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『大本神諭』 大正4年旧8月28日

○大正4年旧8月28日(火の巻)

 大国常立尊、変性男子の身魂が大出口の守(かみ)と現はれて、世界の守護を致さねば成らん世が参りたから、何事も前(さき)に知らせるぞよ。何彼の事が天地の守護と成りて来たから、今出る筆先に書した事は速いから、直(じ)きの筆先を「斯の人」と思ふ人には読まして置かんと、大神の守護になると、一日増しに烈しうなりて来て、是だけの筆先を見やうが足らんと、俄に忙しう成ると間違ひが出来るから、何彼の落度の無いやうに、此(この)内部(なか)の事、行儀行為も、初発から神の精神(きかん)に叶ふ行状(おこなひ)の出来て居る人と、行ひの悪い守護神の肉体とは立別けがあるから、何んな行為(おこなひ)して居りても御用は出来る、と言ふ事はないぞよ。天地の先祖の実地の御用を致すには、水晶の身魂でないと、大神の名を汚す如うな守護神の肉体には、真[誠]の御用は出来んぞよ。

 天の御先祖様は日の大神様なり。天照皇太神宮(てんせうくわうだいじんぐう)殿、地の世界の先祖が大国常立尊、龍宮の乙姫殿、日出の火水(かみ)を御使ひ成されて、夫婦揃ふて、天地の大神の片腕に成りなされての御活動(おはたらき)であるぞよ。岩の神殿、荒れの神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の大神様、金神殿の行状(おこなひ)の、何も揃ふて出来る御方、選り抜いて使ふぞよ。金神の中でも放縦不規(どうらく)なのは使はんぞよ。厳しく成るから、爰に成るまでに皆が解りて居らんと、逆立ちに成りて苦しまんならん守護神が沢山(たっぴつ)出来るから、明治25年から、昼夜に皆の神々に気が注けてありたぞよ。今度大神様が御揃ひに御成りなさるのに、間に合ふ守護神は、世に出て居られる方にはチツトも無いと云ふやうな、惨い事に世が乱れてしまふて居るぞよ。こうなる事は世の元からよく解りて居りての、何彼の大望である。こんな惨い事に成りて居りても、実地の大神様の御苦労に成りて居りても解らん、と云ふ如うな時節に成りてしまふて、暗黒(くらやみ)で何も解らん世界の守護神に、明治25年から知らしてありたが、道を二途(ふたみち)拵えて、辛い道と楽な道と、二筋こしらへて見て居れば、皆が楽な方へ就いて、楽な行り方で行きよるが、「この道はしばらくすると、トント行き当りて、行く先が無くなる」と云ふ事も、筆先で知らしてあるが、知らした事は皆実現(でて)くるぞよ。遅し速しはあるなれど、皆出て来るぞよ。今出る筆先は早いぞよ。

