大地の母 メモ4

△『鞍馬山出修』
 10月下旬、四方春蔵は自分の死亡時刻を紙に書き、木箱に封じて家族に託した。明治33年11月13日午前9時、春蔵は19歳で死ぬ。自分の死期を悟り、それを書き置くことによって、自分の霊学の才能を王仁三郎にのみ誇示し、死を飾りたかったのであろう。春蔵宅にかけつけ死体を発見した王仁三郎は呆然となる。
-それが19歳の命をかけたワシへの最後の挑戦、お前の探求した霊学の到達点だと言いたいのか。お前は、それで満足か、幸せか。安らかに目をつぶれたのか。
 もの言わぬ骸の氷のような両手をとって胸に組み合わせてやりながら、王仁三郎は激しくなじった。
-何のための霊学やったのや。お前のためには霊学は命とりの凶器・・・慢心取り違いの末、我が魂を我が手で邪神どもに売り渡すとは…。
「許してやる、春蔵……その代わり、わしのことも許してくれ」
-この男に霊学を与えたのはわし。この男を心ならずも依怙地にさせ、邪道の泥沼に堕ち入らせたのもわし…常に傍らに引き付けて、ことあるごとにいましめようと努めながらも、ついに守りきれずに、青く未熟なままを散らしてしまった。・・・よし、肉体は我が手で滅ぼし得ようとも、魂までは殺すことはできぬ。春蔵よ、知っとるのか。日に背けば暗く、日に向けば明るいことを。愛と信真に満たされた光と熱の国はそこにあるのに。お前は、神にそむいてまで、なぜ地底の世界を選んで逝くのだ。
 これからの春蔵の永劫の魂の苦しみを思えば、暗然と嘆いてばかりはおれなかった。王仁三郎は心をはげまして、天の数歌を宣り上げ続けた。村人や信者たちが集まってきて、若い春蔵の死を悲しみつち、手厚い野辺の送りをすませた。しかし、彼らは春蔵の肉体の死を悼むばかりで、未来永劫にわたる春蔵の血みどろの魂の遍歴に思い及びようもない。

-お前は、子供みたいに、自分のことのほかは盲や。そやからお前にふさわしい霊がかかったのや。盤古大神を名乗るお前の憑霊は、今の世をつくりあげた側の神。自己愛(われよし)のかたまりの権化じゃい。愛する者のほんとうの幸せを祈ってやる大人の心がお前に分るか。春蔵、お前が頼るのは俺やない。日の向く方を見ろ。神様を思い出せ。何のために大本で修行したんや・・・。

「出口の神の因縁を知らずに、もう一つ世を盗みて世を持とうと思うて春蔵に生まれ、大将になろうと仕組みておるから、鞍馬へご苦労になりたのは、なかなか大もうな事でありたのざぞよ」(大本神諭 明治36年旧10月10日)

※盤古大神は、霊界物語においてイザナギの手の俣をくぐり出て太陽界から中国に降臨したシナの祖先神・塩長彦命とされる。日本の国常立尊に相当する温厚な神。四方に懸かったのは悪神が偽装した偽盤古だという。木星の神というから、ギリシャ神話ではゼウスとして顕われる。

△『弥仙山籠り』
 京都から綾部に戻る王仁三郎を護衛した侠客の山田重太郎に
「なにかの時には綾部に向かって手を合わすんやで。片意地はって男度胸を売り込むよりは、できれば堅気になった方が良いが、義理もあるやろ。すぐというわけにもいくまい。だがどんな時でも惟神霊幸倍坐世(かんながらたまちはえませ)を忘れたらあかんで。惟神霊幸倍坐世と念じる心はやな、神様の御心のままに神霊の幸福(さいわい)をたまわりませ、という意味や。大事なのは、惟神、つまり神のみ心のままにということ。人としての最善をつくした上で、あとはどうなろうとも神にお任せするという安らかな態度が、神に向かう人としての<まこと>や。己を無にすることも知らず、がむしゃらに利欲を願うても無駄。神さんはその者の召使いやない。

”心だに まことの道に かないなば 祈らずとても 神や守らん”という古歌があるやろ。それを引き合いに出して、己の無信仰を弁護するやつがおる。一面の真理やが、他面では大変な思い上がりや。心が、まことの道にかなうようになるために、まず人は祈る。神に心をふり向ける。『おれは自力で立派にやる。祈る必要は更になし』 強くて頼もしげに見えるが、神に日々生かされていることを知らぬ奴の言うこと。神床に向かって正座し型どおりの祝詞を奏上する。そこまでいかんでも、嬉しい時に手を合わせや。悲しい時にもや。道歩きながら、転びながらでもよいのや。惟神霊幸倍坐世という余裕がなかったら、惟神でもいい、神霊(かんたま)でも、神(かん)でもいい。その一念さえ通ったら、神様は守ってくれはる…」


醜の邪霊の重なりて今は九尾の本姿  

世界隅々またがりて組んずほぐれつのたうつる

姿は哀れ曲津神(まがつかみ)

物質界の曲津神  

狂人の如く振舞いて世は様々の相克ぞ

世の大本も散り失せて

月の輪台の影あわれ

お蔭信心なしいたる信徒も今ははなれ去り

真実の三千五百万 

残る教の幕開きは

此の時からと高熊の山の五十鈴や清水台

国常立の大神の岩戸開きはこのときぞ

固き厳に手をかけて振うて落す地獄道

現れ出でてゆさぶれば

一天にわかに掻き曇り矢を射る如く流星の

地球に向いて落ち来たる

大地一度に震動し

吼えば地軸の回転も止るばかりの大音響

物質浄土は忽ちに地獄餓鬼修羅場と化す

山は崩れて原野裂け人はあわれに呑み込まる

身の毛もよだつ凄まじさ


テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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