『大本神諭』 明治37年旧7月12日/捨てる事は正しく掴む事/審判は近づいた/正夢と霊夢、霊眼

○明治37年旧7月12日(天の巻)

 今のおほもとの役員信者は、今度の戦争たたかひこんほんからたてかはるやうに信じて、周章あわててゐるなれど、世界のたてなほしであるから、さうちゃくちゃくとはかんぞよ。今度こんどの戦争はかどぐちであるから、その覚悟かくごらんと、あと小言こごともうしたり、かみ不足ふそくを申して、せっかくしんとくとりはずことしゅったいいたすぞよ。「へんじゃうにょふでさきは信用せぬ」と申して、かんじんの役員が反対いたして、いたものを残らずひとところへ寄せてはいに致したり、「あしの守護神じゃ」ともうして、きょう伏見ふしみ丹波たんば丹後たんごなどをいひふれまわりて神の邪魔じゃまを致したり、「こくわるがみじゃ」と申してちからいっぱい反対いたして、四方しほうから苦しめられているが、全然さっぱり自己われたまくらんでゐるのであるから、自己われことひとの事と思うて、はじとも知らずにきちがひ真似まねをしたり、馬鹿ばかの真似をいたしてひとかどかいしんたとまをしているが、どくであるから、何時いつにょに気をけさすと、「外国のわるがみおほもとなかなにぬかすのじゃ。我々は悪魔をたいらげるのが第一のやくじゃ」と申して、女子を獣類けものあつかひに致して、ほうきたたいたり、塩をふりけたり、たんつばきかけたり、いろいろとしてれいいたしているぞよ(※2)
 これでも神は、なにも知らぬめくらつんぼの人民を改心さして、助けたいいっぱいであるから、温順おとなしく致してまこといてきかしてやるのをさかさまに聞いてれど、信者のものいひきかして邪魔を致すので、何時いつまでの神のおもわくじょうじゅいたさんから、これからみなの役員の目のめるやうに、変性女子のたまにくたいを、神からおほもとして経綸しぐみいたすから、その覚悟でいるがよいぞよ。女子にょしがこの大本を出たら(※1)あとえたごとく、一人もたちる人民無くなるぞよ。さうして見せんとなかは思ふ様にはかんぞよ。明治四十二年までは神がそとまいりて、経綸のはしかけをいたすから、後ではずかしくないやうに、いまいち 気をけてくぞよ。

 このおほもとなかの者がのこらず改心いたして、女子の身上みじょうわかりてたら、ものごとはこしたやうにすすむなれど、今のやうなまんしんとりちがひばかりいたしているものばかりでは、片輪かたわぐるまであるから、いっすんも動きが取れん、ほねおりぞん草臥くたびもうけにるより仕様しようは無いから、みなの役員のおうじょういたすまでは神がつれして、そと経綸しぐみをいたして見せるから、その時にはまたで成されよ。手をうてしんかいようをいたさすぞよ。今度の戦争でなにらちいて、二、三年ののちには天下てんかたいへいに世がおさまる様にもうして、エライ力味りきみやうであるが、そんなこころやすい事でこの世のたてかへしゅったいいたさんぞよ。今のおほもとなかただの一人でも、かみりたおりに間に合ふものがあるか。とりちがひするもうぬぼれにもほどがあるぞよ。まだまだ世界はこれからだんだんせまりて来て、一寸ちょっとも動きの取れんやうな事がしゅったいするのであるから、その覚悟でらんと、あとでアフンとすることが今からみえいて居るぞよ。今一度へんじょうにょたま土産みやげに、まへことあらましのこさしてくから、大切にいたして保存のこして置くがいぞよ。それまでに神の経綸がけるから、なんもうしても今度はめてくださるなよ。明治五十五年の三月三日、五月五日はまこと結構けっこうな日であるから(※3)、それまではこの大本の中はつらいぞよ。

 明治四十二年になりたら、変性女子がボツボツといんねんたまを大本へして、神の仕組しぐみはじめるから、気の小さい役員は吃驚びっくりいたして、にげすものが出来てくるぞよ。さうなりたら世界のぜんあくかがみが出るおほもとるから、いろいろしゅじんが肉体をまいりて、目的をてやうといたして、また女子の身魂みたまに反対いたすものがあらはれてるなれど、あく企謀たくみりんてのひらかへりて、あかはじかいてかへるものもたくさんあるぞよ。今の役員はみなだきまれてしまうて、また女子に反対をいたすやうになるなれど、とうていかなはんから往生いたして、「改心いたしますから、にわ掃除そうじになりと使つかうてくだされ」と泣いて頼むやうになるぞよ。腹の底に誠意まことが無いとよくまようておほきな取違〔 ちがひ 〕をいたして、ジリジリもだえをいたさならんから、いまうちむねに手をてて考へて見るがいぞよ。

 もうこれなにもうさんから、このふでさきも今度はやきてぬやうにのち証拠しょうこにするがいぞよ。何方どちらが取違〔 とりちがひ 〕であったかわかるやうにかしてくぞよ。盲目めくらつんぼが目がいたつもり、心のつんぼみみきこえるつもりでるのであるから、さっ始末しまつかんぞよ。ちから一杯いっぱい神界の御用をいたしたつもりで、力一杯邪魔じゃまいたしているのであるから、うもうもやうが無いから、むをず、余所よそしばらくはつれまいりて、経綸をいたすぞよ。今のやくいんチリチリバラバラにるぞよ。




