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出口王仁三郎氏を囲む座談会(第四夜 第3回)

☆出口王仁三郎氏を囲む座談会(第四夜 第3回) 『昭和青年』昭和7年7月号

富田「今度基督キリストが再臨されてエルサレムに行かれますと建つ宮がございますが、その御宮は向こうの形式で建つでしょうか」
聖師「エルサレムというのは、きれいなとか、至聖所という意味やでよ、すでに降臨してお宮は建っているのや、そしてこわされたのや、鶴山つるやまも三度こわされたのやで」
富田「三度目でございますか」
聖師「熊野神社もこわされて下に行った。その前に天照大神が御祭りしてあった。──それからたいらのしげもりほんぐうざんに居った事がある(※1)。重盛がもちひと親王を助けて、それで重盛を頼って来られた。それを重盛の部下が知らんもんやさかい、あすこで打ってしもうたんや。重盛は自分の意志が通じなかったから申し訳がないから自殺してしまったんや。ほかの事で死んだように歴史には書いてあるが、本当はあすこで──本宮山で死んだのや。本宮山にくろかみの大明神という名にして祭ってある。誰かわからなかったが、霊界で調べたら重盛やった。そしてそして以仁親王を部下の者が討ち奉ったから申し訳なくて切腹したのやった。歴史にないけれどワシが高熊山たかくまやまで霊界へ行ったところ、霊界で見たんや。
 それからヨルダン河というけれども、ダンはランという言葉の訛りでヨルラン河という事や、がわはヨルラン川や。ワシの歌にヨルダン河というのが出て来るが、それは和知わちがわの事を云うてるのや。それからシオン山という事は日本というような意味になっているが、弥仙みせん山がシオンになっている。弥仙山というのは後に弥仙山というたけれども初めは金峰山きんぷせん、または丹波富士というたのや。そしてシオンというのはフジというのにも通うのや。日高見ひだかみの国は外国にもある。日高見の国というのは日のあたる高い国という意味ですべて海から離れた所の陸地のかわいた所はみな日高見の国である。日高見の国をやすくにと平らけくやすらけく──やろ」
速志「吉野さんから昭和青年に原稿を頂きました中にバイブルをもって来てシオンの国の注釈に、日高見の国と聖師様がおっしゃった……」
聖師「日高見の国というのは世界に呼びかけたのや、外国というと語弊ごへいがあるのや、外国のいい所はみな日高見の国である。富士という事は高い山、日高見の山という意味にもなる。フジという事はヒという意味である。フジのたま返しがヒになるのや、ハヒフヘホのヒになるのや。ハ行からシに行って戻って来るとヒになるのや。富士は火山というた。日の出る山や、この間、愛善新聞に書いておったやろ、富士がどうたらこうたらって。矢張り富士は活動する。富士があったが為に日本の国は早くおさまったのや。富士がポット出たから江戸えど浪速なにわとの間が近くなったのや。北陸のあたりもみな一緒に出来たのや、昔富士ふじは福地とかいてフヂと読んだ事もある。不尽、不二と書いていた事もあるがこの頃は富んださむらい──富士と書いている」
高橋「福知山は鬼城きじょうざんに当たるでしょうか」
聖師「鬼城山というのは鬼ケ城やがな、すぐそばにあるがな。城山と書いてある歴史を読んだ事がある。鬼ケ城山と云うたりするが、本当は鬼城山というた方がええのや」

西村「外国の言葉も日本語も言霊で行くと同じようなものになるでしょうか」
聖師「言霊はよく似ている。語源は違うているようだ」
大崎「霊界物語に聖師様は外国人の側にヂット坐って聞いていると意味が判ると書いてありますが……」
聖師「なんや知らんけれどもわかる、言葉やなしにわかる。腹の中で知っとるのやな。ワシは知らんけれど腹の中で知っている。言葉やなんかは知らんけれども、そんな事を一々吟味ぎんみしてはおらんけれども、何だか判って来るのや。支那人と話しておっても大抵わかっている。こっちから話はようせんけれども早口でなくゆっくり言うてくれるとわかる」
西村「早口と云えば外人は日本人の話しているのがとても早口だといいますが」
聖師「それは一々考えて聞くからや、それはどっちだって同じやでよ。日本人から言っても外人の方が早口に思えるんや、考えて聞くさかい」

西村「今使っている日本の言葉はどっから来たでしょうか」
聖師「矢張り昔から伝って来たのや、今は支那の漢字が大分入っているが日本では現在というが支那では現在というている。漢字の読み方も日本で拵えたのや」
西村「ウエルス(H・G・ウェルズ)の文化史大系にはウラルアルタイ語から来ていると書いてあったと思いますが」
聖師「しかしアクセントなんどから考えて見ると蒙古語に似ている、朝鮮語にもよく似ている。朝鮮では濁った発音は一つもいわない。今度という事もコントというね。秋田さんがよう云うやろ。それは向こうの国魂だから、くせになってしもうているさかい、そうなるのや。短冊に歌を書くにも濁りをつけない。それから朝鮮の風というのが日本の古い風をやっている、白衣ばかり着て。大昔日本から言葉がわかれて行ったという訳でもないが。──印度でも二千からの小さい国があるから二千くらいの言葉がある。印度語を研究してもそんな調子だから、印度の中でも通じない所がいくらでもある。支那でもそうやし日本だってそうや。この間、青森のおばあさんが来た時に何を言うたかさっぱりわからん。青森では車掌が──お客さんが落ちて死んでから──なんて言うとる、何の事やと思うたら──お客さんが降りて済んでから──という事なんや、それを変な発音をするからそう聞こえる」
富田「そして、べんつう、べんつうと言っています」
速志「なんことや」
富田「弁当弁当」

