出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会(1)

☆出口王仁三郎氏を囲む神霊座談会(1) 『昭和青年』昭和7年10月号
時……昭和七年八月六日
所……天恩郷 高天閣
内容:夢の神秘、人魂、夢判断、大蛇、生まれ代わり、病人、呪いの釘、狐狸の怪、河童の腕、蛇の執念
出席者…小竹玖仁彦、加藤明子、神本泰昭、芦田満、比村中、田盛義光、速志英春
速記者…伊藤栄蔵

速志「本夕ほんせきは神霊問題について御質問願って大いに益したいと存じましたので御苦労願いました。生活の基点は霊界でありますので、人生を本当につかみたいと存じますから──。聖師〔出口王仁三郎〕様どうぞよろしく御願い致します。では田盛さん、君から」
田盛「霊夢れいむの判断の方法とか態度についてお伺い致しとうございますが」
聖師「レイムって何じゃい、夢か?」
田盛「たとえば夢で聖師様が或る家に来られて天津祝詞を挙げられた時の聖師様の着物とかお姿がハッキリわかるとかした場合は、どういう御心がお働きになっているのか判断に苦しむことがありますが」
聖師「その夢の事か、じゃ、夢の種類から云わねばならぬが、神夢、霊夢、実夢、虚夢、雑夢、悪夢というのがある。
 神夢というのは、神が姿を現して、或いは白衣の老人が現れたとか、或いはワシの姿が現れたとかして、そこで色々の事を教える、というようなのが神夢じゃ。霊夢(※1)というのはもう少しぼんやりしておって、或いは太陽が出たとか、富士山に登ったとか、或いはたかが来たとか、さふいふやうな瑞祥の夢を見る時や。それを秩序整然と初めから終ひまで憶えているのが霊夢や。しかし霊夢には良いのも悪いのもある。この前にかういふ霊夢を見た者があった。葬礼の夢というのは納まるというて非常に良い夢やというのや。
 いにしえから鷹の夢といふのは、一富士、二鷹で良い夢といふことになってゐる。それからきびの夢、黍の夢とかあわの夢は実が多いから良い夢やとある。が四方しかた春三はるぞう(王仁三郎と激しく対立した初期大本青年幹部)が上谷に居った時、葬礼の夢と、鷹が三匹来た夢を見た。それからズル黍というて一穂に一万粒も実のなる黍の夢を見た。良い夢を三つ一緒に見たのだ。それをワシが判断してやって『ソレ見タカヨイキビ』と言うた。二鷹なら良いのや、しかし一富士、二鷹、三茄子の夢は良いけれども、これは本当は夢の事でなくて、徳川家康の心得としていた事なのだ。家康は黄金を沢山もっておった。軍用金を沢山もっておったから天下をとることが出来たのだが、その黄金を貯えるのに、たとえば奢りをしたいとか、娯しみをしたいと思った時に、富士を見たのだ。今の人なら花見だとか芸者買いに行くとかするのだが、そんな時に富士の風景を見て、それを第一のたのしみにしておったのじゃ。二つ目の楽しみは鷹を飼うこと。他人に御馳走をする時でも、自分は金を出さずに鷹に鳥を捕らして、それで料理して御馳走した。それから茄子なすを作って浅漬けを非常に楽しみにしておったのじゃ。そのくらいの心得で金をためて、それで天下を取った。家康は実際はそのような心得のあった人だった。それで一富士、二鷹、三茄子の夢を見たら、その心得になっておれば教訓になるから良いと云うのじゃ。しかしその心得にならなんだら何にもならない。
 悪夢は妙なものにおそわれたりするやつ。
 雑夢は木に竹を接いだようなことで、今亀岡に居るかと思うと東京に居たり、また綾部に居ってみたり、梅の木じゃと思っておったら、牡丹ぼたんの花が咲いて、下にたけのこが生えたり、木に竹を接いだようなのを雑夢と云うのじゃ。
 それから人の心気が霊に感じて、気分の良い時には霊夢を見る。雑念のある時には雑夢を見る。良い夢を見るのは総じて右の肩を下にして、平仮名の「さ」の字になって寝た時には愉快な夢を、左を下にした時には悪夢、仰向けになった時にも胃腸の弱い時などには悪夢を見る。
 またこういう夢もある。河内というてワシの親爺の生まれ故郷じゃ。其処に宗三右ヱ門という長者があったが、若い時は貧乏で、上下といって京都行きの荷物をしておった。ある日、京都からの帰りに鳥羽村の川縁で連れの男と二人で一服しておった。そうすると宗三右ヱ門は起きておったが、連れの男は眠ってしまった。見ていると、その寝てる者の鼻の穴へ蜂が入って出て、また別の穴から出て行く。起こしてやろうかと思ったが、放っとくとまた蜂が入って行って、またこっちの穴から出る。出ると近所の荊棘いばらの中へ入って行った。しまいに起こしてやると『小判がドシンと落としてあったので拾おうと思ったのに、起こしたもんだから…』と云う。『そんなら、その夢を買おうか』と云うと、『買う買わんて、どっちにしても夢の事じゃないか』『そんなら今日、儲けたのをみなやろう』『それなら…』と云うのでその夢を買うてしまった。
