『大本神諭』 大正5年旧5月14日

○大正5年旧5月14日(火の巻)

 昔の根本(もと)の初りのミロク様が、此の世の御先祖様であるぞよ。この世が一平(ひとたひら)に泥海の折からの事を、直々(じきじき)の御血筋の変性男子に書かせるぞよ。この世の御先祖さまが、地の泥海の中に御出来なされたなり。霊能大神(ひのおほかみ)どのも、同じ泥海の中で御出来なされたのであるぞよ。口や書(て)では早いなれど、中々の永い間の事であるぞよ。それから直(じ)きの御血筋(おちすじ)を御戴き成されて、地の世界を創造(こしらへ)なさるまでの、独身(ひとりみ)での永い御艱難(ごかんなん)と申すものは、如何(どない)にも解る事では無い、人民では到底見当は取れは致さんぞよ。地の先祖を直(じ)きの御血筋に成されたのは、限り無い末代の世を持たす為に、地の先祖の霊魂が、大国常立尊の身魂の性来であるから、如何(どう)いたしても余り強(ひど)い霊魂(みたま)であるから、「この霊魂がありたら敵[叶]はん」と申して、皆の神々が同意いたして、無(のう)に致さうと思ふても、煮ても、焼いても、タタキ潰しても、引裂いても、誰の手にも合はん神であるから、天のミロク様が夫々(それぞれ)の霊魂を拵へて御出でますのであるから、普通(ひととほり)の後世(あと)から出来た霊魂が、何程(なんぼ)力のある神でも、後世で出来た神はやはり枝神(えだ)であるから、枝は枝の様に、余り覇張らんやうに致して、我の霊魂の性来の事をして居りたら、この世は穏やかに世が治まりて行けるなれど、霊魂の性来が悪いのが呉〔経〕れて行きよると、悪い謀叛が、元からの性来が可かんのであるぞよ。
 見苦しい性来の慾の深い身魂も、同じ泥海の中に居りた折に、腹の中が能く見透してありての、今の大変(たいもう)な何彼の世界の難渋であるぞよ。初発(しょっぱな)からの事が、一度に続いては書けんぞよ。余り永い間の事であるから、筆先のチツト暇な折に、変性男子の手で、大国常立尊が皆書くのであるから、合間に書ておかねば成らん。古き世の初発の事柄を末代残す。二度目の世の立替[変]の折の、初発から書いてあること、毛筋も違ひは致さんぞよ。
 大出口直には、明治25年からのやうに思ふて居るなれど、直(なお)の霊魂は此方の霊魂が這入りて居りて、半分の霊魂が天照大神(みろくさま)のお妹御にしてありて、死変り生き代り、苦労艱難悔し残念を今に致して居る身魂であるぞよ。直に25年から此方が守護致したやうに、皆のものが思ふて居るなれど、産ぶから守護して居りたのじやぞよ。昔からの霊魂の因縁、性来の判る時節が参り来て、昔から解らなんだ事が、世の元の事から、往く末の事の、明白に解る時節が参りて来て、昔から無い事を、綾部の大本から知らせるぞよ。
 天照大神月読神(みろくさま)の御出ましに御成なさるに就いて、大国常立尊が現はれるなり。大国常立尊が現はれると、乙姫殿は次ぎに結構な大望な御用が出来て、乙姫殿の御宝を上げて、新(さら)つの金銀を綾部の大本に、二度目の世の立替を致して、何も新つに成るのであるから、乙姫殿の御財宝を、綾部の大本へ持運びて、新(さら)つの金銀を吹く準備(こばん)を致さな成らんから、立替の中で後の立直しの、大事の乙姫どのの御宝に光りを出して、変性男子の霊魂と、大国常立尊の霊魂とが一つに成りて、その御宝は畏れ多くも天照皇大神宮(てんせうくわうだいじんぐう)殿と、玉水の乙姫どのと御両方(おふたかた)が、○○の大神と現はれて、御受取申してあるのじやぞよ。経綸通りに準備が立ちて居るなれど、肝腎の大国常立尊が、未だスツクリと御夫婦が御揃ひに成りて御出んから、何彼の事が延びたぞよ。
 延びた丈けは世界中の事が、何事も良い事も厭な事も、何も一度に成りて来て、世界には上り下りで混雑に成ると申して、毎度行く先に気が附けてあるぞよ。ここまでに気を附けておいたら、是に落度はヨモヤあるまい、念に念が充分押してあるぞよ。立替が十年あまりて延びたから、立替がありたら厳しきから、今に知らして居るのに、今の人民は左程に思ふて居らんが、一度に何もあり出したら、何うにも其処へ成りてから、何程天地へ御謝罪(おわび)を申しても、天地の神は其んな事にかかりては居れんから、「今の内に出て来い」とアリアリ申して知らしても、「ソンナ事は何時も申す事じや」と思ふて、気楽に思ふて居るから、又た気を附け気を附け致したなれど、今の人民は余り悪胴が据りて居るから、実地の神も閉口であるぞよ。今の人民には、神の神力を渡す人民は稀(まれ)であるが、何程(なんぼ)でも神は神力は与るなれど、貰ふた神力の光りを能う出さんから、今の人民は心が神とは反対であるから。

