者が沢山あるのだから自己を更生して初めて自力が出来て来るのだ。力のないものに自力更生せいと云っても、力のないものはしょうがない。自力更生する者があれば世の中はこんなに困っていないからね」
成瀬「大阪で内田先生(内田良平)が『政府は自力更生というが、その範囲を全然示しておらんが、然らば各々の力で更生せよと云うのならば、いかなる手段方法を以て更生しても差し支えないのであるか。この点を臨席の警察官は政府にこれに対する明答を与えるように漏れなく報告しておくように』と云うておられました」
聖師「誰や──内田さんか。そりゃそうだ。自力があったならば更生々々と云わんでもコセコセ云わんかって(軽い笑声所々に起こる)やって行けるがね。自力という事は『みずからの力』とみんな思うているが、ワシは『おのずからの力』と思うている。自らの力というのは惟神かむながらの御力だと思う。みんな神に目覚めざめたら文句ないんだ」
宇知麿「さあそろそろ失礼さして頂きましょう。大分お疲れのようでございますから」
一同「どうも結構な御話を有難うございました」
(完)

(※1)
明治35年旧7月11日
今の世界の上に立つ人は、一つも誠の善の事は致して居らんぞよ。艮の金神が表に現れて、世界の洗替をいたすから。是からは何事も”かみ”から露見れて来るぞよ。今の世界の落ちている人民は、高い処へ土持計(つちもりばか)り致して、年が年中苦しみているなり。上に立ちている人は悪の守護であるから、気儘放題好き寸法(すっぽふ)。強い者勝ちの世の中でありたなれど、見て御座れよ、是からこれまでの行方を根本から改正さしてしまうて、刷新(さらつ)の世の治方(やりかた)に致すから、今迄に上に立ちて居りた人は大分辛う成りて来るから、初発から出口直の手と口とをかりて、色々と世界の霊魂に申聞したら、近所の者が驚いて、出口を警察へ連れ参りた折に、警察で「三千世界の大気違ひである」と申してあるぞよ。「用意をなされ、世の立替があるぞよ」と厳しく申して気が附けてあるぞよ。それでも「気違ひが何を申す」位により取りては居らんぞよ。何でもない手に合う者ほか、よう吟味を致さんのか、モチト大きな者を吟味いたして、国の潰れんやうに致さねば、此儘で置いたら、警察の云ふ事共聞く者が無きやうになるぞよ。

大正4年旧6月11日(天の巻)
 大国常立尊、変性男子の身魂がハッキリ表へ顕れて、変性女子の身魂を顕はせんと、天晴れ表面へ出る事にならんから、余り世が進みて、天地が逆様に顚覆(ひっくり)返りて居りたから、地の世界に何を致しても逆様ばかりで、実効(まこと)と云ふことが一ツも出来ておりはせん。この世界中の事は、何も皆逆様ばかり。このさか様の世を本様に致して、御三体の大神さまを、元の至仁至愛の世へ世を戻して、元の日本のヒノモトへ納めるぞよ。さツぱり悪神の自由自在にここ迄は致して、元の御先祖様を「機関(きかい)である」といふことを申して、「天の日神月神(おふたかた)は大の字さか様、丸に十になりてある」といふことが、明治25年に初発に書してあらうがな。丸に十、八分余り真黒して、白い場所(ところ)が二分切れて居ろうがな。身魂があの通り。その又二分の身魂が曇りて居るぞよ。今では九分の身魂が真黒になりてしまふて、よくなるどころか一日増しに悪るなるばかり。どうもエラいことに曇りたものであるぞよ。