 『お前の夢を買うたんやさかいに、実行しても俺の物やぞ』と云っておいて、翌日その蜂の入った所に行ってみると、ザクザクというほど小判の入ってある財布が隠してあった。泥棒か何かが隠しておいたものだろう。そうして長者になった。
 それから之はワシの実見した夢だが、これも鳥羽で、家の親爺と二人で──ワシは十二、三だったが──河内へ鮎を獲りに行った。ちょうどこの頃の気候で、雨が降ると鮎を獲りに行くのだ。鮎を獲って鳥羽まで帰って来ると、ちょうど十二時頃。そうすると火の玉がころげている。こわくて仕様がない。それから家の親爺が癇テキ者だから杖で火の玉をドツキに行った。そうしたらシュッと逃げて三軒ほど先の家の中へ入ってしまった。で その家を『もしもし』と叩き起こして、『変な物が入ったが、何ぞ居りゃしませんか』と云うと、こっちの方で『ああこわいこわい』と云うて『大きな男が子供連れて出て来てドツキに来たからびっくりして逃げたら夢やった』と云うている。ワシはそれを聞いて寒気がした。こういう風に向ふが夢を見ていたのじゃ。それは人玉ひとだまが飛び出していたのじゃ」
速志「そういう時には精霊が飛び出ているのですか」
聖師「そうだ。これ等は実夢で、最前云ったのも実夢だ。ワシはそんな火の玉を何遍も見たが……。子が生まれる時と、その子が死ぬ時と二度見たがね」
速志「今度の神の国に、生まれる時に人玉が入るといふのは……」
聖師「実際ワシは見たが、は入るのと子が生まれるのと一緒だ。そしてそれが出たと思ふと死んでしまった。それからこれは綾部の話だが、鹿造(大槻鹿造。出口直の長女の娘婿、王仁三郎の義兄)の親が死んだ時に、鹿造が長火鉢に丹前たんぜん姿すがたで威張っている。するとそこにウイロ饅頭まんじゅうみたいな物が火鉢のそばにある。何じゃおかしいなアと思って見ると、ウイロでもないし、妙な物があると思って取ろうとしたら、母親の口の中へポッと入ってしまったのじゃ。おかしいなアと思っていると、又コロコロと出て来て火鉢の上に乗った。今度こそとパッと掴んだと思ったら、婆さんが『キャッー』と云った。それで死んでしまった。病気で寝とったのではあるが……」
速志「それを夜見ると光るのだろうね」
聖師「フーム。穴太の金剛寺の隣座敷に風呂岩と文助勝ぶんすけかつという二軒の家があって、その庭から見ると其処の井戸のそばに火の玉が出ると云って村の者がみな見に行った。ブーッと上がると後がふんどしを引きずったように見える。そいつがバシャッと家のむくの木へ突き当たった。ガバッと落ちてグシャグシャと光っているのじゃ。翌日見たら雪隠虫せっちんむしのやうなものに、一寸ばかり毛の生えたものが、毛どうしからみ合うてまるくなっておった。いまだに何か分からん。毛ばかりで雪隠虫のような物が二百位おっただろう。いまだにワシはその椋の木の下へ行くと思い出す。どぶがあって、西側に椋の木がある、今は大きくなっているが、その時はそんなに大きくなかった。
 それから夢というものは、たとえば君がこっちに『の女』があって恋慕しているとする。何とかして一つ口説いてやろうと思っているが、また一方で振られたら恥ずかしいから云うまい、といふ反省力がある。ところが寝てしまうと、他の思想がみな寝てしまって、何とかして云うてやろう、やろうという心だけが独り起きとる。それで夢の中で『あなたを好いとった』とか何とか云うと、また向こうもまた、うまいことを云う。そうするとそれが夢やハハハハハ……金が欲しい欲しいと思っているけれども、起きていると金が滅多に落ちておりそうな事はないという反省力があるが、寝てしまうと金が欲しい欲しいという精神ばかりが起きている。それで金を拾いかけたりする夢を見る。神から知らすというのはあるけれども、神夢を見るというのは余程魂が清浄でなけねばならん。
 今年は日の出の夢を見たとか、富士の山を見たとかいうのは霊夢じゃ。
 実夢は、どこそこに何が落ちとったというような夢を見て、翌日行ってみると実際にそれがある。蜂が鼻の中に入ったのなんかは実夢だ。自分は蜂でないにきまっている、夢で見たのだからな。悪夢はおそわれるやつだ」
速志「こわいものにおそわれるのは矢張やはり霊でしょうか」
聖師「そうだ。そこら中 霊ばかりだから。霊が充満しているのだから」