── 一同笑声 ──

富田「聖師様、人から聞いた話で確かな事はわかりませんが、ある人が聖師様に麦を食べてよろしゅうございますかと伺ったら『よい』とおっしゃって、今度麦の嫌いな人が、麦は食べるものでしょうか、とお伺いしたら、あんなものは人間の食うものではない、とおっしゃったという事でございますが、もし二人が喧嘩したら……」
聖師「人間も麦を食うてもええ、当たり前ならば麦は陰性のものであるから麦ばかり食っていると因循いんじゅんになって来る。卑屈になって、くやんでばかりいる。今度も不作だ──豊年でも今年はつまらんつまらんなど云うてな。米を食っているから大和魂の勇気が出て来るのや」
富田「霊界物語の大気津姫おおげつひめの所に外国人は麦でパンを拵えて……と書いてありましたが……」
聖師「外国人は麦でパンを拵えて食うから歯からして違うている、奥歯から肉を食うように出来ている。日本人のは米を食うように出来ている。日本人のは米を食うように臼歯うすばと云うて臼になっている」
大崎「歯がなくなった者が霊界に行ったらどうなりますか、入れ歯でもしておけば少しはいいでしょうか」
聖師「そんな事はない。意志想念で元の通りになる、跛足びっこでも片目でも元の通りになる」
大崎「ワードの『死後の生活』を読んでみると、足の一本なかった人が死ぬと矢張り足が一本しかないように出ていましたが」
聖師「初めて一ぺん現界人が霊界に入った時にはその一本足の男という観念があるから、その元の姿を一度は見せんとその人にはわからない。六十で死んだおやじさんなら、一度はその六十歳のおやじの姿になって見せる、こっちの壮年が六十歳のおやじさんと思っているから、そんな想念で向こうに行くからそうして見せるのである。そうでなくて自分の足なら足が一本なかったとするな、ところが死んだら元のようについているが、現界の時の自分の不自由な習慣で足がないもんやと想念できめているさかい──霊界は想念の世界やろ──せっかく立派な足が出来ておってもびっこをひいて歩いている者が中にはある。そんな人間は現界にいた時に霊的の事を知らなかったから死んでもそんな不自由をするのや」
井上「霊界に対する無智というものは恐ろしいものですな」
聖師「死んだら足が出来るもんだと思うておれば出来るのである。そんな人間は死んでからも跛やと思い込んでいるから、その想念で今云うたような事になるのや。現界では跛だが死んだら、これでよい身体になると思うていると──神様が癒して下さると思うていると、それでよい。ワシは霊界の事で高熊山の修業の時に、色々な事を見せて貰うて、どこもかも行って見たから、死後の世界という事は非常に信じているから、いつ死んだという事が解らんような事があるな。ワシは蒙古から帰って六ヶ月ほどは辞世まで読んで死んだと思うているから、帰って来て大阪の牢に入れられた、ハテナ、霊界にいるのかな、みな訪ねて来るが、霊界の大阪かいな、現界の大阪かいな──というような調子でとうとう六ヶ月はどうしても現界だか、霊界だかわからなかった。撃たれると観念しておったから……霊界に行くと思うておったから……」
一同「ハアー」
聖師「それから大審院に行ったけれども、大審院も霊界のものやら現界のものやら、どうしても区別がつかなかった。あまり死後の世界を信じていたから。あれから、今でも時々現界か霊界かと迷うてしょうがない。──決心したという事はひどいもんやな──実際ワシは自分が霊体が肉体を脱けて行くのをあの時見たんやでのう」
一同「ハアー」
聖師「見たんや、すっと脱けて行って肉体がやられているところをな……」
富田「人間が死んだ時その前で──ナガミコトミマカリテ……──やってる時にその人はどう思っているでしょうか」
聖師「そんな時分にはそこら辺にうろついてなんかおらへん。その時分、墓前にいるような者なら迷うているんやな。もう霊界に行ってしもうてるよ。行く時に自分の死体の横たわっているのを極めて無意識な表情で、そして幾分いくぶん冷笑的に見るくらいなもんや。ワシも蒙古で自分のやられている姿を見て、霊だけ脱出して行ったんやがな、それで現界か霊界か当分わからなかったんや、あまり手回しが早うすぎてな(笑声) それが為に後から迷うてしょうがない」
富田「迷っては天国にいらっしゃれませんね」

(以下次号)

(※1)
○「本宮山は平重盛の居城」 水鏡(昭2/1)
 丸山まるやま(本宮山)は平重盛の居城であった。本宮、新宮、熊野神社、那智の滝等みな紀州の地名と同じである。また舞鶴はもと“田辺”と云ふて居たのであるが、それも同じである。以仁王は重盛を頼って綾部の地に来られて、遂に薨去されたのである。本宮山の中腹にあるはるふさ神社は私が重盛の霊を祭ったものである。

○「歴史談片」 月鏡(昭4/2)
 本宮山はもと「本居山」と書きホンゴ山と称へられて居た。そして豊受大神様を御祭り申上てあつたのであるが、それが後世 比沼の真奈井にお移りになつたのである。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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