 神徳は今度は何程でも渡すなれど、神徳を持切にはして貰えんから、貰ふた神徳には光りを出して貰はんと、昔の初りの事から、世界中を尋ねても、世界中には解らん事の、誰も能うせん事の判る世界の大本であるから、今では未だ真[誠]に致さんなれど、綾部の大本の変性男子の書く筆先は、昔からの実地の仕組の筆先であるから、世界中が其通りに成りて来るぞよ。気(け)の無い内に知らしてあるやうに、世界が成りて来るぞよ。何事も筆先に書いてあるが、未申(ひつじさる)の金神の身魂は、改心の出来難(できにく)い性来であるから、物が遅く成りたのであるから、何彼の事を素直に致したら、物が速うなりて、世界が速く良く成ると云ふ事が、筆先で気が附けてあらうがな。坤之金神(ひつじさるのこんじん)が改心が遅かりただけ、物が遅く成ると云ふ事が、筆先で知らしてあるが、坤の金神申すやうに致せば、余程物が速く成るのに、一段遅れる大変に何も遅れるから、申すやうに皆が致されよ。龍宮の乙姫殿が、初発の結構な大望な御用が出来て、世界中の立直しの御用なさるのも、皆心一つの持方であるぞよ。善い御用の出来るのも、イヤな事の出来るのも、是までに形(かた)の無い事であるぞよ。

 昔の元の天地の古き大神は、皆仏事に化りて守護を致して居りたぞよ。仏事と学の世の終了(しまひ)となりて来たから、悪では地の世界のお土の上では、一足も前へ行く事も後へ戻ることも出来んやうの時節が廻りて来たぞよ。天地の先祖をこの世には無い如うに致しておいて、「こんな良い世は無い」と申して、世に出て居れる方の神の御歓喜(およろこび)で、ここまでは好き寸法(すっぽふ)の行り方で、我良しで、悪賢い守護神が上へ上りて、下の事に眼の着く如うな優しい身魂は無い如うに、悪で搦(から)みてしまふて居るから、二度目の世の立[建]替を致すには、何彼の事に暇も要るし、骨の折れる事であるが、其筈じや。解りた身魂が毫(ちつ)ともないから、日本の国の今の難渋。これから善の根本の活神が、皆揃うて御活動(おはたらき)に成るから、始りたら何事もバタバタと埒が着くぞよ。

 この世へ出て折れる神の精神が悪いから、世界中の何も知らん人民が、知らず知らずに悪魔に成りて、此状態(このなり)で世の立[建]替を致さずにおいたら、日に増しにこの世の人民が、鬼と、悪蛇と、悪魔斗りに皆成りてしまうて、身魂がジリジリ減りに人が無くなるぞよ。残りて居る人民も、ドう仕やうにも仕様の無い如うになりて、人民を共[供]喰に致すやうに成りて、それはイヤラしい世になりて、この世が一旦絶滅(たえ)てしまふぞよ。是までとはモ一つ敵[叶]はん世に成りて、一日増に霊魂が無い如うに成りてしまふ処までの事が判りて居るから、日本の根本の天の御先祖様が、つきの大神様であるのに、粗末な事にしておいて、枝の神やら、日本の国へ渡りては来られん外国へ上げてある国悪の向ふの先祖が、日本の御系統(おちすじ)を巧い事に抱き込みて、学で日本魂を引[曳]抜きてしまふて、日本の神徳の無いやうに、元からの国悪の仕組通りに、トントン拍子にここまでは面白いほど昇れて来たのが、九分九厘で悪の輪止と成りて、悪の霊が一寸も利かんやうに、善一筋のミロク様の根本(もと)の良い世に戻るのであるから、この先は元の<いろは>四十八文字の身魂で、世界中を通用いたさすぞよ。

