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『大本神諭』 大正6年旧9月30日

○大正6年旧9月30日(火の巻)

 てん先祖せんぞ様が天之御中主大神みろくさまであるぞよ。全智全能つきのおほかみ様であるぞよ。世界せかいでは達磨だるまあらはれて、隠れて守護致しなされたのを、世界のじんみんは何も知らずに、ぜんしゅうのダルマとぜに致して、もてあそびにまでなりりて、おととされて御出おいであそばしたけっこうな神様を、今度こんど世にあらはして御神徳をひろめるのが、へんぜう男子なんし御役おやくであるぞよ。

くにつみをや  出口王仁三郎〔百済博士〕作
 海月くらげただよふ國を かたおさたまひし 常立とこたちの神』

 ミロクの大神様は、弥勒みろく菩薩ぼさつ仏事ぶつじりて御出おいで遊ばしたなり。おほかみ様はこうみょうにょらい(※)とりて、仏事に落ちて御出おいであそばしたのを、今度の世の立替ですっくりあらはれて、しんりき御見おみせなさる時節じせつめぐりてたぞよ。
 てんせいこうだいじんぐう殿もうはつらしんとうて、おくいん矢張やはり仏事がまつりてありたぞよ。
 おほくにとこたちのみことあまちからつよすぎたので、「こんな猛烈はげしき神を、この世のたいしょうもらうたら、ほかかみ一柱ひとりつとめむ」とかみがみの心が一致して、天のミロクの大神様御願おねがひありたゆえ、「それなれば一柱とおほぜいとは代えられん」とおおせせありて、「うしとらおしめよ」との御命令が下がり、八百万やほよろずの神にうしとらおひ退やらられて、『うしとらこんじん』と名を付けられ、ひとりみとなりて、もとおほかみが仏事の守護致して、ここまでは来たなれど、何彼なにかの時節がめぐりて来て、仏事の世のしまいまっぽうの世と申して、まだまんねんも続くのでありたのを、ちぢめて艮の金神の世と致して、結構な神代かみよなほすのであるぞよ。うしとらこんじんながらく世に押込おしこめられて、苦労艱難、悔し残念をこばめて来たむくひで、太初もとからの経綸通りのめぐりて来たから、霊主体従ひのもと経綸しぐみどおりになりて、ぜんあくとの立別たてわけを致す世に成りたから、あく身魂みたまは隠しても隠されず、われ我身わがみあらはれてくるのが、天地の冥加みょうがきたのであるぞよ。
 天地の先祖の苦労でこしらへたこの世界を、惡魔〔 あく 〕とあしとの自由自在に致したが、ここまでこの世をもちあらしたらほんもうであらう。天地の先祖があく身魂みたまあらはせずにゆるしてりても、筆先には書いてかんと、「こんなことになりてるのに、知らずに居りたか」とはれては、天地の先祖も、もと御血筋おちすじも、威徳に傷が付くから、是非ぜひなくかきのこすぞよ。今迄この世を悪でからみ来た、やつがしら八尾はちおの経綸も、ここまでの事より出来んぞよ。九分九厘で體主靈從の守護のりんどまりと成りて……。

