大地の母 メモ7 邪神由来(2)

△『天地剖判』
「ついでに言っておこう。六面八臂の悪鬼とは、何も六つの体に六つの顔や肘がついとるわけやない。六面とは、ある時は若者に変じ、また美神となり、醜神と化し、正神を装うかと思えば鬼面に代わるといった神変不可思議な変化力を指し、八臂というのは、今日の人間に例えたら、精巧な機械を作るのが上手やとか、書画に堪能やとか、琴の名手やとか、一人で一切百種の技能に熟達しとることをいうのや」
「金毛九狐は?」
「金毛九狐白面の悪狐というのは、化現する時には好んで美しい女神の姿になり、優美で高貴な服装を身にまとい、人に崇拝されたがる。その正体は、黄金色の美しい針毛の狐といわれる。金色は色の中で最も尊く、また金属として最上位を占めるからやろ。九尾というのは、一つの身体に九本の尾があるという意味だけやない。九は数の終局であり、『尽くす』の意があり、完全無欠の力を表わす。三軍の将が采配を振って軍卒を指揮するわなあ。また祓戸主が祭典に大幣を振って悪魔を払うやろ。つまり正しい神が使用したら、金幣を左右左に振るちゅうことになる。邪神が使用すれば、九尾を振るという表現になるのや。金毛八尾や銀毛八尾とかいうのは、それよりやや力の劣った邪神のことを指す」
「八岐の大蛇は?」
「八岐の大蛇というのも、一つの蛇体に八つの頭や尾があるわけやない。仏典の九頭竜かて、同じく象徴的な言葉や。八とか九のつくのは、自在な分身力に対して昔の人々の驚嘆やと思うたらよい。奴らは時空をこえた存在やさけ、三次元界に済む人間が太刀打ちするためには、ただ正神界の加護を得た誠の信仰があるだけや」

○牛頭天王と午頭天王
「日本の人民のしてきたことは…今日までの日本の神事・仏事・五節の祭礼というのは、すべて艮の金神の調伏の儀式や。古伝には、『午頭天王(ごずてんのう)が巨旦大王(きょたんだいおう)を滅ぼす』とあるじゃろ。巨旦大王とは艮の金神のことじゃ、つまり金毛九尾系どもが国祖を陥れたいわれや。
 いま言うたのは午(ウマ)の頭の午頭天皇やが、牛の頭の牛頭天王は、スサノオノミコトのことや。つまり牛と馬の違いじゃ。牛頭とは、スサノオ様が天降られたという朝鮮の山の名で、朝鮮語でソシは牛、モリは頭のことや。午の頭の午頭天皇は邪神系の方で、スサノオ様の名を僭称して、わざとまぎらわしい名をつけた。だから、その午頭天王をスサノオとするのは、平田篤胤も言うとるように、吉備真備(きびのまきび)の大きな誤りや」

(中略)

「(天皇家が雑司谷・鬼子母神に祈願したり、大正天皇の守護神として出雲大社の分霊を中山屋敷へ迎えた事) これは今に始ったことやない。遠く祟神天皇の御世に疫病が流行し、人民が多く死んだ。天皇が神床におられる夜、大物主神(大国主神の和魂)がお夢にあらわれ、『是は我が御心ぞ。故(かれ)、意冨多多泥古(おおたたねこ)を以て我が御前を祭らしめ給はば、神の気(疫病)起らず、国安らかに平らぎなむ』と宣られた。そこで人を派して探らせられ、河内の美奴村(みぬむら)にすんでいた意冨多多泥古を見出された。素性を問われると、大物主神の末裔やいうことが知れた。そこで彼を神主として、奈良県桜井の御諸山に大物主神を祭られた。これがわが国最古の大神(おおみわ)神社や。それ以後、疫病がはやると、宮中では祇園の神を祭るしきたりができた」
「…祇園の神いうたら牛頭天皇?」 聞き返したら弟子達は息を凝らした。
「牛頭が午頭か、正体はもう分っとるやろ。巨旦大王を滅してもなおあきたらずに調伏せしめた神、末代に疫病をはやらせ、わが子孫だけは疫病から守ると誓った利己いっぺんの午頭…至仁至愛の救いの神、スサノオノミコトのはずはない。
 すでに天皇に神力がなかったんじゃろう。時に御所の女官達の多くは死霊・悪神・いきすだま・狐などの物の怪に脅え、占いに頼り、呪符を身につけたり、加持祈祷に凝ったり、源氏物語さながらの陰湿さやそうな。金毛九尾が跳梁する素地は十分や」


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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