『大本神諭』 大正6年旧5月6日

○大正6年旧5月6日(火の巻)

 大国常立尊、変性男子の霊魂も、変性女子の霊魂も、永らく苦労いたして居りた一輪の身魂も、世に落とされて居りた霊魂の肉体は、至仁至愛神(みろく)様の御出現(おでまし)がある時節が参りて来たから、悔し残念を堪(こば)りて来た身魂は、皆揃うて世に出て、世の元の初まりの結構な御用が出来るから、良き御用の出来る身魂を見て、我の精神と行状(おこなひ)とを考えへて見て、神の心に叶ふやうに成りて居らんと、綾部の大本の世界の元の御用は出来んぞよ。外の教会のやうに思うて、この大本の御用いたさうと思うて居りたら、大間違が出来るぞよ。末代に一度ほかしられん、二度目の世の立替をいたす所へ、是迄の体主霊従主義(あくのやりかた)で、自分本位(われより)で早う出世がしたい様な、気の小さい守護神に使はれて居る肉体でありたら、今度の間には合はんから、肉体から胴を据えて、守護神に言ひ聞かせるぐらい確りして居らんと、肝腎の御用の間には合はんぞよ。是まで世に出て居られた守護神が、善の道へ立帰りて、末代の御用を致さうと思ふたら、是までの行り方を一寸(ちょっと)も用ひんやうに心得て、一から何事も行り変へて下されよ。この大本の中へ来て、直(じ)きから上の御用がいたしたい様な霊魂の守護神に使はれて居ると、大きな間違が出来て、善い御用はさせて貰えず、悄然(しほしほ)として居るのを見るのが厭であるから、世に出て居られた守護神が大本へ化けてきても、一目に判るから、真心に成りて産(うぶ)になりて、霊魂に出来る御用をさせて貰えば、其日から「嬉し、嬉し」で暮れるなれど、上へ上がりて直(す)ぐから好いご用をいたさうと思ふと、不調法が出来るから、自己の霊魂に似合ふた御用をいたせば安全(らく)に勤まるから、この先で仕損をいたしたら、末代悪い名が残るから、是迄の行方を変へるのには、心が水晶に成らんと大本の初発の御用は出来んぞよ。是迄の心を入れ替へて、腹の中に動かん誠が無いと、大本の御用は余程肉体がしつかりして居らんと、立直しが中々の大望であるぞよ。
 この世の元の御先祖様を、こんな事に永い間御艱難をさせて置いて、亦た「地の先祖は力があり過ぎて、手に合はん」と申して艮へ押込めて、天の光りも地の光もないやうにいたしてしまうて、物質(ぶつじ)の世に成りて、日本の霊(ひ)の元の光といふものが無いやうに、金銀為本国(ぶつじのくに)にしてしまふて、日本の国に使はれん学で、末代行りて行(いか)うとのエライ経綸をいたして、茲までは思ふやうに来たなれど、九分九厘の悪の世の終了(しまひ)となりて来たから、何時手の掌が覆へるか判らんから、「こんな事なら、モツト気を附けて呉れさうなものでありた」と申して、地団太を踏んでジリジリ悶(もだえ)いたしても、ソコになりてからは後の祭で、取戻は出来んぞよ。天地の御先祖様が、天晴れ表になりての御守護があるから、男も女も心間違の無いやうにして貰はんと、是からは厳しくなるぞよ。