 この先は靈主ひの體從もと經綸しぐみこしらへは致してあるぞよ。今迄ぜんの方の御血統おちすじは、くらやみの世に成りてしまうて居りた世が、日の出の守護と成りて来たから、今度の二度目の世の立替を致すには、太初おほもとこしらえたおぼえのある霊魂みたまで無いと出来んぞよ。元のミロク様の世へ戻したら、惡の血筋は現世このよには無いやうに、善一ツで世を立て行かねば、惡の性来が微塵みじん程でもぜりたら、この世は立ちては行かんぞよ。こうなる事が世の元からく判りて居るから、もとから仕組がしてありた世がめぐりて来たのであるから、国常立尊が奈袁なおの手で書きおくぞよ。口でもうしただけでは取遺とりのこしがありてはならんから、書かしておくぞよ。世の立替を致したら、末代の事がきまりて、いわまつと成りて、天地の先祖が神界から世をかまうから、中々はげしき世と成るぞよ。この世にわかりた身魂が無いので、変性男子も変性女子も、中々骨の折れる事であるぞよ。今の人民は表面うへから見ただけにより何事も見えんから、余り世に落して、結構な御用が命してあるから、筆先にかしてある事が、世界から出て来ねば、誰も本真ほんまに致さんから、改心が出来いで、暇が要るのであるぞよ。
 天地のもと一輪いちりん御血統おちすじの、御手伝をなさる守護神を、三段にけてあるから、三段の身魂みたまにそれぞれの目鼻めはなけねば、世は治まらぬから、何に付けてもたいもうばかりであるぞよ。事の判らん強いばかりでは、世は治まらぬぞよ。この世を持ちてくのは、「ドの身魂でも」と云ふ事には行かぬ。「末代の事の判りてる霊魂が、この世を持ちて行かねば、世は途中に乱れてしまうて、ゆきかえりもならん事になる」と云ふ事が、筆先ふでさきで知らしてあらうがな。日本の国に経綸がして無かりたら、この先は世に出ておれる方の守護神には、末代まつだいの世を持ちて行く神は無いぞよ。るなら申して出てくだされよ。末代の規則を制定きめる場所は、綾部あやべ〔 漢部 〕のおほもとまつだいきまりたのであるぞよ。てんのミロクの大神様との国常立尊が、天地のおうで、末代の規則を制定きめるぞよ。今迄は変化ばけたりばかしたり致して、ここまでの御用をしたが、世に出て居れる守護神、人民に解らん事であるから、ひまが要るなれど、明治二十五年から書かしておいた事は、皆出て来て居るぞよ。「昔から無い事である」と申してあらうがな。無い事が皆て来るから、筆先で先に知らしてあるのじやぞよ。
 元のミロク様の世のあひだは、誠に善き世でありたなれど、れて行くに従ひ、元の御血統の行方ではつらうてこばらん神が出来て、しまひには大勢の神の自由に致して来たのであるぞよ……。この世一切の事を致すには、どの身魂みたまこしらえて置かねば成らんから、かみ霊魂みたまと、しも霊魂みたまと、中の霊魂みたまと、三段に立別けてありたものが、暮れて行く世に連れて、下の霊魂にエライ間違が出来て、上の霊魂を押込めるやううになり、上が下に、下が上に、だいの字さかさまの大きな間違が出来て来る事がく見えて居りたから、まるじゅうを書かして、白い所を二分、八分は真黒に致して、明治二十五年の初発しょっぱなに知らしてある通りに、世界が成りて居るぞよ。何事も、物事がみな逆様に覆りて居るこの世を、もとなほさねばならぬから、何に付ても大望ばかりであるぞよ。
