『大本神諭』 明治40年旧7月11日

○明治40年旧7月11日(天の巻)

 うしとらこんじんくにとこたちのみことあらはれて守護しゅごいたすには、もとこしらへた神代かみよいきがみは、沓島めじまやまちてりたぞよ。力量ちからのあるもとにくたいのあるいきがみは、沓島めじま住居すまひを致して居りてかげからの守護でりたなり。りゅうぐうの乙姫〔 おと 〕殿はうみそこ御住居おすまゐりたなり。冠島おじまが龍宮のいりぐちであるとことを、ぐちなおはじめて冠島おじまさんぱいを致したまをしてあるが〔 註:1900年(明治33年)旧6月8日/新暦7月4日 〕、明治三十三年に沓島めじまひらかしてあるのはこれからわかるぞよ〔 註:1900年(明治33年)旧7月8日/新暦8月2日 〕。しょっぱつには出口なおぐちさぶろう、出口すみ八木やぎふくしまとらすけたかのす四方しかたへいぞう二人の御供おともひらかしたなり。冠島おじまでさへも、今に女人をんなかんとこであるぞよ。沓島めじまむかしからひとかなんだとこであるぞよ。沓島めじまは昔から人はかなんだとこであるなれど、今度たてかへがあるにて、沓島めじま女人をんなひらかしてあるぞよ。これには深いいんねん霊魂みたまであるから……。りゅうぐうは、冠島おじまから沓島めじまあらうみおとひめ殿の御住居おすまゐどころうみの御守護は、乙姫〔 〕殿がおんたいしょうであるぞよ。むかしから無い事が出口でぐちなおにはさしてあるぞよ。わからなんだことわか世界せかいおほもとであるぞよ。三十三年のしょっぱつには「冠島おじままゐれ」とまをしたでありたが、三十三年の六月の八日に、出口なお、王仁三郎、すみ、四方平蔵、きのしたけい太郎たろう〔 出口なお開祖四女りょうの夫 〕二人の御供おともでありたなり。沓島めじまひらいてもらふたのが七月の八日、四年の六月の八日にも、ふね都合つごうで十日にりたが、そのりには京都きょうとほうぼうから御供おともたっぴつありたなれど、思念おもひみなちがふて居りたから、「沓島めじまへ参拝を致してからちがふた事がありたら、綾部あやべおほもとへはかれんやうになる」と申して、即坐すぐに筆先でがつけてあるが、世界せかいおほもとたいもうとこが、あま粗末そまつにしてあるから、みなこれまでには取違〔 とりちがひ 〕をしてるぞよ。今度の二度目の世のたてかへを致したら、まつだいつづかせならん世界のおほもとであるから、何時いつになりても亀鑑かがみるい亀鑑かがみとが出来できたいもうとこであるのに、けんとうが取れん様にしてあるから、とりちがひもいたしたなれど、これも身魂いんねんやらせうらいやらで、もとこのこしらへた、根本もとほねおり御恩ごおんといふことわかりてりたら、取違〔 ちがひまんしんといふやうなこと出来できは致さねど、天地てんち御恩ごおんいまわからんから、どくたまがあるぞよ。明治三十八年にはぐちなおが七十歳で、後野ごのいち太郎たろうなおの六人目のでんきちにん御供おともで、出口なおぎょう終結しまへもと御用ごよう出来でき結構けっこうことばかりである。あのおひかりはじまりの結構なおひかりでありたぞよ。

 今度こんど境界さかひとうげすのは、身魂みたませんたくをしてらんと、ものあとさきになりたから、世界せかいの洗濯がはやとこと、身魂みたまの洗濯〔 せんたく 〕とが一度になるとこもあるぞよ。今度の境界さかひとうげきんぎんではせんから、しんとくでないと越せんから、身魂みたまみがひをりてくだされよ。みぐるしきこころ何程なんぼ金銀をみてりたとて、るいほうむをいてかならんことが出来るから、いまかかりで左程さほどにはいが、よく見て御蔭おかげるがいぞよ。醜い心でめてりても、めてるものはみな罪穢めぐりであるから、罪穢めぐり除去とりると、らくとうげせるぞよ。この世のものみな天地てんち所有ものであるから、一旦いったん天地てんちきあげてしまふから、じんみんこころなをさんとこはいぞよ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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