加藤「今修業に来ている人で、おうかがいしてくれと云われているのですが、近江の長浜の人で建築の技師でございます。今まではお大師だいしさん(弘法大師)を大変信仰しておりまして、去年の十二月から大分長い間、夫婦でお四国詣りをしとった人です。服部という長浜の支部長さんと神様のお話で喧嘩するような議論をしたのです。別れてから、あんまり言い過ぎたからお詫びをせなならんと思って寝たんです。そうすると夢に、伊吹山のぐ上のところに星が三つ現れて、二つはとても光るのです。ダイヤモンドのように大きく光るのです。その二つの下の所にはちょっと暗いのがあるのです。不思議だと思ってめたのです。それでお詫びに行こう行こうと思って行かないでいると、また夢を見たのです。六畳の間で寝ておりましたところが、大きな蛇体じゃたい欄間らんまを巻いたのです。色は金色に光って、それがザラザラと動き出したのです。汗みどろになって醒めました。で、いよいよ服部さんにお詫びに行こうと思っていると、服部さんが来てくれました。『実はこんな夢を見たのですが』と云うと『あなたは半ヶ年のうちにきっと亀岡に修業に行きます』と云ったのです。
 それから話がぎになりますが──水口に広瀬という信者さんがあるのです。同じ職業なものですから、そしてその方の口を探しておられたものですから、そこへ行らっしゃい、というので、広瀬さんのところへ行くというと、『早く修業に行きなさい。私が旅費なんか立て替えますから行らっしゃい』というので、飛んで来たそうですが、今日で四日ばかり泊まっておられます。そうした所が、夢で聖師様が現れて『よう来た、お前に何か書いてやる』とおっしゃられて、書いて下されるというところで眼が醒めたそうです」
聖師「その夢がどうや。何も別に判断するような夢じゃないじゃないか」
加藤「私はこんな判断をしたのです。伊吹山に現れた明るい星というのは厳霊様と瑞霊様じゃろう。暗い星はお大師さんで、お大師さんはほとけぶつの世はんで、厳霊様と瑞霊様の所へ来い、という意味だろうと、こんなに申しましたが……」
聖師「それはそうに決まっている(※2)
加藤「それから大蛇というのは督促係じゃないかと思いますが……。川田さんという尾道の信者さんが良く云われますが、神様の事を反対していると、そこへ大蛇が出て取り巻いたので閉口して飛んで来てお参りした。その時は恐ろしくて、と云われますので」
聖師「それは金龍海きんりゅうかいの金竜だ。修業して金龍海へ参れということだ。此処(亀岡)で修業したら金龍海へ行くだろう。金龍海には──金龍と銀龍があそこへ納まることになっていると云う歌があるだろう──。四ツ王山に居った金龍で、それがおお八洲やしまへ行くのだ」
速志「現在おしずまりになっておらないのですか」
聖師「なっているとも、大蛇おろちで、天保銭ほどのうろこをワシはもっているよ。黄金閣かどこかへ置いてある。天保銭よりちょっと大きいぜ。証拠を見せてくれというと鱗を二枚落として行った。血がついている生々のやつを残して行った」
加藤「大正八年頃、拝見しました。薄桃色のでございますね」
聖師「それが大阪の松島へ出て来て落としたのだ。谷前の所へ来て、神島を祭ってくれというので、何ぞ証拠を見せてくれ、というと、この鱗を見てくれたら大抵大きさがわかる、というので落として行った」
速志「夏樹が先日大病した時、初恵が蚊帳の外にいたので、パンヨが夏樹もいるからサアお入りと蚊帳を上げてやると中に入って、夏樹の側に寝たそうですが、その翌日からダンダンよくなったそうで、私が浦和からの手紙を見て霊前で夏樹を守ってやれと祈った時だったのですが、霊が行って看護したのでしょうか」
聖師「霊が来ているのや。執着が強いと五年も六年も付いている。ワシの祖父さんも五つか六つくらいまで付いておった。それから、弟の吉公よしこうが祖父さんと同じことだ。祖父さんは博奕ばくちばかり打って死んだのだ。その祖父さんは畑の草を取る時にそこへけといたら良いのにまた生えると云って、口にくわえて向こうの畔まで行って畔の外へ放る癖があった。吉公が四つの時に両親が畑へ草取りに連れて行くと、吉公がまた祖父さんと同じように取った草を口にくわえて向こうの畔まで行って畔の外へ放るのだ。また博奕打ちの祖父さんが生まれ変わって来た、と云うておったが、矢っ張り博奕ばかり打って、家から牛からワシの金時計から何もかも売ってしまった。博奕打ちの親分の河内家が引っ張りに来て来てしょうがない。ワシが鳶口とびくちで弟の首筋を引っ掛けて連れて帰った事があった。そういう風に同じ癖をやるものだね、生まれ変わりと云うやつは」