我の心の持方一つで、如何な神徳でも、今度は神から授すから、水晶の世に成るのであるから、我の身魂を十分に磨いて置いたら、世の元の天地の先祖が、何彼の守護をいたすから、思ふやうに何事も行くぞよ。敵対心が一寸でもありたら、何も思ふ様に行んから、昔からこの世に無い事をいたすのであるから、因縁のある変性男子の身魂には、辛い御用がさしてあるぞよ。明治25年から筆先に出してある事は、世界中の事であるから、彼方此方(あちらこちら)に致さんと、こんな事が一度にありたら、何う仕様も成らん様に成るから、彼方や此方(こちら)に罪穢(めぐり)の烈(ひど)い処には、それ丈の罪穢の借銭であるから、可成(なるべく)は大難を小難に致して、借銭済(しゃくせんなし)を仕てしまはんと、身魂が罪穢を負ふて居ると、何一つ思ふ様には行んぞよ。今の人民は、自己に罪穢のある事をチツトも知らずに居るから、天地の先祖は、「この肉体に守護して居る霊魂には、こういふ罪穢を負ふて居る」といふ事を、明白(ありやか)に知りて居るから、何程かくしても、ドれほど甘い弁解を致しても、神の目は眛(くら)ます事は出来んぞよ。
 この世は末代続かせねばならんから、何事も筆先に出して知らして有るから、この先は何事も一度になりて来て、守護神、人民の思うて居る事が、大間違が出来て逆様斗りで世に出て居る守護神が、キリキリ舞を致さな成らん様になるから、茲へ成りて来た折に如何したらよいか、訳が分らん様になりて、実地の事がつかまえられず、自己がよいと思ふてする事は、誠実(まこと)地の神の眼から見て居ると、井戸の縁に茶碗を置いてあるのを見るやうにあるから、筆先で是ほど細々と気を附けて言ひ聞かせたなれど、言ひ聞かした位で聞く守護神が、日本の国に無いやうに成りて居るから、この先は聞かな聞くやうに致すから、是迄の様な心で、「神の御用した」と思ふてする事が、大きな邪魔になるぞよ。邪魔を致しておいて、「大神が邪魔をする」と申して、悪の行方の向ふの国の頭(かしら)に湧いた守護神が、何程気張りて、「善い御用をして居る」と思ふて居りても、逆様斗りをしておいて、実地の大神を怨める様な心の守護神が、何を致しても……日本の経綸の解る守護神が無いから、実地の大神は今に実現(まこと)が出来んのであるぞよ。直々(じきじき)の取次は、咽喉から血を吐く如く、今に安心がチツトも成らん。誤解(とりちがひ)を、世に出て居れる方の守護神が、エラサウに自分(われ)ほどのものは無き様に思うて、慢神を致して、日本の御用を一角(ひつかど)エラサウに思うて致す事が、逆様ばかりを致すから、今迄の筆先にも、「世に出て居れる方に、大本の実地の御用の出来る守護神が無い」と申して、今に筆先を出さな成らんから、実地の日本の天地の御用いたす取次は辛いぞよ。実地の御用が出来る身魂が独り出来て来たら、悪い霊を引抜いて、日本の霊の元の生粋の日本魂と入れ替へてやりて、天と地との先祖が守護を致すと、思ふ様に箱指した様に、コトリコトリと行くやうに致すぞよ。