 日本の身魂みたま外国から身魂みたまり切りてしまうて居るから、皆あしの精神であるぞよ。外国〔 がいこく 〕の四ツ足のかしらが日本へ渡り来て、外国よりもまさりて悪き行方やりかたに致して、今の体裁てんし。日本の国の○○○天子迄自由を致して、畜生の毛をて、足には皮をはかかして、田舎へ連れ参りて、昔には……夫婦を○○○○○○○○、○○○○○○○○○○○○《ここのところにじみて》、御簾を揚げ○○○○○○○○○○○○《わかりません》と申した位でありたのに、今の体裁。外国人にばかされて、ようもここまでに汚されたものじや。あくかしらに自由自在にしられて、天地の大神様へう申訳が出来るか。申訳が出来る守護神が一方ひとかたでも有るの。天地のおそれめくらつんぼばかりであらうがな。何も今に判ろまいがな。判らんのは外国の性来しょうらいり切りて居るから……。日本の国の倭魂やまとだましひでありたなら、天地の先祖が書かしてある筆先が判りて、天地の御恩が判らんならんぞよ。日本の人民が、外国よりも下の身魂みたまりて、余りむごい事であるから、あらはす事も出来ず、天地の大神をここまでによくも致した。あくかしらに抱込まれて、洋○○○○○○○○《にじみてわからぬ》、そこら辺りをウロウロと○○ども出て歩く所まで、四ツ足に自由にしられるのが、もとの四ツ足の性来をあらはせられて居るのが、だ判らんか。余りの事で、末代遺すもとからの履歴を書きのこしてあるぞよ。
 天地の先祖が、この先の末代の世を持ってかねば成らん時節がめぐりて来たぞよ。おにでもじゃでも惡魔空の間でも、時節じせつにはかなはんから、したがところへは従うて行けば嬉しい事になりて、「何とした結構な事に成りた」と申して、上から下までよろこびて、善一つの道で、「うれし、うれし」のいきはなが開くぞよ。今が大峠おほとうげとなる所であるから、皆がつらいなれど、日本の人民に判りて来て、元の日本魂に成りて来たら、元のミロク様の世と成りて、人民の寿命も長くなり、神は烈敷はげしくなるなれど、人民はおだやかに暮すうに成るぞよ。人民がよろこべば、上の大神の御歓およろこびとなるぞよ。是迄これまでかみばかりが得意時代よきよで、下人民はヒシと行けなんだが、余りこの世に大きな運否運うんぶがありて、き者は好いばかり、貧窮者わるいものは不運ばかりで、何時いつになりても頭があがらず、可哀相かわいそうで神が見て居れんぞよ。上の人民が贅沢なから、下までが見習うてまた贅沢を致すが、何時までもこんなやりかたでは続かんぞよ。天地の先祖の構ふ世に成れば、今迄の様な贅沢な行方を根本から変えさせねば、此儘このままり放題にさして置いたら、上も下も総潰れとなりて、この世は立たん事になるぞよ。これまでの世の持方は、あとさき構はん利己主義われよしの行方であるから、強いもの勝ちで、弱い者は路頭に立ちたぞよ。
 かみ斗りくても下が立たねば、この世は治まらんから、上下かみしも揃うていさ神代かみよに立替致して、天の御先祖様に御渡おわたし申すぞよ。何程かみを大事に思うても、しもが立ちて行かねば、かみ〔 神 〕も何と無く淋しくなるぞよ。かみに立つ神に何程なんぼ力がありたとて、附々つきづきの一のけんぞく、二の眷属に毫神えらものが無い事には、上は立ちては行かんぞよ。眷属の神が善く無かりたから、上の神も立たんぞよ。初発のミロク様でも、あれぐらいに御神力がありても、地の先祖に何程なんぼ神力がありても、時節には何もかなはんぞよ。一の眷属、二の眷属に謀叛がありたら、何程なんぼ大将がひとり気張りても、世はたんぞよ。是迄の附々つきづきにエライ謀叛むほんがありたゆえに、今のていさい。九分九厘で何彼の事があらはれて来て、善と惡との立替で、のぼ身魂みたまと、くだる身魂とで、世界は大混雑になるぞよ。惡のかしらの仕組では、ぢから何程なんぼでも出るなれど、善の神の世に時節が成るのであるから、あくしまひぢからでは世はおさまらんから、時節にはかなはんから、素直すなほに改心致すが良いぞよ。素直な身魂みたまから引立ひきたてて、身魂相応の事をしてるから、其日そのひから心が楽になりて、「嬉し、嬉し」で暮れる如うに成るなれど、何程なんぼ気をけてりても、「我はえらい」と慢心をして居ると、皆が愛想をつかかしてしまうて、なみに取られたおきふね何処どこ取付とりつしまも無く成るぞよ。




