大地の母 メモ12


 大正5年8月、綾部から横須賀に戻った浅野和三郎(海軍機関学校英語教官)は辞表を提出して大本入りを決意すると共に、鎮魂帰神法の訓練をはじめる。10月、海軍佐官の夫人が実業家夫人という姉(30代後半)を連れて浅野を尋ねてきた。鎮魂前は上品で温雅であっぱれ淑女の典型と見えたのに、野卑で蓮っ葉で行儀の悪い女に代わって行く。きんと座っていた腰が崩れ、組んだ両手を左右に離して、ひらりひらりと舞いの手ぶりをし、やがて額の辺で芸者が拳を打つ手ぶりをする。眉間に卑しい皺が寄り、唇が歪み、一目みてぞっとするような顔になった。浅野はあっけに取られ、思わず眼を見張る。冷たい風がどこからともなく背中を襲い、ぞくぞくと寒気がした。
「どなたですか、名乗りなさい」 二、三回うながすと、くだけた調子で口を切った。
「あたしはねえ、本所なの。本所の女行者に憑いてるコレなのよ」と言い、指で狐の形を作ってみせる。「お狐さんか、いつからこの肉体に憑いたの」「つい今年の春、憑いたばかりさ」「何のために憑いたの」「決まってるじゃないのさ、この世知辛い世の中に、ほかに目算があるものですか。ただ、これが欲しいばかりさ」と、今度は指で輪を作って見せた。
「なるほど、金銭か。欲張りだね。で、うまくいったかい」
「ところがだめなんですよ、旦那、すっかりしくじっちまってさ、さんざ骨折って巻き上げた祈祷料が五円ぽっきりじゃやりきれやしない。この肉体はなかなかの堅物で、きゅっと財布の口をしめちゃってますからね。あたしはとんだ見立て違いしちまったのさ」
 憑依物は際限もなく喋りはじめる。ものの一時間も聞いている内、浅野にも前後の事情が次第に明瞭になってきた。今年の春、A夫人は他人に余り言えぬ恥ずかしい病気にかかり、人にすすめられて、祈祷を求めに本所の女行者を訪ねた。A夫人を一目見て、女行者は、二十年前の記憶が蘇った。両国の中村楼でお琴のおさらいがあった時、女行者はA夫人に会った。A夫人は若い頃はなかなかの美人で、人目を引いた。この女をひっかけると金になりそうだと、女行者は思った。が、その機会はないまま、今日に及んだ。
 しめた、これで目的が達せられると、女行者はほくそ笑む。女行者に憑依しているのは、狐の霊だ。気のきいた憑依霊は、常に当人の胸中を察して、その目的を遂げさせようと活動を開始する。かくてその瞬間、A夫人に憑依したのが、この狐というわけだ。鎮魂中のA夫人の態度がいかにも下品で淪落の魔性の女らしく見えたのは、女行者の前身が田舎回りの酌婦だったからで、それがそっくり夫人に感染したからだ。狐はぼやく。
「本当に今度はあてがはずれてしまった。このままジッと憑いていても、あまり甘い汁が吸えそうもなし、かといって五円ぽっきりのお土産で帰っていくのも器量がなさすぎるし、どうしていいかわかりゃしない」
「お前も目先が見えなさすぎるよ。こんな堅気の人から金銭を絞ろうとして、見当はずれもいいとこさ」
「ほんにそうですよ。あたしもよほど抜けてます」
「おまけにこの人は大本信者になりかけてるからね。大本の神さんの怖いことは、お前だって知ってるだろう」
「そりゃ知らなくってどうしましょう。艮の金神さまは怖い神様です。神主でも行者でもお寺の坊さんでも、ちっとも怖くない。ただ綾部の神さんに睨まれた日にゃ、おたまりこぼし(たまらない、我慢ができない)もありゃしない。綾部といったら、ほんにいけ好かない、薄気味悪いところですよ」
「まったく悪霊から見ればそうだろうね、お気の毒さま…」と、浅野は空うそぶく。A夫人を連れてきたS中佐夫人は、とうに席を立って部屋の隅に行き、気味悪そうに問答を傍聴している。浅野の質問につられ、狐は調子に乗っていろんなことを白状する。つまりは、いまいましさの余り、家中の人を片端からひどい目に会わせたというのだ。浅野は形を改めて狐に改心を迫る。
「艮の金神さまはこれから幽界の規律を正されるそうだ。もう今までみたいに悪事は働けんよ。すぐにも改心して、泥足を洗いなさい」
「でもさあ、あたしたちは駄目なんですよね。悪戯をするのがあたしたちの性来で、今さらあなた、神さまのお気に召すようにはできませんもの。それにさあ、東京にはまだ面白い種がたくさん転がってますしね」
「しかしねえ、いずれ時節がきたら、お前達は改心せずにおれなくなる。この際、この人の魂から退きたまえ。お前などの巣食ってる所じゃない」
「でもねえ、このままではあんまり……」
「そうか、言うことは聞けぬなら、大神様にお願いして、懲罰を加えるぞ」
「そ、それはちょっと待ってくださいよ。えい、仕方ない、あたしも江戸っ子だ、この肉体に見切りをつけちゃうかな」
「いい覚悟だ、じゃあすぐにこの肉体から離れなさい」
 浅野は組んだ両手に力を込め、ウンと気合をかける。狐の霊はニヤリと薄気味悪い笑みを洩らす。さらに掛けた気合に、A夫人の肉体はパタリと横に倒れた。間もなく目を開けて起き上がった夫人は、元の上品で優雅な姿に戻る。浅野は狐霊が再び来襲する可能性と、油断するなと注意する。
「信仰です。信仰に油断があると、魔はいつでもさす。一切の我利我欲を捨てて生まれ赤子のような心になり、大神さまにお縋りすれば、世の中に怖いもの無しですよ。ただし実行はむずかしい」

