スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『大本神諭』 明治35年旧7月16日(壱)/大本人の守護

○明治35年7月16日(火の巻)

明治30年にはたてかへいた」ともうして、ふでさきに出してあるが、明治25年からの筆先をよくもらふと、っともちがひは致さんぞよ。毎度申してある、「日本だけことで無いから大事業たいもう」と申すのじやが、しょっぱつてんじくにあれだけの事がありても、今の世界のじんみんは、自己われあしもとかかりてねば、他人ひとの事なら、ほどには思ふ人民はず無いぞよ。次に外国〔 がいこく 〕とまをして筆先に出してありて、外国に不思議なことありても、まだ筆先を「うそじゃ」と申して、不足もうしてるのがだいあるが、今の人民、おによりおろちよりもじゃけんなぞよ。鬼、蛇の方がはやかいしん出来て居るが、世界の人民の穢悪きたなさといふのは、余りぐるしうて、根元もとの神のからは見られんぞよ。「世界の人民には、一人に守護神が一人けてある」と申して、筆先に出してあらうがな。それで、き心持てば善きしゅが出来る、るき心を持ちて居ると、悪るい守護が出来るから、よくわかるやうにぐちの手で知らしてあれど、今の世界が、人民サンはみな はなだかばかりで、この筆先をわれからてくれる者が無かりたのじやぞよ。このうしとらこんじんの経綸は、筆先をよく腹へ入れて、行状おこなひさへ出来るやうにりたら、いやと申しても表面おもてに成るなれど、現在いまの行状で表面おもてに成りても、じゅうぶんしんりきが出されんから、「早く行状えてれい」と申すのじゃぞよ。「あれでなりやこそ」と他人ひとから見て申すやうに成りたら(※1)自然的ぬしがで表面おもてに成るぞよ。従来の行状おこなひして居りて、うしとらの金神を表面に出さうと致しても、何時いつになりても表面にはならんから、其点そこが判らんと、何時いつまでも皆がくるしむばかりじやぞよ。
 うしとらこんじんは、みちありては表面おもてにはならんから、すじの道に成りてはんと、物事成就じょうじゅは致さんぞよ。みなが苦しみてるのを見て居るこのほうこらぶくろの切れんうちに、万望どうぞ一つの道になりてくだされ。それを敵対てきたうてかんなら、ビクリとも出来んやうに致すが、それが承知なら、ところまでって見よれ。じりじりはしてるぞよ。




(※1)
○「大本人の守護」 玉鏡(昭6/11)信仰
 何処どこても、大本信者は一見いっけんしてぐそれとわかるとの話であるが、それは他の人とは違って目がひかってるからである。つまり御神徳おかげをいただいて居るので、どこかに腹がしたところがあるためである。××教はたぬきが多く守護してゐるし△△教は多くきつねが守護してゐると云はれるが、なるほどと思ふ。大本の信者はどちらかと云へば多くりゅうじん又はこんじんの系統が多く守護して居られる。ほかの教会ではお祭りの後などで大酒をあふるものであるが、大本ではそれがほとんどない。大本の信仰に入って大酒がやまるのである。が酒を飲まないから、それで大本人は余り酒を飲まない。王仁が酒が飲めぬから、酒飲のお客に対して、ツイうっかりして満足させることが出来ないのを遺憾いかんに思ふ。


テーマ : 心に響く言葉・メッセージ
ジャンル : 心と身体

プロフィール

真善美愛

Author:真善美愛
真善美愛まことと申します。東日本大震災の後、上野公園さんの『神言会-大本教神諭解説』に出会い、ぐちなお開祖・さぶろう聖師を通じてうしとら〔 艮 〕こんじんくにとこたちのみこと様に導かれます。それ以降、天の御先祖様(万軍の主、創造神)のお役に立ちたいと、良心神(個々の魂に宿る天帝の分魂、天照皇大御神)を奉じて活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。