(※2)
○「現代の日本人」 月鏡(昭3/12)
 日本魂(やまとだましい)のチャキチャキ、裸一貫の荒男、世界経綸の当路者(たうろうしゃ)と称する現代の日本の男子には情ないかな勇気と根気を欠き、第一に信仰心なく、仁義なく、自負心強く、自重心なく、男子の気魄と実行力を欠き、かつ狷介(けんかい)にして人を容れず、自己の小主観を以て事を律する故に、志と違ふ場合多く、尚且つ之を反省せず、神人万物に対して感謝の念なく、怠惰にして朝寝を好み陰徳陽徳を欠き、人情薄くして大器晩成的の力無く、軽佻浮薄にして剛健の気骨なく、道徳観念絶無にして意気地なし。又青年に特有の気魄と奮闘心を欠き、後進を指導する度量なく、正義公道を解せず、只眼先の事のみに心をくばりて、思慮浅く、不真面目にして、排他心強く、且つ偏狭なり。平素女性の如く脂粉に浮身をやつす事のみ知りて、新進気鋭の勇気なく、かくして神の建て玉ひし日本神洲の国家を傷つけつつあるものは、現代の日本人、殊に男子はその最たるものである。吁々(ああ)一日も早く一刻も速に我大本の教理を普く同胞に伝達し、以て祖先の給ひし日本魂を振り起さしめ、世界統一の神業に奉仕せしめたきものである。

 日に月に日本魂の消えて行く
  世を活かさむと伊都能売の神

(※3)
大正7年旧正月12日(壱)
 昔から露国へ上がりて居りた悪神の頭目が、モ一つ向こうの国(独逸)へ渡りて、人民の頭を自由自在に、我れの思惑どおりに悪を働き、世界中の大困難を構はず、何処までも暴れて暴れて暴れまわして世界を苦しめ、又た露国を自由に致して我の手下に附けて、今に日本へ攻めて来る経綸を致して居るが、そんな事にビクつく如うな日本の守護神、人民でありたら、日本は到底続きは致さんぞよ。是から神が蔭に手伝ふて日本の軍隊に神力を附けて与るから、今度は大丈夫であれども、向ふの国同士が、「戦争は到底敵[叶]はん」と申して、可い加減な事で仲直りを致して、一腹に成りて、今度は日本へ押詰て来るから、日本の守護神も人民も腹帯を占めて掛らな、「万古末代取返しの出来ん事になるぞよ」と申して、明治25年から出口直の手を籍りて知らして置いた事の、実地が迫りて来たぞよ。外国は悪が強いから、ドコ迄も執念深(しつこ)う目的の立つ迄やり通すなれど、九分九厘と云う所まで来た折に、三千年の神が経綸の奥の手を出して、外国を往生いたさすので在るから、日本は大丈夫であれども、罪穢(めぐり)の深い処には罪穢の借銭済しが在るから、今の中に改心をいたさんと、日本にも厳しき懲罰(いましめ)が天地から在るぞよ。霊主体従(ひのもと)の行り方で末代の世が立つか、体主霊従(から)の施政方針(やりかた)で世が末代続く乎、今度は善と悪との力量(ちから)比べであるから、勝ちた方へ末代従うて来ねばならんぞよ。それで神界は、茲まで煉りに煉りたので在るぞよ。

(※4)
祝詞『善言美詞』
 官々に仕へ奉る人等は、本末内外を過たず、茂鉾の中執持ちて愛善信真の政事をなさしめ給ひ。飛騨[弾]人が打つ墨縄の、唯一道に守るべき。三五の教の憲の随々善き道の正しき道を、弥遠に弥広に弘め導かしめ給ひ。男も女も老も若きも、相共に於与豆礼の妖言に黐鳥の罹る事無く。斯道を慕ひ信ひ、悪しき心を持たしめず、曲れる事を為さしめず。過ちて犯さむ事は、神直日大直日に見正し聞治し坐し、百姓の天の狭田長田に降りて手肱に水泡掻垂り。向股に泥掻寄せて、取作らむ水田種子は。霖雨降頻き河の瀬溢れて浸し損ふ事無く。暴き風吹荒びて、根掘倒れ朽損ふ事なく。毒しき虫の生出て食荒しめむ事無く。負持てる国の名の茂瑞穂に稔らしめ給ひ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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