小竹「病人が熱が高いのは邪神がやっているのですか」
聖師「邪神がかかって、悪霊におそわれて熱の高いのもあるし…。それから癒るのは九分まで信念が助けるのだから、たとえばゆずの話をしたら口が酢うなるだろう。人の精神作用によって肉体も直ぐ変わる。嬉しい時には顔色が良くなり、失望すると青くなり飯も食えなくなる。それで熱も、この人が来たら救けてくれるという信念と、神様の神霊とで癒る。頑固な人は滅多に癒らない。そんな人が癒るのは神様のお力ばかりだ。信念のない人でも癒る事がある。そんな人はこの世にまだ用がある人なのだ」
速志「癒ってから矢張り神様があるなというようなもんやろな」
聖師「そんなのは一遍は救けてくれるが、忘れると今度はいかん。肺結核でも四十以上になっている人は癒って長生きする。二十台の人は癒らない。これは情欲の発生する病気で、それをしたらきっと悪くなるのだから……」
小竹「三十までの人で癒った人はありませんね」
聖師「癒るけれども、またあれをやるさかいに。年寄りは癒ると固まってしまうのだ。それから猩紅熱や何かでも──西田元吉が猩紅熱になっておった。ワシが行くと、警官や医者や衛生係が居って入ることならぬと云う、フト考えると──西田は鍛冶屋をしておったが、その弟子が他の鍛冶屋から金を三円貰い、西田を呪い殺せという依頼を受けて産土さんの杉に釘を七本打ってあるという事がワシにわかった。西田は上手で安ふするものだから、他の鍛冶屋が恨んだのだ。家の奴が釘を打つのがワシに見えたのだ。それから衛生係や何か居って騒いでおったが、これは猩紅熱でも何でもない。産土さんの杉に釘が七本打ってあると云って、近所の人やその打った奴にも行かしたら、そいつはびっくりしてその晩に紀州へ去いんでしまった。それから翌日、釘の穴に餅を買って詰めといてやった。釘を抜くと同時に、病人は四股を踏んで、『こんなもんや』と云うて達者になった。医者も帰ってしまった。
 それから本当に癒るまで百日かかるというておいたが、果たして毒が残って後がなやみ出し、体がはれて、こんな畳の敷居の高ささえも這うて越せんくらいになっておった。ところが百日目に臀部から破裂して、三升ほど泥水みたいな膿が出て、それで癒ってしまった。それまで西田という奴は神様に反対して困り者だった。まだその杉の木はある」
芦田「そんなに釘を打たれたりしても、こちらの霊魂が正しい信仰をしておったら、そんなにならないで済むものじゃないのですか」
聖師「しかし生木だからな。彼奴あいつったら『抜いてやるやる』と云って打つのだから、木にも魂があるから──木魂こだまに響くというが天狗や何かは木魂で、魍魎もうりょうはスダマだ」
速志「その釘を打った奴はどうなるのですか」
聖師「紀州へ行って病気になった。それから西田に『行ってやれ。そして恕(ゆる)してやるさかいにて云ふてやれ』と言うたが、そういってやったら矢っ張り百日かかって癒った」

