『大本神諭』 明治41年旧6月8日/素尊と稚姫岐美命

○明治41年旧6月8日(天の巻)

 うしとらこんじんくにとこたちのみことへんぜう男子なんし身魂みたまあらはれて守護しゅごいたさならん時節じせつまゐりたから、みなそろふて、われわれこころにちにちあらためて、身魂をみがいてらんと、いままんしんを致すやうなことありたら、だれによらん依怙贔屓いこひいきは致さんぞよ。もの大変更おほがはりいたすから、あまり思ふて居る事が大変更おほがはりが致すとこのほういやである。出口でぐちなおも、それでつねづねしんぱいを致すのであるから、余り心配をけると、其人そのひとが思ふやうにはきは致さんぞよ。まことみちるいこといたさんなれど、われこころ間違まちがふてると、まことみちでもわるえて御蔭おかげとして、もと御蔭おかげもらへんことにはるから、しょっぱつから何時いつりてもかわらんこころりてくだされよ。これだけ日本にほんの国がまっくらやみに成りて居るのに、體主霊従がいこくをしへを、これほど結構けっこういやうに思ふて、このなりいつまでけるやうにおもふて御出おいでるのが、根元もとことを思はぬ苦労くろうしの守護神のやりかた……。その事が綾部あやべおほもとでないとわかりは致さんぞよ。他所ほかわからん身魂みたませうらい調あらためてありて、今度のたてかへであるから、世のもと基礎きそこしらへたいきがみの性来から、みなあらはす世界のおほもとであるから、途中とちゅう出来できえだかみでは、天地てんちうごいてだけぎょう致しても、もとおほかみさまからこしらへておでますじきわけみたまで無いことには、今度こんど二度目の世のたてかへ根本もと御用ごよう出来できは致さんから、理會わかりた御方おかたから、霊主体従ぜんみちちかえりて御手伝おてつだいをされば、たてかへありてたてなほしに成りたとこでは、くにとこたちのみことがおはたらきを見届みとどけたそのうへでは、出世しゅっせさして御禮おれいまをすのであるから、これまで神界かみやりかた、天地の相違ちがい、それを「天地てんちがひツくりかへりてりた」とまをすのであるぞよ。

 かみじんみん同一事おなじことであるぞよ。苦労くろうじゅうぶんに致して、苦労のかたまり時節じせつまゐりてひらけるのであるから、たてかへにもほねれるなれど、此世このよるのが世のもとからよくれてりての大事業たいもうである。今度おとされてりたいきがみ守護しゅごとなると、あま安楽らくしておでたおんかた余程よほどつらいぞよ。

 今度沓島めじまおととされてりたといふことを、世界へ發表あらはすのであるから、沓島めじまとほととこであるから、このさきで沓島へぎょうまゐりてから、綾部あやべおほもとふでさきに「 らん 」といふ事をいたしたら、このさきではおほもとたかあまはらあがらせんから、何彼なにかことがあらはれて、しほしほとしてらんことが出来るといふ事が、ふでさきかかしてある。

 規則きそくやぶりたわかみのみこと御靈みたま慙愧ざんぎ(※1)ぐちなおじゅうぶんさらさして、罪穢めぐりらして、二度目のたてかへ御用ごよう機嫌きげんよくつとめさしてもらふて、規則やぶりたとがしめをゆるしてもらふ、いんねんふか身魂みたまであるよって、これだけ苦労がありたのであるぞよ。今度の規則きそくやぶりたら、まつだいあがられんから、いまいままでけてやるから、このことに気の附かんやうな守護神しゅごじんとうていかいしん出来できは致さんが、そこくにきがいやことであるなれど、たっぴつあるが。日本の国の身魂みたまくもりやうは甚大えらくもりやうであるぞよ。がいこくほうが余程良好ましであるぞよ。日本のじんみんよくふかいから、がいこくの人民にばかされて、日本の国を自由自在、気随きまますきすっぽうに致して、日本の国はさっぱりけがしてしまふて空地あきちいぞよ。このくもりた日本の国はもと神代かみよたちかへりて、すいしょうに致すのは、日本の人民の心をさつぱり水晶の心にちかへて、もとかみこころおなこころりたら、それを神世かみよまをすのであるから、このみぐるしき日本の国は、ちいさいくにであるから、改心さして、世のたてかへを致したいと思ふたなれど、たてわけると、純良よき身魂みたま何程なんぼも無いがいやなことであるぞよ。




○出口王仁三郎著「素尊と稚姫岐美命」(玉鏡、昭6/7)
 神世かみよむかし のおのみこと様とわかひめみのみこと様とのあひだにエロかんけいがあった。おほ日孁ひるめのみこと様〔 註:あまてらすおほ御神みかみの別稱 〕がこれをさとられて、天津あまつつみおかしたものとして生木なまきくやうにして、はるばる高麗こまくにへ稚姫岐美命様をひやられた。かぜあした あめゆふべてんきょうざんを遠く離れた異郷いきょうにあって、みことこひしさにあかひめのみことおもひにへかねて、からすはねうらこひぶみしたため、このせつなるおもひのねがはくは途中さまたげらるることなくみこと様の御手みてれかしといのりをめてからすはなった。からすの羽裏にふみいたのは、くろすみ、誰が見ても一寸ちょっと分らぬやうにと用意よういしゅうとうなるおかんがへからであった。
 からすげんかいあらなみをこえ、中国の山また山をはる下界げかいながめつついきをもやすめず、びにんで伊勢いせくにまで辿たどりついたのである。この時からすはもう極度きょくどつかれて仕舞しまって、あはれ稚姫岐美命のゆる恋情おもいとこしへめて、其地そのちんで仕舞しまったのである。今の「おからすじんじゃ」〔 神社 〕のあるところ其地そのちなのである。だからおからす神社の御神体ごしんたいは、このからす羽根はねだといふ説がある。
 此方こなた今日けふ明日あすかとみこと様の御返事を待ちわびたひめのみことは、何時いつまでたってもからすふくめいしないので、ついけっして自転倒おのころじまへとわたたまうたのである。しかしながら何処どこまでもこのこいのろはれて、ちょうどたかあまはらおいての素盞嗚尊様もおもひはおなこいごろもちょうせんからの便たよりがいっこうないのでいたこころをなやませたまひ、ひめのみことにあってつもおもひをらさむと、ついみずから朝鮮にくだられたのである。ああしかしみことだんざんに到着された時は、ひめのみことかげ姿すがたも見えなかった。ちがひになったのである。かくてわかひめ岐美ぎみのみことつひ紀州きしゅう和歌わかうらかむりましたのである。たましまみょうじん、これが稚姫岐美命様をおまつまをしげたものである。

〔 現代注:2012年(平成24年)8月11日(旧暦7月24日)午後2時50分頃、香良洲神社で落雷が原因と見られる火災が発生し、かやきの本殿屋根全面が焼けた。御神体は無事であった。 〕

テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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