(※1)
○出口王仁三郎著『月鏡』より「捨てる事は正しく掴む事」(昭4/4)
 はくいんぜんが、一日きょうを読んで、ないようくうきょ、ただおとぎばなしの一種としててなかったならば、一生いっしょう法華経を信ずる時機じきなかったであらう。自分だってそのとおりだ。教祖(出口なお開祖)のふでさきに対して、あなだらけだ、とうていったんこれを捨て、かんぺいしゃしんしょくにならなかったら、お筆先のしんこうみょうわからない。ちゅうほうこうして、そのしゅしゃまよって一生をおくったかも知れない。これからかんがへても、てるといふことは、ただしくつかむ事であらねばならぬ。もっとも大切なものは、なにによらず一旦放擲なげうたなければ、より以上いじょうだいなるものはられない。深いなやみが無限むげん慰藉いしゃをもたらし、さびしさをほかにしてなぐさめは無く、悲しみをいとうて喜びは来らぬ。貧乏したおかげそうけんになり、長命するものもたくさんある。


(※2)
○出口王仁三郎著『玉鏡』より「審判は近づいた」(昭和9/3)
かみになれば神きびしく人民おだやかになるぞよ」としんにあるが、ちかごろ神様は非常にげんかくになられつつあるのが王仁わたしにはかんぜられてくる。もはやなおなおしの時代はらんとしている。ぜんあくの総決算期がちかづいてきたのだ。いままでのようなだらしない事ではゆるされぬ時になった。
 王仁わたしは子供の時から地獄じごくみみだと言われてきたが、ひとたび王仁わたしの耳に入れた以上、なにさいだいらさず記憶きおくしている。ことに大正十年以前のことをよく記憶している。神にそむき、神をて、神をかつおぶしとし、神をぼうとくした人達のすえを思うと、気の毒にえられないので、王仁わたしは今日までしのがたきを忍び、ゆるがたきを許し、最善の努力をはらって、それらの人々のかいしんうながしてきたが、もはや忍ばれぬやうになってきた。みなその心したらよかろう。


(※3)
○出口王仁三郎曰『水鏡』より「正夢と霊夢、霊眼」
 まさゆめは時間、場所、ことがら等、見た通りすこしもちがはず実現するものである。霊夢れいむ比喩ひゆてきに見せられるから、その判断をやまるとちがってる。たとへば、そらにおつき様がふたた夢を見たとすると、がつとも取れるし、またあるべからざる事実としてきょうちょうとも取れない事は無い。ゆえただしい判断をせねばならぬ。れいがんもこれと同じであって、せられた事がほんとうであっても、その判断のしかたをらねば間違ってる。空に文字もじあらはれたとしても、五十五にち、五十五ねん、五がつ、五年五ケ月、二十五日、といくようにも取れる。正しい判断の仕方しかたがあるのである。あるひとに霊眼を許してまだそのはんだんの方法を教へないでおいた。ところがそのひとは自己判断でいろんな事を云ふたがちがひだらけである。また○○中将〔 註:あきやまさねゆき海軍中将 〕に霊眼がひらけて、早くからあの大正十二年九月一日関東地方におこった大地震の光景を見てた。ただ、時の判断を間違へて、すぐそのことが実現することと思ひ、時のだいかんれんに予言警告を発した。私は其事を知るとともそのあやまりである事を通知し、ただちにとりすやうと電報で何度もふてやったが、自分の霊眼をしんって居るので、何と云ふても聞かなかった。その時おほもとに於ける所在あらゆる御神殿のとびらが、ガタガタ、ガタガタとって、大変な事であった。時を判断することをあやまってるのであるから、そのが来ても何事も起って来なかった。無論むろん大震災などがおこわけが無い。某氏ははずかしくて世間せけんかおしもならない羽目はめおちいった。と同時に大本の神様に対してなりおほきなめいわくをかけたものである。

 附、亀岡天恩郷温室係常見氏が昭和元年の暮に見られた夢
 こうしょう殿でんに天使が立った。と見ると殿上のくろくもまっぷたつに別れて、お月様がふたつ出た。
<此霊夢に対する御解説>二月に、光照殿に天使が立つと同じやうな出来事が起って来る。光照殿をおほふてた黒雲がそのときれるのである。
 某代議士が見られた夢
 信仰生活に這入はいった息子と、食事を共にして居ると、御飯の中にむしたくさんいてるので息子はおこって、こんなうじがわいたものがべられるものかとふて池に捨ててった。するとうなぎこいたくさん出て来て、あらそふてそれを食べてる。と見ると息子は新しいちゃわんの立つしさうな御飯ごはんをもって食べて居る。私はぼんやりとして見て居ました。
<この霊夢に対する御解説> めしいのちかてを意味する。たまの糧はしゅうきょうで、その宗教にうじがわいた。きたてはしいめしでも蛆がわいては人間の食物とはならぬ。うろくずするよりほかはない、既成宗教も堕落だらくしては人間のいのちかてとはならぬ。息子はうじのわいたかてを捨てて、今や新しい命の糧をむさぼしょくしつつある。それがらぬかと云ふ神様のけいこくである。

〔 私注:秋山真之中将は「1917年6月26日に東京に大地震が来る」と宣伝した。同日、サモア諸島でマグニチュード8.2~8.7の大地震が起き、最大12mの大津波が発生した。〕


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

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