小竹「人を化かすのは狐や狸の他にもあるのですか」
聖師「今はなかなか狐や狸のは直接はだまさない。私等らは欺された。昔は嘘つくというような事はなかった。ワシ等の若い時でも嘘ついたら交際しなかったものじゃ。今の狐やナンカは人の身体の中に入ってサックにして使っている。人間も賢うなって飛行機に乗って空を走ったりするから、狐も人の体をサックに使うのだ。
 それから亀岡の士族で川上さんという先生があった。犬飼の学校に居って、また佐伯の学校に転任になった。峠境にオモン狐という悪い狐があったが、ある日その川上という先生が峠をどんどん上ったり下ったりばかりしているのじゃ。フッと見ると天狗岩の所に狐がおって、ペッと尾をこちらへ振ると、どんどんどんどんとこっちへ下りるし、あっちへ振ると、またどんどんとあっちへ上ってゆく。とうとう死んでしまうたけれども……。今は狐に化かされたというのは聞かんね」
速志「この頃は聞かんなア、本当に」
聖師「ちっと人智が進んでくるとかすことは出来ない。昔の人は狐が欺すもんじゃという事を、自分が思ってないでも、腹の中からそういう血を受けているから欺されたのだ。先祖代々血液の中に渡って来ているのだから。今はそんな馬鹿な事があるもんかい、と思っているから……」

速志「河童かっぱが欺すと云いますが、河童とかいうものは本当にあるのでしょうか」
聖師「あるとも、うちに河童があるぜ。小国の上野さんのところから持って来てくれたのだ。上野さんの先祖が川へ酒樽を洗いに行くと、酒の香を嗅いで河童が出て来て、向こうの方で踊っている。それで石を投げたらその川の中へ跳び込んでしまった。川は志賀瀬川という川だ。今度来たら切ってやろうと思って、片方の手で樽を洗っていると、樽に妙な手をかけたので差し添えを抜いてパッと切ると、その手を置いて逃げてしまった。それを大事にして残しておいたものだ。そういういわれを書いたものがある。
 細い手で矢っ張り五本指がある。穹天閣きゅうてんかくの宝物の中に入っている。人の手とちっとも変わらぬ。三つくらいの赤ン坊の手くらいで、指が非常に長いし、爪も大変長い。乾物になっているのだから腕の骨もこの親指ほどしかないね」
小竹「河童が血を吸うと云いますが、本当でしょうか」
聖師「河童というけれども、蝦蟇がまも河童の一なんだぜ。蝦蟇がいたちをこっちから狙うと、鼬がそこでどうしても動かれん。そして血を吸うのだ。蝦蟇と鼬の間に板をやると血が付くという。ワシは実験したことはないけれども。良いほど血を吸うて殺してしまうてから蝦蟇が草原の中へ持って行く。四、五日経つと腐ってしまう。蝿がたかって虫がわく。そうするとまた蝦蟇が這い上がって行って、その虫をみな食ってしまう。
 も一つ不思議な事がある。家の祖母さんの話じゃが、家の庭の上につばくろが巣を組んで子を産んでおった。すると蛇が梯子を上って燕の巣を狙うてると一尺ほど届かん。どないするかというと、半日ほど見ていると、蛇の中からまた蛇が出て食うてしもうたそうだ。性念魂が出て来たのだね。
 それから金剛寺の屋根替えの時の事だが、屋根の高い所にすずめが巣をしていた。そいつを蛇が這うて上がって雀の巣をとろうとして、誤って屋根から石庭へ落ちて頭を打って死んでしまった。それで寺内の藪の中へ蛇を放しに行った。三日ほどすると雀が巣の中で騒ぎ出した。見てみると赤蟻がずっと柱から続いて巣へ来ている。そうすると、ずーっと赤蟻の続いている終いは、その捨てた蛇の所で、蛇は骨だけになっておった。蛇から蟻が続いておった。三十間くらいはあるだろうね。それはその時分にみな見に行ってエライ事だった。霊といふものは怖いものや」
(以下次号)

