『大本神諭』 大正3年旧9月17日(弐)

○大正3年旧9月17日(火の巻)

 大国常立尊、変性男子の霊魂が、大出口の神と現はれて、世界の守護にかかるぞよ。今迄に色々と申して急き込みたが、筆先通りの世が参りて来て、動きの取れん時節に成りて来たから、是迄の心を持直して、神心になりて呉れんと、世界にはイヤナ事が出来るのが、近くなりて来たから、神が日々是だけに申して知らしてやるのに、誤解(とりちがひ)をいたして悪い方へ引き落されたら、何処へ言ふて行く所も、地団太踏みて悔みたとて、「そんなら赦してやる」と言ふ事の出来ん、厳しき仕組がしてあるから、迂闊な心を持ちて居りたら、万古末代取返しの出来ん失敗を致さな成らん事になるぞよ。

 日本の国も、何時も戦争に勝通(かちとほ)すと云ふ事は無いぞよ。今迄の人民は、何事も我の力量でして居るやうに、双方(どちら)の国の人民も思ふておるなれど、天地の神から、人民を使うて居るのであるから、今度はこの事が明白(ありやか)に判りて来て、双方の国の人民も、改心致さなならん事になるぞよ。

 これから天地のビツクリ箱が開くから、是丈け知らしてあるのに、未だ陽気や浮気で居る守護神は、モウこの往く先では、黙りて居りて、神界の帳を切りて霊の利かん様にしてしまふぞよ。頑張るのもキリがあるぞよ。

 これまでは外国の守護神にも、日本の国の守護神にも、十分に言ひ聞かしてあるから、双方の守護神も、天地の大神にはモウ落度は有るまいから(※1)、チツトも不足は申されまい。出口直に、正真(せうまつ)とぼけた守護神が見せてあらふがな。結構な世界に、一と申して二の無い日本の倭魂(やまとだましひ)を、全然(さっぱり)カラの御魂と摩[摺]替られてしまふて、「外国の学の行り方ほど結構は無い」と思ふて、末代用いられん正味のない悪の霊魂の行り方に、皆抱き込まれて、今の状況(ざま)は何であるか、是でも未だ気が付かずに、日本の行り方を忘れて、外国にとぼけて居ると、何が出来いたすも知れんぞよ。この行く先は如何いたす心算(つもり)か、後前(あとさき)がよく見え透いて為て居るのか。外国の学で万古末代続くと思ふて居るのか。神からは危うて目を明けて見られんぞよ。
 外国の霊魂が、今度は日本を一転(いちころ)に略取(とり)てしまふて、甘(うま)い巧みをいたして居るが、梟鳥(ふくろどり)の宵巧(よひだくみ)、夜食に外れて六ヶ敷顔をいたすなよ。悪の巧みで、茲まではトントン拍子に来たなれど、日本の国には一輪の経綸がしてあるぞよ。悪の経綸は苦労無しの仕放題、利己主義(われよし)の後前かまはん、今さへ善くば何時までもよいやうに思うて、金は何程でも湧て来る様に思うて、悪で末代続かす経綸を致して居れど、経綸は大変に上手なれど、悪の世はモウ切替といたして、昔の根本からの世の持方にしてしまふから、大分量見が違ふぞよ。

 日本の国には、天と地との善一つの経綸が、苦労の固りで致してあるから、二度目の世の立替の折には、天地の御先祖の光を出して、世界のビツクリ箱を開けてやると、世界中の悪に転(かへ)りて居りた身魂が目を醒して、「今迄の思ひが全部大間違でありた」と申して、悪が善へ立復(たちかへ)る仕組を、世の元から致してあるぞよ。


(※1)
○「愛善紙百万部」 玉鏡(昭9/3)
 愛善新聞もいよいよ七十万部を突破したやうである。諸子の一方ならぬ努力を王仁は甚だ多とするものであるが、之はどうしても百万部にせなければならぬのである。百万部と云ふ事は経済上の見地よりするのでは決してないので、神諭に「これ丈知らしたら神に落度はもうあるまいがな」とあるので、百万部出たら、日本全国津々浦々まで、神様の思召が一通り行き渡るので、之が神様の最後に示さるる御仁慈である。売れるとか売れないとか云ふ事に拘らず、日本全国に読まれなければならぬのであるから、全員今一層の努力を要望する。かういふ尊い使命であるから、新聞売る人は立派な神の宣伝使である。各員この使命を自覚して、自ら卑しうする事なく、世人の一人でも多くがこの神の救の綱に救ひあげられるやうに努むべきである。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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