(※)◎光明如来
○真言宗における『こうみょうしんごん』で知られるように、大日如来(しゃぶつ)の別称。東大寺(県)のだいぶつ様も毘盧遮那仏である。神仏習合の解釈では天照皇大神(おお日孁貴ひるめのむちかみ)と同一視もされる。


○妙法蓮華経授記品第六より
の時に世尊せそん〔釈迦牟尼仏〕、を説きをはりて、もろもろの大衆に告げて、かくごとことばとなへたたまわく、我が此の弟子摩訶まか迦葉かせん未來きたらんに於て、まさに三百萬億のもろもろの佛世尊にまみたてまつりして、供養し恭敬くぎょうたふとあが讃歎ほめたたへて、ひろく諸佛のはかりき大法をべ、最後の身において佛になることを得べし。名を光明如来應供おうぐ正偏知しょうへんち明行足みょうぎょうそく善逝ぜんせい世間解せけんげ無上士むじょうし調御丈夫でうごじょうぶ天人師てんにんし、佛、世尊といわん。國を光徳こうとくなづけ、劫を大莊嚴だいしょうごんと名けん。佛の壽は十二小劫、正法世に住すること二十小劫、像法亦住すること二十小劫ならん。
国界くにのうちいつくしくかざりて、よろづ穢悪けがれ瓦礫こいし荊棘いばら便利不浄きたなきものなく、其のくに平正たひらかにして、高下たかきひくき坑坎くぼち堆阜たかあることなく。瑠璃るりを地とし。宝樹ならつらなし、黄金こがねなわと為して、以て道のほとりさかひす。諸の宝のはなちらし、あまねべて清浄ならむ。其の国の菩薩は無量むりょう千億せんおくにして、もろもろ声聞しょうもんひとびともまたまた無数むしゅならむ。の事あること無けむ、魔および魔のやからありといへど、皆ぶつみのりを護らん。
の時に世尊〔釈迦牟尼仏〕、かさねて此の義をべんとおぼし、やがを説いてのたまはく、
もろもろ比丘びくに告ぐ われ仏のまなこを以て迦葉かせふを見るに 未来世に於て無数劫を過ぎて まさに仏とべし すなわきたらん世には 三百万億の諸仏世尊を 供養し奉覲し 仏の智慧の為に きよ梵行ぼんぎょうおさめ いとすぐれませる 二足尊そくそんを供養しおわりて 一切の 無上のを修ひ習めつ 最後の身に於て 仏に成為るを得ん 其のくに清浄にして 瑠璃るりを地と為し 諸の宝樹ほうじゅ多くして 道のかたへならつらなり こがねなわもて道をさかひて 見る者歓喜よろこばせん 常にいみじきかをりいだし よろづなあるはなを散して 種々さまざま奇妙たへなる 以て荘厳かざりしつ 其の地平正たひらかにして 丘坑たかくぼちあること無く もろもろ菩薩ぼさつたち はかるべからず 其の心調柔なよやかにして いみじき神通じんづういたり 諸仏の 大乗だいじょうの経典をささたもたむ 諸の声聞しょうもん衆の 無漏まよひなをはりの身にして 法王ほうおうみこなるもの またはかるべからず すなわち天眼を以てすとも 数え知ることあたはざらん 其の仏は当に寿よはひ 十二の小劫せふこふなるべし 正法の世にとどまること 二十の小劫ならむ  像法もまた住すること 二十の小劫ならん 光明世尊こうみょうせそんの  其の事かくの如し』


〔意訳解説〕 鎌田茂雄『法華経を読む』より
釈迦十大弟子が一人、だい迦葉かしょう頭陀づだ第一)は未来世において成仏(悟りを開き真の佛・・・如来)すると『光明如来』と呼ばれ、光徳こうとく国に住むとお釈迦様(釈迦牟尼仏)は断言なされた。光徳国は、非常に美しい場所である。汚れたものは一切なく、道は平坦であって高下がなく(日々の人生/生きる道においても貧富の差がなく穏やかであり、仏の道を行くにおいても支障がない)、地面には瑠璃がしきつめられ、美しい花が咲き乱れる。その光徳国にはたくさんの菩薩や声聞があり、如来の教真理に帰依している。光徳国では仏法が妨害されることはなく、悪魔(内魔ないま外魔げま)がいても、仏の教えを妨げるどころか、かえって仏の教えを護っている。光徳国に住んでいると、内魔である本能の衝動(性欲、食欲、支配欲)や、怠け心、嫉妬心などのさまざまな煩悩ぼんのうが湧きあがってきても、それがかえって道を求める大きな力となる。また外魔げま、すなわち仏道を修業する者や、仏道を弘めようとする人に対して、妨害、誘惑、非難、脅迫、迫害を加えようとする者達も、この光徳国に住むと、180度かわって仏法の守護者にかわってしまう。悪に強い者は善にも強いといわれるように、仏法を非難し妨害していた人々が、悪魔から守護者に転向する。迦葉がやがて成る『光明如来』とは、そのような仏(如来)であり、世界である。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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