 横須賀における体験から、浅野は「万物の霊長たる人間さまに、狸や狐などの動物霊が憑いてたまるか」という抗議にも、傲然と胸を張って答えるのだ。「万物の霊長だって、身体を不潔にしておけば、シラミだってノミだって憑くさ。これと同様に、心も不潔にしておけば、狸でも、狐でも、蛇でも、ガマでも、猫でも、何でも憑く。君も一度、鎮魂してみて、副守護神と挨拶してみんかね……」


神霊座談会(長沢雄楯、出口王仁三郎)
記者「鎮魂帰神(ちんこんきしん)は只今お止めになってゐられますが、またいつかの時期に……」
聖師「あれはうるさいでネ…魂の研けた者で、よく解したものがやるのはいいが そんなに研けた者は居ない。その癖やらすと邪霊がかかってさっぱりいけない。みな邪霊のかかりそうな顔ばっかりだ。
(出口氏ほか一同大笑)本当や。……」
記者「何か条件をつけて、ある程度のお許しを頂くといいのですが、修業者などがよく聞きたがっています」
聖師「条件をつけるにも、条件をつける資格がないやないか。」
記者「霊界物語を拝読さして頂くのが鎮魂でないでしょうか?」
聖師「それはそうだけれどまだ本当に霊界物語を解して居ないからいけない。もちっと研究会でも開いて勉強せねばいけない。」
記者「修業者がよく鎮魂帰神を要求して『昔出来たのなら今でも出来そうなものだ』と云います。……」
聖師「自分と相談してみればよくわかる、審神の出来る者があると思うか? あの浅野氏(浅野和三郎)にしたって、悪霊がかかって来ると、一生懸命談判をやっている。朝から晩まででもウンウン云ってやっている。そこへ私が行って『オイオイ先生エエカゲンにしたらどうや』と云うて背中を叩いてやると、おさまってしまふ(笑声) 古い信者は経験しているだろう。神懸をやらすのは狂人(きちがい)に刃物を持たすようなものだ。」

テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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