 昔から無い事が世界には出来て来て、人民からは出来上がりてしまはんと、実地の事は感得(とれ)んから、筆先に書かすのは、天と地との言葉の代りに、先にある事を前日(まへつ)前月(まへつ)に書くのが、変性男子の御役であるぞよ。変性女子の御役も御苦労であるから、どちらの御用も、外の身魂では出来ん大望な事であるぞよ。変性女子には、この世の是までの乱れた方の事がさしてありて、澄子には世に出て居られた天之宇受売命(あめのうずめのみこと)殿と摩[摺]替(すりかへ)てありたから、夫婦共に是迄の世の行り方がさしてありたから、○○○○○○○何彼の事が九分九厘と成りて来て、大神様の直接(じき)の御守護と成りてきたから、大本の内部(なか)の行り方を更(かへ)て、男子は男子の行動、女子は女子の行状をして貰はんと、この先は是迄の如うにはさせんから、気は張弓、抜刀(ぬきみ)の中に居るやうに思ふて心得て居らんと(※1)、肝腎の御用は出来んぞよ。善の御道一筋で行りて行かねば、世が立ちて行かんぞよ。
 この世はエライ事に成りて居るから、何事も筆先に書いて知らせるから、一度申した事を素直に聴いて、其行ひを致さな成らんから、一度で何事も聞く身魂で無いと、この大本へこの先は段々と、遠国(とほく)からも近国(ちかく)からも人が出て来て、此中の行為に皆眼を着けるから、今迄の行状では出て来る人が承知を致さんから、是だけ厳敷(きびしく)筆先で気が附けてあるのじやぞよ。神の威勢を出して貰ふのは、この大本から此中の行動を見て、御蔭を感得(とり)て、人に御蔭を取らすやうに致さな成らんから、○○○○○神は何んな教も致し、何んな行ひも致すなれど、人民は来た折は、恐い如うに思ふなれど、腹の中から抜けんように持て居らんと、是迄のやうには行かんから、この先は立別けが始まるから、大本の内も外も、天地の違ひに一日増しに変るから、変[代]りかけたら速いから、是迄の如うに思ふて居りた守護神が、逆立ちに成りて苦しむものが沢山あるから、其れを見るのが、此方も直(なお)もイヤであるから、是ほどクドウ気を附けたなれど、世に出て居れる守護神が、苦労知らずの、行も致さんと、楽な行り方で、「こんな良い政治(よ)があるものか」と申して、前後(あとさき)の見えん、前途(あと)は何うなる、斯うなると云ふ事の、末代見透く火水(いき)神の申す事は用いずに、仕放題の我良しの守護神、人民は、我に苦労がしてないから、「人の苦しむのが面白い」と云ふ如うな、悪魔に化(な)り切りて居るなれど、此後(このさき)は逆立に成りて苦しまねば成らん事が出て来るが、それを見るのが厭であるから、日々今に続いて気を附けたが、実地をして見せる世が参り来て、モウ何程(なんぼ)御詫を致しても叶はんやうに迫りて来て、実地を致して選り分けて処置を付けな、何時まで言ひ聞かしても、聞く守護神無いぞよ。新(さら)つの洗ひ替の世を拵へる方が仕宣(しよ)いぞよ。
 向後(さき)は結構なれど、この変り目がイヤな事であるぞよ。今度は天地の先祖の申すやうに致して、日本の霊主国(ひのもと)に残して貰ふた身魂は、末代結構であるぞよ。鬼の性来 悪魔の霊魂に成りて居る、海外(むかう)の国の眷属の狸の性来が、悪るシブトウて、天地の御恩の難有い事も知らず、恐い事も無し、この性来が日本の国では一寸混じりても、此後(このさき)は焼払ひに致して、日本の大和魂斗りに揃えんと、一寸でも残りて居りたら、選り抜きて焼き亡ぼしてしまふて、天と地との先祖が揃ふて、末代の世を続かせな成らん世が参りて来たから、是迄の善悪混交(まぜこぜ)の世では、一寸も前(さき)へ行く事もならず、後へ還(かへ)る事は猶ほ出来ず、往きも還りも成らんのが今の事であるが、是迄の世は四ツ足の世でありたから、如何して居りても、安楽な行り方で、恐い事のない世でありたから、斯ふいふ難渋な事が廻りて来るのも、皆時節であるぞよ。この時節の来るのも、元は大神様の附々の守護神の精神(こころ)が、悪でありたからであるぞよ。

 善一つの御先祖様の、一の番頭、二の番頭が、表面(うへ)から見ては善に見えて、心腹(はら)の中が極悪でありたからであるぞよ。何も彼も腹の中まで見え透く、天地の先祖の肉体の、今に其儘で居れる活神が、昔から根本の経綸がしてありての、今度の二度目の世の立替であるぞよ。ドチラの仕組も、中々一通りの身魂では判る事ではない、大望な経綸であるぞよ。悪の方もエライ経綸を致して居るぞよ。善の方も見当は取れん経綸がしてあるぞよ。善の経綸も悪の経綸も、世の元から致してあるのであるぞよ。それで斯世には、昔から双方(どちら)の国にも口舌が絶えなんだのでありたぞよ。善には苦労が永いぞよ。解るにも暇が要りたのであるぞよ。悪は苦労なしに為放題で、思ふやうにトントン拍子に昇れたなれど、悪の寿命(よはひ)は短いぞよ。九分九厘で悪の世は平らげてしまふぞよ。


(※1)
出口すみ子「開祖さまをかがみとして」
 また(開祖様は)「悪魔が善の面をきて大本の仕組を盗りに来ている。ぐるり八方、屋根の上まで上って狙いつめている」と申されて、夜中でも梅の杖をピューピュー振っておられました。私が何しておられるやろと思ってお尋ねすると
「おすみ、見えんかい。隙もなにもできはせん。ほんに抜き身の中におる気でなけりゃいけない。しかし悪魔がどれほどお仕組を盗ろうとしてもあかん。真似ではあかんのや。九分九厘までわかっても一厘はわからんから」と申されました。開祖様は梅の杖で悪魔をしばいておられたのです。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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