『大本神諭』 大正6年4月26日

○大正6年4月26日(火の巻)

 大国常立尊が表面(おもて)になりて守護致す世が、近よりたぞよ。是迄の世は暗夜(やみ)の守護でありたから、何彼(なにか)の事が解らなんだなれど、時節参りて日の出の守護となるに因て、早く物事判明(わかり)て来て、悪の頭(かしら)が今迄に覇張りて居りて、永い間の悪の経綸が一つ外れ、二つ外れ、此頃では心の中で大変に心配を致して居るなれど、口へ出して言ふ事も出来ず、ジリジリ悶を致して居るなれど、誰も中へ這入りて改心させるものも無し。独り苦しみて居るぞよ。
 独国(ドイツ)の頭が大きな取違をいたして居るから、九分九厘となりても、どうする事も出来んやうになる事が見え透いて居るから、ここへなりて来た折に気が附いて居らんと、世界中へ現はれるから、悪の守護神の頭の名を出さずに、速く改心の出来るやうに、汲み取るやうに、気が注けてあるなれど、今にまだ解らずに、「思惑を立てよ」と頑張りて居ると、微躯[駆]ともならん時節が参りて来たから、何時までも悪の霊は利きは致さんから、その覚悟を致されよ。時節には敵[叶]はんから、素直に改心いたせば、末代の徳と成るなり。今になりても頑張りて居ると、世界中へ恥かしき事が遠からん中(うち)に出て来るから、今の内に改心を心の底からいたして、天地へ御詫をすれは、神は元から助けたいが一杯であるから、成る様にしてやるぞよ。この先で天地の先祖の神から申す事を叛いて、「まだ行らう」と思うても、モウ世が終(すみ)たから、ここまでは如何な事も蔭の守護でありたから、神は見ても見ん振をして居りたなれど、時節参りて、煎豆に花咲く如く日の出の守護となりてきたから、何事も皆見え透いてきて、善悪を明白(ありやか)に立別けるから、是までに世に出て居られた方の守護神が悪を働きて、何一色、「間に合うた」と云ふ事が一つも無かりたから、神が蔭から守護いたして、茲まで潰れんやうにいたして来るのには、余程に骨が折れたぞよ。艮の金神は、今迄は蔭の守護でありたから、九百九十九人との対抗(こと)であるから辛苦(つら)かりたなれど、何彼の時節がまいりてきて、日本の元の経綸どほりに、是から先の世はいたすから、一日増に神力が高うなるぞよ。世の立直しの御用をさせる為に、因縁のある身魂は色々と辛い修行(ぎょう)がさして、何んな事でも忍耐(こば)れる様に致してありたぞよ。それで因縁の無い身魂は、この大本の中に居りても勤務(つとめ)が辛いなれど、是から段々と世界の事が激烈(はげし)くなりてくるから、今辛い様な身魂では、この先の御用は到底勤まらんぞよ。余程の修行をしておかんと、この大本の中の行方が今でさへ辛い様な人は、各自にその覚悟をいたして居らんと、世の元の生神の御揃ありて御守護があり出したら、嬢や坊で育ちた肉体は、辛うてよう辛抱いたさん身魂が沢山(たっぴつ)にあるぞよ。
 明治25年から続いて同じ事を何程書いて見せても、口で申さしても、実地が出て来んと真実(ほんま)に致さんが、今度の二度目の世の立替は、昔からまだ無い大望な事であるから、人民では見当が取れんから、十分に筆先を覗き詰めて、神の真[誠]の精神を汲取りて居らんと、筆先の読みやうが足らんと、ココといふ所に成りて狼狽(うろたへ)る事の無いやうに、力限り根(こん)限り腹の中へ入れておかんと、真最中に成りた折に耐れんから、「この大本へ立寄る因縁の身魂は、男も女も中々胴が据はりて居る」と、世間の人から申すやうに成るまで神徳を貰ふて居らんと、心が間違うて居ると、今迄に信心致した事が何も効能(ききめ)が無くなるぞよ。