(※1)「霊夢」
○正夢と霊夢、霊眼 水鏡(昭2/6)
 正夢は時間、場所、事柄等、見た通り些しも違はず実現するものである。霊夢は比喩的に見せられるから、その判断を誤ると間違って来る。たとへば、空にお月様が二つ出た夢を見たとすると、二月とも取れるし、又あるべからざる事実として凶兆とも取れない事は無い。ゆえに正しい判断をせねばならぬ。霊眼もこれと同じであって、見せられた事が本当であっても、その判断のしかたを知らねば間違って来る。空に五五と云ふ文字が現はれたとしても、五十五日、五十五年、五月五日、五年五ケ月、二十五日、と幾様にも取れる〔現代注:九つ花は九×九の数理盤である〕。正しい判断の仕方があるのである。或人に霊眼を許してまだ其判断の方法を教へないで置た。ところが其人は自己判断でいろんな事を云ふたが間違ひだらけである。
 また○○中将〔現代注:秋山あきやま真之さねゆき海軍中将〕に霊眼が開けて、早くからあの大正十二年九月一日関東地方に起った大地震の光景を見て居た。ただ、時の判断を間違へて、すぐ其事が実現することと思ひ、時の大官連に予言警告を発した。私は其事を知ると共に其誤りである事を通知し、直ちに取消すやうと電報で何度も云ふてやったが、自分の霊眼を信じ切って居るので、何と云ふても聞かなかった。其時大本に於ける所在御神殿の扉が、ガタガタ、ガタガタと鳴つて、大変な事であった。時を判断することを誤って居るのであるから、其日が来ても何事も起って来なかつた。無論大震災などが起る訳が無い。某氏ははずかしくて世間へ顔出しもならない羽目に陥った。と同時に大本の神様に対してかなり大きな御迷惑をかけたものである。

附、亀岡天恩郷温室係常見氏が昭和元年の暮に見られた夢
△光照殿に天使が立った。と見ると殿上の黒雲が真二つに別れて、お月様が二つ出た。
 此霊夢に対する御解説
二月に、光照殿に天使が立つと同じやうな出来事が起って来る。光照殿を蔽ふて居た黒雲が其時晴れるのである。
△某代議士が見られた夢
 (大本の)信仰生活に這入った息子と、食事を共にして居ると、御飯の中に虫が沢山わいて居るので息子は怒って、こんなうじがわいたものが食べられるものかと云ふて池に捨てて仕舞った。するとうなぎこいが沢山出て来て、争ふてそれを食べて居る。と見ると息子は新しい茶碗に湯気の立つ美味しさうな御飯をもって食べて居る。私はぼんやりとして見て居ました。
 この霊夢に対する御解説
飯は命の糧を意味する。霊魂の糧は宗教で其宗教に蛆がわいた。きたては美味おいしい飯でも蛆がわいては人間の食物とはならぬ。魚介にするより外はない。既成宗教も堕落しては人間の命の糧とはならぬ。息子は蛆のわいた糧を捨てて、今や新しい命の糧を貪り食しつつある。それが分らぬかと云ふ神様の御警告である。

○「雑念の盛なる人」 玉鏡(昭7/6)経綸 夢
 雑念の盛なる人への神示は多く夢の形を取って現はれる。覚醒したる時はラヂオの雑音の如く、雑念に妨害せられて内流が正確に伝はらない。で、神様は睡眠中を利用せられて夢でもって内流を下されるのである。之を霊夢と云ふのである。

(※2)
○「空海と役の行者」(新月の光、下巻)
 空海(弘法大師)とえん行者ぎょうじゃうしとらの金神様の生まれ変りだ。(昭和19年2月)

テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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