くにつみをや〔出口王仁三郎・神歌〕
海月くらげただよふ國を かたおさたまひし 常立とこたちの神』

 今度の世の立替で、末代の世の持方が規(きま)るのは、永らくの間の御苦労をなされて、この世界を御拵へなされたミロク様を、茲までに、ドうでも可いといふ如うな待遇(あしらひ)を致してありた悪神の行り方を、明治25年から全部(さっぱり)顕はしてあるから、悪の方からの言訳は出来よまいがな。「悪るかつた」と気が附いて来て、天地へ御詫を致さんと、許して遣るといふ事が出来んから、気の附いた守護神から御詫びをいたされよ。いつ何時に手の掌が覆るか判らんぞよ。手の掌がかへりたら、何んどころじや無いぞよ。世界中の何彼の事が一所に成りて来るから、其んな事に掛りては居れんから、是までに度々気が附けてありたなれど、気が附いて御詫に参りて来た守護神が、今にないぞよ。何事も天地へ御詫を一旦は致さん事には、この先は是までの世の持方が、サツパリ代わるのであるから、新(さら)つの世に成るから、今迄の心では誰も相手に成りて貰えん、風来者となるぞよ。是までの様な鼻高で居ると、皆風来者となるぞよ。外国から渡りて来た守護神は、一日も速う我国へ帰りて、居所(ところ)の事をいたすがよいぞよ。日本の国は日本の行り方にしてしまふぞよ。日本の国は本が霊(ひ)の元であるから、霊の主(もと)の見習いをいたして、元の誠の行方に皆代えさすのであるから、今までとは天地の変(かはり)に成るぞよ。変りかけたら速いから、これ迄のやうに思うて居ると、後廻に成りては約(つま)らんから、「改心、改心」と一点張りに申して、同じ如うな事を毎度書したが、何彼の時節が参りたから、改心為勝(しがち)、利益を取勝(とりがち)になるぞよ。「何も一度に成りて来て忙しう成る」と申してあるぞよ。

 是の先は、日本の内に出来た身魂は、善一つに立復りたら、夫々の御用を命令下げて遣るなれど、毛筋の横巾でも悪の性来の混りた身魂は、日本の国には置かん規則に制定(きまり)たから、是迄の心の守護神は、日本の国には居れんぞよ。善一つの誠の道の、天地の御恩の判る守護神から良くしてやるから、善の御道へ乗替れば、この先は、「嬉し、嬉し」の生花が咲いて、末代萎れぬ活花(いきはな)の咲く、綾部の大本に成る尊い所であるから、早う改心を致した身魂から良くしてやるぞよ。身魂身魂に出来る事をさせて貰うて、善と悪との立分があるから、早う善へ立復る身魂から良く致して、二度目の世の立替の初発の真[誠]の御用に使ふぞよ。「二度目の世の立替を致す綾部の大本の御用は、普通(ひととほり)の誠正直の身魂では間に合はん」と申してあるぞよ。産の心の身魂で無いと、昔の元へ立替へる天地の御用であるから、末代肉体の其儘で居る活神が出て活動(はたら)かねば、霊魂(みたま)ばかりの神では、到底間に合はんぞよ。天の大神様の御指図で、地の大国常立尊が命令を下げて使ふから、鎮まりて発根(ほっこん)の胴を据えて居らんと、ポカついては何も出来んぞよ。ジツクリと揃うて、各自(めんめ)に我の心を改めて見て、「この心では掃除が出来て居るか。この心では活神の御用が出来るものか」といふ事を十分に我が考えて見て、誠が通りたら、神からそれぞれ身魂相応の命令を下げるから、其上で無いと大事の御用は直(じ)きから出来んぞよ。神の方は大変に厳しく成るから、茲へ成りて来た折に直(す)ぐに御用が出来るやうに、腹の中の塵埃をサツパリ投(ほ)り出してしまうて、身魂の研き合ひを致すやうに、明治25年から日々に、茲までの筆先を出して知らして、「心を革(か)えて居りて呉い」と申して、怒られる程知らしたが、モウ立替の筆先は、モ出す事が無いぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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