 慢心と取違がありたら、此後(このさき)は守護神の性来を現はして、其霊は利かんやうになるのを、明治25年から今になるまで、守護神、人民に気を附けてあるのが、何も時節が一度に出て来るから、茲へ成りた折に心を復(か)へて、日本の元の御用の出来る身魂に成りて居る様に、クドウ知らして居るなれど、思うて居る事が全部(さっぱり)間違うて居るから、守護神に解らんから仕損(しそこなひ)が出来るのであるぞよ。是れまで守護神が、自己の勝手に思ふやうに出来たのは、悪の世と成りて居りたから、自分に悪力が有りて、悪の霊が利く程上へ上がれたなれど、モウ手の掌が覆へりて居るから、是迄のやうに思ふて居ると、大きな失敗(しぞこなひ)が出来るから、是程気が付けてあるのに失敗をしておいて、まだ大神の所業(わざ)の様に思うて、取違をして居る事が、まだ自分に解らんのは、元の性来が悪であるから。日本の元の御用は、悪の性来では出来んのであるぞよ。元は日本の魂でも、外国魂に成切りて居るから、速(すみやか)に解らんのであるぞよ。

 日本の性来の大和魂に立帰りて来んと、一寸でも混りがありたなら、世の元の大神様の御用は出来んから、何時までも不調法の無いやうに気を注けておりても、矢張り思が違ふから、違ふたことが出来るのであるぞよ。日々に我の腹の中をよく考えて、自己の審神者(さには)を致さんと、大本の御用は、向ふの霊が一寸でも混りて居りたら、間違ふた事が出来るぞよ。各自(めいめい)の霊魂の性来の事ほか、出来は致さんぞよ。末代曇りの懸らん、生粋の水晶の世に致す、二度目の世の立替であるから、何に付けても大望ばかりであるから、世に出て居れた海外(むこう)の国の眷属が、何も判らず修行(ぎょう)も致さずに、日本の経綸の解らん方の守護神が、すぐから世の本の日本の経綸は解りはせんから、誠の心に成りて身魂を研いて居りたならば、何国(どこ)へ廻されても、向ふの国に還(かや)されても、成る可(べ)く優(まし)な方へ廻してやるから、修行した丈けの事は、身魂に徳が着くから、何に依らず素直に致して、辛い修行を致して置けば、それ丈けの御用が出来るぞよ。身魂が曇りて居るのに、日本の世の本の初りの御用は出来んなれど、三段に身魂を分けて、それぞれに目鼻を付けて、改心が出来た産ぶの身魂から、それぞれの事をさせねば成らんから、何が大望と申しても、身魂の立替立分が、一番困難な骨の折れる事であるぞよ。大望な世の立替の中で、立直しがあると云ふ事も、筆先で先に知らしてあるが、立直しの御用が速く成りて、大変忙はしくなるから、是迄の様な事はして居れんぞよ。
 天地の物事が変はるから、是迄の心と行方を代えんと、大本の中には辛うて居れんやうに成るぞよ。身魂が研けんと此後は辛うて、辛抱を能うせん肉体が出来るぞよ。是迄の世は暗黒(くらがり)のよでありたのが、日の出の守護と成りて来るから、善と悪との立分けの辛い大峠と成る時節が参りて来たので、「世に出て居られた方の守護神は、大変何彼の事が辛くなる」と申して、知らしてあるぞよ。「上(かみ)の方は大変辛う成るし、人民は穏やかになる」と申してあるが、何も彼も時節が迫りて来るから、出る筆先を先繰り見て置かんと、俄(にはか)にトチ麺[面]棒を振る事が出来いたすぞよ。

 変性男子の霊魂が、ビクリとも致さずに、茲までは気は張弓で来て呉れた御蔭で、色々と申して、訳は言はずともここまで堪りて来たのであるから、この大望な事を前(さき)に申して、人民に「斯ういう御用をしてくれい」と申したとて、一人も仕てくれるものも無いなれど、出口直は因縁のある身魂であるから、「厭」とも申さずに、辛い御用勤めて下さりた故に、此所へ成りて来たのであるぞよ。変性男子と変性女子との身魂に、外の身魂では出来ん事がさせてあるなれど、人民は、実地の事をして見せて、筆先とキチリキチリと合ふて来んと、未だ今に十分の事が判らんなれど、何彼の経綸が解る時節が参りて来て、身魂が揃うて来たから、是からは仕組も判りて、御用いたすのが安全(らく)に出来だすぞよ。こんな大望な事を、何も知らん今の人民に、「いたして呉れ」と頼みたら、一人も相手に成りてくれる人民は有りはせんぞよ。至仁至愛神(みろく)様と地の先祖は、世の根本の事から末代先の事が、見え透いてありての深い経綸で、世に出ておれる神にも判らんやうな尊い仕組であるぞよ。