 外国から渡りて来られん悪の霊魂が、日本の神国へ渡り来て、日本の上に立ちて居れる守護神も、下の守護神も、サツパリ外国の霊魂に化り下りてしまうて居るから、天地の御先祖様の御恩も知らず、神の威勢も無様に下に見降ろして何んとも思はず、悪神の頭目(かしら)が大きな誤解(とりちがひ)を致して居りた事が、今チクチクと分明(わかり)かけて来て、頭目の心がモヤモヤと大分肝へこたえて、ビクビクと致しかけて来たなれど、今に成りてから気が附いてジリジリ舞ふた所で、後の祭りで間に合はんぞよ。こうなるのがよく解りて居るから、外国の守護神の頭目に、綾部の高天原から、変性男子の手で筆先を出して、大本の中で日々筆先を、大声揚げて読ましてありたなれど、何うしても今迄は聞入れ無かりた故に、今の有様であるぞよ。気の毒でも、悪の霊の世の終りと成る時節が廻りて来たのであるから、何う仕様も無いぞよ。責(せめ)ては下の守護神になりと、頭(かしら)から改心致して見せて言ひ聞かして、チツトでも改心の出来る身魂を拵らへたら、それだけは赦してやるなれど、余り悪が覇張り過ぎて了ふた後であるから、何を言ひ聞かしても、気の附く守護神が今に無いから、天地のビツクリ箱を開けて、一度に開いて改心をさして遣らねば、何時までも言ひ聞しても判らんから、已[止]を得ず実地をして見せて、一度に改心を致させるぞよ。一度の改心は辛いぞよ。人民三分に成る所まで行くぞよ。神、出口を恨めて呉れなよ。この世でさへも限替(きりかへ)があるのに、よくも是丈け心の限替が出来んとは、余りであるぞよ。
 あまり世界の守護神、人民の改心が出来んので、世の立替が十年余り延びたから、モウ日本の元の経綸どほりに致さんと、外国の申す事を何時までも真[誠]に致して、言ふやうに成りて居りたら、ジリジリと身魂が減りてしまうて、双方(どちら)の国も立たん様に成りて、この世界は元の泥海に成るより仕様は無いぞよ。向ふの国の悪の先祖が、偉大企図(どえらいたくみ)をして居るなれど、悪のたくみは、終(しまひ)は泥海に成るより仕様の無い企であるから、今の間(うち)に全然(さっぱり)精神(こころ)を持直して、残念を堪忍(こば)りて、霊魂を水晶に洗濯して改心を致さんと、此先モ一つ我(が)を出して行ろうとしたら、万古末代底の国へ投込(ほりこ)まれてしまふから、天地の先祖の申すやうに致して、この世の変換期(かわりめ)に善一つの御道へ乗換えて、善の方の活動(はたらき)を致して、天地の御恩送りをいたすが結構であるぞよ。是でも未だ聞かずに思惑を立てるなら、日本の神の経綸通りの規則に照らしてしまうて、黙りて知らぬ間に霊を平らげるから、茲まで何時までも知らしておいたら、日本の神の失態(おちど)にはモウ成らんぞよ。
 誰に由らず是からは、神の申す事を背いて何事なりともいたしたら、善い鑑と悪い鑑とを今から出すから、大本へ出て来て、是迄の世の行方と是からの善の行方とを能く腹へ入れて、其行ひを致して、この大本へ立寄る身魂から一番に改心をして、世界中の守護神、人民に善の鏡を出して見せたら、自然(ぬしがで)に神は表に現はれて、三千世界が助かる経綸であるから、世が治まる迄筆先で気を注けるぞよ。余り守護神、人民の改心が出来んので、世の立替が延びたなれど、何時迄も延ばす事は、天地から御許が無いから、已[止]を得ずボツボツと初めるから、今迄に延びた丈は、何事も一度に出現(なる)から、「何時の事じや」と思ふて鼻先で聞いて居ると、俄かに狼狽(うろたへ)んならんぞよ。腹の中に誠さえありたら、神の申す事が心の底に残りて居るから、サアと云ふ所になりたら間に合ふなれど、腹に誠が無いと、何時の間にやら抜けてしまふて、肝腎の正念場に一つも用に立たんから、折角山坂越えて永らく信心いたした事が、水の泡になりては約(つま)らんぞよ。



テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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