 茲までは立替の筆先を書かして知らしたなれど、「立替の中で、立直をいたさねば成らん」と云ふ事が筆先で知らしてあるが、立替済(な)して置いて、後の立直を緩々(そろそろ)する様な事をして居りたら、是だけ何も解らん暗黒(くらやみ)の世の中の、盲目聾と同じ人民であるから、何程智慧が有りても、学力が有りても、智慧や学力で考へては解らん、今度の二度目の世の立替の仕組であるから、今迄の世の悪の行方して居られた守護神には、解らん仕組であるぞよ。一層(いっそ)学力の勝貫(ずぬ)けた霊魂に使はれて居る肉体でありたら、筆先が能く解るなれど、中途の学では解らんから、綾部の大本の元の役員は、普通(ひととほり)では出来んから、大勢は要らんぞよ。人の心とは余程かはりた、産ぶの心に成りておらんと、こんな大望なミロクの世に、世を捻じ直す世界の大本になる尊い所が、現今では外(ほか)に無い粗末な事にいたしてあるから、見当が取れんなれど、経綸がいたしてある事の時節が参りて来るから、心の入れ替をいたして、身魂を磨いておりて下さりたら、天地の元の大神が致すのであるから、量見の違ふ守護神ばかりで、「思うて居る事が大間違に成るぞ」と、彼程(あれほど)に日々に筆先で、気が附けてあるから、眼の附け処が違はんやうにして下されよ。今度の立替は、是迄に無い事であるから、筆先を見て神徳(おかげ)を取らんと、綾部の大本の真[誠]の経綸は判らんぞよ。
 天地の御先祖の直(じ)き直(じ)きの御用いたす霊の、元の日本魂は、肝腎の艮(とどめ)の御用であるから、何の守護神にでも出来るやうな御用で無いぞよ。是までの世の守護神は、悪の世でありたから、悪智慧斗りで悪い事ばかりを致して、人が困りて難渋を致して居りても、元が悪の性来であるから、人を困らしても、自己さえ好けら善いで、悪い事をする程 上へ上りて出世が出来て、世界中が悪るうなる事ばかりを、外国の性来に移りて、日本の守護神と九分九厘の身魂が、悪い事ばかりを企みて、今の日本の体裁。全部(さっぱり)真暗黒界(まっくらがり)であるから、何んな事をして居りても、頭(かしら)が自由にしられて居るから、頭の血統(ちすじ)と引方(ひっぽう)、悪魔に成りて居る眷属とが、一つの心に凝固(かたま)りて悪い事の為放題、艮の金神の誠の善一つの経綸が判りかけると、悪の霊魂が善の肉体を道具に使うて、未だ未だこの大本を悪く申して、「出口を引裂に来る」と申して、筆先に毎度知らしてあるが、何事ありても大丈夫であるから、誠を貫きて一つ心に成りて居りたら、何処からこの大本へ詰かけて参りても、歯節(はぶし)は立たんぞよ。我程の者は無きやうに思うて慢心をいたすと、悪の守護神に悩められて、悪が善に見えたり、この結構な大本の真[誠]の教が逆様に悪の行方に見えて、大きな間違が出来るぞよ。

 是ほど難渋な事になりて居るのに、まだ悪の方の仕組は深い目的があるが、其目的は霊が利かんやうの時節が参りて居るから、何程これ迄に覇が利いた守護神でも、世が代りて善の世となるから、悪の守護神は往生いたすおり、モウ仕様が無いぞよ。モウ悪では、一足も前へ行く事も後へ戻る事も出来んやうに、悪の世の輪止りとなるから、何を企みていたして見ても、皆外れる斗りで、余り思ふやうに行んから、気抜けがして、昼狐を放出したやうになるぞよ。

 是まで悪を働いた守護神は、一旦は天地へ揃うて御詫びをいたさんと、赦すといふ事が出来んから、縛られたやうで、我肉体が我の自由にならんやうになるから、「『我は悧[利]巧なものじや』と思ふばかりか、他人が阿呆[房]に見えたのが恥かしうなりて、ジリジリ悶えて困しむから」と申して、筆先で知らして置いたが、「何彼の事が近うなるぞよ」と申して、知らしてあることは皆出て来るから、産の心に立復りて神心になると、何事が出て参りても安全(らく)に暮せるぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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